クライメイト

保険会社が取り組む気候変動対策

主任研究員 二木 尉久

気候変動により自然災害が増加する可能性が高まっている。気候変動は集中豪雨や高潮のような極端な自然現象を増加させ、世界各地で人々の生命や財産を脅かすと考えられている。起こりつつある気候変動が社会にもたらす悪影響を回避・軽減する取組みは適応策と呼ばれ、その重要性が高まっている。本レポートでは、保険会社の取組みとしてチューリッヒの事例を紹介する。チューリッヒは、洪水に対する地域のレジリエンス強化の支援を実施し、自らの取組みによってリスクの低減を図り保険の引受を可能とすることで、新しい市場の開拓に結び付けようと企図している。

1.最近の洪水と地球温暖化

今年7月、九州南部を襲った豪雨では球磨川の堤防が決壊、多大な損害が発生したことは記憶に新しい。洪水は日本だけでなく世界各地で深刻な被害をもたらしている。1998年から2017年の間に全世界で発生した自然災害のうち43%が洪水であり最も割合が高い1

気候変動が進行すると集中豪雨や高潮といった極端な自然現象が増加する2と考えられており、洪水による損害はさらに大きくなる可能性が高い。今年7月、Nature’s Scientific Reportsに投稿された論文では、洪水対策が取られないまま気候変動が最悪のシナリオで進んだ場合、今世紀末には世界のGDPの約20%(約14兆ドル)に相当する資産が洪水リスクにさらされ得るとしている3

2.気候変動対策における緩和策と適応策

気候変動は温室効果ガス4(以下、GHG)が大気中に蓄積され濃度が上昇することにより進行すると考えられている。気候変動対策においてGHGの排出自体を減らす取組みは「緩和策」と呼ばれる。また、蓄積されたGHGによって既に起こりつつある、あるいは今後起こりうる気候変動に対して、社会・経済・自然生態系などへの悪影響を回避・軽減する対策は「適応策」と呼ばれる。

世界的に緩和策が進展したとしても、少なくとも当面は、気候変動が災害増加をもたらす可能性は高く、適応策として事前に防災対策を実施する重要性が増している。損害復旧にかかる総コストは、事前に防災対策を実施し損害軽減に取り組んだ場合と何も取り組まなかった場合で、1:2~10程度の比率であり前者の方が経済的に優位という報告がされている5

3.保険会社が取り組む地域における洪水対策

(1)Zurich Flood Resilience Allianceについて

チューリッヒは、NGO・国際赤十字・大学等と協力し Zurich Flood Resilience Alliance(以下、Alliance)を設立し、適応策の一環としてインドネシア、メキシコ、ハイチ、アフガニスタン、ネパールといった新興国や開発途上国の洪水リスクの高い地域において、地域住民が洪水に対する対応力を高めるための支援を実施している。その内容は地域住民に対する教育、洪水対策に関する調査、政府・自治体への働きかけなど多岐にわたる。2013年~2018年までをPhase1、2018年~2023年をPhase2とし現在も活動を継続している。

(2)Allianceが取り組む洪水に対する地域のレジリエンス評価

Allianceは、お仕着せの支援メニューではなく、地域の実情に応じた支援を実施するため、洪水に対する地域のレジリエンス6評価手法の確立に挑んでいる7。「Flood Resilience Measurement for Communities」(以下、FRMC)と呼ばれる手法である。FRMCでは、対象地域のレジリエンスを「Human」「Social」「Physical」「Natural」「Financial」の5つのカテゴリから構成される「5Capital」(図表1)と呼ばれる枠組みで評価する。評価に当たっては、地域住民との討論会の開催、地域のキーパーソンとの個別面談等による情報収集が行われる。FRMCでは、「洪水発生中に身を守るための知識・スキル」「住民リーダーの洪水対策に関する知識・関与」「排水設備の整備状況」「住民の貯蓄・収入の状況」といった内容からなる88種類の指標を A から D の4段階でランクづけし、その地域固有のレジリエンスを評価する。評価結果は住民への説明、洪水対策の策定、政策反映の説明材料等に利用され、実際に洪水が発生した場合には被害状況を調査し、事前に実施した対策の有効性が検証される。

