企画・公共政策

酒が先取りする需要の姿

主任研究員 小池 理人

アルコール飲料の輸出額が10年前と比較して6.7倍に増加するなど、急激な伸びを示している。行政の支援を追い風に、酒類事業者が製品に高い付加価値を付与し、海外市場の開拓を進めているためだ。アルコール飲料の輸出金額を大きく伸ばした成功例は、今後、少子高齢化によって国内市場の縮小が進展する日本において、内需縮小という状況を打破するヒントになるものと考えられる。

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1.突出して増加するアルコール飲料の輸出

2022年の農産物・食品の輸出額は1兆4,148億円と10年連続で過去最高を記録している。10年前の2012年と比較すると、農産物・食品の輸出額は3.1倍にまで増加しており、輸出全体が2012年との比較で約1.5倍の伸びとなっていることから考えると、かなりの成長分野であると言える。中でも突出しているのが、アルコール飲料の輸出だ。アルコール飲料の輸出額は2012年と比較すると6.7倍と急激に伸びている。輸出全体や農産物・食品と比較しても目を見張る伸びとなっている(図表1)。

牽引役となっているのが、ウイスキーと清酒だ。ウイスキーと清酒については、数量の増加もさることながら、金額が更に大きく増加しており、数量を伸ばしながら、単価の引き上げに成功していることが示されている(図表2、図表3)。企業努力はもちろんのこと、新市場開拓支援事業や販路拡大・消費喚起等推進事業といった日本産酒類の輸出振興に関する行政の取組みを追い風に、日本産のアルコール飲料の知名度・ブランド価値を向上させたことが功を奏したものとみられる。

2.経済活動正常化の中でもアルコール飲料関連の国内需要は弱い

経済活動の正常化が進展する中で、アルコール飲料を取り巻く環境も変化してきている。新型コロナウイルスの感染が確認されて以降、外での飲酒需要はほぼ消滅し、サービスとしてのアルコール飲料への支出である飲酒代(外食)は2020年4月にコロナ前の2019年比で9割以上の大幅な減少となった。一方で、家飲み需要が増加することで、財としてのアルコール飲料への支出である酒類への支出は、2020年の同時期に大きく増加した。その後、コロナ禍に人々が適応し、経済活動が正常化するに従って、飲酒代(外食)は振れを伴いながらも回復傾向で推移している。しかし、経済活動の正常化によって家飲み需要が減少する中で、酒類への特需的な需要が消失し、酒類の消費額はコロナ前の2019年対比でのプラス幅が縮小傾向で推移している。全体として足もとの動きをみると、酒類と飲酒代(外食)を合算した支出金額は、依然として2019年対比でマイナス圏での推移が続いている(図表4)。

財としてのアルコール飲料を種類ごとにみると、2022年の酒類支出金額(二人以上の世帯)は、清酒を除いて2019年対比で全てプラスとなっている(図表5)。もっとも、これは昨今の物価高による価格の押し上げ効果による影響が大きく、数量ベースではビールを除いて既にピークを過ぎている1(図表6)。ウイスキーやチューハイなど、依然として高い水準の需要を維持するアルコール飲料もあるが、多くは家飲み需要が剥落する中で、2019年対比で既にマイナス圏に突入している。

3.中長期的に減少が予想される国内のアルコール飲料への需要


中長期的にみて、国内のアルコール飲料への需要は減少していくとみている。向こう1年程度は経済正常化が進む中で飲酒代(外食)に回復余地があるため、アルコール飲料関連の消費は伸びる可能性が高いだろう。しかし、高齢化と若年層のアルコール離れにより、アルコール需要は減少傾向での推移が続くことが見込まれる。厚生労働省が公表する国民健康・栄養調査の年代別習慣飲酒率(2019年2)をみると、70歳以上の習慣飲酒率が顕著に落ち込むことが示されている(図表7)。日本における人口動態をみると、今後10年で約1,500万人が、今後20年で3,000万人超が飲酒習慣率の低い70歳以上に突入することになる(図表8)。高齢化が進む中で、若年層の需要を確保することが重要になってくるが、若年層は中高年層と比較して人口が少ない。更に、若年層の飲酒習慣が大きく低下していることも、今後の需要減少に拍車をかける。飲酒習慣率は20代男性が2000年:27.8%→2019年:12.7%、20代女性が2000年:8.4%→2019年:3.1%、30代男性が2000年:53.3%→2019年:24.4%、30代女性が2000年:14.1%→2019年:11.1%と、酒離れが進んでいる。高齢化が進み飲酒習慣が無くなる人が増え、若い世代による需要増も期待できない中、アルコール飲料関連の需要は、少子高齢化が進む日本の中でも、特に早いペースでの需要減少が見込まれる領域であると言える。

4.海外展開の成功は、今後内需が縮小していく日本の状況を打破するヒントに

少子高齢化が進む日本においては、内需の減少が避けられない。今後、ますます外需を取り込むことが重要になってくるが、輸出数量は減少傾向で推移している(図表9)。また、世界貿易に占める日本のシェアは低下傾向にあり、貿易における日本の存在感が徐々に薄れている。そのような状況の中、2012年から2022年までの10年間における輸出単価の上昇率は、ウイスキーが+205.9%、清酒が+109.0%と、輸出全体の+62.8%と比較して極めて高い伸びを示しており、突出した成果を上げている(図表10)。酒類事業者は中小企業が多く、単独での海外展開が困難である場合も少なくない。行政による販路開拓支援によって輸出環境が整備され、企業が各々に自社製品の価値を高め、高い付加価値の製品を海外マーケットに展開した動きは一つの成功事例と言える。少子高齢化が進展し国内市場の縮小が見込まれる日本において、昨今のアルコール飲料を取り巻く動きは、今後需要が不足していく状況を打破する上でのヒントになるものと考えられる。

  • 2020年の10月に酒税法改正によって350ml当たりの税負担がビールは77円から70円に減少し、新ジャンルの税負担が28円から37.8円に増加したことで、需要が新ジャンルからビールに流れたことが原因であると考えられる。
  • 2020年、2021年の調査は新型コロナウイルスの影響により中止。

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