クライメイト

気候変動を見据えた流域治水の推進
~流域全体でのリスク分担・費用分担によるマネジメント~

統括上席研究員 有澤 大輔

気候変動を見据えた水害対策として流域治水が推進されている。流域治水には、上流・下流など流域全体の対策を一元的にマネジメントすることと合わせて、住民など関係者間での理解醸成が求められる。このために活用が期待されるのは、流域全体の水害リスクと対策効果の一元的かつ定量的な評価だ。
 人口減少など今後の環境変化を踏まえると、流域全体のマネジメントの下で、関係者間のリスク分担・費用分担を行うことで、より実効的な流域治水が推進されるのではないか。
【内容に関するご照会先:ページ下部の「お問い合わせ」または執筆者(有澤:050-5471-6154)にご連絡ください】

1.はじめに

2023年は観測史上最も暑い年であった。世界の年間平均気温は、産業革命前の水準を1.5℃近く上回った1。加えて、世界各地で自然災害が甚大な被害をもたらした。2023年9月にリビアでは豪雨により3つのダムが崩壊し4,000名以上の命が失われた。気候変動が豪雨の強度を1.5倍に引き上げたと分析されている2

気候変動の進行に伴って、世界の各地域において大雨・熱波・干ばつの頻度や強度の増加が予測されており、被害を抑える対策の実施が求められている。避けられない気候変動による影響を回避・軽減する取組は「適応」と言われる。カーボンニュートラルや脱炭素など、気候変動の原因となる温室効果ガス(GHG)排出を削減する取組「緩和」と合わせて、気候変動対策には欠かせない。しかしながら、現状では適応策に必要な投資が不足している。発展途上国で必要となる今後10年間の適応コストは年間2,150億米ドルと見積もられるが、足元の資金フローはその1割の213億米ドルにとどまっている3。適応策の遅れは気候変動による損失・損害を増大させ、結果的に先進国を中心に世界全体で負担が必要になる構図だ。世界が適応策を進めていくのは急務と言える。

日本国内の適応策に目を向けると、自然災害への対策について検討・実施が進みつつある。適応策では、気候変動に伴う被害などの影響を予測・評価し、効果のある対策を検討することが重要となる。一つの事例として、気候変動を踏まえた水災害対策として推進されている「流域治水」に着目し、より実効的な対策が推進されるために求められることが何か、探りたい。

2.流域全体のマネジメント

(1)流域治水とは

流域治水は、気候変動に伴って将来頻発化・激甚化が予測される水災害への対策のあり方を示したものだ4。あらかじめ気候変動によって想定される現象を予測し、これに基づいて対策を講じる考えだ。従来の河川管理者による堤防整備などのハード対策だけでは、気候変動に備えて計画的に治水安全度の向上を図ることが困難との考えのもとで、次の方向性を示している。降雨が河川に流出して更に河川が氾濫するという一貫したシステムで捉え、集水域・河川・氾濫域など流域全体であらゆる関係者(国・都道府県・市町村・企業・住民など)が協働して被害を軽減させるものだ。あらゆる関係者で、①氾濫をできるだけ防ぐ・減らすための対策、②被害対象を減少させるための対策、③被害の軽減・早期復旧・復興のための対策、これらに取り組んでいくことになる(図表1)。本稿では、気候変動に対する事前防災対策、つまりは平時に備えておくべき対策として、①および②にフォーカスしたい。
 

《図表1》流域治水と対策イメージ

  • (出典)国土交通省Webサイト(visited Jan. 19th, 2024)、当社にて追記 https://www.mlit.go.jp/river/kawanavi/prepare/pdf/vol11-card.pdf

 

流域全体には多くの関係者が存在する。水系5ごとに多数の市町村がその流域を構成しており、複数の都府県にまたがるケースが多い。日本最大の流域面積の利根川水系では、6都県152市区町村が流域を構成する6。同じ流域の上流と下流の市区町村では、人口・人口構成・地形・気候・産業などそれぞれ地域の特性が異なる。流域治水は、流域全体の関係者で協働して対策を実施するものだが、流域を構成する各地域の特性や固有の事情について流域全体で理解を醸成するのは決して容易ではないことが想像できる。

