ヘルスケア・ウェルビーイング

「認知症バリアフリー」は企業価値の向上につながるか?

主任研究員 岡島 正泰

2022年3月、18社の企業が認知機能の低下した高齢者にやさしい環境づくりを目指して「認知症バリアフリー宣言」を公表した。宣言企業は人材育成・地域連携などで先行した取組みを進めており、高齢者に認知機能低下への事前の対策を促すための情報提供のあり方なども検討している。認知症バリアフリーの取組みにより社会的課題の解決と企業の収益性向上を両立し、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)と企業価値向上を目指す企業の一層の増加が期待される。

1.はじめに

高齢化の進展により、認知症患者数は2012年に462万人のところ、2025年には約700万人(65才以上高齢者の約5人に1人)にまで増加すると見込まれている1。また、一人暮らしの高齢者が増えるなかで2、認知機能が低下しても日常生活における親族などの支援を受けられないために、地域での自立した生活の維持が困難になる高齢者が増加するとみられる。しかし、成年後見制度は利用が伸び悩んでおり、高齢者の意思決定を代理・支援する公的制度は充分に普及していない3。そのために、高齢者が地域で自立して生活できるよう、買い物や飲食、各種のサービス利用、預金口座や金融資産の管理、住居の管理などの様々な場面で高齢者に接する企業に、認知機能の低下した高齢者にやさしい「認知症バリアフリー」な環境づくりへの寄与が期待されている。

認知症バリアフリーは認知症という社会的課題の解決に寄与する取組みではあるが、営利を度外視して取組める企業は限られるだろう。積極的に取組む企業を増やしていくためには、認知症バリアフリーを企業の収益性向上(競争優位性)とも同期させ、企業のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)4による企業価値向上に結びつけていく必要がある。本レポートでは、認知症バリアフリーで先行する企業の取組みなどから、企業価値向上につながる認知症バリアフリーのあり方を検討する。

2.認知症バリアフリー宣言制度

(1)制度の仕組み

2022年3月、18社の企業が「認知症バリアフリー宣言」を公表した。政府は、2019年に策定した認知症施策推進大綱で認知症バリアフリーの推進を掲げており、先行して取組む企業の宣言を公表して更なる取組みを促しつつ、より多くの企業への波及も狙っている。まずは試行事業としてスタートしており、2022年度中に制度の改善と周知が進められる予定だ。また、企業が自主的に宣言を公表する宣言制度だけでなく、企業の取組みを第三者機関が認証・表彰する制度も検討されている《図表1》。

(2)宣言企業の取組みの傾向

今回宣言を公表した企業は、金融業(銀行・信金・証券・保険)が最多で、18社中12社を占めた5。次いで、介護事業(3社)、小売・警備・住宅管理(各1社)となった。金融機関は、預金口座の管理などで認知機能の低下した高齢顧客と継続的に接するケースが多いために、認知症バリアフリーに対する意識が高まり易いと考えられる。他の宣言企業も、高齢顧客との接点が多い業種だ。

認知症サポーター養成講座の受講やジェロントロジー検定試験6・ユニバーサルマナー検定7などの専門資格の取得による従業員の人材育成、地域の高齢者の支援体制づくりや総合相談窓口などの役割を担う地域包括支援センターとの連携といった地域連携の取組みは、多くの宣言企業が実施している。これからの取組みとして、より効果的な高齢者対応を目的とした各社の具体的な業務内容に沿った社内研修や、市町村が地域ごとに設置している地域包括支援センターと企業の各事業所が円滑に連携するための地域連携マニュアルの整備などが始まっている。更に、高齢者の消費者被害の防止などを担う警察・見守りネットワーク8、介護事業者など他の関係機関と連携するケースもある《図表2》。

一部の企業は、認知症保険や地域応援ファンドの販売など、認知症バリアフリーを本業の営業活動の一環で実現しようとする動きもみられる。

3.企業に期待される今後の取組み

(1) 認知症バリアフリー宣言を参考にした取組み

企業には、先行する宣言企業を参考にした人材育成・地域連携などの推進が期待される。認知機能の低下した高齢顧客を尊重しながら意思決定を支援し、援助が必要な高齢者の存在を必要に応じて地域包括支援センターなどの地域福祉の担い手に共有することで高齢者の生活基盤の維持に貢献できる。

