保険・金融・デジタルテクノロジー

顔認証技術とどう向き合えばよいのか

主任研究員 堀田 周作

近年の顔認証技術の発展はめざましく、顔認証によりロックを解除するスマートフォン等が徐々に普及し、空港の出入国管理等においても顔認証の活用が進んでいる。米国では、犯罪抑止を目的に顔認証システムを設置する施設が増えてきたが、同時にプライバシー侵害や誤認証といった課題も浮きぼりとなり、適切な利用の在り方に関する議論が行われている。本稿では、顔認証技術の利用が進んでいる米国での問題や議論の状況について紹介し、顔認証技術との向き合い方について考察する。

1.はじめに

顔認証技術とは、撮影した画像から対象者の顔を検出し、目、鼻、口などの顔の特徴点から個体を判定する技術である1。近年の顔認証技術の向上により、警察、空港、小売店、ホテルや公共交通機関など国内外の様々な施設で導入・利用が進んでいる。日本においても、東京オリンピック・パラリンピック大会において大会関係者の本人確認に顔認証技術の導入が決定している2。また、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)では2024年度に顔認証技術によるチケットレス改札の全駅導入を目指して実証実験を開始した3

顔認証技術の利用は今後拡大していくと期待されるが、その一方で、利用が先行する米国等においてはプライバシー侵害や誤認証による不当逮捕等の問題が発生している。

2.顔認証技術に関わる課題

本章では、顔認証技術の導入・利用が先行し、課題に直面する米国の事例をとりあげ、問題や対応に向けた議論を紹介する。

(1)公共安全の確保vsプライバシー保護

(出典)Detroit grows Project Green Light with business ‘corridor’ option in Corktown https://www.crainsdetroit.com/news/ detroit-grows-project-green-light-business-corridor-option-corktow

米シンクタンクのピュー研究所の調査では、約59%のアメリカ人が、公共の安全を確保するためには法執行機関が顔認証技術を利用しても問題ないと考えている4。実際にFBI、各州や地域の警察において捜査活動や犯罪抑止に顔認証システムを利用している。

ミシガン州デトロイト市では、犯罪が発生する可能性が高いガソリンスタンドやナイトクラブなど夜間営業の店舗において、店舗に設置したカメラを通じて同市警察が常時監視する”Green Light Partner”(以下、GLP)を2016年1月に開始した5,6,7《図表1》。現在、GLPには教会、病院や学校などが参加するまでに対象が拡大している。

一方で、更なる対象の拡大には反対する声も少なくない8。例えば、医療機関がGLPに参加している場合、その医療機関では犯罪抑止効果は期待されるが、患者等が監視カメラに記録され、病気等の知られたくない情報が漏洩する懸念があることが指摘されている9

(2)技術的課題(誤認証)

顔認証技術に関しては、誤認証の問題がある。特に、人種的マイノリティに対する人権侵害・差別を惹起する事例が多数報告されている。例えば、2019年4月、Appleの店舗を訪れたアフリカ系アメリカ人の10代の男性が、同社の顔認証システムの判定誤りにより窃盗犯の容疑で誤認逮捕される事件があった。この男性は、精神的苦痛による損害賠償を請求しAppleを提訴している10。また、2019年4月、ブラウン大学に通うイスラム系の女子学生が顔認証システムによってスリランカで発生した連続爆破テロ事件の容疑者として誤って判定された11

人種的マイノリティで誤認証の割合が高いことは、多くの検証で明らかになっている。2018年にアメリカ自由人権協会(ACLU)が議員の顔写真と25,000の犯人の顔写真データベースを用いてAmazonの顔認証システム”Rekognition”を検証した結果、28人の議員を誤って犯罪者と判定し、このうち約40%が有色人種であった12。白人以外の有色人種の議員の割合が20%であることを考慮すると、有色人種の方が白人より誤認証される可能性が高いことが指摘されている。また、2019年2月に米国政府と民間研究機関が共同で実施した顔認証システムの検証では、顔認証システムの精度が被写体の肌の色の反射率に影響されることが確認されている13。IBM、Microsoft、Amazon等の顔認証システムでは有色人種と白人で判定の精度に差が認められており14、不当な差別を惹起する懸念が指摘されている。

(3)議論・規制の動向

顔認証は、セキュリティ、効率性・利便性など享受できるメリットが大きい技術であるが、前述のとおり技術的課題もあり、利用をめぐっては意見の対立がある。

現在、アメリカ下院の監視・改革委員会で、有識者を招いて顔認証技術の利用範囲、規制等について議論がなされている15。犯罪抑止の側面から警察などの司法機関による顔認証技術の利用は止めるべきではないという主張がある一方で、合衆国憲法で保証されている個人の権利やプライバシーが侵害される懸念があるため、利用目的、範囲等の透明性が確保されるまで利用は止めるべきであるという主張がある16,17

そのような中、IBMは、人権侵害の懸念を惹起する監視やプロファイリングにおけるテクノロジーの利用に反対し、汎用的な顔認証システムやソフトウェアの提供を中止した。また、Amazonでは人身売買の被害者救済等の一部のケースを除き警察への顔認証技術の提供を一年間停止している。これらの企業は、公共安全の確保にテクノロジーは有用であるとしつつ、国や司法機関による顔認証技術の利用については広く議論し、透明性や適正な利用を確保していく必要があるとしている18,19

