ヘルスケア・ウェルビーイング

ヘルスケアデータの民間活用は進むのか? 制度改正の動向と民間企業への影響

主任研究員 岡島 正泰

行政デジタル化とともに、マイナポータルの機能拡充などヘルスケアデータの民間活用を促す制度改正が進められている。ヘルスケアデータは個人情報保護の観点から慎重な取り扱いが求められるが、マイナンバーカードがセキュリティと利便性を両立して普及していくことなどにより、民間企業を含めた幅広い主体が活用できるようになる。このような環境変化は、民間企業における商品魅力の向上やDX推進のチャンスとなるだろう。

1.はじめに

5月12日にデジタル改革関連6法が成立し、9月のデジタル庁創設に向けて行政デジタル化への関心が高まっている。政府は、行政デジタル化とともに民間企業のヘルスケアデータ活用環境を整え、医療・健康産業を創出しようとしている1。しかし、行政デジタル化の鍵となるマイナンバーカードの普及率は5月にようやく30%を超えたところで2、行政デジタル化やヘルスケアデータの民間活用の進展を実感することは依然難しい状況だ。本レポートでは、民間企業のヘルスケアデータ活用を促進する最近の制度改正の動向を概観したうえで、民間企業がヘルスケアデータを活用し、商品開発や顧客サービスの改善を進めるためのヒントを探る。

2.ヘルスケアデータの民間活用を促す制度改正の動向

(1)制度改正の動向

民間企業のヘルスケアデータ活用を促す制度改正の動向を≪図表1≫にまとめた。それぞれの制度ごとに利用できるヘルスケアデータの内容や範囲が異なる。また、個人情報である顕名データと個人を特定できないように加工した匿名データが混在している。

(出典)各種資料を基にSOMPO未来研究所作成。

(2)マイナポータルの機能拡充

政府は、個人に対する行政サービスのWEBポータルである「マイナポータル」の機能を拡充している。スマートフォンやPCから、児童手当や介護の手続き、住民票の世帯情報・課税所得額・予防接種履歴などの自治体が保有する自分の情報を閲覧することができる。また、銀行や証券会社に口座を開設する際などの身元確認を、運転免許証などの写しを提出する代わりにオンラインで完結する「公的個人認証」や、マイナポータルに登録された自分の情報を本人の同意の下で民間企業などにオンライン提供する「自己情報取得API」などの機能が提供されている。

これらのサービスを利用する際には、パスワード入力だけでなく、マイナンバーカードのICチップに保存された電子証明書をカードリーダーやスマートフォンで読み取って本人確認する必要がある。セキュリティは確保できるが、利便性の低さが課題だ。

5月12日、デジタル改革関連6法の一つ「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」が成立し、スマートフォンにマイナンバーカードの電子証明書機能を搭載することが法律上可能となった。サービス利用時にマイナンバーカードを読み取る必要がなくなり、利便性が大きく向上する。政府は、安全性の高いチップを用いる比較的新しい機種のAndroid端末から2022年度中にマイナンバーカード機能を搭載できるようにする方針だ3。また、アプリ方式の電子証明書を、マイナンバーカードの電子証明書と紐づけて信頼性を確保したうえで活用することも検討している。この方式はデジタル化で先行する北欧諸国などで導入されており、利便性を一層高める効果が期待できる。

更に、マイナポータルで閲覧し、自己情報取得APIでオンライン提供できる自分の情報も拡充される見込みだ。健康診断結果や、医療機関を受診した際に作成されるレセプトの薬剤・手術などの情報の追加が検討されている4。一方で、健康診断結果などの情報は機微性が高いため、個人情報保護の観点から慎重に取り扱う必要がある。自己情報取得APIから健康診断結果などの提供を受けた事業者には、更に別の事業者にその情報を提供する場合には事前に本人から同意を得る、その同意の撤回が容易に行えるようにする、などの措置を採ることが義務付けられ5、個人情報の拡散を心配する人々の不安に応えていく方針だ。

(3)次世代医療基盤法の施行

2018年5月に「次世代医療基盤法」が施行された。通常、医療機関などが保有するレセプトや電子カルテなどのヘルスケアデータは、あらかじめ患者本人の同意を得ないと第三者に提供できない6。しかし、医療機関は、同法の認定を受けた「認定匿名加工医療情報作成事業者」に対しては、患者にあらかじめ通知し、提供の停止を求められなければヘルスケアデータを提供できることとなった(オプトアウト方式)。