一方、高齢者自身による事前の備えも重要だ。認知機能の低下に備えるサービスは、認知機能が低下した後には手続きできないものが多い。例えば、預金口座などの代理人の指定、連絡先となる家族情報の登録、認知症保険・信託の購入、遺言、死後事務委任契約などが該当する。事前に備えれば、生活支援サービスが付いた高齢者向け住宅、成年後見制度や任意後見制度なども幅広い選択肢からより適切なものを選択できる。高齢者と接する企業には、認知症や関連サービスに関する情報を顧客に提供し、事前の対策を促していく役割も期待される。十分な対策を講じた高齢者が増加すれば、認知機能の低下に伴う混乱が軽減され、本人・企業ともに安心して取引を継続できる。

(2)認知機能低下への事前の対策をどのように促すか

2022年1月、SOMPOホールディングスは認知機能の低下が始まる年齢層である50~69才の男女に、認知機能低下への対策に関する調査を実施した9。その結果、対策を導入している回答者が少ない現状を確認するとともに、血縁者の認知症介護などの経験がある回答者は対策を講じている割合が高いといった実態が伺えた。また、認知症に関する情報提供や生活・運動習慣改善、認知機能検査などの軽微な対策から、預金口座の代理人指定などのより具体的な対策への段階的な働き掛けが効果的である可能性も示された。

一部の認知症バリアフリー宣言企業は、認知症関連情報や認知機能検査の顧客への提供を既に開始している。高齢顧客の認知機能低下への事前の対策の導入につながるよう、高齢者の実態に基づいてきめ細かく情報提供するなど、次のステップの取組みが求められている。

4.まとめ

認知症バリアフリーは、人材育成・地域連携などの企業が高齢顧客と安定して取引を継続できるようにする取組みによって社会的課題の解決と企業の収益性向上を同時に実現し、企業価値の向上に寄与すると考えられる。また、認知症に関する情報提供などによって高齢顧客に事前の対策を促し、高齢顧客の認知症に対するレジリエンスを高める効果も期待できる。認知症保険・信託・地域応援ファンドなどを営業活動の一環として販売する企業は、認知症バリアフリーをより直接的に企業価値向上に結びつけられる。

一方、現時点ではこれらの認知症バリアフリーの取組みが企業価値を向上する効果は大きいとは言えないだろう。企業の取組みを促していくためには、高齢顧客の置かれた状況に応じたきめ細かい情報提供や、高齢顧客が受け入れやすい認知機能検査など実効性の高い取組みを実現していく必要があるだろう。その結果、高齢者やその家族、地域社会が企業の認知症バリアフリーの取組みを高く評価するようになれば、更に企業の取組みが推進される好循環が生まれる可能性もある。先行する宣言企業の取組みを参考に、認知症バリアフリーにより社会的課題の解決と企業の収益性向上を両立し、サステナビリティ・トランスフォーメーションと企業価値向上を目指す企業の一層の増加が期待される。

  • 二宮利治「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(2015 年3 月)
  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2018年2月)によると、65才以上の一人暮らしの高齢者数は、2020年に約703万人のところ2025年には約751万人に増加すると推計されている。
  • 厚生労働省「成年後見制度利用促進に関する現状(概要)」(2021年3月)によると、成年後見制度利用者数(約23万人)は、福祉による権利擁護支援や成年後見制度による支援の必要性がある可能性のある者の数(約421万人)と乖離があり、成年後見制度の利用促進が必要であるとされている。また、横浜生活あんしんセンター「平成27年度 成年後見制度利用に関するアンケート調査結果」では、成年後見制度の利用が進まない原因として「親等の介護者が元気なうちは、親自身が身上監護や金銭管理をしたい」、「誰が後見人に選任されるか不安である」といった意見が多く寄せられている。
  • 経済産業省「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間取りまとめ」(2020年8月)
  • 認知症バリアフリー宣言ポータル (visited April 21, 2022) < https://ninchisho-barrierfree.jp/ >。
  • 一般社団法人日本応用老年学会のホームページ (visited April 21, 2022) < https://sag-j.org/kentei/index.html >。
  • 一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会のホームページ (visited April 21, 2022) < https://universal-manners.jp/ >。
  • 消費者安全法に基づき自治体などが設置する、高齢者、障がい者、認知症などにより判断力が不十分となった方などの消費者被害を防ぐための見守り活動を行う組織。
  • 国内の50才~69才の男女10,000人を対象にインターネット調査を実施した。そのうちの認知症への関心が高い3,459人に対して、各種対策の導入状況・導入した契機・今後の導入意向に関する調査を実施した。

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