企画・公共政策

社会保障としての「住まい政策」 ~急がれる自治体での福祉行政と住宅行政の連携強化~

上席研究員 野田 彰彦

昨年末に政府がとりまとめた全世代型社会保障構築会議の報告書では、住まい政策を社会保障の重要な課題と位置付ける旨が明記された。日本の住まい政策は、国土交通省がハード中心の政策(民間住宅に関する規制監督、高齢者等の入居を断らない賃貸住宅の拡充等)を担う一方、厚生労働省が福祉政策としてソフト中心の政策(生活困窮者や高齢者に対する入居支援、生活保護の住宅扶助等)を行い、役割分担する形で形成されている。近年、両者の連携が進みつつあるが、自治体レベルでみると福祉行政と住宅行政の連携はまだ十分とは言えない状況であり、その進展が望まれる。
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1.住まい政策を「社会保障の重要な課題」と明確に位置付けた全世代社会保障構築会議報告書


少子高齢化やライフスタイルの多様化が進むなか、高齢者のみならず子どもや現役世代に対して幅広く目配りした社会保障改革を図る観点から、政府は2019年頃から「全世代型社会保障」のあり方について検討を進めてきた。その議論は安倍政権から菅政権、そして岸田政権へと引き継がれ、2022年12月には、岸田政権下で設けられた全世代型社会保障構築会議が報告書をとりまとめた。

菅政権までは、全世代型社会保障の射程は主として年金、医療・介護、子ども・子育て支援、労働であった。しかし、今回の報告書では、住まい政策が社会保障の重要課題として位置付けられた≪図表1≫。これは社会保障をテーマとした政府文書では画期的なことで、会議の参加メンバーからも「マイルストーン(転換点・分岐点)になる」「高く評価したい」といった声が上がった。

報告書では、住まいの確保に係る重要な施策として、「住宅と福祉の連携」「大家の安心確保」「空き家の活用」が挙げられている。以下、これらの施策それぞれの現状と課題について考察していきたい。

2.自治体における福祉部門と住宅部門の連携促進がカギ

報告書のなかで、住まい政策は「地域共生社会の実現」という文脈で位置付けられている。地域共生社会とは、2016年に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」で提唱された概念で、「子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる社会」とされる。その実現に向けて、社会福祉法等が改正され、2021年度から地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応するための包括的な福祉サービス提供体制(重層的支援体制)の整備が進められることとなった。この重層的支援体制は、従前からの取り組みであった高齢者を対象とする「地域包括ケアシステム」の理念を普遍化し、属性を問わずに生活上の困難を抱える人を対象とした支援体制を構築しようとするものである≪図表2≫。

しかし、厚生労働省が構想した重層的支援体制は、居住支援の領域で弱みがある。福祉の現場では、民間の不動産仲介業者等との繋がりが密接ではないため、住まいの確保に関する相談に必ずしも十分な対応ができていないケースが多いとされる。したがって、この領域では住宅行政との連携が重要となってくる。

住まい確保に係る住宅行政としては、国土交通省が、低所得者や高齢者、外国人、子育て世帯などを「住宅確保要配慮者」として定め、そうした人への入居支援体制の充実に取り組んでいる。具体的には、2017年度に改正された住宅セーフティネット法に基づき、「住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅(セーフティネット住宅)の登録制度」「登録住宅の改修等への経済的支援」「住宅確保要配慮者へのマッチング・入居支援」を推進している。

このうちマッチング・入居支援については、①居住支援法人(居住支援を行うNPO法人や株式会社等を都道府県が指定)に対する支援措置や、②居住支援協議会の設立促進策を講じている。居住支援協議会とは、住宅の供給サイドのプレイヤー(不動産仲介業者、家主、居住支援法人、自治体)を中核として相互連携を図るネットワークであり、地域の住まい問題解決への貢献が期待されている。しかしながら、区市町レベルで設立された居住支援協議会は2022年末時点で78にとどまっており、全国的な普及が今後の課題となっている1

このように、厚生労働省は重層的支援体制という福祉ネットワークの構築を、国土交通省は住宅ネットワークの構築をそれぞれ進めているが、住まい政策を実効たらしめるには両者の密接な連携が必要不可欠である。ただ、自治体レベルでは福祉行政と住宅行政の連携は道半ばである。国土交通省が自治体に対して行ったアンケート調査によると、2020年末時点で連携を予定していないという回答が3分の1(全回答1,698のうち656)を占めている≪図表3≫。

こうした状況に鑑み、厚生労働省と国土交通省は近年、福祉・住宅の行政間連携が進んでいる自治体の成功事例を紹介するイベントを共同開催したり、連携体制の構築を目指す自治体にアドバイスする伴走支援型プロジェクトを各々進めていたりする2。連携強化の重要性に関する自治体の理解は進んでいると思われるが、自らの地域にあった具体的な体制整備のあり方を模索・検討している段階にある自治体もまだ多いというのが足元の実情であろう。

