企画・公共政策

既に起こりつつある食料有事
~企業による更なる農業進出が求められる~

主任研究員 小池 理人

農産物の供給能力が危機的状況にある。理由としては、日本国内の多くの農業経営体が小規模に止まっており、規模の経済が働いていないことが挙げられる。また、担い手が減少し、高齢化が進行していることも供給力を下押ししている。供給能力の低下は食料自給率の更なる低下にも繋がる。対応策としては、企業による農地取得を可能にするなど、農業への参入を促すことが挙げられる。規模の経済を追求することで、農業の生産性を高めることが可能になる。生産性の上昇は農業所得を高め、担い手を確保することも可能にする。加えて、国内の供給力を高めることは、食料自給率の向上など食料安全保障への対応にも繋がる。
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1.農業の供給能力は既に危機的状況に

12月6日に農林水産省により、食料安全保障の体制整備に向けた報告書が取りまとめられた。供給量の大幅な減少などの不測時に、政府から農家や企業に増産計画等を指示できる仕組みが必要との趣旨である。食料安全保障を巡って不測時の対応が必要であることに異論は無いが、農業の供給能力に関しては、大きく二つの問題によって既に危機的状況にあると言える。

第一の問題として、生産性の低さが挙げられる。農業は規模の経済が働きやすいため、耕地面積が大きいほど生産性が向上する傾向がある。小規模な田畑を多数の事業者が耕作するよりも、大規模な田畑を少数の事業者が耕作した方が効率よく農産物を生産できるからである。実際、水田作経営を例に取ってみると、作付け延べ面積が大きいほど、事業従事者一人当たりの付加価値額が増加する傾向にある1(図表1)。しかし、耕地面積規模別経営体数をみると、9割以上の経営体が5ha未満の規模に止まっており、効率的な農業経営が行われているとは言い難い(図表2)。

また、農業を主業とする農業経営体が少ないことも課題である。農林水産省が公表する農業センサスによると、農業経営体のうち96.4%が個人経営体となっており、そのうち主業として農業を営む経営体は22.3%に止まっている(図表3、4)。農地という生産要素が限られる中で効率よく農産物を生産するためには、生産性の高い農業経営体に土地を集約していく必要がある。

第二の問題は、農業の担い手の減少である。1990年に482万人であった日本の農業就業人口は、2019年に168万人と約3分の1の水準にまで減少した。更に、農業従事者の高齢化も進んでおり、農業従事者に占める65歳以上の割合は7割を超えている(図表5)。厚生労働省によると、日本人の健康寿命(2019年)は男性で72.7歳、女性で75.4歳であり、高齢者が農業を支える構造は持続可能なものとは言い難い。新規就農者数をみても、振れを伴いながらも減少傾向での推移となっている(図表6)。加えて、新規就農者も65歳以上の割合が高く、人数・年齢構成双方において持続可能性に大きな問題がある。

現在のまま高齢化が進んでいけば、就農者の急減のみならず、耕作地の減少が進み、日本の農業生産は深刻なダメージを受けることになるだろう。これまでの耕地面積(田畑計)の推移をみると、減少傾向での推移が続いている(図表7)。農林水産省によると、耕地面積減少の理由は、耕地の荒廃や転用等によるものだという。今後も就農者の高齢化が進み、新規就農者が増加しない状況が続けば、荒廃や転用によって更に耕地面積が減少することになるだろう。対応が遅くなれば、農地の集約を進める前に、集約するべき農地そのものが消失してしまう可能性がある。

農業の衰退は食料安全保障上も問題がある。ロシア・ウクライナ戦争で明らかになったように、地政学リスクの顕在化によって食料確保が困難になることが明らかになった。また、世界的な人口増加と経済発展が食料需要を増加させることが見込まれる。経済面のみならず、地政学リスクを勘案した上でも、食料安全保障の問題はこれまで以上に重要性を増している。

こうした中、日本の食料自給率は低下傾向での推移が続いている(図表8)。農林水産省は2030年までにカロリーベースの食料自給率を45%まで高めることを目標としているが、そもそもの担い手や耕作地が減少する中では目標達成はおろか、現状維持もおぼつかない。農業の生産性を高めると共に、就農者を確保することが求められる。

2.求められる企業による農業参入

生産性を引き上げ、就農者を増加させるためには、企業による農業参入を促す必要がある。農業に規模の経済が働きやすいことは既に述べたが、企業の参入を促すことで、農地の集約化やそれに伴う生産性の向上が実現しやすくなる。生産性が向上し、農業所得が増加することで、職業としての農業の魅力が増し、新規就農者も増えやすくなるだろう。また、借入金だけではなく、出資を受けて農業を始めることが容易になれば、若年層の農業への参入を後押しすることができる。若い世代の就農が増加することで、就農者の高齢化の問題も改善していくことが見込まれる。

企業の農業参入を巡っては、2014年に兵庫県養父市が国家戦略特区に指定され、2016年には企業による農地取得が認められた。2023年からは要望する自治体を国が認定する構造改革特区の形式とし、対象範囲が広がることになるなど、少しずつではあるものの、規制緩和の動き自体はみられている。

もっとも、企業による土地取得には、遊休農地が拡大していることや業務執行役員1人以上が耕作に従事するなどの条件があり、依然として企業が農業に参入する上での制約は多い。企業による農業参入を更に促し、小規模農家から大規模事業者への統合を進めるためには、こうした規制を緩和することが必要になる。ほとんど所得を得られない小規模な農家が農地を売却する選択肢が取りやすくなることは、既存の農家にとってもプラスであると考えられる。

また、農業経営の効率化は国内での供給力を強化することのみならず、国際的な競争力増強にも繋がる。足もとでも農産物の輸出は増加傾向にあるが、大規模化・効率化することで海外での競争力が増し、一層輸出を増やすことが可能になる。食料自給率は食料の国内生産額を食料の国内消費仕向額で除して算出される2。輸出の拡大は食料自給率を算出する分子である国内生産を高めることになり、自給率が上昇する。平時において輸出を増加させることは、非常時に輸出分を国内消費に回すことを可能にし、食料安全保障に繋がるのである。また、輸出が増加すれば農業経営の収益力も向上し、中・長期的に国内雇用増加などの波及効果も期待される。企業の持つ販売網やノウハウは農産物輸出の増加も後押しするだろう。

  • 畑作経営や果樹作経営等においても、作付延べ面積が広いほど、一人当たり付加価値額が大きくなる相関関係がみられる。
  • 生産額ベース食料自給率の場合。カロリーベース自給率の場合、1人1日当たり国産供給熱量を1人1日当たり供給熱量で除して算出される。いずれの算出方法においても、国産食料の産出が増加することは食料自給率の上昇にプラスに作用する。

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