認定事業者には高度なセキュリティと専門的な匿名加工技術が求められ、現在2社が認定を受けている7。2020年10月に認定事業者によるデータ提供サービスが開始され、12月には製薬会社へのデータ提供も始まった8

(4)公的データベースの民間開放

2020年10月に「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律」が施行され、全国のレセプトと特定健診9を匿名化して連結した国のデータベース(NDB:ナショナルデータベース)から、民間企業もデータを取得できることとなった。

しかし、データ取得にあたっては、公益的な利用目的・研究成果の公表・厳格なセキュリティ対策(作業用PCの外部ネットワークからの遮断、入退室管理など)といった措置が必要とされており10、民間企業による幅広い利用に向けたハードルは依然高いとみられる11

(5)情報銀行の認定基準改定

2019年10月、総務省は情報銀行のヘルスケアデータの取り扱いを緩和する指針を公表し、ヘルスケアデータを取り扱う情報銀行が認定団体による認定を受けられるようになった12。しかし、取り扱うヘルスケアデータを身長・体重・血圧などに限定する必要があり、健康診断結果や病歴などは依然として認定対象外となっている13。これまで(2021年4月現在)のところ、ヘルスケアデータを取り扱う事業内容で認定を受けた情報銀行は存在しない模様だ14

3.民間企業によるヘルスケアデータ活用

(1)顕名データの活用

マイナポータル・情報銀行などの制度改正により、本人の同意の下で健康診断結果、レセプト、身長・体重・血圧などの顕名のヘルスケアデータを民間企業に提供する仕組みが徐々に整備されている。また、行政デジタル化によるマイナンバーカードやマイナポータルの利便性向上が追い風となり、マイナポータルを利用し、「自己情報取得API」を活用してヘルスケアデータを民間企業に提供する人々が増える可能性がある。

このような環境変化が実現した場合、マイナポータルやヘルスケアデータを活用して民間企業はどのようなサービスを顧客に提供できるのだろうか。既にそのような環境を整えている国の一つであるデンマークの事例を紹介する。

①国民ID「NemIDコードアプリ」

デンマークでは、国民IDであるNemIDの電子証明書機能のアプリ化が進んでおり、国民の約65%が「NemIDコードアプリ」を利用している15。ダウンロードしたコードアプリは、NemIDとパスワードを入力した後、国民に配布されているNemIDカードに記載された暗証番号を入力することで本人確認して有効化する。その後、行政や民間企業のサービスにNemIDでログインするとアプリに通知が届く。本人がその通知を承認し、NemIDの第三者によるなりすまし利用を防ぐ仕組みだ。高度なセキュリティと利便性の両立により、政府や民間企業が提供する多様なアプリの基盤になっている。

(出典)The Danish Agency for DigitisationのWebサイトよりSOMPO未来研究所作成。

②薬局アプリ「apoteket」

デンマークでは医療機関で処方された処方箋もNemIDで管理されているため、利用者が薬局アプリにNemIDでログインすることで、アプリに処方箋の内容が連携される16。処方された薬剤の在庫がある薬局や、健康保険の補助を控除した薬の値段がアプリに表示され、宅配での注文も可能だ。薬の飲み忘れを防ぐための服薬管理機能も用意されている。

③健康ポータルアプリ「Min Sundhed」のコロナパス

デンマークでは医療機関の治療歴、予防接種履歴、新型コロナウィルスの検査結果などもNemIDで管理されている。それを利用し、3月に健康ポータルアプリ「Min Sundhed」にNemIDでログインすることで、コロナワクチンの接種、PCR検査・抗原検査(検査陰性から7日)、免疫獲得(PCR検査陽性から15日目~8か月)後にコロナパスをスマートフォンに表示できるようになった17。5月末には、コロナパスの専用アプリもリリースされた18。コロナパスの提示を条件に飲食店・レジャーなどの施設を利用可能とし、段階的に民間企業の経済活動を再開している。

処方箋やコロナ罹患歴などの顕名のヘルスケアデータは特に慎重な取り扱いが必要だが、デンマークでは、NemIDのセキュリティと利便性を両立することで、民間企業を含めた幅広い主体によるヘルスケアデータ活用が可能となっている。

(2)匿名データの活用

次世代医療基盤法の施行、公的データベースの民間開放など匿名ヘルスケアデータの活用を促す制度改正が進むだけでなく、医療機関や健康保険組合の保有するデータを匿名化して蓄積・分析するサービスを提供する民間事業者も増えてきている19。健康診断結果・レセプト・電子カルテなどのデータは、連結することで多面的な分析が可能になる。例えば、健康状態と病気の発症の関係を分析し健康増進サービスを改善する、医療機関の診療行為・薬剤・検査結果と治療効果の分析を医療の質改善や医療資源の配分見直しに活かすことなどができる。また、データの規模が大きくなると、稀少な疾患などに対する分析も可能になる。

