ワーク・エコノミックグロース

「エンゲージメント」時代の職場マネジメント 実践的研究から見えるヒント

主任研究員 大島 由佳

生産性の向上や人材確保などへの期待から、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を指すワーク・エンゲージメントが注目されている。そのメカニズムと、これを高める手法に関する産業保健心理学の学術研究から、部門や職場環境の違いを問わず管理職に求められる、マネジメントへのヒントを探る。

1.ワーク・エンゲージメントのメカニズム(JD-Rモデル)

(出典) 島津明人「産業保健と経営との協働に向けて:ワーク・エンゲイジメントの視点から」(産業・組織心理学研究第28巻第2号、2015年)

ワーク・エンゲージメント1( Work Engagement、以下「WE」)とは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態である2《図表1》。WEの高まりは、働く人の健康増進と仕事のパフォーマンス向上に資する可能性があるとされる3

WEのメカニズムについては、「仕事の要求度-資源モデル」(Job Demands-Resources model、以下「JD-Rモデル」)」という産業保健心理学4によるアプローチがある《図表2》。以下2段階で説明する。

(出典) 厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(2019年)をもとに SOMPO未来研究所作成

(1)WEを高める2要素:「仕事の資源」「個人の資源」

JD-Rモデルでは、WEは、「仕事の資源」(個人に付与される裁量、上司によるコーチングやフィードバック等)と「個人の資源」(個人の成長におけるポジティブな心理状態。自己効力感5等)の2つによって高まるとされる。

「仕事の資源」と「個人の資源」は、各々が独立してWEを高めるだけではなく、相互に影響を及ぼしながらWEを高める6。その点を明らかにした研究として、オランダの電機メーカーの従業員を対象にした調査がある。この調査によると、「仕事の資源」がWEを高めるだけではなく、「仕事の資源」が豊富な環境で働く従業員は「個人の資源」が高まりやすく、それによってもWEが高まるという。また、同調査では、「個人の資源」がWEを直接的に高めるだけではなく、「個人の資源」を豊富に持つことで「仕事の資源」を自ら増やし、それによってもWEが高まることも明らかにしている7

(2)「仕事の要求度」

「仕事の資源」と「個人の資源」の2つの資源は、「仕事の要求度」(仕事のプレッシャー、精神的・肉体的負担、役割の過重等)によって影響を受け、WEの状態が変化する8

例えば、「仕事の要求度」に対して従業員に付与された裁量が十分ではない場合、従業員は「仕事の資源」を活用し難くなってWEは低下し得る。しかし、「仕事の資源」全体が豊富な場合には、「仕事の要求度」の影響を一定程度受けることなく、WEが高まる。

また、「仕事の要求度」の全てがWEを弱めるわけではなく、仕事のプレッシャーが従業員の仕事へのやりがいを高め、成長や目標等の達成を促すような緊張感につながれば、WEにポジティブな影響を与えるとされる9 10

2.WEを高める手法

次に、「仕事の資源」と「個人の資源」を増やす実践的な手法として、国内外の研究から、「CREW(クルー)プログラム」と「ジョブ・クラフティング」を紹介する。

(出典) 島津明人「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(労働調査会、2014年)

(1)「仕事の資源」を増やす「CREW(クルー)プログラム」

「仕事の資源」は、従業員から見た外部環境に関するものであり、組織の強みと言い換えられる。これを増大させるうえでは、「事業場レベル」(組織全体に関連)、「部署レベル」(職場や人間関係に関連)、「作業・課題レベル」(業務に関連)の3つのレベルごとに組織の強みを測定・把握すると対策が立てやすいとされる11《図表3》。

個々の要素中で、本稿では、管理職が把握し難く、コロナ禍によって進展したリモートワーク下でのマネジメント課題のひとつである、「同僚の支援」などの部下同士のコミュニケーションや人間関係づくりに資するとされる「CREWプログラム」を取り上げる。

CREW(Civility, Respect, and Engagement in the Workplace) プログラムは、米国でWE向上を目的に研究、実用化されたプログラムである。実証研究において、職場(Workplace)におけるメンバーの丁寧さ(Civility)や相互尊重(Respect)を向上させることでWEが高まることが確認されている。日本でも、これをもとに実証研究が行われ、日本版CREWプログラムが開発された。具体的な進め方等がまとめられた実践的なマニュアルも公開されている12

このプログラムは、“CREWセッション”という少人数での対話を重ねていくプログラムである。以下の特徴があり、知識習得のため勉強会や、組織目標の達成、業務の効率化への取り組み等をテーマとした一般的なミーティングとは異なる部分も多い。

① 目的:職場の人間関係にアプローチし、お互いを知り、お互いに丁寧に敬意をもって接するような関係性の構築を図り、よりいきいきと働きやすい職場風土の醸成を目指す。

② 主眼:対話を通じて、従業員同士がお互いを知り、職場における敬意・尊敬の在り方などについて考えることに主眼が置かれている。セッションは、「お互いを知るための対話」と位置付けられ、セッション後の行動に関する約束や計画策定は必ずしも求められない。

