ワーク・エコノミックグロース

従業員の離職を企業はどう捉えるべきか
~時代の変化に対応した離職への向き合い方とは~

主任研究員 菅原 佑香

企業経営における人的資本の重要性はより一層問われており、企業内外の労働環境で従業員が自律的にキャリア形成しやすい社会の構築が求められている。
 従業員の「離職」は、企業にとって決して望ましいものではないが、働く人のキャリア形成のための「ポジティブな離職」であれば、優秀な人材の確保につながり、労働市場全体の活性化となり得る。従業員が自律的にキャリアを形成できる取組みは、必ずしも離職を促すわけではなく、従業員のエンゲージメント向上が期待できるため、人的資本経営においても取組む意義は大きい。
 企業は、従業員との対話の機会を大切にし、意向や課題に沿ったキャリアのサポートをしていくとともに、退職者も貴重な人材と捉える人事戦略の検討が必要になるだろう。企業が、時代の変化に対応するためには、働く従業員の離職の理由と向き合い、「離職」のネガティブな側面だけではなく、ポジティブな側面の両面から捉えていくことが求められる。
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1.雇用流動化の時代における人材投資の重要性

人的資本経営への関心の高まりを背景に、働く人の自律的なキャリア形成が求められている。

経済産業省の「人材版伊藤レポート~1」が2020年に出されて以降、サステナビリティやESG投資の機運の高まりなどからも、企業経営における人的資本の重要性はより一層問われてきた。いわゆる「骨太方針2023」では、「労働者が自らの意思でリ・スキリングを行い、職務を選択できる制度に移行していくことが重要であり、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、労働者が自らの選択によって労働移動できるようにすることが急務」であると明記されるなど2、企業内外の労働環境で従業員が自律的にキャリア形成しやすい社会の構築が求められている。

雇用流動化の進展によって、働く人の転職はより一層活発化していくと考えられ、人手不足に直面する企業にとって、人材の流出は大きな損失となる。そのため、企業は従業員のエンゲージメントを高めて離職を抑制するとともに、キャリア採用を含めた外部人材の確保の両面から人材マネジメントを行うことが必要だ。企業も人材投資に対する重要性を認識しているものの、採用や教育のプロセスで投資した人材が辞めてしまう懸念から、とりわけ従業員のキャリア自律が促進される人材育成の取組みに躊躇する企業も少なくないのではないか。

そこで本稿では、働く人のキャリア自律が進み雇用流動化が進むなか、企業が従業員の離職をどのように捉え、向き合っていくべきなのか検討をしたい。

2.増加傾向にある転職者の現状

(1)転職者数の推移と働く人の就業意識の変化

総務省統計局「労働力調査」によれば、コロナ禍である2020年から2021年にかけては転職者数が減少していたが、2023年には328万人と2年連続で増加している≪図表1≫。年齢階級別に転職者比率(就業者に占める転職者数の割合)を見てみると、15~24歳が10.4%と最も高く、次に25~34歳が7.4%、35~44歳が4.6%と続いており、若年層であるほど転職による労働移動がしやすいことがわかる。また、転職等希望者数も、2018年からの5年間で1.2倍に増加し、2023年には1,007万人にものぼる。採用には至っていないものの転職活動中である人も増えていると考えられる。

日本では、長期雇用や年功序列を前提とした雇用慣行のもと、長期的な視点にたった企業内の人材育成により、特定の企業においてのみ活用できる知識やスキルの形成、蓄積が行われてきた。この慣行では、安定的な雇用が保障されることで、働く人の生活や社会の安定につながってきた3

しかし、雇用の流動化や働く人のライフスタイルの変化などにより、ミレニアル世代では働くうえでのモチベーションとして、自分らしく働けることやワークライフバランス、仕事内容、上司や同僚などとの人間関係といった要素を職場に求めるようになっている4。Z世代(26歳以下)を対象にした調査結果によると、「どこの会社に行ってもある程度通用するような汎用的な能力」が身につくことを重視する学生が増えており、今の会社で定年まで働き続けたいと考える人は約2割だという5。転職によってキャリア形成していくことがZ世代の価値観では、当たり前となってきている。加えて、希望者が転職サイトや人材紹介会社などを気軽に利用しやすい環境が整ってきたことも、転職に対する心理的ハードルを低下させている要因だろう。

