企画・公共政策

リモートワークが提供する生産的で豊かなワークライフの可能性 EU 諸国における生活・労働実態調査から

副主任研究員 宮本 万理子

本稿では、EU 諸国の生活・労働実態調査から、リモートワークが生産性やワークライフにもたらす効果と、国の法令、労働協約、企業協定について紹介する。我が国では、働き方改革の一環として、WLB に資するリモートワークが推進されている。しかし、ICT が我々にもたらす弊害を加味した保護施策の検討は緒に就いた段階で、今後「つながらない権利」を参照しつつ、法令、労働協約、企業協定によって整備する必要があることを指摘したい。

1.コロナ禍における働き方の変化 -リモートワークの急増-

新型コロナの拡大が、世界的な規模で我々の生活に影響を及ぼしたことは周知の事実である。人との交流のあり方や働き方に至るまで変化を及ぼし、リモートワークの急増という形となって定着している。図表1はEU 諸国(英国を含む。以下同じ。)のリモートワーク率推移を示したものである。2006 年(39%)から2019 年(50%)まで13 年間で11 ポイント増であったが、コロナ以降、わずか2 年間で50%から62%と12 ポイント増加している。EU 諸国では、新型コロナの拡大がリモートワーク加速のきっかけになったと言えよう。

リモートワークのメリットは、通勤時間の短縮、労働時間の柔軟化、ワークライフバランス(以下、WLB)の改善、生産性の向上等と言われている。また、企業側はWLB の改善による従業員のモチベーションの向上、離職率の低減、オフィススペースの削減等が期待できる。一方、デメリットとして、労働時間の長時間化、勤務時間と私生活の重複、作業量の増加等が挙げられる1。こうしたメリット、デメリットは感覚的には同意できるが、実際の効果や弊害は未だ研究されている段階である。

コロナ以降、リモートワークが人々の心身やパフォーマンス(生産性)に与える影響について、実証的研究が急速に進められており、今後継続的な蓄積が期待されている2。特にEU 諸国では、生活・労働実態調査が我が国に先駆けて実施されてきたため、参考にすべき点が多い。加えて、リモートワークの利便性や弊害を克服するための法令整備も進められつつある。本稿は、EU 諸国の生活・労働実態調査を参照する中で、リモートワークが生産性やワークライフにもたらす効果や、ICT が心身に与える弊害を解消するために制定された「つながらない権利」について紹介する。また、我が国における働き方改革への示唆を得る。

2.リモートワークが心身に与える影響

新型コロナの拡大は、生産的で豊かなワークライフを考えるきっかけを、我々に与えたとも言える。リモートワークがもたらすメリットは、場所や時間にとらわれない柔軟性にその特徴の一つがある。場所や時間にとらわれない働き方が、心身の健康にとって良い効果をもたらし、仕事に対するやる気を向上させ、その結果として仕事の効率が上がることが分かれば、新型コロナが収束した後の働き方を考えるうえでも参考にすべき点が多い。その反面、リモートワークを実践する上での留意点についても整理し、施策に反映していく必要がある。

自宅を拠点に働くテレワークは、働き方改革の代名詞とも言えるが、一方でコミュニケーションが不足したり、身体的不調を訴えるなど、デメリットも散見される。このような課題に対し、近年では第3の働き方として、会社や自宅以外からの勤務(モバイルワーク)が推奨されるなど、新しい働き方が模索されている。例えば、自宅の近くのサテライトオフィスを使った勤務や、リゾート地でのワーケーションなどがその一例である。第3の働き方は、生産性やエンゲージメントを高めることが期待されながら、我が国の実証的研究はまだ始まったばかりである。

そのような中、ヨーロッパ全域での生活と労働条件の改善を目的に設立されたEurofound8は、T/ICTMとその効果に関する調査を実施している9。≪図表3≫は自律性(自律的に働けるか・働いているか)10と、「仕事の負荷」11の2つの指標について、ICT利用量・機動性のレベルに基づく働き方のカテゴリー(詳細はBOX参照)ごとに評価したものである。左図は、ICT利用量が低い層、右図は高い層の傾向を示しており、丸の大きさは母数を表している。左図と右図を比較すると、ICT利用量が高いほど自律的に働ける一方で、仕事の負荷が増えることが読み取れる。

