【Vol.74】1.役員報酬規制

フェロー 隅山 正敏

I.はじめに

金融審議会が役員報酬の個人別開示の見直しに言及した4月後にゴーン氏が開示義務違反で逮捕された。錯綜した状況を紐解くべく歴史的経緯・海外比較の観点から問題を整理し、今後の対応を検討する。

II.わが国における規制の現状

わが国では会社法、金融商品取引法、上場規則という3つの開示体系が入り混じりながらも報酬額に偏った開示を求めてきた。その中で2019年、役員報酬方針の記載事項の拡充など、規制内容を国際水準に一気に引き上げる新たな動きが生じた。

III.米国における規制

報酬規制の主対象は取締役でなく執行役である。報酬額の個人別開示は80年超の歴史を有し、1980年代には「上位5名」とされている。役員報酬に係る不適切事案が度々発生し、規制の進化に繋がっている。近年は報酬体系の設計・運用に関する会社の考え方(報酬方針)の開示を重視している。

IV.英国における規制

報酬規制の主対象は執行役でなく取締役である。報酬額の個人別開示は50年超の歴史を有し、1995年に取締役全員の個人別開示に踏み切った。英国でも不適切事案の発生を受けて規制を進化させており、報酬方針の開示を重視するようになっている。

V.わが国における規制の変遷

わが国では一貫して取締役報酬が論点になっている。報酬額の個人別開示は1953年に廃止され、2011年に復活された。不適切事案の発生がない中、国際的な整合性の観点で規制内容を決めてきた。報酬方針も「決定」方針に限られるものの、2019年に「運用実績」の開示が追加された。

VI.役員報酬規制を巡る論点

海外比較に際して次の点を押さえておく必要がある。

①立法事実:米英では不適切事案の発生が規制の進化に繋がり規制の理解にも貢献している。開示により得られる報酬データが実証研究を可能にし、規制の検討に深みをもたらしている。

②規制の対象者:米国では取締役+執行役、日英では取締役のみが開示対象である。米英では取締役報酬と執行役報酬が明確に区分されているが、日本での取扱いは明確でない場合が多い。

③候補者の範囲:米英では外部招聘が報酬高騰を招いて開示規制が強化されている。日本では内部登用が中心で報酬高騰がない代わりに社外取締役による候補者選定を難しくしている。

④報酬設計思想:米英では外部招聘が競争力のある報酬体系への進化を招いている。日本では報酬体系の見直しが進まず、従業員の賃金体系の延長の域を脱していない。

VII.金融機関に対する上乗せ規制

役員報酬開示について金融機関に限定した上乗せ規制が存在する。利益追求にアグレッシブな株主に寄り添い過ぎる役員報酬体系(インセンティブ)を採用すると、債権者(預金者・保険契約者)の保護に欠ける事態を招きかねないためである。金融機関は役員報酬体系を設計・運用する際に留意すべきである。

VIII.おわりに

わが国の役員報酬開示規制は、長年に亘り報酬額の開示に偏った議論がなされ、報酬額の適切性を判断する関連情報の開示を検討してこなかった。2019年開示府令改正は、初めてバランスのとれた開示制度を志向するものとなっており、今回紹介した海外事例を参考として、役員報酬体系の戦略的な検討が進むことを期待したい。

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