企画・公共政策

データ流通の新潮流 データ利用権取引市場の可能性を探る

主任研究員 菊武 省造

データ流通を活性化させ、イノベーションの創出や経済成長につなげようという機運が高まっている。一方で、データ流通には多くの課題が指摘されている。これらの課題を解決する糸口として期待されているのが「データ取引市場」であり、既に民間企業や自治体での導入が進展している。足元では、データ取引市場をさらに発展させた「データ利用権市場」というアイデアも登場し注目を集めている。
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1.はじめに

ビジネスにおいてデータの重要性が急激に増している。デジタル化の進展や演算・分析技術の向上に伴い、大量かつ広範なデータから新たな知見を得られるようになった。また、産業界を中心にデジタルトランスフォーメーション(DX1)が推し進められており、その要素としてデータは必要不可欠である。このように、データの内包する価値については、世界中で共通認識が醸成されつつある。


一方で、企業等が経済活動の副産物として生成したデータの多くが、自社やグループ内での利用にとどまっており、データを活用したビジネス展開が十分に進んでいるとは言い難い2。データを保有する企業は、データ提供のインセンティブ欠如(適切な値決めができない)、データ提供先による漏洩や利用範囲逸脱の懸念、といった理由からデータ提供に及び腰になりがちである。逆に、データを利用(購入)する企業にとっては、データの品質や信頼性への不安が付きまとう。また、データの提供者・利用者共通の課題として、適切な取引相手の発見が困難という問題もある。

こうした課題を解決すべく、2021年に国家的なデータ戦略として公表された「包括的データ戦略3」では、個々の企業や自治体に存在するデータを広範に流通させる仕組みとして「データ取引市場」構想が打ち出された。さらに足元では、データ取引市場を拡張させた「データ利用権取引市場」が検討され、実証実験が始まっている。本稿では、データ流通を促進させる枠組みとしてデータ取引市場を概説し、これとの比較を通じてデータ利用権取引市場の可能性について論じる。

2.データ取引市場

(1)概要

データ取引市場とは、信頼に足る事業者によって運営されるデータ取引の開かれた場である。証券取引所で多様な株式が市場参加者によって売買されるように、データ取引所では企業や自治体が保有するデータを利用者が購入することができる(図表1)。

データ取引所でデータを売買するメリットとして、第一に取引の効率化が挙げられる。データ取引市場を介することで、取引相手の発見が容易となり、また取引方法の標準化等を通じた取引コストの削減も見込まれる。第二に、中長期的には価格発見機能の発揮が期待できる。市場の黎明期においては取引実績が少なく、売り手と買い手の希望価格に乖離が生じやすいが、事例の蓄積につれてデータ取引市場の効率性や安定性が向上する。価格発見機能がはたらいている市場においては、販売額の見通しを立てやすいことからデータ保有者の新規参入が促進されるといった経路を通じて流動性が高まり、市場の安定化、効率化が進展するという好循環が生まれる。

データ取引市場の運営事業者には、利用者保護や健全な市場育成という観点から一定の要件が求められる。政府のデータ戦略の実行運営組織「データ社会推進協議会4」は「データ取引市場運営事業者認定基準」を公表し、運営事業者が満たすべき5原則として中立性、透明性、公正性、安全性、法令順守を挙げている。

(2)国内事例

わが国では、民間のエブリセンスジャパン社がデータ取引プラットフォーム「EverySensePro」を提供している。提供されるデータの種類や参加企業の属性は限定されておらず、データ提供者と購入希望者がマッチした場合は、プラットフォーム上で価格決定・売買取引が行われる。エブリセンスは、取引の場を提供する役割のみに徹しており、公平性・中立性の観点から価格決定などには関与を行わない。現在は、全国のエアコン設定温度データ、公衆Wi-Fiから取得されるスマホ端末データ、家電の電力消費量データをはじめとした数百種類のデータが売買されている。

札幌市は、自治体が主導する初のデータ取引所「さっぽろ圏データ取引市場」を開設している。民間や行政が保有する各種データの取引が可能で、札幌駅前地下空間歩行の人流データや、レシート購買統計データなどが現在公開されている。データ利用者としては、飲食店や交通事業者などの幅広い対象を想定している。将来的には、行政や個々の企業が保有する多くのデータを取引市場で流通させることで、地域産業の活性化や持続的なまちづくりが期待されている。

3.データ利用権取引市場

データ取引市場は、データの流通を促進するための優れた仕組みであるが、無体物であるデータは民法上の権利対象外となる。つまり、法的にはデータが一般的には財産保護の対象にならず、所有者の排他的な利用ができないという課題がある。この課題を解決するために、データの利用権が第三者に保証され、かつ権利自体を取引の対象とすることで社会におけるデータ流動性を高める、「データ利用権取引市場」という拡張的なアイデアが注目されている。