(2)那珂川緊急治水対策プロジェクト

那珂川水系では令和元年東日本台風により甚大な被害が発生した。総事業費813億円の「那珂川緊急治水対策プロジェクト」を、流域全体の対策の事例として紹介する。

(出典)関東農政局Webサイト(visited Jan. 18th, 2024) に当社にて追記 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/nakagawa/shizen/001.html

 令和元年東日本台風では、気候変動の影響が水災害として現れたと報告されている。1850年以降の気温・海面水温の上昇によって、令和元年東日本台風に伴う関東甲信地方の総降雨量が13.6%増加したとの試算だ7。加えて、今後気候変動が進行することで、更に影響が強まる。工業化以前(18世紀半ば頃)より2℃上昇の気候下では、令和元年東日本台風に伴う関東・東北地方の総降水量は、現在気候に比べて更に4%増加すると報告されている8

 那珂川緊急治水対策プロジェクトでは、土地利用・住まい方の工夫に関する取組として、浸水が想定される区域の土地利用制限や家屋移転等を進める対策が掲げられた(前述の流域治水の対策②に該当)。那珂川の中流域に位置する栃木県那須烏山市下境地区周辺では、1980年代後半から10年に1回程度の頻度で住宅の浸水被害が4回発生していることから、洪水の危険性が高い区域を「災害危険区域」9に指定し、災害危険区域内の住民が安全な地域へ移転(防災集団移転促進事業10の実施)する検討が行われている。また、住民移転後の土地利用として「霞堤」の建設が計画されており、周辺と共に下流の治水対策として利用される(図表3、前述の流域治水の対策①に該当)。

住民の移転の目的は決して下流(多くを別の県が占める)の治水対策ではなく、危険な区域から安全な地域へ移ることだ。しかしながら、結果的に移転が下流の治水対策に資することを踏まえると、下流のために上流側が移住を迫られるとの感情を抱いても致し方ない面がある。住民に充分な趣旨説明や配慮が必要であることは言うまでもない。災害危険区域の指定および防災集団移転促進事業実施を那須烏山市が2024年3月までの目標とする一方で、これらの決定に先立って霞堤の建設(国が実施主体)が2023年10月に開始された。緊急プロジェクトとして決められた事業期間中の完成のため着工を早めたいのも理解できるが、住民への説明や配慮が行き届いているとは言い難い状況だ。上流・下流など流域全体の対策を一元的にマネジメントすることが求められており、そのためには実施主体間の情報共有・相互連携や、流域全体の住民など関係者間での理解醸成は欠かせないであろう。
 

《図表3》霞堤

  • 霞堤とは、堤防のある区間に開口部を設けた不連続の堤防。平常時は堤内地側の排水を容易にするほか、洪水時には開口部から水が緩やかに逆流して堤内地に湛水し、下流に流れる洪水の流量を減少させる。洪水が終わると、堤内地に湛水した水を排水する。戦国時代の武田信玄が考案したといわれる。
  • (出典)那珂川緊急治水対策プロジェクト パンフレット(2023年4月、国土交通省関東地方整備局・那須烏山市ら)https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000865101.pdf

 

3.流域治水の推進に向けて

(1)関係者の役割の明確化

全国の各水系にて流域治水プロジェクトが策定され実行されているが、更なる推進が求められる。関係者それぞれに求められる対策は概ね洗い出されているものの、現実に推進するにあたっては、関係者が多く、誰がどこまで対策を打てばいいのか、役割が不明確な点が課題となっている。

京都大学防災研究所 佐山教授は「流域治水の根幹は、種々の主体が講じる対策を総合して治水効果を生み出すことにあり、各種の対策効果を可視化しながら比較検討することが重要」と指摘する11。つまりは、気候変動を踏まえた水害リスクと対策効果を、流域全体で一元的かつ定量的に評価し、関係者間の役割を明確にすることが重要であり、これにより流域治水がより一層推進されるものと筆者は考える。例えば、複数の対策シナリオを流域全体で評価することで、被害者数・経済面を判断基準とした最適解を導くことも理論上は可能となる。