③ テーマ設定:職場の状況に応じて、前述の「目的」に沿ったテーマを臨機応変、柔軟に設定する。例として、仕事で大事にしていること、この職場で働いてよかったと思うとき、職場で大切にされていると感じたとき、敬意のある言葉かけ、などが挙げられている。

④ 人数・頻度・期間:全員の対話参加が重視されるため、少人数で実施されることが多い。週1回15分、2週間に1回30分等、3ヶ月間以上の定期的、継続的実施が推奨される。

⑤ ファシリテーター:トレーニングを受けたプログラム全体の計画進行者が各回の進行役を担う13

少人数の参加者による対話が重視されるプログラムであるため、リモートワーク下で定着しつつあるWeb会議システムにも適していると考えられる。加えて、職場の人間関係にアプローチするため、リモートワークの課題のひとつであるコミュニケーション不足対策への寄与も期待できよう。

(2)「個人の資源」を増やすジョブ・クラフティング

「個人の資源」は、個人の「ストレスに上手に対処しストレス反応を低減させるスキル」と「仕事の動機づけを高めるスキル」の双方を高めることによって向上させることが可能とされる14

本稿では、近年その効果が注目されている「仕事の動機づけを高めるスキル」として、ジョブ・クラフティング(Job Crafting、以下「JC」)という手法を取り上げる。

JCとは、仕事の意義を高めるために、人間関係や仕事の内容を含めて、自らが周囲に働きかけ、仕事を前向きに変化させることであり15、①仕事のやり方への工夫、②周りの人への工夫、③考え方への工夫の3つに分類される16。先行研究では、《図表4》にある行動例が挙げられている17

先行研究では、特に「考え方への工夫」の重要性が指摘されている18。「考え方への工夫」は、上司の支援によってこれを後押しすることが期待できるとされており19、部下が主体的な行動変革を行った際にネガティブな反応をとらない、上司自身が仕事の中に自分らしさやこだわりを見せるなどの具体例が挙げられている20。また、部下に自律的な職務を与えるなど、適切な「ジョブ・アサインメント」(職務の割り当て)を行うことも重要とされる21。その他、部下本人による過去の「考え方への工夫」の具体的な経験を取り上げ、これを目前の仕事への考え方のポジティブな変容に活かすよう促すなどのコーチング22の手法も効果が期待できるという23

JCについても、職場での実践を企図したマニュアルが公開されている24。また、JCの行動の実現度を測定するツールとして、Job Crafting Scale(JCS)25という質問票が開発されている。21の質問によって、「仕事の資源」あるいは「仕事の要求度」を変化させるようなJCの行動レベルを問う内容になっている。このことは、1.(1)で述べた、「個人の資源」がWEを直接的に高めるだけではなく、「個人の資源」を豊富に持つことで「仕事の資源」を自ら増やし、それによってもWEが高まるとの指摘に符合する。この点と、1.(2)で述べた、「仕事の要求度」によりWEの状態が変化するとの指摘をあわせて考えると、JCはWEを高めるために「個人の資源」に着目した手法であるが、「仕事の資源」や「仕事の要求度」へのポジティブな作用も期待でき、それらを通じてWEを高め得ると考えられる。

3.むすび

WEを高める組織マネジメントを実現するには、これを高めるメカニズムを理解したうえで、「CREWプログラム」のような組織内の対話や、JCのような手法によって「仕事の資源」と「個人の資源」を丁寧に把握し、これらを増やすよう働きかけることが有効である。管理職が、部下に内在する「個人の資源」を増やしていくには、部下自身が本来持っている力や可能性を最大限に発揮できるようサポートするコーチングのアプローチ等が欠かせない。

「仕事の要求度」については、WEにネガティブな影響を与えないレベルを保つだけでなく、「仕事の資源」と「個人の資源」を増やしていくことによって、安易に「仕事の要求度」を下げず、これを部下のやりがいや達成感などのポジティブな受け止めに繋げていくことも求められる。

他方、こうした幅広いマネジメントが求められる管理職には、過度な負荷や疲弊感も生じ得る。これらの軽減のためには、CREWプログラムなどを通じてWE向上への組織風土を醸成することが重要になる。部下の利他的な行動を増やし、職場全体で相互支援を高める手法も実証研究を経て実践的なマニュアルとして作成・公開されている26。また、傘下の組織をいくつかのチームに分けてチームリーダ-にWEを高めるマネジメントを共有し、実践させることも一助になるだろう。

