企画・公共政策

参院選の公約比較~主張が違い争点となる物価高対策、成長と分配、防衛費~

上席研究員 野田 彰彦

6月22日に参議院選挙が公示された。7月10日の投開票に向けて、125議席(選挙区74、比例50、神奈川選挙区の補充1)をめぐる戦いが繰り広げられている。本稿では、立場や主張の隔たりが鮮明で、選挙戦の争点となっている①物価高対策、②賃上げに代表される「成長と分配」に関わる政策、③防衛費、の3つに焦点を当てて、主要政党の公約を比較する。

*本稿では、以下のとおり各党の略称を用いる。自民=自由民主党、公明=公明党、立民=立憲民主党、維新=日本維新の会、国民=国民民主党、共産=日本共産党、社民=社会民主党、れいわ=れいわ新選組、N党=NHK党。

1.物価高対策 ~ 与党は事業者支援が中心、野党は消費税減税など家計への直接支援を主張

ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2月末以降、原油価格の上昇傾向に拍車がかかった。4月26日に政府は事業規模13.2兆円の「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を発表し、石油元売り会社に支給するガソリン補助金の拡充や、食料価格安定策、中小企業の資金繰り支援などを打ち出した。ただ、円安もあって食料品等の価格上昇はその後も続き、岸田首相は6月21日に追加対策を表明した。農産品全般の生産コスト1割削減を目指した新たな支援金の創設や、節電した家庭にポイントを付与する制度の導入、地域の実情に合った対策に使える地方創生臨時交付金の増額などが含まれる。このように政府は、エネルギーと食料品にターゲットを絞り、主として事業者に対する支援を通じて物価高に対応しようとしている。

今回の参院選で、与党である自民・公明両党は、そうした取り組みの継続・強化を主張する。一方の野党は家計への直接的な支援策を唱える。全ての野党が消費税減税を求めているほか、臨時の現金給付を提案する党もみられる。物価高対策については、このように与野党の対立構造が鮮明となっている。

各党の主張を詳しくみると、自民は公約のなかで「ガソリンの値上がりは欧米諸国より2割近く抑えられた」「2月以降の物価上昇も他の主要国と比べ4分の1程度に収まっている」として、対策の効果をまずは強調する。その上で、ガソリン補助金の継続や地方創生臨時交付金の活用など、政府が講じる対策の着実な実行をうたう。消費税については、社会保障の財源であり、また税率引き下げ前の買い控えなど副作用も懸念されるとして、物価高対策としての減税には反対の立場をとる。

公明は、当面の物価高対策として「事業者の資金繰り支援」に万全を期す旨を公約で明記している。また、2022年度予算の予備費を活用して必要に応じた追加策を講じると選挙戦で訴えている。消費税減税には自民と同様に否定的だ。

一方の野党であるが、まず立民は、物価高対策を公約の柱に据えて争点化を図る。具体的には、5%への時限的な消費税減税や原油・小麦高騰対策の強化、異次元金融緩和の見直しなどを掲げている。

維新は、酒類・外食を除く飲食料品等に適用される消費税の軽減税率を8%から3%に引き下げて物価高騰に対応すると提案する。そして、物価が落ち着いた後は2年間を目安に消費税本体の税率を10%から5%に引き下げ、さらにコロナ対応が不要になった後は税率8%にするとしている。また、ガソリン税の減税も唱える。

国民は、「政府・与党と粘り強く協議を続け、補助金の拡充によるガソリン値下げを実現した」と成果をアピールした上で、同党の目指す「トリガー条項の凍結解除1」を引き続き訴える。また、賃金上昇率が物価+2%に達するまでの5%への消費税率引き下げ、一律10万円のインフレ手当の給付を主張している。

物価高対策としての消費税減税に関する他の野党の主張をみると、共産党は「5%に減税」、社民は「3年間ゼロ税率とし、企業の内部留保への臨時課税を財源にあてる」、れいわは「廃止」、N党は「減税」と、いずれも負担軽減を訴えている。

物価高対策については、与党が掲げるエネルギーなど事業者支援中心の対策が長期化すれば、わが国全体の資源配分に与える歪みが大きくなるというジレンマを抱える。他方で、その対策に追加して消費税減税等を実施するのが野党の提案だとすれば、それは一層の財政悪化をもたらすという問題もはらんでいる。こうした副作用も念頭に置いた判断が有権者には求められよう。

2.「成長と分配」~ 賃上げ政策に違いがにじむ

岸田首相が昨年秋の自民総裁選で論点に挙げて以降、「成長と分配」のあり方について議論が活発化している。そこで、成長と分配に関する各党の姿勢を以下2つの政策から総合的に判断し、≪図表1≫の横軸で位置づけた。ここでの評価は相対的なものであり、決して「成長を重視する政党は分配に否定的」という意味ではない。なお、この≪図表1≫の縦軸では、次の3章で議論する「防衛費」に関する各党の立ち位置を示している。