(2)影響評価の現状

国土交通省は、気候変動を踏まえた対策を反映した「流域治水プロジェクト2.0」の策定を、2023年度中に全国109の一級水系で目指す12。気候変動による降雨量増加に伴う水害リスク(浸水世帯数等)の増大と、河川整備等の対策効果を示し、更には必要な追加対策が掲げられる。これまで公表された水系では、ハード対策によって気候変動影響の被害が大幅に軽減される事例が多い(図表4)。年度内に公表が予定される他の水系においては、ハード対策だけでは被害を充分に軽減できない事例も含まれると推測され、その被害影響と追加対策に注目が集まる。このような複合的対策を要する事例においては特に、影響を一元的かつ定量的に評価することが何より重要と言える。

また、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第3期「スマート防災ネットワークの構築」のサブ課題「リスク情報による防災行動の促進」では、流域スケールの風水災影響予測と水災害リスク・被害影響可視化の技術開発が掲げられ13、こうした評価を実現するものとして期待されている。

他にも研究が進められている。岐阜大学(国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学)とSOMPOインスティチュート・プラスは、気候変動による洪水ハザードの変化予測からその社会影響の評価までを一貫して、かつ、広い範囲で定量的に行い、中長期的なまちづくりと気候変動適応策のベストミックスの研究に取り組んでいる14

今後も流域全体での一元的かつ定量的な評価の多様な研究が進み、実用化されることが期待される。
 

《図表4》仁淀川水系流域治水プロジェクト2.0 気候変動に伴う水害リスク

  • (出典)「仁淀川水系流域治水プロジェクト2.0」(2023年8月、国土交通省四国地方整備局)および仁淀川水系流域治水協議会(国土交通省四国地方整備局ら)各種資料に基づき当社にて作成

 

4.むすびに

今後、急激な人口減少と高齢化、合わせて地方自治体の厳しい財政状況が見込まれる。その対策として、居住を集約・誘導するコンパクトシティの形成が進められつつある。一方で、気候変動の影響により降水量が増大し、水災害の激甚化が予測される。これらの社会環境の変化を踏まえると、水災害からすべての地域を公平に守り抜く対策よりも、関係者の理解を得ながら、水災害を効率的に受け流す対策がより実効的で今後に求められているのではないだろうか。

土木学会では、流域治水における被害軽減マネジメントの柱の1つが「被害が小さくなる所に氾濫水が行くようにする方策」との意見が出ている15。建設コンサルタントの建設技術研究所は、氾濫被害が少ない箇所で一定の制御可能な氾濫をさせ、潜在的資産の大きな地域での氾濫を防ぐ緊急時の方策が考えられると、提言している16。流域治水では、流域全体のリスク分担のあり方やリスク評価手法の検討が必要との考えが示され17、その方策の検討は今後の課題と言える。

氾濫域への対策には、住宅のかさ上げや安全な地域への移転による事前対策、そして災害発生後の早期復旧の対策等の実施が考えらえる。流域全体での一元的かつ定量的な評価によって、上流・下流での氾濫を総合的にマネジメントし、被害・対策費用が最小化されるように、氾濫箇所を特定した場合の氾濫シナリオによる被害額の比較や、氾濫によって結果的に河川流量が抑制されることで軽減される他地域の被害額などの計算が可能になるであろう。当然ながら経済的観点だけで解決策が決まるものではなく、多様な視点から対策の検討が必要ではあるが、有効な検討材料になるはずである。合わせて、リスクを分担すると共に、対策に必要な費用を関係者間で負担する仕組み(例えば対策実施地域が所在する地方自治体だけでなく、流域全体の地方自治体で費用を分担)を構築することで、上流・下流含めて流域全体での関係者の理解と合意形成が得られやすくなると考える。

日本は島国であり、1つの国で河川を管理できる環境にある。流域全体のマネジメントとして、関係者間でのリスク分担・費用分担を検討することで、より実効的な流域治水が推進されることに期待したい。

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