注目を集めるWEが、管理職と部下が共にいきいきと働く職場づくりに活用されていくことを期待したい。

  • 「ワーク・エンゲイジメント」という表記がされることもあるが、本稿では「ワーク・エンゲージメント」と表記する。
  • 島津明人 「産業保健と経営との協働に向けて:ワーク・エンゲイジメントの視点から」(産業・組織心理学研究 第 28 巻第 2号、2015 年)
  • 厚生労働省 「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(2019 年)。「ワーク・エンゲイジメントの高い従業員は、仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て、いきいきとしている状態にあることから、様々なポジティブな効果が期待され、組織コミットメント、仕事のパフォーマンス、自発性、離職率・定着率、健康などのアウトカムを予測することが、多くの先行研究において支持されてきた」とも言及している。
  • 産業保健心理学とは、「労働者の健康と安全を守り、労働生活の質の向上に心理学の知見を適用することを目的とした心理学の応用領域」のことである。島津明人 「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(労働調査会、2014 年)
  • 自己効力感とは、心理学者の Bandura によると「ある行動を遂行することができると自分の可能性を認識していること」を言う。江本リナ「自己効力感の概念分析」(日本看護科学会誌 Vol.20, No.2、2000 年)
  • 厚生労働省 「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(前掲注 3、2019 年)
  • 島津明人 「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(前掲注 4、2014 年)
  • 厚生労働省 「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(前掲注 3、2019 年)
  • Nathan P. Podsakoff, et al., “Differential Challenge Stressor–Hindrance Stressor Relationships With Job Attitudes,Turnover Intentions, Turnover, and Withdrawal Behavior: A Meta-Analysis”, Journal of Applied Psychology, Vol. 92, No. 2. 2007. 本論文によると、ストレスを引き起こす要因(ストレッサー)は、個人の成長や目標等の達成を促進する「挑戦的なストレッサー」と、それらを阻害する「妨害的なストレッサー」があるとされる。両者は仕事のパフォーマンスなどとの関わりが異なるため、区別する必要があるという。
  • 前掲注 3。挑戦的なストレッサーの例として、仕事の難易度が上昇したものの、やりがいのある仕事として従業員が捉えた場合、個人の成長を促進するものとなり得ることを紹介している。
  • 島津明人 「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(前掲注 4、2014 年)
  • 「CREW プログラム実施マニュアル」(平成 30 年度 厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の開発に関する研究」、2019 年)< https://hp3.jp/wp-content/uploads/2019/06/03.pdf >
  • ファシリテーターになるには、ファシリテータートレーニングの受講が必要とされている。前掲注 12。
  • 島津明人 「健康でいきいきと働くために: ワーク・エンゲイジメントに注目した組織と個人の活性化」(心身健康科学 第 13巻第 1 号、2017 年)
  • 江口尚 「働く人たちの参加する個人と組織の活性化手法 職場のソーシャル・キャピタルとジョブ・クラフティング」(労働の科学 第 73 巻第 9 号、2018 年)
  • 「ジョブ・クラフティング研修プログラム実施マニュアル」(平成 30 年度 厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の開発に関する研究」、2019 年)
    https://hp3.jp/wp-content/uploads/2019/09/14.pdf
  • 高尾義明「ジョブ・クラフティング研究の展開に向けて: 概念の独自性の明確化と先行研究レビュー」(経済経営研究 第 1 号、2019 年)
  • 前掲注 3。「考え方への工夫」に着目したジョブ・クラフティング研修の結果、WE が統計的有意に向上したことが報告されている。
  • 前掲注 17。上司の態度や上司との関係性によって部下の JC の程度が影響されることを示す先行研究を複数紹介している。
  • 「社員の「働きがい」を生みだす『ジョブ・クラフティング』を首都大学東京 高尾教授に聞く!」(エン・ジャパンホームページ、2017 年 12 月 28 日)(visited Feb. 3, 2021)
    https://corp.en-japan.com/success/12055.html
  • 島津明人 「ワーク・エンゲイジメントを高める 4 つの方法」(リクルートマネジメントソリューションズ、2020 年 3 月 30 日)(visited Jan. 29, 2021) <
    https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000836/
    島津氏は、組織としてはジョブ・アサインメントを工夫した上で、個人にジョブ・クラフティングを促すのが順番だろうとの考えを示している。
  • コーチングとは、「『答えはその人の中にある』という原則のもと、相手が状況に応じて自ら考え、行動した実感から学ぶことを支援し、相手が本来持っている力や可能性を最大限に発揮できるようサポートするためのコミュニケーション技術」とされる。一般社団法人日本コーチ連盟ホームページ (visited Feb. 3, 2021)
    https://www.coachfederation.jp/ca/coaching/
  • 島津明人氏(慶応義塾大学 総合政策学部 教授)への筆者取材による。(2021 年 1 月)
  • 前掲注 16。
  • 島津明人研究室ホームページ (visited Feb. 3, 2021)
    https://hp3.jp/tool/jcs
    なお、本尺度の使用は、研究目的の場合は 無料、商用目的の場合は原著者に連絡が必要。
  • 「思いやり行動向上プログラム実施マニュアル」(平成 30 年度 厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の開発に関する研究」、2019 年)< https://hp3.jp/wp-content/uploads/2019/06/05.pdf > 同僚同士の他、管理職と非管理職の間で、各自が支援してほしいことを意見交換し、実践に繋げるプログラムである。

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