訴訟ファンドは訴訟に勝ってリターンを手にするというインセンティブを持ち、投資効果の見極めを厳しく行う。最近はLexisNexisといった訴訟に関するデータベースを提供する会社が出現し、訴訟が情報産業化してきている。おかげで法域や事案の内容、判例、裁判官や相手の弁護士事務所などの情報に基づき、より高い精度で訴訟のコストと回収のタイミングを見通し、十分なリターンを見込めるかどうか計算することができるという9。訴訟ファンド大手Woodsfordによると投資が成立するのは候補案件の3.5%程度であり(≪図表3≫参照)、資金提供を受けるのは簡単ではなさそうだが、投資決定は、勝訴する確率が高いという印になるだろう。
企業分野における訴訟ファンド
上席研究員 海老﨑 美由紀
1.企業分野1における訴訟ファンドの概要
企業が事業を行う中で、なんらかの権利を侵害され法的な請求権を得ることがある。しかしながら、訴訟を起こすとなると、時間と労力を要し、往々にして多大な費用を要することになり、かなりハードルが高い。
そこに資金と訴訟経験を持って登場したのが『訴訟ファンド』である。訴訟ファンドは、訴訟当事者の片方(主に原告側)と契約を結んで訴訟に係る費用に充てる資金を提供し、勝訴した場合に勝ち取った額からリターンを受け取る。敗訴した場合には訴訟ファンドから受けた資金の弁済義務は原則的になく、ノンリコースの形をとる(≪図表1≫参照)。企業は、どれだけの期間、どれだけの金額を負担する必要があるのかわからない訴訟に係る費用の不確実性をファンドに転嫁しながら、法的請求権の現金化を目指すことができる。ただし、訴訟ファンドが受け取るリターンは勝ち取った額の30~40%2とも、かかった費用の3倍とも言われ、かなりの高額に設定されることもある(≪図表2≫参照)。したがって利用時に締結される契約は十分に吟味される必要がある。
訴訟ファンドは、英米豪を中心に増加しているが、「歴史が浅く、生成過程にあり、法的整備も業界団体も未熟な状態の中、実需先行で進んでいる」3。国際的には1000億ドルの資金が提供可能ともされ4、利用が拡大しているという5。
2.訴訟ファンドが利用される理由
(1)訴訟にかかる費用を賄い法的請求権の履行を可能に
訴訟すれば高い確率で賠償金が得られることが分かっていても、長期間に亘る訴訟の費用を負担しなければ訴訟はできない。たとえば、破綻した企業は管財人の下で資産の整理を行い、可能な限り現金化を進めて負債の返済に充てることになる。資産の中には法的請求権も含まれ、訴訟などの法的手段に訴えれば現金を得ることができる。しかし訴訟費用を賄う体力はないというとき、訴訟ファンドから資金提供を受ければ法的手段を行使する可能性が出てくる。訴訟ファンド利用の始まりはこのようなケースからであったが、現在はさまざまなケースで企業の訴訟や仲裁に係る費用を訴訟ファンドが提供するようになってきた。
(2)精度の高い投資(勝敗)見込み
海外、特に米国の訴訟は時間とお金がかかる。時間単位でかかる弁護士費用、外部の専門家の費用、証拠を収集して提出する費用など、長びくほどコストが累積して莫大な額となり、賠償額を超えることさえある8。訴訟の行方については信頼する法律事務所の見立てを重視することになる。これが従来型の訴訟である。
(3)訴訟ファンドの第三者機関としての機能
訴訟ファンドは、投資の見極めだけでなく、訴訟の進捗・勝敗の行方を第三者の観点からウォッチする。まず、資金提供を行うにあたっては、訴訟経験が豊富な専門家が、候補事案のデューディリジェンスを行う。さらに、訴訟ファンドは投資効率を最大にするために早期解決を目指し、訴訟には非介入の立場をとりながらも、訴訟の進捗をモニタリングする。このような第三者機関の存在は、これまで法律事務所に任されてきた訴訟に市場原理を持ち込み、コストのかかる進め方を少しでも効率化する力を持つかもしれない。
3.訴訟ファンドに関連する規制の見直しと健全な市場の形成
訴訟の公平性を保つために訴訟の当事者以外の第三者が訴訟を幇助することは認めない10というのが、英米豪を中心とするコモンローの世界における中世以来の大原則であった。訴訟ファンドの台頭もあって、近年英国11をはじめ、豪州12、米国13、カナダ14、シンガポール15とこのルールの見直しが進められている。
確かに商工会議所等を中心に、訴訟ファンドを倫理的な側面から『高利貸し』に近いものと批判する声もある16。しかしながら、訴訟が司法制度を利用するための道であり、かつ相当なコストがかかるものである以上、なんらかの資金を提供するしくみは必要ではないか17という考え方が、ルール見直しを促しているのだろう。
もしも訴訟ファンドを規制によって制限するならば、出資にあたっての資本十分性、健全性基準の導入、資金提供契約の開示などのルールを定めることだとする論者もいるが、これらは新規参入の障壁を高くする18。むしろ訴訟ファンドのプレーヤーが増加し、自由競争の中で訴訟ファンドが課す手数料やリターンが下がることの方が市場形成としては健全なのかもしれない。健全な市場の形成という意味では、訴訟ファンド自身が行動指針を策定し自主規制を行う19ところもあり、小規模ではあるが国際的な訴訟ファンド比較サイト20も出てきている。
また企業分野における訴訟ファンドの利用は、顧客となる訴訟当事者企業およびその顧問弁護士等にも訴訟ファンドと対等に協議できるだけの能力を求める。そうでなければ、資金提供契約の条件やリターンの約定の妥当性を十分に評価できないからだ。訴訟ファンドと対等な立場でパートナーを組む能力を備えた企業、つまり訴訟ファンドを利用する適格性を備えた利用者によるファンド選択が進めば、訴訟を合理化するツールともなり得るのではないか。
いずれにしても、まだまだ未成熟なしくみであり、今後事例を重ねながら、訴訟という司法へのアクセスを、必要なときになるべく小さなコストで得られるように変わっていくことが望まれる。
- 訴訟ファンドは第三者が訴訟の当事者に対して行う資金提供の方式のひとつであり、大きく企業分野と個人分野がある。本稿で取り上げるのは企業分野である。企業のBSに埋蔵された新たな資産とも言われる法的請求権を訴訟ファンドからの資金提供を受けて現金化するという新たな企業ファイナンスの手法のひとつとして捉えられている。これに対し個人分野の訴訟ファンドは、集団訴訟などにおいて資金に乏しい個人に対し資金を提供することが多く、企業分野における資金提供とは性格を異にする。
- 日本国際知的財産保護協会「既存の特許ポートフォリオから新たな収益チャンスを生み出す画期的アプローチの提案~「訴訟費用の投資会社による負担」を軸に企業に収益をもたらす~」、AIPPI・JAPAN米国知財セミナー報告(2017年7月21日)
- 訴訟ファンドのすべてウェブサイト「訴訟ファンドとは」、株式会社ジュリスティックス。
