ヘルスケア・ウェルビーイング

新型コロナと地域医療供給体制(2/3) ~TeleーICU(遠隔ICUシステム)~

主任研究員 福嶋 一太

新型コロナウイルス感染症の流行で浮き彫りになった医療提供体制の課題を考える3回シリーズ。ホールディングカンパニー型の大規模医療法人による機能分担と業務連携に着目した第1回の「地域医療連携推進法人」に続き、第2回の本稿では、高度急性期医療を担うICUに係る諸課題の解消に向けた「Tele-ICU(遠隔ICUシステム)」を取り上げ、非常時の緊急、重症患者に対する医療提供体制の在り方を考える。

1.ICUの課題とTele-ICU

(1)ICU病床と専門医の不足等

新型コロナウイルス感染症の拡大期において、緊急性の高い重症患者を受け入れるICU(Intensive Care Unit:集中治療室)病床の不足が報道等で指摘された1。しかし、「コロナ以前」から、我が国では「ICU病床の不足」、「集中治療医の不足と偏在」という課題が認識されていた2

日本のICU病床数は人口10万人当たり13.5床であり、国際的に見ると、アメリカの34.7床やドイツの29.2床などと比較して少ない3

また、ICU病床の少なさだけでなく、日本ではICU病床の多くに専従医や専門医が十分に配置されていないことも指摘されている4。ICU等で専門的な医療を行う集中治療専門医は全国に約1,950名であり、全医師(約32万人)に占める割合は0.5%程度である5。加えて、集中治療専門医は東京、大阪、愛知などの大都市に集中している。最も多い東京都の237人に対し、最も少ない鳥取県は4名であり、人口比の約25倍に対して約60倍となっている6

(2)遠隔医療の一形態としてのTele-ICU

WHO(世界保健機関)による病床数に関する直近の国際比較(人口千人あたり)では、日本はOECD諸国の中で最も多い13.0床である7。病床数が世界トップクラスである一方で、緊急または重症な患者に高度な医療を24時間体制で行うICU関連のリソースが少ないというアンバランスな医療供給体制になっていることがわかる。この点の是正もその目的の一つとする施策が地域医療構想であるが、当施策は病院機能の再編を伴うこと等を背景にその推進が遅れている8

そこで、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、情報通信技術によりアンバランスな医療供給体制の是正を目指す「遠隔医療」に注目が集まっている。遠隔医療では、感染防止の観点から、通院せずにオンラインを通じて医師が患者を診察する「オンライン診療」が身近な仕組みであるが、医師や医療機関同士をネットワークでつなぐ仕組みも遠隔医療の一形態である。本稿では、後者のうちICU病床をネットワーク化し、ICUにおける課題を解決しようとする遠隔ICUシステム(Tele-ICU)を紹介する。

2.Tele-ICUの仕組み

Tele-ICUとは、情報通信技術を利用して複数の病院のICUをネットワーク化し、コントロールセンターの役割を担う機関に所属する集中医療の専門医等が、現場の医師に対して助言等を行うことで医師間の連携を促進し、均質的な集中医療を提供しようとするものである9。集中治療医の不足や地域偏在等を解消する仕組みとして期待されている。

先行するアメリカでは1990年代後半からTele-ICUの導入が始まり、2018年時点でICU病床を備えた病院の26.8%にTele-ICUが導入されている10。また、Tele-ICU導入の効果として、導入後のICU在院死亡率は17%低下、ICU滞在平均日数は0.63日減少したことが報告されている11

我が国でもTele-ICUの導入により医師の働き方が効率化されることなどを踏まえ、医師の働き方改革の一環としてTele-ICU導入を促進するため約5.5億円が予算化されたところである12

以降、都市部と過疎地域における具体的事例を通じてその仕組みを見ていく。

(1)都市部(神戸市)

神戸市の基幹病院である市立医療センター中央市民病院は、市内唯一の感染症指定医療機関(感染症予防法で規定されている感染症の中で、危険性が高く特別な対応が必要な感染症の患者を治療する医療施設)である。コロナ禍初期においては、市内の一部の医療機関が、軽症・中等症患者向け病床と、重症者向け病床を確保して治療に当たっていた。しかしその後、中等症患者が重症化するリスクを考慮して、各医療機関が重症者病床を設けている中央市民病院に患者を早期に転送することが多くなっていった13。これにより最後の砦である中央市民病院の業務が一時逼迫した14。神戸市は中央市民病院を重症患者への対応に集中できる環境を構築し、新たに軽症・中等症患者の対応を行う他の病院における専門性の不足を補い、医療供給体制の安定的な確保を目指すため、2020年9月よりTele-ICUを導入した。

Tele-ICUの運営は、株式会社 T-ICUが行い、同社登録の専門医が、新型コロナウイルス感染症患者の治療方針等について連携する病院の医師に助言を行う。Tele-ICUの運用に際しては、各病院が専用端末を導入し、オンライン上で患者のカルテを共有、同社登録の専門医が365日、24時間体制で対応することとなっている《図表1》。

専門医によるリモート診断によるサポートにより、軽症、中等症、重症ごとに適切な医療を提供できる医療機関に感染者を振り分ける機能分担が可能になり、重症者向け病床を持つ中央市民病院だけでなく、軽症・中等症患者向けの病床を有する市内の医療機関全体が逼迫しないように調整するための仕組みとなっている。当面は神戸市内の約20施設が参加し、その後他の自治体との連携も検討することとされている。なお、導入時の専用端末導入コストなどは神戸市が負担する。