(2)「ポジティブな離職」と「ネガティブな離職」とは

それでは、働く人は実際にどのような理由によって離転職しているのか。

厚生労働省「令和2年転職者実態調査」で、転職者が直前の勤め先を自己都合によって離職した理由について、上位5位を確認すると「労働条件(賃金以外)がよくなかったから(28.2%)」や「満足のいく仕事内容でなかったから(26.0%)」「賃金が低かったから(23.8%)」「会社の将来に不安を感じたから(23.3%)」「人間関係がうまくいかなかったから(23.0%)」などの離職理由が多い6

他方、同調査から転職者が現在の勤め先を選んだ一番の理由を確認すると、「仕事の内容・職種に満足がいくから(18.8%)」と「自分の技能・能力が活かせるから(18.3%)」がそれぞれ同程度の割合で高い。働く人の離転職の理由には、労働条件や賃金、人間関係、仕事内容など様々あると考えられ、企業に対する不満を抱くことによる離職もあれば、キャリアップのために離職するという両方の側面がある。

厚生労働省が、転職希望者について「転職活動への移行の有無」を被説明変数として計量分析を行った結果によれば「キャリア見通しができている」「自己啓発実施」の係数は正で統計的に有意であることが示されている。もちろん、因果関係に留意は必要であるものの、男女ともにキャリア見通しができている者や、自己啓発に取組んでいる者は、転職活動に移行しやすい可能性が示唆されている7

自身の能力を向上させるために自己啓発に取組む人は、自らのエンプロイアビリティ(雇用される得る能力)を認識しやすいであろうし、今後の職業キャリアの見通しを持って考えを深める人であれば、より自己成長が可能となる職場への転職を選択すると考えられる。就労期間が長期化するなか、転職によって多様な経験をすることで働く人が得られる価値は大きいが、企業にとっての人材流出は大きな痛手である。

しかし、今後のキャリア見通しを持ち自己啓発に取組むといった自律的なキャリア形成をしながら、より能力を発揮できる職場に移動する「ポジティブな離職」であれば、採用企業にとっては優秀な人材の確保につながり、日本の労働市場全体の活性化となり得る。

他方、前出の調査結果にも示されているように、従業員の離職理由にはポジティブなものばかりではなく、労働条件や人間関係などに問題や不満を抱えることを要因とした「ネガティブな離職」もある。これらの離職の背景には、例えば働き方やハラスメントなど企業での労務管理上の問題が原因となるケースもあれば8、従業員の問題によることもあるだろう。離職の原因が企業側にあるならば、労務管理などの改善が求められる。しかし、仮に不満やストレスを抱えた状態で従業員が働き続けるとすれば、かえって組織の生産性低下を招きかねないことから、従業員の離職によって、その悪循環を防ぎ組織の新陳代謝を促す側面もあるといえよう9

3.時代の変化に対応した「離職」への向き合い方

(1)従業員のキャリア自律を促す意義

前述したように、従業員の離職を大きく分けると「ポジティブな離職」と「ネガティブな離職」に区分することができる。自律的なキャリア形成のための「ポジティブな離職」であっても、企業側からすれば、従業員の「離職」は避けたい事象だ。キャリア自律を促す取組みを充実させることが、かえって離職を招くのではないかと懸念を抱く企業も少なくないだろう。

本稿では、企業がキャリア自律を促す取組みの意義や制度の導入状況について整理しながら、企業の離職への向き合い方について、「ポジティブな離職」に焦点を置いて検討を進めたい。

従業員のキャリア自律を促す意義については、経団連の「2020年版 経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」のなかで「人材育成では、働き手の多様性や主体性を尊重した自律的なキャリア形成の支援がエンゲージメントの向上につながる」と言及がなされるなど、エンゲージメント向上の観点からも自律的なキャリア形成支援が求められてきた。2023年に公表された厚生労働省「労働政策審議会労働政策基本部会 報告書」では、企業において能力開発に主体的に取組むための環境整備の必要性が指摘されるなど10、今後の労働政策の方向性としても重要視されている。

キャリア自律に関するいくつかの研究によれば、キャリアオーナーシップ(従業員が自らのキャリアに主体的・継続的にかかわるという意識)と組織に対するエンゲージメントは相関の程度はあまり高くはないが、ある程度の正の相関があるとする分析結果や11、Z世代やミレニアル世代の一部では、キャリア自律していることと離転職意思にはあまり関連がないとする研究もある12

これらの相関関係や年代別の効果の違いから考えると、従業員のキャリア自律を促進する取組みが必ずしも離職を促すわけではないだろう。従業員のキャリア自律を高めることは、企業にとって、従業員のエンゲージメント向上が期待できるため、人的資本経営の観点からも取組む意義は大きい。

