フューチャー・ビジョン・ラボ

広がる宇宙ビジネスと日本企業(1)衛星コンステレーションが拓く

主任研究員 秦野 貫

宇宙空間を活用したビジネスの急成長が見込まれている。開発の担い手が国家から民間に広がり、小型衛星を協調的に運用する「衛星コンステレーション」等で技術革新や商業化のペースが加速している。現時点で宇宙ビジネスにおける日本企業の存在感は小さいが、市場の拡大期は飛躍のチャンスも大きい。まず本稿で宇宙ビジネス市場の現状と先行きを概観し、次稿で日本企業の成長可能性について考察する。
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1.はじめに

米航空宇宙局(NASA)による有人宇宙探査計画「アポロ計画」が代表するように、宇宙開発は国家主導で発展してきた。東西冷戦下の覇権争いを推進力として米国や旧ソビエト連邦等が1950年頃からロケットや人工衛星の技術を磨いてきた。冷戦終結を経て米国が民間への業務委託を増やしたことを機に技術革新やコスト低減が進み、現在の宇宙は民間企業によるビジネスの場に変貌を遂げつつある。インドが2023年8月に世界4か国目となる無人探査機の月面着陸に成功するなど、技術開発競争は国際的な広がりも見せている。本稿では世界の宇宙ビジネスの現状と見通しについて、主なトレンドやプレイヤーを確認する。

2.宇宙ビジネスは2040年に1兆ドル市場に

宇宙ビジネス市場は2010年代から緩やかな成長を続け、2022年の市場規模は3,840億ドル(約55兆7000億円)と2015年から15%増えた1。けん引役は市場全体の73%を占める人工衛星関連のビジネスで、同期間に35%伸びた。起業家のイーロン・マスク氏が率いる米SpaceXによる再利用ロケットの開発など、民間主導で打ち上げコストの低下や衛星の高性能化・小型化が進み、通信や観測用途での利用が増えている。

研究開発投資も活発になっている。宇宙関連企業への投資額は2021年に100億ドル超と過去10年で約10倍に増え2、中でも主に2000年以降に参入した「New Space」と呼ばれる民間企業に資金が流入している。New Spaceの研究開発費は2020年に50億~60億ドルと10年間で5倍超に増えたと推定され、政府機関や伝統的な航空宇宙企業を指す「Old Space」も含む全体の研究開発費に占める割合は1割から4割に増えた3。この割合は2013年頃までは1割程度にとどまっており、宇宙ビジネスにおいて民間主導の成長サイクルが回り始めていることが見て取れる。

今後の宇宙ビジネスは衛星を軸に2020年代後半から成長のスピードを増すと見込まれている。衛星によるインターネット通信網の整備が進むことで世界中からの接続が可能になり、通信サービスそのものに加え、ソーシャルメディア、広告、Eコマースといったインターネット関連サービスの収益が大きく伸びる見通しだ。地球観測データの増加と低価格化も見込まれ、あらゆるものがネットにつながるInternet of Things(IoT)や自動運転、現実世界と仮想世界を融合するExtended Reality(XR)など、多様な技術・サービスへの波及効果が見込まれる。こういった市場動向に基づき、複数の投資銀行等が2040年の宇宙ビジネスの市場規模は1兆ドルを上回る規模に成長すると予測している4

3.衛星コンステレーションがけん引

(1) 打ち上げコスト低下が追い風

衛星関連ビジネスのけん引役と目されているのが「衛星コンステレーション」だ。星座(constellation)のように多数(数十~数万機)の人工衛星を打ち上げ、それぞれを協調的に機能させるシステムのことで、特に低軌道(Low Earth Orbit, LEO)を周回するものを指すことが多い。従来の気象観測や通信、放送等に使われる人工衛星は高度3万6000kmの静止軌道(Geostationary Earth Orbit, GEO)に投入されるものが大半だった。ただ静止衛星は地球表面を広くカバーできる一方で、通信の遅延が発生するほか、北極や南極といった極域付近は対応できないという課題があった。LEOを回る衛星コンステレーションは地球との距離が近い分通信の遅延を抑えられ、高い解像度の観測データを得られる。大量の衛星を協調的に運用することで、地球全域をカバーすることもできる。

