企画・公共政策

中小企業で進む「防衛的賃上げ」

副主任研究員 水ノ上 博一

連合による春闘回答の集計では高水準の賃上げが続いている。組合員数の構成上、全体の集計結果については大企業・製造業の影響が大きいが、非製造業に着目すると大企業よりも中小企業の方が賃上げ幅を拡大している点が特徴だ。背景には、大企業よりも激しい人手不足がある。ただし、中小企業の大半が業績向上を伴わない「防衛的な賃上げ」を行っており、来春以降の賃上げの持続性が問われる。
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1.賃上げとわが国の雇用

(1)賃上げの背景

23年度の春闘回答が出揃いつつある。連合による第4回集計では、平均賃上げ率(定期昇給含む)は3.69%となった1。これは約30年ぶりの高水準である。定期昇給を除いた、基本給の引き上げを指す「ベースアップ率」は2.11%となり、23年度においては日本全体の平均賃金の上昇が見込まれる2。賃上げの気運が高まった背景の一つには物価上昇がある。22年度のコアCPIは3.0%上昇し、第二次石油危機以来41年ぶりの伸び率であった。こうした物価上昇により実質的な賃金が低下する中、企業への賃上げ圧力が高まった形だ。実際、企業が賃金決定に当たって考慮する要素として、物価を重視する割合が上昇している≪図表1≫。長年、「物価も賃金も上がらないもの」という社会通念が存在してきたが、原料高・資材高といった外生的な物価高が日本企業の賃上げに対する姿勢を変化させつつある。

(2)連合集計における組合員の構成


前述したように、高水準の回答が注目される春闘であるが、連合による集計結果は製造業の影響を大きく受ける傾向にある。例えば、22年度の最終集計における業種別の組合員数は製造業が半数を占めており≪図表2≫、さらに、そのうち8割近くを大企業が占める。

23年度の製造業における平均賃上げ率(定期昇給含む)は、4%を超えており、全体の平均3.69%を上回っている。つまり、製造業が高い伸びを示したことで全体の賃上げ率が大幅に引き上げられていると見てよいだろう。大久保・城戸・吹田ほか(2023))によると、製造業における賃上げは、他の業種の賃金に波及する度合いが高いとしており3、製造業の高い伸びは今後日本経済全体の賃金が上昇するための好材料と言えよう。

一方で、わが国の雇用者の7割は中小企業に従事している。さらに、こうした中小企業従事者の8割を抱えるのは非製造業だ。そもそも、春闘回答における中小企業の組合員の割合は全体の10分の1に満たない。こうした中、わが国の賃金を展望する上では中小企業・非製造業の動向からヒントを得るべきと考える。

2.中小企業における賃上げ動向

(1)春闘にみる中小企業の賃上げ率

23年度の賃上げ回答集計について、僅かに大企業との差は開いているものの、中小企業も並々ならぬ覚悟で賃上げに挑んでいる印象だ≪図表3≫。2016年頃を境に、中小企業の人手不足は大きく進み、日銀短観における雇用判断DIは大企業以上に「不足」超幅を拡大した≪図表4≫。2020年以降はコロナ禍の影響を受け一時的に人手不足感は緩和されたものの、足もとの急速な需要回復により、再度、中小企業と大企業の人手不足感の格差は拡大しつつある。こうした人手不足を背景に、賃上げ率の格差は縮小しつつある。

春闘について第4回集計の段階で、22年度からの賃上げの変化幅を示した≪図表5≫。これをみると、製造業、金融・保険以外の業種については、中小企業の方が大企業よりも賃上げ率の上昇幅が大きいことが分かる。特に、中小企業が大企業を大きく上回っているのは交通運輸業だ。日銀短観の雇用判断DIにおいて、中小企業・交通運輸業(運輸・郵便業)の人手不足感は大企業・交通運輸業(運輸・郵便業)をとくに大きく上回っており≪図表6≫、労働力確保に苦心する中小企業・非製造業が高めの賃上げを行っている様子が浮かび上がる。

(2)防衛的な賃上げ

このように人手不足が中小企業の賃上げを促しているが、そうした中にあって、業績が改善していないにもかかわらず賃金を上げる「防衛的な賃上げ」を実施する企業も増えている。日本商工会議所が23年3月に会員企業(中小企業が中心)に行った調査では、2022年度に正社員の所定内賃金の引き上げを実施した企業は2022年3月調査から14.8ポイント増の61.5%となった。賃上げを実施した主な目的として「人材確保・定着やモチベーション向上のため」を挙げる企業が9割近くに上っているほか、「物価上昇のため」と回答する企業も前年度から上昇した4。一方で、同調査によると、賃上げ実施企業のうち約7割が業績改善を伴わない防衛的な賃上げだ。物価高・人手不足といった外圧により賃上げが進んでいる一方で、業績が改善していない企業が多く、賃上げ原資を確保できていない企業が増加している。

3.中小企業の賃上げに持続性を

本稿では今年の春季賃上げの背景を探ってきたが、歴史的な高水準となっている賃上げ率も、22年度のインフレで失われた実質賃金を取り戻すだけの力はない。ベースアップ率+2.11%は22年度のコアCPIの前年比+3.0%5に及ばない水準だ。もっとも、今年度後半に日銀の予測するとおりコストプッシュインフレが収まってくるのであれば、相対的に賃上げ効果は高まっていくことが見込まれる。こうした実質賃金の上昇により、消費の活性化⇒企業の業績向上⇒賃金上昇⇒物価上昇という好循環を実現できるか、正念場といえるだろう。前述したとおり、雇用者の大半が勤める中小企業では、依然防衛的な賃上げ(業績が向上していない中での賃上げ)を行う企業が大半を占める。身を削って人材確保に動いている状況は持続的とはいえない。中小企業基盤整備機構によると、中小企業の経営課題として、原料高・資材高が各業種の1位に並んだ6。日本の中小企業は大企業に比べて価格転嫁が遅れているのが現状だ。このような価格転嫁の促進を含め、中小企業の収益向上、ひいては生産性向上が持続的な賃金・物価上昇の好循環の鍵となる。

  • 連合「2023年春季生活闘争第4回回答集計」ベースアップ率については、ベースアップ分が明確に分かる組合の集計(加重平均)。
  • 定期昇給は年齢や勤続年数に応じて賃金を自動的に引き上げることを指し、定期昇給を行っても、従業員の年齢構成等が変わらなければ会社として支払う平均賃金は変わらない。これに対してベースアップは従業員の基本給を上げるため、平均賃金が上昇することとなる。
  • 大久保友博・城戸陽介・吹田昴大郎・高富康介・幅俊介・福永一郎・古川角歩・法眼吉彦「わが国の賃金動向に関する論点整理」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.23-J-1,2023年2月
  • 日本商工会議所「商工会議所LOBO」、23年3月
  • 総務省「消費者物価指数」
  • 中小企業基盤整備機構「第171回中小企業景況調査(2023年1-3月期)」

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