≪図表4≫は、職場でストレスを感じる従業員の割合である。これを見ると、「ハイモバイルT/ICTM」が41%であるのに対して、「常に使用者の敷地内で勤務」が25%となっている。この結果を、先に述べた≪図表3≫と照らし合わせると、ICT 利用量が高いほど「仕事の負荷」がかかり、結果、従業員にかかるストレスが高まると考えられる。従って、ICT を使ったリモートワークは、自律性を高めるプラスの影響がある一方で、ICT 利用量をなんらかの方法でコントロールしなければ、仕事の負荷を増やす方向に働き、結果、ストレスを増やすマイナスの影響をもたらす。このコントロールを、どのように制度として担保するかが重要となってくる。

3.リモートワークに関するEU の施策動向 -「つながらない権利」とその取組み-

リモートワークに関する施策は2000 年代からEU で整備され、EU の協約、各国の国内法、労働組合・企業間で締結される労働協約、労使間で誓約される企業協定といった様々なレベルで策定された。その中でも、ICT の利用量をコントロールするための「つながらない権利」制定に至るまでの動向や、各国の取組みについて紹介する。加えて、その課題と我が国への適用可能性について次で検討したい。

(1)「つながらない権利」に至るまでの議論-デジタル化に関する枠組み協約-

EUでは、コロナ禍のさなかの2020年6月に「デジタル化に関する枠組み協約」が締結された。ここでは、リモートワークの範囲が在宅勤務を中心としたテレワークから、場所や時間にとらわれないモバイルワークに拡張された。また、労働時間と私的時間の区別をめぐった課題が指摘されるなど、後の「つながない権利」に結びつく議論が展開されている。具体的には、デジタル機器が労使双方に多くのメリットをもたらすとしつつ、勤務時間と私的時間の峻別が不明瞭になることが、労働組合によって問題提起されている。また、リモートワークをする際の労働時間ルールやEメール等の使用法を含め、ICT等のデジタル機器に過度につながることのリスクについて政策等が未整理のまま羅列されている。しかし、こうした議論が結果として、翌年の「つながらない権利」に至る初動であったといえる。

(2)「つながらない権利」に関する法令

2021年、欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択した。本決議では、デジタル機器により労働者が時間、空間の制約なくいつでもICTを介して職場とつながることが可能になり、これが身体、心身の健康やワークライフバランスに悪影響を及ぼしうるので、「つながらない権利」をEU指令として規定することが必要と主張している。本指令案において「つながらない」とは、労働時間外において、直接間接を問わず、デジタル機器を用いて作業関連活動又は通信に関与しないこととされている12。本指令案は、デジタル機器を作業目的に使用する労働者が、「つながらない権利」を行使し、使用者が労働者の「つながらない権利」を尊重するよう最低要件を規定している。「つながらない権利」は、欧州議会が欧州委員会に対して「指令案」を勧告するという形を現時点ではとっており、今後は、欧州委員会、経済社会委員会、欧州労連の意見を取り入れる形で進展すると思われ、動向を見守る必要がある13

我が国では、「つながらない権利」の法令化は厚生労働省有識者会議「これからの労働時間制度に関する検討会14」において、裁量労働制の見直しや勤務間インターバル制度(終業時刻から次の開始時刻の間に、一定時間以上の休息時間を確保する仕組み)の導入と合わせて進められている。本検討会において、ICTが我々の心身にもたらす弊害を十分加味し、睡眠時間の確保やICTとつながらない権利を盛り込んだ施策検討が期待される。

(3)「つながらない権利」に関わる各国の取組み

EU各国では、「つながらない権利」指令案を受けて、法令、労働協約、企業協定といった様々なレベルにおいて、WLB保護を目的とした「つながらない権利」の導入が試みられている。このうち、企業協定が先進的に行われているドイツ、フランスの事例を本稿では紹介したい。また、当該事例を通じて、我が国への適用可能性について検討したい。

1)ドイツの「つながらない権利」に関わる取組み

ドイツでは「つながらない権利」に関する法令はないが、ICTが心身に与える弊害については国として認識されており、労働省および労働安全衛生研究所で共同研究が進められている。一方、企業協定はEU内でも先進的に行われており、効果を上げている。

例えば、自動車メーカーBMWは、労働者評議会とT/ICTMに関する協定を締結している。同協定では、全従業員が、使用者の敷地外での作業時間を、労働時間として登録することが認められている。また、勤務時間外でのメール対応を時間外手当の対象とする等、不規則で非公式なT/ICTMを減らしWLBの向上が推進されている。同様に、ダイムラーは、メール機能に「ホリデーモード」を導入している。これは、休暇期間中に受信したメールについて、自動削除される故の応答システムが全従業員に設定される仕組みである。こうした通信機能を活用して、従業員のWLB向上を促進している。