衛星コンステレーションの構想自体は古く、1990年代に米Motorolaによる「Iridium」や米Qualcomm等による「Globalstar」といった通信サービスの構想化、事業化が相次いだ。ただ巨額投資が必要な一方で、通信速度が遅い5ことや携帯電話が急速に普及したことなどで需要が伸びず、2000年前後に相次いで破産法申請や事業化中止に追い込まれた。その後、2010年頃から打ち上げコストの低下や衛星の小型化・高機能化が進み、衛星コンステレーションはビジネスとして成立する確度が高まってきた。LEOに機体を打ち上げるコストは、SpaceXのロケット「Falcon Heavy」(2018年に初打ち上げ)で1kgあたり1,500ドルと、1981年時点のNASAスペースシャトルと比べて約30分の1の水準に低下している6

打ち上げコストは今後さらなる低下が見込まれており、従来の第1段機体に加え、第2段機体等の再利用が進むことで2040年に1kgあたり100ドル以下と現在の15分の1以下の水準に下がると予測されている7。コストの低下によって参入障壁が下がれば、衛星コンステレーションを巡る企業の動きは一段と活発になる可能性がある。使用済みの機体等が軌道に滞留するスペースデブリ(宇宙ゴミ)など課題もあるが、こういった問題もビジネスで解決を目指す企業が登場している8

(2)世界中からインターネットに接続

衛星コンステレーションを代表する用途の1つは通信だ。SpaceXは「Starlink」の名称で2020年にインターネット通信サービスを開始した。現在約60か国で提供し、ダウンロード速度は最大220Mbpsと光回線に迫る水準を実現している9。Starlinkの衛星は2018年以降に約5,050基打ち上げられ、2023年9月4日時点で約4,700基が運用されている10。SpaceXは米国連邦通信委員会(FCC)から約1万2000基を配備する承認を受けており11、最終的に最大4万2000基規模の投入を計画している12。そのほか英OneWebは通信事業者や政府機関等の法人向けに2021年に北緯50度以上でサービスを開始し、2023年3月には618基の衛星を配備して世界中をカバーする体制が整ったと発表した13。米Amazon.comは3,236基体制の「Project Kuiper」を計画中で、2024年前半に量産機の打ち上げを始める予定だ14。中国も安全保障の観点からも衛星コンステレーションの構築を検討しており、実務を担う企業を2021年に設立して約1万3000機体制の大規模な計画を進めているもようだ15

通信衛星コンステレーションの普及がもたらすのは、世界レベルのデジタルデバイド(情報格差)の解消だ。2021年時点で世界人口の37%にあたる約29億人がインターネットを利用しておらず、特に開発途上国や農村部の普及率が低い16。先進国であっても都市圏以外では接続できない地域も少なくない。衛星コンステレーションは地上のアンテナ整備に比べて大幅にコストや時間を短縮できるうえ、事業者間の競争激化や需要の増加で料金の低下も見込まれる17ことから、インターネット利用者数や利用頻度が一気に増える可能性がある。通信衛星コンステレーションの本格的な普及が見込まれる2030年頃の潜在的なユーザーは、インドやアフリカ等で合計10億人程度存在すると試算されている18

インターネットに接続できる地域と利用者が増えることは、デジタル経済の拡大に直結する19。Eコマースや決済、ゲーム、動画配信、ソーシャルメディア、広告といった多様なサービスを、いったん宇宙空間を経由する形で利用する機会が増えると考えられる。衛星を通じたデジタル経済の市場規模は、2040年に約4,100億ドルに達するとみられている20

(3)高精度・高頻度の観測データを収集

衛星コンステレーションで期待されるもう1つの用途は、センサーを使って地球の状況を観測する「リモートセンシング」だ。衛星に光学センサーやレーダーを搭載して農地、山林、海洋、都市、大気等の観測データを収集し、全世界的衛星航法システム(GNSS)による位置情報や、衛星通信、ロボティクス、AI等と組み合わせることで多様なサービスを展開できる。衛星コンステレーションは低軌道に多数の衛星を配備するため、従来の静止衛星に比べて高精度・高頻度のデータが得られる。この利点を生かし、例えば農業であれば農作物の生育状況を随時把握したり、農薬の使用量を減らすために農機やドローンを精緻に制御したりといった活用が考えられる。これまで工場等の一部建物や地域に限られていたIoTが、世界全域の多様な人間活動の場で導入可能になることとなり、企業にとっては新たなビジネスを実現する機会になる。

