ヘルスケア・ウェルビーイング

パーソナルヘルスレコードの新たな展開

主任研究員 岡島 正泰

マイナポータルの医療保険情報取得API、治療用アプリの保険適用、新型コロナワクチン接種証明書アプリ等、新たなPHRサービスの展開が始まっている。本レポートでは、多様なPHRサービスを分類整理した上で、最近の新たなPHRサービスとその普及に向けた課題を紹介する。このような取組みの延長線上に、健康寿命延伸・医療費の抑制といった社会課題の解決に貢献するPHRサービスの展開が期待されている。

1.はじめに

政府による、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record、以下PHR)活用の取組みが進んでいる。PHRとは、健康診断結果や服薬履歴等の個人の健康情報のことをいう。電子的記録として利用することで個人やその家族が自身の健康等の情報を正確に把握し、健康増進等に活用されることが期待されている。政府は、2021年12月に閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において、国民一人一人を中心にデータを統合し、疾病予防・健康づくり・遠隔医療による適切な医療サービス提供等を実現していく計画を示している1

一方、政府が実施した調査では国民の66.7%はPHRの名称を「全く知らない」と答えており、PHRが十分に浸透していない実態も明らかになっている2。PHRに含まれる情報の範囲や、それを活用して提供されるPHRサービスに含まれるサービスの範囲は明確に定められておらず、様々な種類のPHRサービスが存在している。そのために、PHRサービスの目的や位置づけが整理しにくくなっており、それがPHRに対する理解を妨げている面もありそうだ。

そこで、本レポートでは多様なPHRサービスを分類整理した上で、最近の新たなPHRサービスとその普及に向けた課題と展望を紹介する。

2.PHRサービスの分類および新たなPHRサービス

(1)PHRサービスの分類

2021年4月に政府が公表したPHRの民間利活用促進に関する報告書3を基に、PHRサービスを利用目的ごとに分類・例示した(図表1)。また、PHRサービスの土台となる健康情報の主な出所も記載した。

(出典)厚生労働省等健康・医療・介護情報利活用検討会健診等情報利活用ワーキンググループ民間利活用作業班「民間利活用作業班報告書」(2021年4月)等をもとにSOMPO未来研究所作成。

(2)新たなPHRサービス

新型コロナウイルスへの対応や政府によるPHR活用の推進に伴う環境変化のなかで、新しいPHRサービスの提供が開始・検討されている。注目すべき新たなPHRサービスを取り上げる(図表1の網掛部分)。

①マイナポータル医療保険情報取得API

2021年10月、マイナポータルの医療保険情報取得API機能の提供が開始された。行政機関や民間事業者のWebサービスが、マイナンバーカードを用いた本人認証・同意の下でマイナポータルから個人の医療保険情報を取得できる仕組みだ。Webサービスを運営する事業者は、処方された薬剤や医療費の情報、特定健診等6の健康診断結果の情報を取得できる(図表2)。

この仕組みは、社会保険診療報酬支払基金等が運営する「オンライン資格確認等システム」が一元管理する健康保険組合等の保険者が保有するレセプトや特定健診等のデータを提供する。そのため、健康保険を利用した診療の情報が漏れなく正確に反映するうえ、個人がデータを記録する手間も掛からない。

また、厚生労働省はマイナポータルに掲載する医療情報の拡充を検討している7。2022年度中にレセプトの医療機関名や手術情報等、2024年度に向けて医療機関の電子カルテに記載される検査結果等の情報の提供を検討している。また、健康診断結果も現在は特定健診等のデータを基にしているため、原則40歳以上を対象とした生活習慣病関連のデータに限られるが、今後事業主健診・学校健診等のデータの取り込みも検討されている。医療保険情報取得APIの一層の利便性向上が期待される。

なお、PHRサービスを行う民間事業者には、政府の指針8に基づき個人情報保護等に関する上乗せの遵守事項が課され、API連携開始に先立ってデジタル庁との事前打合わせが必要とされており、適切な体制の整備が求められる。既にデジタル庁との打合せを開始している事業者もある模様だ。

(出典)デジタル庁「マイナポータル医療保険情報取得API利用ガイドライン」(2021年12月)を基にSOMPO未来研究所作成。

②生活習慣病・精神疾患等の治療用アプリ


2020年11月、CureApp社の禁煙アプリに治療用アプリとしては国内で初めて健康保険が適用された。禁煙アプリは、患者用のアプリ・呼気を測定する携帯型COチェッカー・医師用のアプリで構成されている。患者が日々の行動や呼気の測定結果を、医師は問診・検査結果データをそれぞれのアプリに入力する。禁煙アプリはデータを基に患者に適した治療ガイダンスを提供し、行動改善を促すことで禁煙治療の効率化を実現する仕組みだ(図表3)。

同社は高血圧治療アプリの製造販売申請も進めており、他にも多くの企業が糖尿病・精神疾患等を対象に治療用アプリの開発を急いでいる。

海外では、このような治療用アプリが既に数多く開発されている。治療用アプリを通じて収集されたデータは、アプリ単独でPHRとして利用するだけでなく、医療機関の電子カルテデータ等とも連携し、医療機関・患者双方がそのデータを参照し、活用する仕組みが構築されている。更に、医療機関の電子カルテデータ等を取りまとめ国等が一元管理するデータベースと連携する検討も行われていくようである。