第一に、「賃上げ」へのスタンスをみると、「成長と分配」に関する姿勢の違いが浮き彫りになる。自民は、「分厚い中間層」を再構築することを念頭に、低中所得者の賃金水準を全般的に引き上げようとする意識がうかがえる。学び直し支援などの人材投資に加え、科学技術やスタートアップへの投資を通じて国民の所得を増やすとしている。公明も同様に、人への投資を抜本強化して賃上げにつなげるとしているが、適正な賃上げ水準について協議する新たな枠組み2を提示している点に独自性がみられる。

国民は、「給料が上がる経済」の実現をうたい、物価を上回る賃金アップを目指す。そのために、使途を限定した教育国債を年5兆円発行し、教育・科学技術予算を10兆円規模に倍増させると提案する。維新は、労働市場の流動化とセーフティネットの整備3といった構造改革を通じて「生産性と賃金水準の向上を目指す」としている。

一方で、立民や社民、共産等は、法律上順守すべき「最低賃金」の大幅な引上げなど、低所得者や非正規雇用者に目配りした政策を前面に打ち出している。逆に「経済成長と賃上げの循環」を意識した政策は目立たない。立民は、時給1,500円を将来的な目標として、中小零細企業に公的助成しながら最低賃金を段階的に引き上げるとする。派遣法の見直しやフリーランスの保護法制なども訴える。社民は、最低賃金の全国一律1,500円への引き上げを掲げるほか、企業の内部留保を放出させて非正規・フリーランスを含む全ての労働者の賃上げにつなげるとしている。共産は、最低賃金を1,500円に引き上げる財源として、大企業の内部留保に対する2%の課税を時限的に5年間行い、総額10兆円を確保すると主張する。れいわは、最低賃金1,500円を掲げ、中小零細企業には国が賃上げ分を補填すると提案している。

第二に、格差是正の観点から大企業や高所得者に負担増を求めるかどうかも、分配に関するスタンスを測る上で参考となる。

自民は、岸田首相が昨年秋の総裁選で提起した「金融所得課税の強化」をいったん取り下げているため、当然ながら関連する記述を公約に盛り込んでいない。公明も、高所得者の負担増につながるような税制改革の提案は掲げない。

維新は、簡素で公平な税制を目指して抜本的な税制改革を唱える。具体的には、消費税は将来的に8%とした上で地方税化し、所得税・法人税も減税する一方、金融所得課税については総合課税化などを通じて適正化する方向性を打ち出している。金融資産を多く保有する層にとっては負担が高まるものと想定される。

その他の多くの政党は、格差是正の観点からの課税強化に踏み込んでいる。国民は「富裕層への課税強化」、立民は「所得税の累進性強化、金融所得課税への累進税率導入」、共産と社民は「富裕層と大企業に応分の負担を求める」とうたう。

ここまで述べてきた「賃上げ」と「大企業・高所得者への課税強化」をベースとしつつ日頃の各党の主張なども加味すると、「成長と分配」のスタンスについてはまず、「成長あっての分配/成長と分配はともに重要」という発想のグループとして自民、維新、N党が位置づけられる。次に、それに近いが、やや分配寄りにシフトしたグループとして公明と国民がある。そこからさらに分配重視の度合いが強いのが立民で、最も強く分配を意識しているのが共産、社民、れいわとなろう。

3.防衛費 ~ 防衛力強化に理解を示す政党は多いが、そのなかで濃淡も

ロシアのウクライナ侵攻や中国・北朝鮮の軍事力強化など安全保障環境が厳しさを増すなか、防衛力を強化すべきとの機運が高まっている。6月7日に閣議決定された骨太方針では「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記された。マスコミ各社の世論調査によると、回答者の半数強がこうした政府方針に賛意を示す状況にある4。では、各党は参院選でどのようなスタンスをとっているのであろうか。

≪図表1≫の縦軸に示すように、防衛費増額に否定的なのは、共産、社民、れいわの3党で、残り6党は防衛力強化の必要性を認めている。その上で、防衛費のボリュームについては濃淡が分かれており、自民、維新、N党が「対GDP比2%」という目安を示す一方、公明、国民、立民は金額に触れていない。対GDP比2%というと11兆円程度になり、2021年度の防衛費6.1兆円(補正後)を2倍近くに増やすことを意味する。

自民は、国防力を抜本的に強化する方針を掲げ、防衛費について「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指す」と述べる。昨年秋の衆院選の公約にはなかった「5年以内」が加わり、一歩踏み込んだ記述へと変わった。ただ、選挙戦に入ってから岸田首相(党総裁)は「中身と予算と財源を3点セットで考える」と繰り返し述べており、対GDP比2%という数字が強調されないよう腐心する様子もうかがえる。

維新は、自民に近い立場をとる。「将来に亘り戦争を起こさず、国民の生命と財産を確実に守るための積極防衛能力を構築する」とした上で、防衛費の「GDP 比 2%への増額」を目指すと明記した。N党も対GDP2%程度の防衛費への引き上げを唱える。

