ヘルスケア・ウェルビーイング

介護ロボット等の導入が 生産性につながるロジック

上席研究員 成瀬 昂

将来的な介護需要の増加に対し、供給量不足が全国的な課題である。その対策の1つにICT・介護ロボット(以後、介護ロボット等)導入による生産性の向上がある。本稿では、介護ロボット等の導入が生産性向上に貢献するまでの過程を可視化したロジックモデルを作成したので紹介する。介護ロボット等の導入が実践動線に起こす変化には、ケアの代替、情報の改善、交流支援、安全安楽の確保、の4つがあった。これらは、介護の生産性向上に結び付くことを経て、介護人材の誘導/離職予防に貢献できる可能性がある。多様なテクノロジーがもたらす貢献を、他の施策アクティビティとも適切に組み合わせた、実効性の高い実践介入が望まれる。
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1.はじめに

(1)背景

2019年から2040年までの間に約69万人の介護人材の増加が必要と推計されている1。需要急増対策の1つとして、ICT・介護ロボット導入による生産性の向上がある。令和3年度介護労働実態調査2によると、ICTは着実に様々な介護事業所に普及しつつある一方で、介護ロボットの導入は進んでいない(施設系介護事業所は、見守りロボットを導入している事業所が13%。その他の施設はどんなロボットも5%未満の導入率のまま数年間伸びていない)。しかしながら、こうした現状に対しても、令和3年度に「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム事業」の中で「ニーズ・シーズマッチング支援事業」が実施されており3、より実装・活用されやすい介護ロボット開発が進むと期待される。さらに、介護ロボット等導入に係る費用の補助金事業も各自治体を中心に数多く展開されている。運営規模が極端に小さい場合等の理由から馴染みにくい事業所は多々あるものの、近い将来、介護の業務フローや実践現場の価値観に対し、介護ロボット等が十全に織り込まれ、その活用がごく当たり前になっていくであろうと想定される。

そうした介護実践風景が実現する過程では、介護を受ける当事者、家族、ケア提供者から政策決定者まで、様々なステークホルダーに様々な変化が連関的に起こるであろう。個々の介護ロボット等導入が当事者やケア提供者に与えた変化については、介護ロボット等による生産性向上の取組に関する効果測定事業報告書4等でたびたび報告されている。

これまでの蓄積を踏まえ、本稿では、介護ロボット等の導入が介護人材需要増対策としての生産性向上に貢献するまでの過程を可視化したロジックモデルを作成したので紹介する。介護ロボット等の導入が、介護の生産性向上や人材不足の問題の解決にどのように関連し、また介護の質の問題とどのように関連しているか、様々なステークホルダーが目線を合わせながら総論的に議論する際のフレームワークとして活用できると考えたからである。様々なステークホルダーにとっての介護ロボット等の利活用のメリットを整理し、さらなる普及・製品開発、および利活用戦略を議論するための基礎的なフレームワークを示すことを目的として作成した。

(2)用語の定義

本稿では、厚生労働省の発表資料に基づき、介護ロボット等、介護の生産性、のそれぞれについて下記の通り操作的に定義する。
介護ロボット等5:ロボットとは、情報感知、判断、動作の3要素技術を有する、知能化した機械システムのことであり、ロボット技術が応用され利用者の自立支援や介護者の負担の軽減に役立つ介護機器を介護ロボットと呼ぶ。これに介護実践支援のためのICTツールを加えたものを「介護ロボット等」と呼ぶ。
介護の生産性6:限られた資源を用いて一人でも多くの利用者に質の高いケアを届けること、および、業務改善によって生じた時間を有効活用して、利用者に向きあう時間を過ごしたり、自分たちで質をどう高めるか考えたりすること。

2.ロジックモデルの作成

(1)ロジックモデルとは

特定のプログラムについて、資源の投入(インプット)が最終的な変化(インパクト)につながるまでの因果の連鎖を示すモデルである7。本稿では、因果の連鎖の図式化によって、介護ロボット等の導入によって連鎖的に生じる変化を整理する目的で描写した。先行研究に倣い、下記の方法でモデルを作成した。

(2)モデルの作成過程

後述の情報源から、介護ロボット等の導入が介護の生産性向上に貢献する過程を説明するテキストを抽出し要約(コード)を作成した。過程を説明する文章とは、特定の介護ロボット等導入の実証検証で示された効果、もしくは介護ロボット等の導入検証や過去の導入経験に基づく感想や効果に対する期待等である。単一の介護ロボット等から複数の貢献が期待される場合には、それぞれを独立して要約した。生成されたコードを類似性に基づき、サブカテゴリー/カテゴリーへと抽象度を高めながらグルーピングした。最後に、元の文章の内容に従いカテゴリー間の因果関係を特定しモデル図に示した。

分析対象となる情報源は、2022年度以後に実施された調査報告書3冊8, 9, 10、実践者(2023年4~5月・ケアマネージャー5名/通所介護事業所職員4名)へのインタビューで得たメモとした。モデル完成後、参考情報として、介護ロボットなどの展示会(ケアテックス東京24(http://caretex.jp/))出展者へのヒアリングノートを参照し、モデルが包含する現象に漏れがないことを確認した。

3.介護ロボット等の導入が介護実践の動線に生み出す4つの変化

まず介護ロボット等の導入が介護実践の動線に直接的に生み出す変化を整理したところ、4つのカテゴリーが生成できた;ケアの代替、情報の改善、(要介護者の)交流支援、安全安楽の確保(図表1)。具体的なイメージがわかるように、この4カテゴリーと経済産業省と厚生労働省が重点的開発支援分野5として示した「移乗、排泄」等を含む6機能の対応も同時に整理した。