(1)概要

データ利用権取引市場では、データを正当に利用する権利(データ利用権)を証券化した「データ利用権証」を用いたデータ取引が対象となる。データ利用権証は提供者・利用者双方の権利義務のほか、対象となるデータや、提供期間、取得や生成の背景、データ構造などの付帯情報が明記され、データと一意に紐づけされている。


データ提供者はデータの販売口数や売り出し価格を決定し、利用権証を市場に上場させて初めて取引が可能となる。データ提供者やデータ利用者にとって、データ取引はなじみがないことが多いため、データ利用権取引市場では、データ取引に長じた仲介者(データブローカー)を通じた取引が想定されている(図表3)。データブローカーは、市場参加者の審査・認定や、利用権証の上場や価格設定の支援、仲介売買、提供されるデータの信頼性などを含めた審査を行う。また、データの原本性や信頼性を提供者側のデータブローカーが担保しており、利用者側のデータの品質に対する不安を解消できる。このようにデータブローカーは、株式市場における証券会社に相当し、円滑な仲介業務に加えて、市場の信頼性を確保する役割を担う。

現時点で、データ利用権取引市場は実現には至っておらず、今後の社会実装が期待されている。

(2)データ取引市場との比較

データ利用権取引市場はデータ取引市場と類似している面もあるが、以下の点で大きく異なる。

①価格・条件交渉

データ取引市場では、データ提供者は販売するデータの価格を任意で設定することができるが、価格設定が適切でなかった場合は、データ利用希望者との間で販売価格の交渉が個別に行われる。つまり、販売データの価格が市場の評価する価格と乖離がある場合には、提供者が手動で価格を見直す必要がある。対して、データ利用権取引市場では、株式市場のように需要と供給に応じて時々刻々と価格が上下する。データ提供者と利用者はそれぞれ成行注文5もしくは指値注文6が可能であり、価格発見機能がより発揮されることで、効率的な取引の実現が見込まれる。

②先行販売

データ利用権取引市場では、データセットの提供が可能になる前から利用権証を取引できる。この場合には、利用権証の有効期限内にデータセットが提供されることが条件となり、データセットの提供後に利用権証との紐づけが行われる。

データ取引市場のモデルでは、データ利用者がデータを購入することで初めて、データ提供者は収益を得ることができる。一方、データ利用権取引市場では、データセット提供前に利用権証を販売することでデータ提供者は事前に資金調達が可能となっている。データ販売を検討する事業者は、収益の目途が立ってからデータ投資に踏み切ることができるため、不確実性が減少しデータビジネスへの投資促進が期待される。

加えて、データを利用する当事者だけでなく、将来データの価格上昇を見越した投資家による市場参入も見込まれる。市場に参加するプレイヤーが増加することで、市場規模が拡大するとともに価格発見機能の発揮を通じた取引価格の安定化につながりうる。

③トレーサビリティ

データ取引市場では、データ販売後にデータがその後どのように流通したか管理することができない(トレーサビリティがない)。対して、データ利用権取引市場では、データ利用権証に歴代のデータ所有者情報が記載されており、来歴の管理や第三者による検証が可能になっている。トレーサビリティが確保されることによって、データの漏洩や不正利用への懸念が払しょくされ、企業がデータ提供に踏み切りやすくなる。

4.おわりに

世界的にデータ利活用が推進され、データを流通させる必要性が強く認識されるようになった。その半面で、データを保有する企業にとって、漏洩や目的外利用などの懸念から、データを提供するインセンティブを実感しにくい状況となっている。また、データの価格形成が十分に進んでいない点や、初期投資額が大きい点などから、新しくデータビジネスに参入する企業の数も限定的である。

本稿で紹介したデータ利用権取引市場は、データ利用権を売買取引の対象とすることで、これらの懸念解消を目指す枠組みである。信頼できる運営者やデータブローカーによって公平・公正な市場が運営されれば、データ利用者に加えて投資家も巻き込んだ市場拡大が可能となる。また、データセット提供前から利用権を販売できることから、データ投資の盛り上がりも見込める。

データ利用権取引市場は現時点で構想段階であり、システム開発や、市場運営者・データブローカーの要件など種々の検討事項が存在する。また、市場が乱立した場合には、取引が分散し、十分な流動性が確保できない可能性もある。今後の実証実験などを通じたデータ流通の活性化に期待したい。

  • 経産省「「DX推進指標」とそのガイダンス」(2018年7月)は、DXを下記のように定義している。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
  • 内閣官房IT総合戦略本部データ流通環境整備検討会「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめ」(2017年3月)
  • 内閣官房「包括的データ戦略」(2021 年 6 月)
  • デジタル庁が推進予定の「包括的データ戦略」や「内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の後押しを受け、産官学の連携により分野を超えた公正、自由なデータ流通と利活用による豊かな社会を実現するために設立された団体
  • 成行注文とは、売買を行うときに、値段を指定せずに注文する方法
  • 指値注文とは、希望する売買価格(買いの場合は上限価格、売りの場合は下限価格)を指定して発注する方法

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