クライメイト

地熱発電の課題と秘めた高い潜在能力

副主任研究員 久井 環

日本は再生可能エネルギーの主力電源化の姿勢を明らかにし、そのひとつとして、地熱発電の普及加速化に向けて国の施策を示した。地熱には、発電資源の他にも経済資源としての利用価値が期待される。地熱発電の推進は、脱炭素社会の実現と地域経済の活性化の両方に適う可能性を持っている 。

1.はじめに

2020年10月、当時の菅政権は、日本は2050年までにカーボンニュートラルを目指す、と世界に向けて発信した。この実現に向けて国は2030年までに再生可能エネルギーの普及促進を図るとした。その一環として、米国、インドネシアに次いで日本は世界3位1の地熱資源量を有していながら、十分に資源を活かしきれず現在電力依存度0.2%に留まっている地熱発電の普及加速化に向けて、国として取り組む姿勢を明らかにした。本稿では、地熱発電の課題を踏まえつつ、それが持つ魅力と可能性について論じていく。

2.地熱発電とは

( 1 )地熱発電の仕組み


地熱は、太陽光や風力と同様、地球温暖化の主因とされる温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギー源のひとつである。 地熱発電とは、熱水や蒸気を地熱貯留層から生産井(せい)を通じて取り出し、タービンを回して発電2≪図表1≫(発電方法は フラッシュ発電とバイナリー発電に大別される 。)することをいう。地熱貯留層は、地表から浸透した雨水や雪解け水がマグマによって熱せられた状態で地下1kmから3km付近に滞留している場所を指す。発電過程で温度が低下した熱水は、還元井(せい)を通じて地下に戻される場合もある 。

( 2 )地熱発電の現状と政府が掲げた目標


ここで、2021年10月に日本政府が発表した2030年に向けた「エネルギー基本計画」3を振り返る。日本は再生可能エネルギーについて電源構成4が≪図表2≫となるよう計画し、2030年には日本の電力需要の最大1.1%(2018年度末時点0.2%)を地熱発電で賄うことを目指すと表明した。この目標値は 発電設備容量 (発電できる設備の総容量)換算で2019年度時点の0.6GW(1ギガワット=1百万kW)を2030年には約2.7倍の最大1.6GWにすることに匹敵する5
  地熱発電には、他の再生可能エネルギーと異なり、時間、季節、天候に左右されず、安定した 電力供給が可能という利点がある。それは、現在稼働中の発電設備の 利用率6、具体的には、太陽光14.2% 、陸上風力21.7% 、洋上風力33.2% 、地熱52.8% 、と比べてみると分かる。
  2021年4月 、当時の小泉環境大臣は現在約607の地熱発電施設数を2030年までに倍増する目標を掲げた。地熱発電所は高い利用率が見込まれ、設備数自体を増やすことで、全体の地熱発電量の増加が期待できる。

(3)豊富な地熱資源量と高い地熱発電開発の経験値

日本は火山大国であり、世界有数の地熱資源の保有国である。また、1966年に国内初8のフラッシュ発電による地熱発電所を設立してから、60年近い地熱発電開発の歴史を持ち、バイナリー発電についても、2006年に八丁原バイナリー発電所で採用して以来50超9の同方式によるプラント建設と運営の実績がある。

3. 地熱発電を日本で普及させることの課題

日本には資源と歴史がある一方で、 地熱発電の設備容量は世界10位10と資源を活かしきれていない実情にある。なぜ今まで地熱発電の普及が進まなかったのか、その大きな理由として、次の2つが挙げられる。

( 1 )法規制等に関する課題

1つ目は、地熱資源の8割11が国立・国定公園内にあるとされる点である。豊かな自然、景観、希少性の高い生態系の維持や保護を目的とした法令等12により公園内での建物の建設や森林伐採は禁止されており、大規模な地熱発電設備の開発は実質的に制限されている。

( 2 )地域との合意形成と費用対効果に関する課題

2つ目は、地熱発電開発は、地域産業、特に温泉業者へ与える悪影響13を考慮しなければならない点が挙げられる。地熱は「発電」資源であると同時に「経済」資源でもあり、地熱発電開発は経済活動との共存共栄が求められる。また、生産井の掘削による地盤沈下や有害物質の発生など、環境破壊を憂慮する一般住民に寄り添う必要もある。

地熱発電開発の道のりは非常に長い。地域との合意形成、地方自治体への採掘許可申請から始まり、調査、探査、環境アセスメントを経て、建設、稼働に至るまでには、通常10年以上の期間を要する≪図表3≫14, 15。特に調査開始のための地域との合意形成のフェーズから初期調査までで5年超の歳月を費やす。その上調査の結果、発電に適合と判定される確率は5割程度16とされる。このため合意形成と調査にかかる時間と費用、開発不適合となった場合の損失等を考慮し、二の足を踏む開発事業者は少なくないとされる。