これまで、匿名化したヘルスケアデータは研究機関だけでなく、製薬会社、医療機関や健康保険組合向けサービスを提供する企業、医療保険などを販売する保険会社の商品開発などに活用されてきたが、データ利用コストや分析ノウハウの面で利用できる企業は限定されていたと考えられる。利用できるデータの種類・規模が拡大し、提供事業者が増えてくるなかで、民間企業による健康・医療サービス開発の裾野が広がることが期待される。

4.まとめ

近年の制度改正により、民間企業が利用できるヘルスケアデータが増えている。また、行政デジタル化とともに、マイナポータルを経由してセキュリティと利便性を両立した顕名のヘルスケアデータも提供される見込みであり、デンマークのようなデジタル化社会がそう遠くない将来に実現するかもしれない。

しかし、医療機関を受診した患者のレセプト情報をマイナポータルに正確に紐づけるために必要となる、「オンライン資格確認システム」のリリースが当初予定された3月からシステムトラブルにより半年程度延期されるなど20、システム構築の難しさも明らかになっている。マイナンバーカードの一層の普及も必要であり、動向を注視しなければならない。

民間企業にとって、マイナポータルの機能拡充や利用できるヘルスケアデータの増加は、商品サービスの魅力向上やDX推進のチャンスとなる。民間企業が魅力的な商品サービスを開発することで、マイナポータルを利用する人々を増やす効果も期待できる。そのような観点から、民間企業として事業化の可能性を探るに当たって、行政デジタル化やヘルスケアデータ利用に関する政策動向は極めて重要となっている。

  • 首相官邸「健康・医療戦略(令和3年4月9日一部変更)」(2021年4月)
  • 総務省「マイナンバーカード交付状況(令和3年5月1日現在)」(2021年5月)
  • 総務省「マイナンバーカードの機能のスマートフォン搭載等に関する検討会 第1次とりまとめ」(2020年12月)
  • 厚生労働省「第6回健康・医療・介護情報利活用検討会 データヘルス集中改革プラン等の工程の具体化(案)」(2020年12月)
  • 総務省、厚生労働省、経済産業省「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」(2021年4月)
  • 個人情報保護法第23条第2項
  • 2019年12月に(一社)ライフデータイニシアティブ、2020年6月に(一財)日本医師会医療情報管理機構が認定を受けた。
  • ライフデータイニシアティブのウェブサイト(visited Jun.3, 2021)
    https://www.ldi.or.jp/
  • 40才以上75才未満の者に対して行われる、内臓脂肪性肥満(メタボリックシンドローム)に着目した健康診査。
  • 厚生労働省「匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報の提供に関するガイドライン」(2021年1月)
  • 厚生労働省は、NDB の基礎的な集計を「NDB オープンデータ」として公表している。NDB オープンデータは、民間企業なども任意に利用できる。
  • 総務省「情報信託機能の認定に係る指針 Ver.2.0」(2019年10月)
  • 健康診断結果は個人情報保護法の要配慮個人情報に該当するが、「情報信託機能の認定における指針 Ver.2.0」において、要配慮個人情報は情報銀行の認定の対象外とされている。
  • 日本IT団体連盟「「情報銀行」認定状況について」(2021年4月)によると、現在7つの情報銀行が認定を受けているが、いずれもヘルスケアデータは取り扱っていない。
  • Agency for Digitisationのウェブサイト(visited Jun.3, 2021)
    https://digst.dk/it-loesninger/nemid/tal-og-statistikom-nemid/
  • apotekのウェブサイト(visited Jun.3, 2021)
    https://www.apoteket.dk/medicin/app/receptoverblik-og-informationom-medicin-i-appen
  • Sundhed.dkのウェブサイト(visited Jun.3, 2021)
    https://www.sundhed.dk/borger/corona/coronapas/
  • Netcompanyのウェブサイト(visited Jun.3, 2021)
    https://www.netcompany.com/int/Coronapas
  • 例えば、JMDC、MEDIVA、新医療リアルワールドデータ研究機構などの民間事業者が存在する。
  • 厚生労働省「第142回社会保障審議会医療保険部会 オンライン資格確認等システムについて」(2021年3月)

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