本事例は、法令として制定するのではなく、労働協約や企業協定レベルで「つながらない権利」を担保したケースである。BMWやダイムラーのメール機能を使ったWLB向上は、即効性の高い方法だが、サービス業等の顧客を持つ業種によっては、顧客対応が優先され、適用が難しいケースが想定される。このため会社間の契約時に協定書を交わす必要があると思われる。

2)フランスの「つながらない権利」に関わる取組み

フランスでは、2016年に労働法が改訂され「つながらない権利(le droit à la déconnexion)」に関する条文が明記された。そこには「50人以上のすべての企業で雇用主と従業員が、従業員の休憩や休日、個人生活や家族生活の尊重を確保する観点から「ICTの利用」について協議する義務がある」「両者で合意が成立しない場合、雇用主は従業員代表と協議の上労働協約を採択する必要がある」と記載されている。

一方、電気通信労働組合のテレワーク労働協約(Accord relatif au télétravail dans la branche des telecommunications)では、「雇用契約にはテレワーカーの連絡可能な時間帯を明記すること」が記載されている。また、石油労働組合の協定でも「スイッチオフの権利」が導入され、勤務日の間に最低11時間の日休が保護されるようになった。

本事例は、法令および労働協約、企業協定によって「つながらない権利」を担保したケースである。法令の条文を読むと、50人以上のすべての企業が対象とされており、比較的小規模な会社で働く従業員に関してもWLBが保護される点において参考にすべき点が大きい。一方、ICT利用の具体的な取り決めは雇用主と従業員が協議して決めるとあるため、結果、その内容については企業協定に委ねられることになる。

4.まとめ

本稿は、EU諸国の生活・労働実態調査から、リモートワークが生産性やワークライフにもたらす効果と、国の法令、労働協約、企業協定について紹介した。我が国では、働き方改革の一環として、WLBに資するリモートワークが推進されている。しかし、ICTが我々にもたらす弊害を加味した保護施策(労働時間と私的時間の区別)の検討は緒に就いた段階であり、今後EUの「つながらない権利」に関する政策動向を参照しつつ、法令、労働協約、企業協定の枠組みにおいて整備する必要がある。

  • Eurofound and International Labour Office (2017) Working anytime, anywhere: The effects on the world of work, Publications Office of the European Union, Luxembourg, and the International Labour Office, Geneva.
  • SOMPO未来研究所(2021) SOMPO未来研究所「生産性に関する研究会」中間報告書、コロナ禍が従業員に与えた影響~勤怠データ・従業員アンケートから見た実態~、61pp
  • Eurofound (2020) Living, working and COVID-19 dataset, Dublin、2020年、2021年は、「at home」「at locations I was sent to by my employer or requested to go to by clients」「other locations」の総数の割合。
  • European Parliament (2021) The impact of teleworking and digital work on workers and society, special focus on surveillance and monitoring, as well as on mental health of workers、2006年~2019年は「Employers work from home usually」「Employers work from home sometimes」「Self-employed work from home usually」「Self-employed work from home sometimes」の総数の割合。
  • 前掲3)では在宅勤務のほか、会社や自宅外での勤務もリモートワークとして算定されているのに対し、前掲4)では在宅勤務をリモートワークとして算定しているため、実際には新型コロナ後の在宅ワーク率は多く見積もられる。
  • 前掲1)
  • 前掲1)
  • Eurofound(欧州生活労働条件改善財団)は、ヨーロッパ全域での生活と労働条件の改善を目的に、欧州理事会によって1975年に設立された組織。財団は生活条件、労使関係に関する情報を収集、分析し、欧州連合政策に取り組むための基礎的情報を提供することを任務としている。
  • 前掲1)
  • 仕事の内容や方法、スピードを選択、変更できること、仕事の仲間を選択できること、希望するときに休憩できること等の設問から評価している。
  • 短期間の納期、業務数が複数あること、作業量に対し十分な時間があること、仕事中の価値観の対立があるか、仕事中に頻繁な中断があるか等の設問から評価している。
  • 前掲1)
  • 労働政策研究・研修機構(2022):労働政策研究報告書No.219、諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究
  • 厚生労働省:これからの労働時間制度に関する検討会<https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26577.html>(2022.9.11閲覧)

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