3.大家の不安をいかに緩和するか

入居支援においては、大家(賃貸人)が安心して部屋を貸せるような環境整備も重要である。2021年度に国土交通省が行った調査3によると、6~7割程度の大家が高齢者や外国人、障がい者等の入居に拒否感を持っており、その理由として、「他の入居者や近隣住民との協調性への不安」「家賃の支払いに対する不安」「居室内での死亡事故等(いわゆる孤独死)に対する不安」などが挙げられている。また、同省が不動産関係団体等に対して2019年度に行った別の調査 では、属性別にみた懸念点として、高齢者や障がい者については「見守りや生活支援(の体制が確保されているか)」「死亡時の残存家財の処理」、低所得世帯やひとり親世帯については「家賃債務保証(が得られるか)」、外国人については「入居トラブルの相談対応(の体制が確保されているか)」が多くの回答を集めている。

大家が抱えるこうした不安を緩和・解消させるためには、①高齢者については入居後の見守り等の生活支援体制を整えた上で大家に理解を求める、②住宅金融支援機構による家賃債務保証保険や一部自治体による家賃債務保証料補助の活用を促す、③遺品や残置物の整理にかかる費用を補償する保険への加入を促す、等の対応が有効と考えられ、これらを後押しするような施策を今後推し進めていくことが望まれる。

4.空き家の活用にも課題

「空き家の活用」については、住宅確保要配慮者の入居を拒まない「セーフティネット住宅」の普及促進が施策の柱となる。国土交通省は、空き家に必要な改修を施した上でセーフティネット住宅として活用する道筋に期待を寄せており、改修費の一部や家賃引下げの原資を大家に補助する仕組みを設けている5。ただ、これまでのところセーフティネット住宅が十分に機能しているとは言い難い。

セーフティネット住宅の物件情報は、専用のウェブサイトで開示されており、誰でも検索・閲覧できる。それをみると、2023年3月時点で約84万戸が登録されている。しかし、登録物件の95.8%(約80.8万件)が「入居中」となっている一方、「空室」はわずか1.1%(約0.9万件)にとどまり、すぐに入居できる物件は少ない6。また、先述した改修費や家賃に関する補助金を大家が受けるためには、入居者を住宅確保要配慮者に限定した「専用住宅」として登録する必要があるが、登録物件のうち専用住宅の割合は0.6%(約0.5万件)にすぎない。こうしたことから、現在のセーフティネット住宅の大半は、すでに一般世帯が入居している物件が登録されており、また補助金を原資に家賃を引き下げることもできないため、住むところに困っている人にとってのセーフティネット・受け皿として機能しているかどうか疑問が残る。今後の利用拡大に向けて、空室物件の充実を図ったり、補助金の要件見直しを検討したりする必要があるのかもしれない。

5.おわりに ~個人への経済支援策として家賃補助の検討を

高齢者や低所得者などに対して入居支援や入居後の生活支援を講じる「住まい政策」は、政策課題としての重要性を増しており、全世代型社会保障構築会議報告書では「社会保障の重要課題」として位置付けられるに至った。今後、社会保障としての住まい政策を充実させるためには、「福祉政策のネットワークと住宅政策のネットワークをともに強化するとともに、両者の密接な連携を図る」ことが欠かせない。最後にこの点を改めて強調しておきたい。

厚生労働省が所管する福祉行政では、関連事務所等に地域住民からの相談が日々寄せられるなかで、住宅を求める需要サイドのニーズや情報が蓄積されているものの、民間賃貸物件等に関する情報は不足している。他方で国土交通省は、住宅セーフティネット制度等を通じて供給サイドから入居支援に努めているが、住まいを含む生活上の困り事を複数抱えているような人を包括的に支援する体制・ノウハウは持ち合わせていない。福祉行政と住宅行政が互いの強みを発揮しつつ弱みを補完し合い、かつ一体的に機能することが、今後の住まい政策には求められる。地域住民と密接な関係にある自治体レベルで、福祉行政と住宅行政の連携強化が一層進むことを期待したい。

また、全世代社会保障構築会議報告書では明記されていないが、地域によって居住支援の充実度に差がある状況を踏まえると、補完的な政策として、個人に対する直接的な金銭支援、すなわち家賃補助の導入も検討に値しよう。わが国では公的な家賃補助は存在しないに等しい。生活困窮者に対して家賃相当額を一定期間支弁する住居確保給付金はあるものの、その対象者は離職後2年以内の人などに限られている。住居確保給付金はコロナ禍で要件が緩和されて利用者が著しく増加した7。その後、平時における給付金のあり方が検討され、2023年度からは緩和された要件の一部恒久化など制度拡充策が講じられた8ものの、離職者等のみを対象とする点は変わっていない。今後、多くの地域で居住支援の脆弱さが十分に克服されない状況が続くようであれば、例えば住居確保給付金の対象者に「収入の少ない就労者」を含めるなど(ただし支給されるのは無収入者よりも少額)、普遍的な家賃補助に近い制度に発展させる道筋を視野に入れるべきである。