(2)従業員一人ひとりの意欲や課題に沿ったサポートの必要性

そこで、企業はどのように従業員の自律的なキャリア形成のための取組みを行っているのか、厚生労働省の「能力開発基本調査」から確認してみたい。企業が「労働者の主体的なキャリア形成に向けて実施した取組」を見ると「上司による定期的な面談の実施(1on1 ミーティング等)」の割合が最も高い≪図表2≫。

一方、「社内公募制等の労働者の意向を重視した人員配置」や「社内兼務制度の導入・実施」「兼業・副業の推進・容認」といった取組みの実施割合は低い。一部の企業では導入が進んでいるところもあるが1314、従業員の希望に沿った配置・異動の仕組みやリスキリングを目的とした越境学習(副業・兼業、他社への出向など)といったように、従業員がその企業に在籍しながらも複数企業での経験を得ることと同程度の経験が可能となる仕組みにしていくことが期待される。

また、「実施した取組の内容」と「今後実施したい取組の内容」の割合の差を見ると、「労働者の意向や課題に応じて個別最適化したOFF-JT の実施」や「キャリアコンサルティングの実施」「人材育成に関するPDCAのための労働者に対する調査」等は、「今後実施したい」とする割合が高くその差も大きい。従業員一人ひとりの意欲や課題に沿ったサポートやキャリア相談ができるよう、既に実施が進んでいる1on1 などの機会を利用して、従業員とのより丁寧な対話を通じ、組織に対するエンゲージメントを高めていくことが大切だ。さらに、従業員へのヒアリングなどを通じて企業での人材育成の取組みに課題や効果があるのか調査して人材戦略に活かしていくといった対策も考えられるだろう。

(3)人事戦略の一つであるアルムナイネットワークを活用

こうした従業員一人ひとりの意向に沿ったサポート体制を充実させたとしても、転職するかどうかは最終的には個人の選択であるため、転職の選択を完全に防ぐことは難しい。

近年、一部の企業では、退職者とつながるアルムナイネットワークの活用によって、退職者との交流会の開催や再雇用を募集するなどの動きが活発だ15

アルムナイ導入による企業にとってのメリットとして、退職者が自社の顧客となりその企業のサービスの評判を広める役割を担うことやビジネス連携、再雇用につながることなどが指摘されている16

すでに退職者が元の会社で再雇用される企業事例もあり17、「出戻り社員」と呼ばれる人材への期待が高まる。他社の環境に身を置いて視野を広げ能力を高めてきた退職者の再雇用には、自社の働き方やカルチャーを理解したうえで即戦力として活躍してもらえる良さがある。

アルムナイの取組みは始まったばかりではあるが、アルムナイ活用によって、退職者から従業員が新しい視点を得る機会やビジネスチャンスの創出、中長期的には再雇用につながることが期待されるため、企業は退職者も貴重な人材として捉える人事戦略の検討が求められるだろう。

時代の変化とともに、働く人の就業行動も変わりつつあるなかで、企業も従業員の離職に対する向き合い方を変えていく必要があるのではないか。

4.「離職」のポジティブな側面にも目を向けていく必要性

本稿では、転職者の離職理由や従業員の自律的なキャリア形成のための企業の取組み状況などを整理し、従業員の離職を企業はどう捉えるべきか、離職に対する向き合い方について検討を行った。

従業員が自律的にキャリアを形成できる取組みは、離職を必ずしも促すわけではなく、従業員のエンゲージメント向上が期待できるため、人的資本経営の観点からも取組む意義は大きい。

企業は、従業員との対話の機会を大切にし、意向や課題に沿ったキャリアのサポートをしていくとともに、退職者も貴重な人材と捉える人事戦略の検討が必要になるだろう。

従業員の離職は、企業にとって決して望ましいものではない。離職率が高ければ、顧客や取引先、投資家、就職活動中の学生といった様々なステークホルダーからのレピュテーション低下につながりかねない。しかし、時代の変化とともに働く人の就業意識や価値観は変化し、定年まで一つの企業で働き続けることだけが職業人生の選択では無くなってきたなかで、企業が従業員の離職の理由に向き合い、「離職」のネガティブな側面だけではなく、ポジティブな側面の両面から捉えていくことが必要ではないだろうか。