「ケアの代替」とは、介護ロボット等が、要介護者が自分で行うセルフケアもしくは介護職員等が行う専門的ケアを代替することである。例えば、職員の支援動作を代替する移乗・移動支援ロボットがある。導入により、職員の業務時間節約・身体的負担の軽減が実現することにつながっていた。

「情報の改善」とは、要介護者が自身の日常生活を送ったり、介護職員等が介護ケアを提供したりする際に、よりよい予後につながる情報が、より適切な形で計測・蓄積・活用されることである。具体的には、専用デバイスを使った膀胱内貯留尿量の推定値やトイレ動作のモニタリング情報があり、これは職員がトイレに誘導するタイミングをあらかじめ予測したり、適切な介入によって失禁を回避したり、トイレ動作の焦りからくる転倒を予防することにつながっていた。また、ICTソフトの活用によって個々の要介護者が要する介護ケアボリュームが蓄積されるが、それらを統合的に分析することによって職員の労働レーンの時間効率を改善することにつながっていた例もあった。

「交流支援」とは、介護ロボット等によって、要介護者の他者との交流が促進されることである。実践者ヒアリングでは、手指動作や視覚に障害があっても、音声入力ツールの補助のおかげで電話やオンラインミーティングにつながりやすくなったという実例が語られた。

「安全安楽の確保」とは、介護ロボット等の導入により、要介護者の日常動作や日常的なケア実践の中で生じる身体損傷が予防されたり、転倒・急変の迅速な発見によって重篤な状態悪化が回避されたりすることである。最たるものは見守りセンサーであり、危険行動を検知し周囲に迅速に知らせることで有害事象を回避できたという報告が多数あった。また、前述の移乗支援ロボットの導入は、利用者自身や職員が支援して行う移乗の安全性を高めたという報告もあった。

4.介護ロボット等の導入が生産性向上と介護人材不足対策につながるまで

ロジックモデルの全体像を図表2に示した。前述で紹介した4つの変化が起きたことが、それぞれ連関しあいながら、介護の生産性向上(ケア提供量の向上・確保、ケア提供者の負担軽減、介護の質の向上)に結び付く可能性があることが見て取れる。そして生産性の向上は、介護業務・職場の魅力向上と、介護人材の誘導・離職予防につづいていくことがわかる。また、こうした経路とは別にして、ロボット等の導入が介護業務・職場の魅力向上(職場のブランド力の向上や業務イメージ改善)につながったというテキストもあった。

図中では、介護の生産性向上について、それぞれの主な受益者も書き添えた。例えばケア提供量の向上・確保は介護事業者、ケア提供者の負担軽減は、家族介護者・介護職員、介護の質の向上は、要介護者本人・家族が、主たる直接的な受益者であることを意味する。「介護ロボット等の導入」に期待される変化や生産性の向上は様々であり、関係者の立場によって受益の内容や構造が異なる。ここに記載したすべての関係者の視点で見た時に、特定の関係者に受益を集中させずすべての関係者が受益し続けることが重要である。例えば、「ケア提供量の向上・確保」によって介護事業者に余力に生じた場合に、必要なインプットが下がったことのみを理由に介護給付費を引き下げることをせず、せっかく醸成された生産性の熱を、実践から政策までを捉えた全体の最適化のために循環させるために議論することが望まれる。

5.まとめ

介護ロボット等の導入は、複合的・相乗的に作用しながら、将来の介護人材不足への準備性を高めることが期待される。それとあわせて、介護人材需要の急増対策として、介護予防による需要抑制と人材誘導による人材確保が併走することとなっている。人材誘導には、現行の介護現場の処遇改善だけでなく、高齢者や外国人介護職員を働き手として積極的に採用する計画も含まれている。こうした複数のアクティビティが相互補完的に、もしくは相乗効果をもって機能するような仕掛けづくりを構築していくことが必要であろう。実践者インタビューの中では、電子化された介護記録は手書き文字と比較して外国人労働者にとって使いやすい可能性や、ロボット等の活用が進むことが介護業務のイメージをより魅力的なものに変えられる可能性について意見がでていた。ロボット等の開発・導入を目前の諸課題を打ち返す手段としてだけでなく、介護の課題を抜本的に解決していく手段として、複合的な介入戦略の中に丁寧に位置付けることで、よりその実効性を高めていける可能性がある。

  • 厚生労働省.第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について.https://www.mhlw.go.jp/content/12004000/000804129.pdf(2023年5月30日アクセス可能)
  • 公益財団法人介護労働安定センター.令和3年度 介護労働実態調査結果について.
    http://www.kaigo-center.or.jp/report/2022r01_chousa_01.html(2023年5月30日アクセス可能)
  • 厚生労働省.介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム事業.ニーズ・シーズマッチング支援事業.https://www.kaigo-ns-plat.com/(2023年5月30日アクセス可能)
  • 厚生労働省老健局高齢者支援課.介護ロボット等による生産性向上の取組に関する効果測定事業報告書.2023.
  • 厚生労働省.介護ロボットの開発・普及の促進 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000209634.html(2023年5月30日アクセス可能)
  • 厚生労働省老健局高齢者支援課.介護現場における生産性向上について(令和4年度介護ロボットメーカー連絡会議資料)https://www.techno-aids.or.jp/robot/file04/2022-01shiryo.pdf(2023年5月30日アクセス可能)
  • W.K. Kellogg Foundation. W.K. Kellogg Foundation Logic Model Development Guide, Bringing Theory to Practice.
  • 前掲注4
  • 株式会社日本総合研究所.令和4年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業 経営面での介護ロボットの導入効果の実態調査研究事業報告書.2023.
  • 独立行政法人福祉医療機構経営サポートセンター.2022年度特別養護老人ホームの人材確保および処遇改善に関する調査結果.2023.

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