(2)過疎地域(和歌山県那智勝浦町立温泉病院)

和歌山県南部にある那智勝浦町立温泉病院は、へき地医療や救急医療を担う公的病院である。最も近い高度急性期医療機関である和歌山医療センターとは約90km離れているという環境下で、幅広い疾患・重症度の緊急患者を診療する役割を担っている。

救急科専門医が在籍していない同院ではT-ICU社が運営するTele-ICUを導入し、同社登録の専門医と連携して緊急時医療に対応している《図表2》。

導入後、同院の医師からは、専門医の適切なアドバイスにより、患者へアクセスする時間が短縮された、相談することで自身の新しい学びや気づきが生まれた、などの声が挙がっている15

この事例は、Tele-ICUが都市部の医療資源の効率化だけでなく、医療資源の地域格差の軽減にも有効であることを示している。

3.Tele-ICUの課題と期待

Tele-ICUは、現場の医療従事者の求める支援を専門性の高い医療従事者がタイムリーに行うことに意義があるため、中核となる医療機関に、医療記録、生体情報モニター、医療機器からのデータがリアルタイムで正確に提供されることが求められる。そのためには医療機関間でデータを共有化するためのプラットフォームの構築が必要になるが、日本の医療機関では電子カルテやモニターなどにおいて様々な規格のシステムが使用されており、これがTele-ICU構築の障壁となっている16。新たに共通のシステムを導入するためには、コストの負担調整や、導入是非についての関係者間の合意を取ることの難しさなども課題として挙げられている17。他にも、個人情報が適性に保護されるセキュリティの確保、システムの更新、維持に係るコスト負担と公的支援財源の在り方など、普及に向けた課題は多い。また、地域の医療機関、地方自治体、地域医師会等の医療関連団体、高度な医療を提供する大学病院等の特定機能病院、医療情報システムを提供する企業等、多くの関係者が参画する仕組みであるため、定着にはこれらの関係者の中で強力なリーダーシップを発揮する主導者も求められるだろう。

しかしながら、Tele-ICUは、医療機関間の機能分担や病床融通というアプローチではなく、医療機関間の情報通信ネットワークを介して、中核となる医療機関に常駐する専門性の高い医療従事者と現場の医療従事者とが連携することで、高度な急性期医療に求められる専門性を地域に分散させる。また、ICUに勤務する医療従事者の負荷を軽減する効果も見込まれる。

地域における専門的な医学的知見を情報通信技術によってリアルタイムに最大化するTele-ICUというシステムは、地域の限られた医療資源を効率的に活用し、非常時の緊急、重症患者に対する医療サービス提供体制の構築に向けた一つの方向性を示していると思われる。

  • 三原岳「地域医療は再生するか コロナ禍における提供体制改革」(医薬経済社、2020 年 11 月 11 日)
  • セミナー「地域の医療課題にモビリティは何ができるのか?」配布資料「医療の新しいカタチ 遠隔 ICU」(株式会社 T-ICU 講演、2020 年 11 月 11 日)
  • 厚生労働省「ICU 等の病床に関する国際比較について」(2020 年 5 月 6 日)
  • 内野滋彦「わが国の集中治療室は適正利用されているのか」(日本集中治療医学会誌 vol17 No2 2010 年)
  • 前掲注 2
  • 同上
  • OECD (2021), Hospital beds (indicator). DOI: 10.1787/0191328e-en
    https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm
    (visited Jan. 8,2021)
  • 前掲注 1
  • 日本集中治療学会遠隔 ICU 委員会 Ad Hoc ホームページ
    https://www.jsicm.org/tele-icu/
    (visited Dec.29,2020
  • Snigdha Jain et al. “Availability of Telemedicine Services Across Hospitals in the United States in 2018: A Cross-sectional Study” (Annals of Internal Medicine,2020, DOI:10.7326 / M20-120)
  • Jing Chen, et al.” Clinical and Economic Outcomes of Telemedicine Programs in the Intensive Care Unit: A Systematic Review and Meta-Analysis” (Journal of Intensive Care Medicine,2017, DOI :10.1177 / 0885066617726942)
  • 厚生労働省「平成 31 年度概算要求の概要(厚生労働省医政局)」
    https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/19syokan/dl/gaiyo-02.pdf
    (visited Dec.29,2020)
  • Tech crunch Japan ホームページ「神戸市が新型コロナ対策として遠隔 ICU システムを導入、スタートアップの T-ICU と連携」
    https://jp.techcrunch.com/2020/08/11/kobe-introduced-a-remote-icu-system-t-icu/
    (visited Jan.5,2021)
  • 日本経済新聞「T-ICU、コロナ治療で専門医が遠隔助言 神戸市と」(2020 年 8 月 9 日)
  • 株式会社 T-ICU ホームページ「導入事例【#2】指導医不足の解消につながりました」
    https://www.t-icu.co.jp/1
    (visited Jan.8,2021)
  • 石橋未来、武井聡子「ポストコロナの医療提供体制を展望する」(大和総研、2020 年 7 月 21 日)
  • 総務省「医師対医師の遠隔医療の実施状況に関する調査報告書」(2020 年 3 月 31 日)

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