企業による人材の離職に対する向き合い方の変化が、中長期的な人的資本の拡充や、持続的な企業価値の向上に寄与することを期待したい。

  • 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~」(2020年9月)
  • 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義 ~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~(令和5年6月16日閣議決定)」
  • 厚生労働省「平成25年版 労働経済の分析 -構造変化の中での雇用・人材と働き方-」(平成25年8月30日)
  • デロイトトーマツ「ミレニアル年次調査2020」(2020年7月6日)によれば、日本のミレニアル世代(1983年1月~1994年12月生まれ)が働くうえでのモチベーションで重視する上位5項目を見ると、「自分らしく働ける職場風土・インクルーシブネス」「ワークライフバランス」「同僚」「仕事の内容」「直属の上司」の順に高い。
  • 株式会社リクルート「Z世代(26歳以下)の就業意識や転職動向」(2023年8月30日)
  • 当該設問は、3つまでの複数回答によるもの。
  • 厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析 -労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題-」(令和4年9月6日)
  • 厚生労働省「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査 報告書」(令和3年3月)によれば、パワハラ、セクハラおよび顧客等からの著しい迷惑行為について過去3年間での勤務先での経験有無・頻度を聞いたところ、各ハラスメントを一度以上経験した者の割合は、パワハラが31.4%、顧客等からの著しい迷惑行為が15.0%、セクハラが10.2%となっている。
  • 守島基博・初見康行・山尾佐智子・木内康裕「人材投資のジレンマ」(日本経済新聞出版、2023年)は、「企業によっては、離職によって余計な職場環境の悪化を軽減できる効果がある。強い不満やストレスを抱えた人材を雇い続けると、将来的にその人の生産性が著しく下がる可能性があり得策ではない。十分に実力を発揮しないまま働き続けるアンダー・パフォーマンスの従業員を多く抱えるよりは、そういった人材を放出する方がよいかもしれない」と指摘する。
  • 厚生労働省「労働政策審議会労働政策基本部会 報告書~変化する時代の多様な働き方に向けて~」(令和5年4月)
    企業に求められる対応として、「リスキリングの必要性を明確にした上で、経営者、マネージャー、現場労働者の全てのレベルで、リスキリングを含めた能力開発に主体的に取り組んでいくための動機付け、環境整備が必要」と指摘されている。労働者に対しても「産業構造の変化や、AI等の新技術の導入による働き方を取り巻く環境の変化に対応していくため、労働者自らが自律的にキャリア形成や学びを深めていくことが必要」と言及がされている。
  • 一般財団法人 企業活力研究所「2021年度 人材研究会 報告書『経営戦略を支える人事部の新たな役割に関する調査研究』」
  • 尾野裕美「就業者のキャリア自律と離転職意思,キャリア焦燥感との関連」(産業・組織心理学研究,第36巻 第1号,2020年)によれば、40代は男女ともに「主体的キャリア形成意欲(キャリアを会社や他者に依存するのではなく、自らの意思でキャリアを形成していこうという意識)」と離転職意思との間に正の相関がみられているが、20代と30代は男女ともに、キャリア自律していることと離転職の意思があることにはあまり関連がないことが示されている。
  • 大和ハウス工業株式会社ホームページ (visited Apr. 5, 2024)
    <https://www.daiwahouse.com/about/release/house/20220331145051.html>
    社員の自律的な成長やキャリア形成を目的として、2022年4月に副業を中心とした「越境キャリア支援制度」を導入している。
  • 三菱ケミカルグループ株式会社「統合報告書「KAITEKI REPORT 2023」 (visited Apr. 5, 2024)
    <https://www.mcgc.com/ir/library/assets/pdf/23_3_5_2.pdf>
    「キャリアのオーナーシップは個人にある」との考えのもと、従来の公募制度を大きく見直し、全ての欠員補充に社内公募を活用するという新たな制度を導入。2022年度以降はグループ全体で導入を拡大。
  • 日本経済新聞(visited Apr. 5, 2024)<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF204LW0Q4A220C2000000/>
    日本経済新聞(visited Apr. 5, 2024)<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD167B10W3A111C2000000/>
  • アルムナビ「アルムナイ制度を導入するメリット&デメリット」(visited Apr. 5, 2024) <https://alumnavi.com/alumni/>
    企業のブランディングになることや自社の従業員へのポジティブな効果があること、不義理な辞め方をしづらくなることなどのメリットが指摘されている。
  • Yahoo! JAPAN (visited Apr. 9, 2024) <https://news.yahoo.co.jp/articles/99555f06ca2e56bc7b9e671549900adb58325a02?page=2>
    三菱重工業では、2023 年に「採用直結型」のアルムナイ採用制度を導入し、すでに数名の内定者を出している。
    時事通信ニュース (visited Apr. 11, 2024) <https://sp.m.jiji.com/article/show/3128919>
    キリンホールディングスでは復職制度を利用して5 人が復職している。

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