4.地熱発電開発の普及に向けたこれまでの取組と今後の可能性

( 1 )段階的な規制緩和 と国の支援体制

国立・国定公園内であっても、エネルギーの地産地消を目的とする開発や、公園の利用促進に資する小規模な発電設備に限定して地熱発電開発を特認するなど、国は過去段階的な 規制緩和17等を行ってきた。また、法令等に基づく環境アセスメントの迅速化18の動きもみられる。再生可能エネルギーの普及促進を目指し「再生可能エネルギー情報提供システム 」19を環境省が開設し、地熱を含めた各再生可能エネルギー源のポテンシャル情報の開示も行っている。今年度の新たな動きとして、温泉業者等や環境破壊を憂慮する地域住民の不安を解消するための科学的根拠の提示、地熱資源の地産地消に適う利活用の推進、自然環境や景観への影響低減策の検討などを目的とした「地域共生型地熱利活用に向けた方策等検討事業」20を国の事業として実施するとしている。当時の小泉環境大臣が、調査開始から発電まで通常10年以上を要する期間を最短8年に短縮すると発表し、その実現に向けた政策の継続が期待される。地熱を発電資源として利用することを、地域経済の活性化に繋がるものと国は位置付けており、今後の施策拡大に注目したい。

( 2 )地域の共存共栄と国の補助金交付事業の成功例

地熱の発電資源化を通じた地域との共存共栄 の歴史は意外に長い。大分県九重町の大岳発電所では、1962年に地域からの要望を受けて以降、発電所で造成された温泉水を地元温泉施設や園芸ハウスなどに無償提供している。 また、 鹿児島県指宿市の山川発電所では、発電に利用できない蒸気を地域の園芸農家に無償提供しており、地熱発電は各地域との共存共栄に一役買っている21

次に、補助金事業として、国が地熱資源の地産地消やそれに伴う地域経済の活性化に繋がった好事例を2つ紹介したい。

大分県由布市にある 奥江温泉熱バイナリサイクル発電所では、地元ベンチャー企業と地域が一体となり地熱を発電、民家への配湯、キクラゲや黒ニンニクの生産に利用するなど、地熱資源の活用がエネルギーの地産地消と地域における6次産業の創造に繋がった22

岐阜県奥飛騨・高山地域の企業主導で立案された 「飛騨・高山自然エネルギーの里構想」23という プロジェクトは、 地熱発電とバイオマス発電の2つの再生可能エネルギーによって奥飛騨温泉郷全体の1200世帯分の電力を賄うだけでなく、鯉の養殖にも利用されている。同プロジェクトは、電力の自給自足を実現し、地域の雇用促進に貢献している。この点が評価され、 環境省が提唱する地域循環共生圏の理念を具現化しているものに贈られるグッドライフアワードを受賞した。

国は新たに4件の補助金事業を採択したことを本年7月に公表24した。 地熱発電による資源の地産地消と経済活動の活性化の成功例を日本各地で誕生させることを、国として支援する動きが見受けられる。

5.むすび

地熱発電開発は、その歴史からも多くの課題を抱えてきた ことが分かる。 これまでの規制緩和などからうかがえるように、再生可能エネルギーの主力電源化の実現のために、 日本政府は地熱発電の普及にも期待を寄せ て、後押しする姿勢を見せてきた。脱炭素社会の実現に向けて一段と再生可能エネルギーの普及拡大を謳う日本政府には、 地熱発電開発の促進に向けて継続した施策を期待する。

眠る豊富な地下資源を呼び覚まし、新たな地熱発電開発を実施することは、脱炭素社会の実現のみならず、電力の地産地消の実現、地域における雇用創出や自立的な経済活動を促す効果があると考える。世界有数の資源量を考えると地熱発電開発は高い潜在能力を秘めており、今後の更なる普及拡大を望む。