また、連邦レベルでの法律制定に先駆けて、州市レベルでは公共機関による顔認証技術の利用を制限する法律・条令が制定されている。2019年5月、サンフランシスコ市では全米の主要都市として初めて行政機関や警察による顔認証技術の活用を禁止する条例を制定した20(民間利用に関する制限はない)。その後、マサチューセッツ州オークランド21やサマービル22でも同様の条例が制定されている。州レベルでは、2020年3月にワシントン州で行政機関による顔認証技術の利用に関する法律(Senate Bill6280)が可決され、2021年7月に施行予定となっている。同州の現行法(House Bill1493)では、生体認証情報の対象から「物理的またはデジタル写真(顔写真のデータ)」は除外されているが、Senate Bill6280では、顔認証データを対象とし、Judge(司法官)からWarrant(顔認証技術の使用許可書)を取得することや顔認証技術の利用目的・誤答率やデータ保護対策などをまとめたAccountability Report(顔認証技術に関する報告書)をLegislative authority(市や郡など立法権を与えられた機関)に提出することなどの行政機関の義務が定められている。

3.最後に

日本で今年公表されたカメラによる顔認証技術に対する意識調査結果23では、約6割が顔認証技術によるサービス利用に抵抗感があると回答している。主な理由として、撮影に対する抵抗感、利用用途への懸念が挙げられている。

本稿ではアメリカにおいて顔認証技術が直面する課題、法規制に関する議論の動向について概括した。我々が顔認証技術の活用によるメリットを享受していくためには、同時に透明性の確保、プライバシーや人権への配慮が必要である。生活を豊かにし、安全性を高める新技術の利活用は必要である。今後、誤認証をなくす技術の進歩や顔認証技術の利用に関する法整備の拡充を期待するとともに、日本においても顔認証技術の利用のあり方について議論を深める必要があるだろう。

  • NEC,「世界トップの技術力と取り組みの歴史」(2020年3月31日訪問)
    https://jpn.nec.com/biometrics/face/history.html
  • NEC,「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会にNECの顔認証システムを納入」(2020年3月31日訪問)
    https://jpn.nec.com/ad/2020/op/face-recognition/index.html
  • CNET Japan,「大阪メトロ、顔認証でゲートを開閉する改札機の実験–地下鉄の動物園駅前など4駅で」2019年12月11日
  • Pew Research Center, “More than Half of U.S. Adults Trust Law Enforcement to Use Facial Recognition Responsibly”, Sep 5, 2019
  • Noah Urban, Jacob Yesh-Brochstein, Erica Raleigh and Tawana Petty, “A Critical Summary of Detroit’s Project Green Light and its Greater Context, Detroit Community Technology Project”, June 9 2019.
  • https://detroitmi.gov/departments/police-department/project-green-light-detroit
    (visited Apr 1, 2020)
  • Clare Garvie, Laura M.Moy, “AMERICA UNDER WATCH FACE SURVEILLANCE IN THE UNITES STATES”, May 16, 2019
  • Mark Hick, “Green Lights adds 1st school, sparks criticism”, Apr 22, 2018
  • 前掲注7
  • Joy Boulamwini, “United States House Committee on Oversight and Government Reform Hearing on Facial Recognition Technology (Part 1): Its Impact on our Civil Rights and Liberties”, May 22, 2019
  • 前掲注10
  • American Civil Liberties Union, “STATEMENT OF NEEMA SINGH GULIANI, SENIOR LEGISLATIVE COUNSEL, WASHINGTON LEGISLATIVE OFFICE AMERICAN CIVIL LIBERTIES UNION For a Hearing on: Facial Recognition Technology (Part 1): Its Impact on our Civil Rights and Liberties. Before House Oversight and Reform Committee”, May 22, 2019.
  • Cynthia M. Cook, John J. Howard, Member, IEEE, Yevgeniy B. Sirotin, Member, IEEE, Jerry L. Tipton, and Arun R. Vemury, “Demographic Effects in Facial Recognition and their Dependence on Image Acquisition: An Evaluation of Eleven Commercial Systems”, Feb 2019
  • 前掲注10
  • アメリカ下院規制・改革委員会のHP(Visited Apr 1, 2020)
    https://oversight.house.gov/legislation/hearings/facial-recognition-technology-part-1-its-impact-on-our-civil-rights-and
  • 前掲注10
  • 前掲注12
  • IBM,” IBM CEO’s Letter to Congress on Racial Justice Reform” Jun 8, 2020
    https://www.ibm.com/blogs/policy/facial-recognition-susset-racial-justice-reforms/
  • https://blog.aboutamazon.com/policy/we-are-implementing-a-one-year-moratorium-on-police-use-of-rekognition
    (Visited Jun 12, 2020)
  • CITY AND COUNTY OF SANFRANCISCO BOARD OF SUPERVISORS, ORDINANCE NO. 107-19 Administrative Code- Acquisition of Surveillance Technology (Stop Secret Surveillance Ordinance)
  • City of OAKLAND, 9.64.045 – Prohibition on City’s acquisition and/or use of face recognition technology.
  • City of Somerville, Ordinance No.2019-16 BAN OF FACIAL RECOGNITION TECHNOLOGY.
  • クレストホールディングス株式会社,「カメラによる顔認証技術に対する意識調査」2020年1月28日調査対象は20歳から69歳の男女500名。

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