③接種証明書アプリ

2021年12月、デジタル庁は「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」をリリースした。マイナンバーカードとパスポート(海外用の接種証明書を発行する場合)をスマートフォンで読み込んで本人確認し、全国の市町村等の接種記録を管理するワクチン接種記録システムのデータを基に接種証明書を発行する。一度接種証明書を発行すれば2回目以降は簡単に接種証明書をアプリで表示できるため、海外渡航時のほか、ワクチンの3回目接種後も見据えて国内の飲食店やイベントでの利用が期待される。

また、個人が自身の接種記録を登録・表示するアプリを提供するとともに、地域の企業・店舗・飲食店と連携して接種記録を登録した利用者への割引クーポン等を発行し感染症対策と経済対策を両立しようとしている自治体もある。東京都の「TOKYOワクション」9や、徳島県の「Light PASS」10等の取り組みが始まっている。

3.新たなPHRサービスの課題と展望

マイナポータルや医療保険情報取得APIを活用した個人向けのPHRサービスは、有料でもサービスを利用したいと考える顧客を十分に確保するための魅力的なサービスの提供が必要だ。既に健康増進や美容を目的としたPHRサービスを提供するアプリは数多く開発されているが、課金ユーザーの確保は容易ではないとみられる。その課題を解消する方法の一つとして、新たに整備された医療保険情報取得APIを活用し、既存のビジネスモデルを有する事業者がその価値を高めるための手段としてマイナポータルのPHR機能を活用することが考えられる。医薬品や健康食品等の販売やフィットネスクラブだけでなく、金融機関や介護・福祉関連の事業者等、様々な事業者がオリジナリティのある活用方法を開発していく動きがPHRサービスを活性化するだろう。

治療用アプリは、健康保険の適用とともに普及が期待される。更に、オンライン診療の拡大は治療用アプリが適用される特定の疾病以外の幅広い疾病へのPHRの活用に繋がる可能性がある。コロナ下で特例として開始された初診からのオンライン診療が恒久化される予定11であり、オンライン診療の診療報酬も普及・促進を図る方向で見直される見込みだ12。医療は多くの国民にとって身近で必要性の高いサービスであるため、オンライン診療とともに活用されることでPHRの普及が大きく進む可能性がある。

政府の接種証明書アプリは、利用時にマイナンバーカードが必要となる点が利用を妨げるのではと懸念されている。一方で、マイナンバーカードの利用により正確かつデジタルに本人確認を行い、政府が一元管理する接種記録データを活用できる利点もある。PHRサービスの一要素である予防接種記録が、コロナ下の社会環境や政府による後押しの下で広く国民に利用されるようになれば、類似した機能を提供するマイナポータルや医療保険情報取得APIの利用も促進される可能性がある。接種証明書アプリには、PHRを普及するための起爆剤としての役割も期待されている。

その他にも、様々なPHRサービス間でのデータの相互運用性の確保や、データを預ける個人の不安を払拭するセキュリティの確保など、新たなPHRサービスが普及に向けてクリアすべき課題は数多く存在する。

一方で、新たなPHRサービスは政府が一元管理するデータや医療機関の保有する電子カルテ等の精度の高いデータにアクセスし、疾病の治療・感染症対策など従来よりも切実なニーズに応えるサービスを提供しうる可能性がある。このような取組みの延長線上に、健康寿命延伸・医療費の抑制といった社会課題の解決に貢献するPHRサービスの展開が期待されている。

  • デジタル庁「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2021年12月)
  • 厚生労働省等 健康・医療・介護情報利活用検討会 健診等情報利活用ワーキンググループ 民間利活用作業班「民間PHRサービス利用者へのアンケート調査結果等」(2021年2月)
  • 厚生労働省等 健康・医療・介護情報利活用検討会 健診等情報利活用ワーキンググループ 民間利活用作業班「民間利活用作業班報告書」(2021年4月)
  • 患者が医療機関でマイナンバーカードを用いて本人確認・同意を行うことにより、社会保険診療報酬支払基金等が運営するオンライン資格等確認システムから医療機関が患者の特定健診等の情報や薬剤情報を閲覧して治療に活用できる仕組み。2021年10月に運用が開始された。
  • 患者の同意のもと、医療機関等の間で、診療上必要な医療情報(患者の基本情報、処⽅データ、検査データ、画像データ等)を電⼦的に共有・閲覧できることを可能とする仕組み。
  • 特定健診(特定健康診査)は、「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき40才以上75才未満の者に実施される、メタボリックシンドロームに着目して生活習慣病リスクの有無を検査する健康診断のこと。医療保険情報取得API機能には、75才以上の高齢者を対象とした後期高齢者健康診査の情報も含んでいる。
  • 厚生労働省「データヘルス改革に関する工程表について」(2021年6月)
  • 厚生労働省「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」(2021年4月)
  • 東京都のウェブサイト(visited Jan.6,2022)
    https://tokyo-vaction.jp/
  • 徳島県のウェブサイト(visited Jan.6,2022)
    https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kenko/kansensho/7202713/
  • 厚生労働省 オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会「「オンライン診療の適切な実施に関する指針」改定案」(2021年11月)
  • 厚生労働省 社会保障審議会「令和4年度診療報酬改定の基本方針」(2021年12月)によると、「初診を含めたオンライン診療について、患者ニーズを踏まえた適切な普及・促進を図る中で、安全性と信頼性の確保を前提に適切に評価」するとされている。

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