  • 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 「世界の 地熱開発動向 WGC2020+1 より」
    <https://geothermal.jogmec.go.jp/event/file/2020/210720_7_yasukawa.pdf> (visited Aug.30, 2022)
    1位米国(3,900万kW )、2位インドネシア(2,700万kW)、3位日本(2,340万kW)、 4位フィリピン(600万kW)、5位メキシコ (600万kW) 、 6位アイスランド(580万kW)、 7位ニュージーランド(370万kW)、 8位イタリア(150 万kW)。
  • 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 JOGMEC Webサイト
    <https://geothermal.jogmec.go.jp/information/geothermal/mechanism/mechanism2.html>(visited Aug.23,2022)
    フラッシュ発電は、地熱貯留層から噴出する200 ℃を越える天然蒸気でタービンを回すことが可能であり、日本では主に発電出力10,000kWを超えるような大規模な発電施設で採用されている。一方、バイナリー発電は、地熱貯留層から噴出する 熱水や蒸気の温度が150℃程度以下と、タービンを直接回すのに温度が足りない場合に採用される。後者は、2000年代以降、発電出力1,000kW 以下の地熱発電所のほとんどで採用されている。特に、温泉地など、地熱貯留槽から取り出す熱水や蒸気が水の沸点よりも低いケースが大半であることから、バイナリー発電が取り入れられている。後述する自然公園法によって、フラッシュ発電の採用は実質的に制限されていること、国は「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法施行令」に基づき再生可能エネルギーの中でも新エネルギーとして定義するのはバイナリー発電のみ であることから、本稿ではバイナリー発電に焦点をあて、 地熱発電開発が抱える課題と可能性について論じていく。
  • 経済産業省「エネルギー基本計画の概要 (2021年10月) 」
    <https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/20211022_02.pdf> (visited Aug.18, 2022)
  • 資源エネルギー庁 Webサイト
    <https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2020/005/> (visited Aug.22,2022)
  • 資源エネルギー庁 総合エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(第34回)2021年7月6日開催 資料1 「2030年における再生可能エネルギーについて」
    <https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/034_01_00.pdf> (visited Aug.19, 2022)
  • 前掲注5
  • 環境省 自然環境部会自然公園等小委員会・温泉小委員会合同会議(第1回) 2021年6月28日開催 資料1
    「自然公園法・温泉法に係る地熱開発に関する基準等について」
    <https://www.env.go.jp/council/12nature/shiryo1.pdf> (visited Sep.9 , 2022)
  • 岩手県松川地熱発電所Webサイト
    <https://geothermal.jogmec.go.jp/information/plant_japan/004.html> (visited Aug.2, 2022)
  • 一般社団法人火力原子力発電技術協会「地熱発電の現状と課題2020年」(2021年4月)
  • 前掲注1
    2020年時点で日本の順位は10位。
  • 近藤かおり「地熱発電の現状と課題」(国立国会図書館、2015年1月6日)
  • 前掲注7
    自然公園法や温泉法による規制が代表的。自然公園法によって、自然公園内の特定地域では構造物の建築や木竹伐採が禁止されている。また、火山により近いエリアは噴火の危険性が高いなどの観点から、人の立ち入り自体適さない。温泉法は、温泉の保護や、温泉の採取などによって発生する可能性のある有害ガスが原因で起きる災害を未然に防ぐことを目的とした法律。
  • 前掲注7
  • 同上
  • 資源エネルギー庁 総合エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 第25回 2021年3月1日開催 資料1 「今後の再生可能エネルギー政策について」 <https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/025_01_00.pdf> (visited Sep.13, 2022)
  • 資源エネルギー庁Webサイト
    <https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/interview13ogura02.html> (visited Aug.12, 2022)
  • 前掲注7
    「国立・国定公園内における地熱開発の取扱いについて」に基づき、自然公園内の特定地域において景観を著しく乱さないことを条件に、建築物の高さを13mに限定しないなど運用が緩和された 。
  • 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 NEDOWebサイト
    <https://www.nedo.go.jp/library/environmental_overview_guidebook.html> (visited Sep.9, 2022)
  • 環境省再生可能エネルギー情報提供システム [(リーポス )] Webサイト
    <https://www.renewable-energy-potential.env.go.jp/RenewableEnergy/index.html> (visited Sep.13, 2022)
    再生可能エネルギーの導入促進を目的として、各種再生可能エネルギーのポテンシャル情報(ポテンシャルは、「再生可能エネルギー源の賦存量 」、「 導入ポテンシャル 」、「 事業性を考慮したポテンシャル 」 の3つの観点を基準)を開示するため、2020年に環境省が開設したポータルサイト。
  • 環境省 「地域共生型地熱利活用に向けた方策等検討事業」<https://www.env.go.jp/content/900441850.pdf> (visited Sep.16, 2022)
  • 前掲注9
  • 同上
  • 環境省Webサイト
    <https://www.env.go.jp/policy/kihon_keikaku/goodlifeaward/report201910-hidatakayama.html> (visited Aug.15 , 2022)
  • 環境省Webサイト <https://www.env.go.jp/press/press_00308.html> (visited Jul.28, 2022 )
    温泉熱等利活用による経済好循環・地域活性化促進事業【計画策定)】3件および同事業【設備等導入】1件の計4件。

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