先行事例を見てみると、米Planet Labsはリモートセンシング用途としては世界最大規模となる約200機のコンステレーションを運用し、光学画像を農業や金融等900を超す顧客に提供している。従来最高50cmだった分解能を30cmに高めるため、2023年から新たに32機のコンステレーションを構築する計画を進めている21。フィンランドのICEYEは2018年以降に27機を低軌道に配備。電波を使って観測する合成開口レーダー(SAR)によって夜間や悪天候でも観測できる利点を生かし、保険会社向けの災害被害予測等を提供する22

センシングそのものに加え、今後需要の拡大が見込まれるのが観測データを分析してソリューションを提供するビジネスだ。例えば米Descartes Labsは観測データと経済データを組み合わせて分析し、砂糖などコモデティ商品の価格を予測するサービスを提供している23。米Orbital Insightは工場や店舗の人出、港湾の荷動き等のデータを分析し、経済活動の変化を政府指標の発表前に捕捉できるようにしている24。ほかにも漁業や林業、金融、鉄道、都市開発、防災等の多くの分野で新たなサービスを展開できる可能性がある。観測用途の衛星コンステレーションが普及すればデータの増加や料金の低下が進み、リモートセンシングの需要も増加すると見込まれる。GNSSと地球観測(EO)を合わせた市場規模は2031年に4,976億ユーロと2021年から2.5倍に拡大する見通しだ25

4.広がるビジネスの舞台

宇宙ビジネスの舞台は、人工衛星の軌道よりさらに地球から離れた「深宇宙」にも広がり始めている。象徴的な事例がNASAによる月・火星探査プログラム「アルテミス計画」だ。まず2025年以降に月面に人を送り、その後月の周回軌道に設ける拠点「ゲートウェイ」等を通じて月に物資を運び、月面拠点で持続的な活動を目指す26。同計画の目的の1つは「新たな産業の創出」27であり、米国や日本など計画に参加する国から多くの民間企業が参加する見通しだ。地球と環境が比較的近いことから将来の現実的な移住先ともいわれる火星についても、有人探査計画が進む。アラブ首長国連邦(UAE)は2017年に火星移住計画を発表し、2021年には探査機を火星の周回軌道に投入した。SpaceXは火星移住計画を掲げており、マスク氏は2023年2月に「5~10年以内に火星の有人探査を実現できる」との見方を示した28

深宇宙の探査は、打ち上げから物資輸送、着陸船、探査車、基地建設、資源探索など多くの工程が必要になるため、民間企業に求められる役割は少なくない。このうち打ち上げや輸送については、衛星分野で実績をあげているSpaceXが引き続き主役になりそうだ。SpaceXは2022年に米国の発射拠点における顧客用ロケット打ち上げの66%を占め、2023年上半期は88%に上った29。月面探査車はトヨタ自動車がアルテミス計画への提供も視野に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発を始めた。大林組は月面基地の建設材料や無人建設の技術開発を始めているほか、宇宙と地球をチューブでつなぐ「宇宙エレベーター」構想も温めている。ただ深宇宙探査はあくまで探査がメインのため、当面はビジネスとしての成長可能性は限られそうだ。

宇宙旅行も実用段階に入っている。SpaceXが2021年に民間企業として初めて地球周回軌道に乗る宇宙旅行を実現し、米Virgin Galacticも2023年6月に同社初の商業宇宙旅行を催行した。放物線を描くように高度100km以上の宇宙空間に出た後に地上に戻る「サブオービタル飛行」による短時間の宇宙旅行は、Amazon.com創業者のジェフ・ベゾス氏が設立した米Blue Origin等も手掛ける。宇宙旅行も市場規模は限定的と考えられるが、サブオービタルは2地点間高速輸送への応用が期待され、SpaceX等が研究開発を進めている30。2地点間高速輸送は数十万ドルの料金が必要になるとみられるが、富裕層や高価な製品等の輸送で航空便と競合することが見込まれ、2030年に200億ドルの市場に成長するとの予測がある31

5.小括

宇宙ビジネスは一般的なイメージとしてロケット等のハードや打ち上げが想起されがちだが、実際に今後の市場成長の中核となるのは、衛星通信や観測データを利用したソフト・サービス分野になる見通しだ。一方、市場拡大をにらんで大手からスタートアップまで企業の新規参入が活発になっているほか、インドなど新興国の成長も著しく、宇宙ビジネスは有望市場であると同時に競争環境も厳しくなっている。こういった市場動向を踏まえ、次稿では日本の宇宙ビジネスの現状と今後の成長可能性について述べる。