出典 Zurich Flood Resilience Alliance “Project set up, study set up, data collection, and grading”

洪水に対するレジリエンスは地域によって大きく異なる。例えば、避難所までの距離・急な上り坂の有無といった地理的な特性、浸水を防ぐための排水設備の整備・土嚢の準備状況といった地域の現状がレジリエンスに影響を及ぼす。洪水は、市や町といった人為的に決められた区画に限定されず損害をもたらす。洪水の被害にあうかもしれない地域で実際に生活している住民自身から地域固有の情報を収集し洪水対策に反映すること、住民自身が地域の特性にあった防災に関する知識をもつことが地域住民の命・財産を守るためには重要である。

(3)事例:インドネシアにおけるAllianceの取組み

Allianceの活動の一例としてインドネシアにおける取組みを紹介する。インドネシアは人口約2.6億人で世界第4位、国土面積は日本の約5倍の192万平方キロメートルを有する。1700万人以上が海抜5メートル以下の地域に居住8、過去30年、年平均約8000人が災害で命を落としており、世界でも災害に弱い国の一つと考えられている9。Allianceは、ジャワ島中部に位置するスマラン市を対象にFRMCを実施した。スマラン市は約160万人の人口をかかえ、市内には21の河川が流れている。約34%が沿岸や低地であり、過去10年で数度の洪水に見舞われている。

スマラン市では、現地自治体、NGO団体のMercy Corps、現地大学のディポネゴロ大学の3者による提携のもと、FRMCに基づくレジリエンスの調査が実施された。ディポネゴロ大学の環境イニシアティブから12名、Mercy Corpsのスタッフ3名が情報収集・分析に参加、期間は6か月を要した。女性・若者グループ、地域住民の代表などが討論会に招かれ、洪水と教育や食料、交通網、排水設備等の関連性が説明された。また、学校長・教師などの教育関係者、災害や環境などの行政担当者と個別面談を実施した。これら地域キーパーソンとの個別面談には、情報収集に加え、地域に影響力を持つ人物と信頼関係を築き、その影響力を活用しようとの意図もある。

レジリエンスのランクづけには情報収集・分析に当たったスタッフに加え、チューリッヒのリスクエンジニアが参加し、レジリエンスのランクが低いと評価された指標から、実施にかかる期間や予算、必要となる専門性・スキル、対策実施に地域の誰が責任をもつかといった観点等から優先順位が検討された。その結果、三つの対策が採用された。一つ目が洪水対策に関する知識を共有するコミュニティグループの結成である。二つ目は、水路に溜まったゴミを定期的に取り除くことによる排水能力の維持、三つ目はSNSを使った住民間での洪水情報の共有である。

4.終わりに

チューリッヒはAllianceの活動により、国連気候変動枠組条約事務局が気候変動分野の優れたプロジェクトを表彰する「Momentum for Change Lighthouse Activities」を受賞するなど、国際的にも高い評価を受けている。Allianceは、Phase2の目標として国際的な団体との連携強化による寄付金増額や洪水対策に対する国家レベルの投資促進を掲げている。Phase2を通した6年間で洪水対策に10億ドルの投資を引き出すとしており、2018年は0.24億ドル、2019年は2.43億ドル、2年間の活動を通じ目標の26.7%の投資を政府や地方自治体、国連環境計画等から確保できた旨公表している10

チューリッヒは、Allianceの活動を、そのIR資料において「我々は、リスクを軽減することによって保険引受を可能にするという保険の非伝統的(新しい)役割を開拓しようとしている11」と記載している。すなわち、単に、洪水リスクの高い地域のレジリエンスを高め被害を抑えるだけでなく、チューリッヒ自身の市場開拓につながる取り組みと位置付けている12。今回取り上げたチューリッヒの取り組みは、保険会社が実践する適応策の事例として参考になるものと考える。

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