クライメイト

カーボンニュートラル社会に向けた気候変動教育

副主任研究員 北山 智子

現在、国内では政府・自治体・企業を中心にカーボンニュートラル実現を目指した取組みが進められている。しかし国民の気候変動問題への関心・理解度は若年層を中心にまだ不足している。気候変動問題は長期的スパンで解決に当たるべき課題で国民の理解と行動変容が必要であり、そのためには義務教育期における体系的な気候変動教育の導入が効果的であると考える。

1.重要性を増す気候変動教育

(1)国民の気候変動問題への関心

現在、日本では大企業を中心に多くの企業が気候変動対策を積極的に進めている。国際的なイニシアティブであるTCFD1・SBT2・RE1003に取り組んでいる企業の数は世界でもトップクラスである4。またゼロカーボンシティ5の表明を行う自治体も急速に増え、2020年10月時点で166だった自治体の数は2021年10月に479となっている。表明自治体の総人口は約1億1,177万人6で全国民の約9割をカバーしている。

(出典)内閣府「令和2年度気候変動に関する世論調査(2020年11月実施)」をもとにSOMPO未来研究所作成

一方、国民の関心はどうか。内閣府の世論調査(図表1)によると地球温暖化問題について全体では9割近くの人が「関心がある」または「ある程度関心がある」と回答している。しかし、年代別に見ると18歳~29歳では約2割が「あまり関心がない」または「全く関心がない」と回答しており、関心の度合いについても「関心がある」の割合が他の年代よりも低いことが見て取れる7。また、パリ協定8については「名前は聞いたことがある」人が全体で64.9%(18歳~29歳では62.0%)と3分の2近くいたものの、その「内容まで知っている」人は19.1%(同11.8%)に留まり、パリ協定の内容までは世間に浸透していないことが明らかとなった9

カーボンニュートラル社会への移行を円滑に進めるには、世代を問わず多くの国民が気候変動問題を自分事として捉える必要がある。そのためには知識が必要であり、知識をインプットする「教育」が重要となる。特に若い年代の知識・関心を高めるためには、義務教育課程からの「気候変動教育」が重要と考える。

(2)国際的にも重要視される気候変動教育

気候変動教育の重要性は国際条約でも謳われており、「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development、以下ESD)」の一つとして認識されている。

気候変動教育が国際的な議論の俎上に載せられるようになったのは1992年に開催された国連環境開発会議、いわゆる地球サミットである。このサミットでは環境分野の国際的な取組みを定める行動計画にESDの必要性が掲げられるとともに、気候変動枠組条約が採択された。同条約では人間活動が温室効果ガス(以下GHG10)の濃度を著しく増加させている状況への憂慮から、第6条に教育・訓練・啓発が地球温暖化防止のために不可欠であることが明記された。

その後2002年にESDを普及・促進するための「国連ESDの10年(2005年~2014年)」が採択され、気候変動教育は以後、ESDを具体化する領域の一つとして取り組まれてきた。

ESDについては2015年に採択された17の目標と169のターゲットを持つSDGs11でも、目標4「すべての人に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」に掲げられており、気候変動教育は目標13「気候変動に具体的な対策を」のターゲット3に位置付けられている12

2.義務教育課程における気候変動教育

(1)学習指導要領へのESDの組込み

日本では2017年3月の学習指導要領改訂で、ESDが初めて学習指導要領に組み込まれ、教育の現場から「持続可能な社会の創り手」の育成を目指すことが標榜された13。しかし、改訂公表時には小学校での英語教育の充実化やプログラミング教育の導入に注目が集まり、ESDに関する記述は世間では殆ど注目されなかった。本改訂は移行期間を経て小学校で2020年度、中学校で2021年度から全面的に実施されている14が、教育現場においてもESDの重要性に対する十分な理解が進んでいないことが最近の調査結果で明らかとなっている。