  • Satellite Industry Association / Bryce Tech (2015-2023) ”State of the Satellite Industry Report”。1ドル=145円で換算
  • McKinsey&Company (2022) “Space: Investment shifts from GEO to LEO and now beyond”
  • McKinsey&Company (2021) “R&D for space: Who is actually funding it?”
  • Morgan Stanley (2017) “Space: Investing in the Final Frontier”、Citi GPS (2022) “SPACE The Dawn of a New Age”等
  • 音声データでIridiumは2.4kbps、Globalstarは2.4~9.6kbps(米国商務省電気通信情報局 (1999)”Overview of LEO Satellite Systems”)で、第2世代通信システム(2G)レベルの通信速度だった。
  • Citi GPS (2022) “SPACE The Dawn of a New Age”
  • Citi GPS (2022) “SPACE The Dawn of a New Age”
  • 欧州宇宙機関(ESA,2023)”ESA’S ANNUAL SPACE ENVIRONMENT REPORT”によると10cm以上の大きさのスペースデブリは軌道上に3万4000個ある。日本のアストロスケールやスイスのClearSpace等が除去技術の開発を進めている。
  • SpaceX “STARLINK BUSINESS”, https://www.starlink.com/business (2023年9月5日参照)
  • 米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのJonathan C. McDowell氏の集計( “Starlink Launch Statistics”, https://planet4589.org/space/con/star/stats.html)による。(2023年9月5日参照)
  • 米国連邦通信委員会 (FCC) “Space Exploration Holdings, LLC, Request for Orbital Deployment and Operating Authority for the SpaceX Gen2 NGSO Satellite System”, 2022年12月1日
  • The New York Times “Elon Musk’s Unmatched Power in the Stars”, 2023年7月28日
  • OneWeb “Successful launch of 36 OneWeb Satellites with ISRO/NSIL marks key milestone to enable global connectivity”,2023年3月27日
  • Amazon.com “Here’s your first look at Project Kuiper’s low-cost customer terminals”,2023年3月14日
  • The Washington Post “China’s military aims to launch 13,000 satellites to rival Elon Musk’s Starlink”, 2023年4月6日
  • 国際電気通信連合(ITU,2022)” Global Connectivity Report 2022”
  • 1容量単位あたりの通信料は現在の 1% 未満になる可能性がある(Morgan Stanley(2017)“Space: Investing in the Final Frontier”)。
  • 野村総合研究所 (2019)「衛星コンステレーションを用いた次世代インターネットの可能性と課題」、『NRIパブリックマネジメントレビュー』2019年2月号
  • インターネットへのアクセスのしやすさはデジタル経済の拡大を促し、1国の GDP に最大 2.5% の差をもたらす可能性がある(Boston Consulting Group (2014)”Greasing the Wheels of the Internet Economy”)。
  • Morgan Stanley (2017) “Space: Investing in the Final Frontier”
  • Planet Labs PBC “Explore Planet Products”, https://www.planet.com/products/ 等(2023年9月8日参照)
  • ICEYE “ICEYE STORY”, https://www.iceye.com/company 等(2023年9月8日参照)
  • Descartes Labs “Market Forecasting”, https://descarteslabs.com/market-forecasting/(2023年9月8日参照)
  • Orbital Insight “Financial Services”, https://orbitalinsight.com/geospatial-solutions/financial-services(2023年8月7日参照)
  • 欧州連合宇宙計画局 (EUSPA,2023)“EO and GNSS Market Report”
  • 宇宙航空研究開発機構 (JAXA)「国際宇宙探査の取り組み」https://humans-in-space.jaxa.jp/future/ (2023年9月8日参照)
  • 米航空宇宙局(NASA) “ARTEMIS” https://www.nasa.gov/specials/artemis/ (2023年9月8日参照)
  • Elon Musk (2023年02月9日),” I must admit to being congenitally optimistic (SpaceX & Tesla wouldn’t exist otherwise), but I think 5 years is possible and 10 years is highly likely”, https://twitter.com/elonmusk/status/1623824862673518592(2023年9月8日参照)
  • The Wall Street Journal “Elon Musk’s SpaceX Now Has a ‘De Facto’ Monopoly on Rocket Launches”,2023年7月17日
  • SpaceXはニューヨークと上海を39分で結ぶ構想を持つ。(SpaceX ”Starship | Earth to Earth” https://youtu.be/zqE-ultsWt0?si=1BT50mLtQ7yaXiEU, 2017年9月29日)
  • CNBC “Super fast travel using outer space could be $20 billion market, disrupting airlines, UBS predicts”, 2019年5月18日

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