http://soshofund.com/what_is_lf/
(visited Nov. 28, 2019) - Institute for Legal Reform, U.S. Chamber, “Third Party Litigation Funding (TPLF)”,
https://www.instituteforlegalreform.com/issues/third-party-litigation-funding
(visited Nov. 27, 2019). - David Lat, “4 Questions About The Future Of Litigation Finance, Litigation funding is booming; where is it heading from here?”, Lake Whillans, Sep. 24, 2018.
- International Law Officeウェブサイト, “Essar v Norscot: landmark decision that third-party funding has been waiting for?”, Oct. 18, 2016.
https://www.internationallawoffice.com/Newsletters/Litigation/United-Kingdom/RPC/Essar-v-Norscot-landmark-decision -that-third-party-funding-has-been-waiting-for
(visited Dec. 25, 2019) - Permanent Court of Arbitration, “1. Guaracachi America, Inc. (U.S.A.) & 2. Rurelec plc (United Kingdom) v. Plurinational State of Bolivia”, (PCA Case No. 2011-17, Jan. 31, 2014.)
- 米国において2006年の連邦民事訴訟規則の改正から始まったe-Dicoveryと呼ばれる電子情報開示のシステムは、膨大な電子データを整理し、所定のフォームで登録し、また大量のデータの中から有力な証拠を発掘するために弁護士、IT技術者、書類登録業者などによる作業が必要となり、訴訟費用を押し上げている。(IR Global, “Litigation Funding, Handling commercial and financial disputes”, Virtual Round Table Series Disputes Working Group 2018.)
- Woodsford Litigation Funding, “A Practical Guide to Litigation Funding, Woodsford Litigation Funding Insight”.
https://woodsfordlitigationfunding.com/white-paper-practical-guide-litigation-funding/
(visited Dec. 25, 2019) - 裁判のシステムが投機の対象となるべきではないというのが理由である(Standing Committee of Attorneys-General, ”Litigation funding in Australia”, Discussion Paper, May 2006.)。
- 株式会社ジュリスティックス代表である鈴木修一弁護士へのヒアリングによる(2019年11月27日)。
- 1990年代も終わりに近いころ、オーストラリアにおいて管財人が破綻した企業の法的請求権を行使する目的で訴訟ファンドから資金提供を受けることが法的に認められた(Simon Dluzniak, IMF Bentham, “Litigation Funding and Insurance”, 2009.)。
- DuPontは訴訟ファンドを利用して訴訟を起こされたので、訴訟ファンドの資金提供契約が第三者による訴訟の幇助にあたると反訴したが却下された(Charge Injection Technologies Inc. v. E.I. DuPont de Nemours & Company, C.A. No. N07C-12-134-JRJ, Mar. 9, 2016.)。
- Camille Cameron and Jasminka Kalajdzic, “Commercial Litigation Funding: Ethical, Regulatory and Comparative Perspectives”, The Canadian Business Law Journal Volume 55, No.1, Mar. 2014.
- シンガポールでは、訴訟ファンドなどによる第三者による訴訟当事者への資金提供(TPF: Third Party Funding)が2017年に合法化された。法改正に従い、シンガポールを仲裁地とする国際仲裁においてTPFを活用することができるようになったが、同時にTPFから資金提供を受けた場合はその事実を開示する義務が生じる(長嶋・大野・常松法律事務所「シンガポール:仲裁費用の第三者負担(Third Party Funding)を合法化とする法改正(2017年2月17日))。
- 前脚注 14。
- 同上。
- 同上。
- 英国(England & Wales)では Association of Litigation Funders (ALF)が設立され、加盟メンバーが従う行動指針が策定された(Rachael Mulheron, “England’s Unique Approach to the Self-Regulation of Third Party Funding: A Critical Analysis of Recent Developments”, Cambridge Law Journal 73(3), Nov. 2014.)。
- Chambers and Partners, “Litigation Support Rankings”
https://chambers.com/guide/usa?publicationTypeId=58&practiceAreaId=2816&subsectionTypeId=1&locationId=12788
(visited Dec. 26, 2019)
PDF:1MB
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