(出典)環境省「令和2年度環境教育等促進法基本方針の実施状況調査(2021年3月実施)」をもとにSOMPO未来研究所作成

環境省は2021年3月、教職員等1,000名に対して環境教育に関するアンケートを実施した(図表2)。新学習指導要領にESDが組み込まれたことを知っていて授業に取り入れた教員は12.1%に留まった。ESDの記載を「知っているがきちんと読んだことはない」教員が39.2%と最も多く、記載されていること自体を「知らなかった」教員も26.3%存在する15

教員からはESDに対して、「まだ意識を向けるだけの余裕がない」や「掲示板にポスターが貼られている程度で、特に意識した授業までは行われていない」などという声が出ている16

(2)環境省・文部科学省による通知

2021年6月、地球温暖化対策の推進に関する法律の改正を受け、環境省と文部科学省は連名で全国の教育委員会等に向けて「気候変動問題をはじめとした地球環境問題に関する教育の充実について」という通知を発信した17。この通知では国民一人一人が脱炭素型のライフスタイルへ転換していくことの重要性を掲げ、気候変動教育の充実化を求めている。前述の教育現場の現状を踏まえると、すぐに反映していくのは容易ではなさそうだが、時間をかけてでも対応していくことが望まれる。

3.企業が取り組む気候変動教育

教育現場での気候変動教育が進まない中、子どもたちへの気候変動教育に取り組む民間企業が出てきている。

(1)東京ガス

東京ガスは環境省の実証事業で、ナッジ理論を用いた学校向けの「省エネ教育プログラム」を開発した18。ナッジ(nudge)とは「肘でそっと突く」ことを意味し、行動科学などの理論に基づくアプローチにより、人々が自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けを示す用語である。プログラムには児童・生徒が自宅の電気やガスのメーターの数値を読み取り記録することや、地球温暖化問題について学習したうえで自分ができる省エネ行動を考えて新聞を作成・発表するといった内容が盛り込まれている。

本プログラムを受講した児童・生徒の家庭において、電気とガスの使用に伴う約5.1%のCO2削減効果が見られ、教育後も効果が持続するという結果が得られた。また特徴的なのは、児童・生徒への教育が間接的にその家族にも影響を与え、家庭全体の行動変容にも効果が見られた点である。子どもがメーターの設置場所を家族に尋ね、使用量の推移を共に確認することなどが家族の省エネ行動の実践につながったと考えられる。保護者からは「子どもが家族に省エネ行動を教えたり、進んで行動していたので(親も省エネを)心がけるようになった」という声が出ている19

(2)富士通

富士通は、企業価値の持続的な向上を目指したサステナビリティ経営の一つとして、小・中学校向けの環境教育出前授業を行っている20。「将来のシゴトとエコ~キャリア教育×環境教育~」および「データを活用して効果的な省エネを考えよう」の2テーマを学校授業の一環として実施している。前者のテーマでは地球温暖化等の改善のために「環境に関する幅広い職業観」の育成を、後者のテーマでは家庭での消費電力削減の方策を考え実践することで創造性や問題解決能力を養うことを目的としている。

教員からは「普段関わることのないプロの方とのやり取りは刺激があり、子どものやる気のみならず学習の質を高めることにつながると実感できた。」という感想が出ている。また、学校単独では実践しづらい学習内容を学年ごとに焦点化した取組みが評価され、経済産業省のキャリア教育アワード優秀賞を受賞した21

現状、教員が気候変動教育を授業に取り入れるためには、カリキュラムを考え教材を用意する事前の準備が生じる。2.(1)で取り上げた環境省による教職員アンケートにおいても、環境教育を行う際の課題として、「授業時間の確保が難しい(42.9%)」に次いで「適切な教材やプログラム等の準備ができない(27.9%)」、「カリキュラムマネジメントが難しい(27.7%)」という回答が多く挙げられていた22

企業が子どもたちへの気候変動教育に取り組む動機は、社会貢献による認知度の向上や、家庭・地域・学校との関係構築など様々だが、こうした企業の取組みは気候変動教育を進めるにあたって有益な役割を果たすと考えられる。