  • 居住支援協議会は全ての都道府県で設立されているが、都道府県レベルの居住支援協議会では、地域の特性に応じた支援体制を構築したり、個別の相談に応じる機能を備えたりするのは難しいとされる。そのため、国土交通省は市区町村レベルでの居住支援協議会の設立を呼び掛けている。しかし、市区町村単位で設立される居住支援協議会の人口カバー率は2021年末時点で28%にとどまっている(国土交通省は2030年度にこれを50%まで引き上げる目標を定めている)。なお、2022年末時点で居住支援協議会を設立している市区町数78は、日本の全市区町村数(約1,900)の4%にあたる。
  • 国土交通省は、①居住支援協議会の設立や活性化に意欲ある自治体等を対象とするハンズオン支援(「居住支援協議会伴走支援プロジェクト」)や、②都道府県からの指定を受けようとする居住支援法人等を対象にしたハンズオン支援(「居住支援法人アドバイス事業」)を近年行っている。また、厚生労働省は、③高齢者等の入居・生活支援体制を整備しようとする意向はあるものの、関係者が多岐にわたる等の理由で検討が進まないような自治体に対してアドバイス等を行うハンズオン支援(「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」)を進めてきたほか、2022年度には④地域住民の住まいに係るニーズの把握や、そのニーズを踏まえた包括的な居住支援体制の整備を進めるモデル事業(「住まい支援システム構築に関する調査研究事業」として北九州市、座間市、伊丹市、岩沼市、輪島市の5自治体で実施)を始めている。
  • 国土交通省「令和3年度 家賃債務保証業者の登録制度等に関する実態調査報告書」。この調査結果を紹介した資料として、国土交通省「住宅セーフティネット制度における居住支援」(2023年3月17日の居住支援全国サミットにおける資料)などがある。
  • 国土交通省「住宅確保要配慮者の居住に関する実態把握及び継続的な居住支援活動等の手法に関する調査・検討業務報告書」(2020年3月)に盛り込まれているアンケート調査結果(全国の不動産関係団体等に対して2019年度に実施)。この調査結果を紹介した資料として、国土交通省「住宅セーフティネット制度における居住支援」(2023年3月17日の居住支援全国サミットにおける資料)などがある。
  • 入居者を住宅確保要配慮者に限定したセーフティネット住宅(専用住宅)に対する補助として、①改修費の1/3を国が大家等に補助する(自治体が補助する場合は自治体1/3+国1/3)制度がある。また、②家賃を引き下げる原資として国と自治体がそれぞれ上限2万円(1戸・1カ月当たり)を大家等に補助する制度や、③家賃債務保証料等を引き下げる原資として国と自治体がそれぞれ上限3万円(1戸・1年当たり)を家賃債務保証会社等に補助する制度も存在する。2022年7月時点でこれらの補助を実施している自治体(都道府県や市区町)の数は、①が35、②が40、③が29にとどまっており、全国的に普及しているとは言い難い状況にある。
  • 「入居中」「空室」以外には、「改修中」が0.5%(約0.5万件)、「部屋状況は問い合わせ」が0.7%(約0.6万件)となっている。
  • 本来の住居確保給付金は、2年以内に離職・廃業した人を対象とし、支給期間は原則3カ月(求職活動を誠実に行っている場合は最長9カ月まで延長可)という制度であった。コロナ禍での対応として、まず2020年4月には、休業等に伴う収入減少により住居を失うおそれのある人を対象者に加え、かつ当該対象者については上記の求職要件を満たさなくても最長9カ月の受給を可能とした。また、2021年2月には、求職要件を満たすことを条件として支給期間が最長12カ月まで延長された。さらに、2021年6月からは、住居確保給付金と職業訓練受講給付金(失業給付の受給資格のない人が職業訓練を受ける際に支給される月10万円の生活資金)の併給が可能とされた。住居確保給付金の支給は、コロナ前の2015~19年度には4,000~7,000件で推移していたが、2020年度は約135,000件と大幅に増加し(2021年度は約46,000件)、困窮者の生活の下支えとして大きな役割を果たしたとされている。
  • 2023年度予算案において、住居確保給付金と職業訓練受講給付金の併給を可能とする特例などが恒久化されたほか、「離職・廃業後2年以内」という支給要件について、疾病・負傷等のやむを得ない事情によって求職活動が困難な期間があれば「離職・廃業後4年以内」までは考慮する等の新たな要件緩和が講じられた。

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