こうした3党に対し、公明は、「専守防衛の下、防衛力を着実に整備・強化する」としつつ、防衛費については「予算額ありきではなく、(中略)個別具体的に検討し、真に必要な予算の確保を図る」と数字を示さない。立民も、「着実な防衛力整備を行う」と記しながら、防衛費は「総額ありきではなく、メリハリのある防衛予算で防衛力の質的向上」を図るとして、公明に似たスタンスを示している。国民は、「戦争を始めさせない抑止力の強化と、攻撃を受けた場合の自衛のための打撃力(反撃力)を整備」「専守防衛に徹しつつ、必要な防衛費を増額」と公約に明記する。

一方、共産は、「「力体力」では平和はつくれません」と主張する。自民が4月に提言した、日本を攻撃しようとする外国のミサイル基地などを攻撃する「反撃能力」について、戦争を招く危険があるとして反対の姿勢を明確にし、「軍事費2倍の大軍拡を許しません」と訴える。社民とれいわも、外交を重視すべきで、防衛費の大幅増額には否定的な立場をとる。

ここまで、安全保障に関する姿勢は予算額だけで語りきれないことは承知の上で、政策スタンスが目に見える形で反映される「防衛費」について各党の姿勢を概観してきた。今回の選挙戦で防衛力強化を唱える政党はいずれも、財源については明確に言及していない。今後本格化する来年度予算の編成プロセスでは、防衛費を大幅に増やすとなった場合の財源論が重要な政策テーマとなろう。

4.まとめ ~ 多くの難題に直面する岸田政権に対し、国民が送るメッセージは?

本稿では、各党の主張の違いが際立っている3つの政策分野について公約を整理してきた5。今回の参院選は、国民に政権選択を問うものではなく、昨年10月に発足した岸田政権の中間評価としての意味合いが強い。与党が大幅に議席を増やし、岸田政権が「黄金の3年間」(衆議院を解散しなければ3年後の参院選まで国政選挙がない)を手に入れるのか、あるいは与党が伸び悩んで政権の求心力が低下するのか、それとも野党が反転攻勢への足掛かりを築くほどの議席増を果たすのかが注目される。

参院選後の岸田政権には、「新しい資本主義」に関わる政策の具体化や、来年度予算に向けた防衛費の扱いをめぐる議論6、賃上げに向けた実効性ある政策、物価高の行方に応じた機動的な対策の打ち出しなど、対応すべき課題が目白押しである。また、参院選で財政健全化は全く論点にならなかったが、財政支出圧力が強まるなかで、政府が維持する「2025年度のPB黒字化目標7」との折り合いをつけた経済財政運営も意識しなくてはならない。多くの難題に直面する岸田政権に対し、国民がどのようなメッセージを送るのか見守りたい。

  • トリガー条項(租税特別措置法第89条)とは、ガソリン価格が3カ月連続で160円/ℓを超えた場合に、ガソリン税に上乗せされている特例税率を停止しガソリン価格を25.1円/ℓ(軽油は17.1円/ℓ)引き下げる措置。この条項は、東日本大震災の復興財源確保を名目に2011年以降凍結されてきた。
  • 公明党の公約では、新たな政労使合意のもとで設置される中立的な第三者委員会が、データやエビデンスに基づいて適正な賃上げ水準の目安を明示する旨が記されている。
  • 労働市場の流動化として、解雇紛争の金銭解決、年功序列型の職能給から同一労働同一賃金を前提とする職務給への転換、労働市場のニーズを踏まえた公的職業訓練の徹底的な見直しなどを掲げる。一方、セーフティネットとしては、ベーシック・インカムまたは給付付き税額控除の検討などが盛り込まれている。
  • 日本経済新聞社が6月17~19日に実施した世論調査では、5年以内に防衛費を大幅に増額する政府方針について、「賛成」する回答者は54%、「反対」は37%だった。また、共同通信社が6月18~19日に実施した世論調査では、今後の日本の防衛費について、国内総生産(GDP)の「2%までの範囲で増額する」が37.2%、「2%以上に増額する」が15.9%、「今のままでよい」が31.5%、「減らす」が7.6%となっており、増額容認派が5割を超えている。
  • 本稿では扱わなかったが、憲法改正や原発再稼働・新設も各党の主張に大きな違いがみられるテーマである。
  • 2010年代後半からわが国では、当初予算の制約が厳しい(社会保障費を除く政策経費は前年度から数百億円程度の増加にとどめる)なかで、補正予算において防衛費の積み増しが行われてきた。今後は、従来以上に補正予算を膨らます形となるのか、それとも防衛費に限って当初予算の制約を緩和するのかが、防衛費をめぐる大きな論点になるものと思われる。
  • 6月7日に閣議決定された骨太方針では、「2025年度のPB黒字化目標」自体は明記されていないが、「令和5年度(2023年度)予算において、本方針及び骨太方針2021に基づき、経済・財政一体改革を着実に推進する」と記されている。そして、昨年の骨太方針2021には、2025年度のPB黒字化目標を堅持する旨が明記されている。したがって、2025年度のPB黒字化目標は現在も維持されていると解される。

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る