4.ドイツの気候変動教育

環境先進国と呼ばれるドイツでは、14歳から22歳の若者の45%が「気候変動問題がドイツで非常に重要な問題」であると認識し、33%が「かなり重要な問題」だと捉えている23。そのドイツの義務教育と幼児教育における気候変動教育の事例を紹介する。

(1)義務教育

デュッセルドルフを州都とするノルトライン・ヴェストファーレン州(以下NRW州)ではエネルギー環境教育を実施している。

日本の小学校に相当する基礎学校では、社会・理科などを統合した「事実教授」の教科内に環境教育の要素が組み込まれていて、「エネルギー資源と環境にやさしい使い方」に関する知識の獲得が求められている24

基礎学校修了後の前期中等教育25では、自然科学と社会科学の両方でエネルギー環境に関して学習する。自然科学では再生可能エネルギー・原子力・気候変動などが社会に及ぼす影響や課題を認識し、問題解決に向けた行動力の育成が目的となっている。社会科学系の教科においては、産業革命以降のエネルギー消費の拡大、化石燃料への深刻な依存と環境影響などについて学ぶ。生徒には対立的なテーマについて双方の立場で調査させるなどの取組みをしている26

このようなエネルギー環境教育はNRW州以外でも全国的に行われている27。それはここ数年で始まったものではなく、ドイツ政府は1971年に環境計画の中で「環境を意識した行動を教育目標として学習計画に入れるべきである」と環境教育の必要性を明確にしている28

ドイツでは国民の57%がGHG排出量の削減を最も重要な政治的目標と考えているという調査結果29がある。また、ドイツにおいて中等学校教育におけるESDの実施が持続可能な行動のために効果的なことを実証した研究30もある。ドイツ国民が世代を問わず気候変動問題に関心が高いのは、このような学校教育で培われてきた基礎知識が土台にあるとは考えられないだろうか。

(2)幼児教育

ドイツには、基礎学校就学前の幼児を対象とした、「森の幼稚園」と呼ばれる地域の自然保護や環境教育を行うエコセンターが各地に存在する。森の幼稚園では自然観察等のイベントが随時開かれ、子どもたちが自然体感を行い豊かな感性を育むためのプログラムが運営されている。プログラムにはESDや気候変動教育のエッセンスも取り入れられていて、身近な題材をテーマに社会とのつながりを体験的に学習できるようになっている。例えばあるエコセンターではブルーベリーの収穫に取り組む場合、冬にスーパーで売られているブルーベリーは外国から飛行機で運ばれてきているためCO2を多く排出していて、環境への影響が大きいという知識を教えている31

幼児期からこのような体験学習の機会があれば、自然に環境への関心が向上するとともに、CO2の排出削減を当たり前のように意識するようになるだろう。

5.まとめ

体系だった教育カリキュラムが導入されているドイツと比較すると、日本では義務教育における気候変動問題を初めとしたESDの普及は今後の課題といえよう。学習指導要領に「持続可能な社会」に関する記述は散見されるが、教科間・学年間の系統性が見られないという指摘もある32

カーボンニュートラル社会の実現に向けた行動変容が全世代に求められる中、若年層の関心の薄さは将来にわたっての懸念材料であり、若年層に対する気候変動教育の重要性はもっと認識されてよいと考える。

幼児期や義務教育課程における気候変動教育が一般化し、社会に出るまでに気候変動に関する基礎的な知識を習得しておくことで、CO2排出削減を意識した行動が定着する。基礎的な知識を習得しておけば、将来エネルギー政策などカーボンニュートラル社会移行への方策等を主体的に判断できるようになる。さらに東京ガスの「省エネ教育プログラム」の事例で見られたように、子どもへの教育が家族の行動変容にもつながる。体系的な気候変動教育の普及は、子どもの現在および将来の行動を変え、さらにはその家族の行動を変え、大きな効果が期待できると考える。

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