企画・公共政策

オルタナティブデータが示す雇用・賃金の姿

主任研究員 小池 理人、プリンシパル兼エグゼクティブ・エコノミスト 亀田 制作

本稿では、求人広告情報を基にした新しいオルタナティブデータ(HRog賃金Now)の信頼性や有用性を検証する。HRog賃金Nowの求人指数は、公的な企業アンケート調査における人手不足感との相関が非常に高く、労働需給を的確に反映している。また、賃金指数は伝統的な賃金統計との相関が高いほか、個別地域の経済事象の説明力も一定程度認められ、データの入手時期の先行性や、正規・非正規雇用別の分析のしやすさなどの利点を指摘できる。同データを用いて正規・非正規別、職種別の動向を見ると、人手不足の中心が非正規から正規雇用にシフトしつつある点は確認できるが、現状ではそれが募集賃金の相対的な強弱関係には必ずしも反映されていない。先行きの金融政策との関係で賃金データへの関心が続く中で、今後は賃上げの面でも正規雇用に重点がシフトしていくのかなどが注目される。
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1. はじめに

(1)利用データの概要

本稿では、株式会社ナウキャストと株式会社フロッグが共同開発した「HRog賃金Now」(フロッグ賃金ナウ)を用いて、求人数と賃金に関する分析を行う。HRog賃金Nowとは、大量のオンライン求人広告のwebスクレイピングなどによって集計される、企業の求人数や募集賃金に関するオルタナティブデータ(非伝統的データ)である。当データは、今年1月から定期的な提供サービス(有償)が開始されたが、それ以前にも日本銀行スタッフがフロッグ社の同種データを用いた正社員の労働市場分析を行い、注目されていた1。最近では、内閣府や民間の調査機関においても幅広く活用されている2

(2)求人・賃金のオルタナティブデータの意義と留意点

伝統的な公式統計として、求人数については厚生労働省「職業安定業務統計」(以下、職安統計)が、賃金については同じく「毎月勤労統計」(以下、毎勤統計)が、それぞれ公表されており、経済分析にも長年活用されている。これら既存のデータに対するオルタナティブデータ(HRog賃金Now)の強みは複数存在する。

第一に、求人数については、サンプルの大きさが挙げられる。職安統計のデータは、ハローワーク(ハローワークインターネットサービスを含む)を経由した求人だけを集計している。このため、民間の求人情報サイトや職業紹介事業者を通じた求人・求職が一段と増えている中で、経済全体の求人動向をカバーしきれていないのではないか、との指摘がなされている3。この点、HRog賃金Nowのカバレッジは広く、労働需給の実態をより適切に反映していると考えられる(次節で実際に検証する)。足もとで正社員の求人数を比較すると、職安統計の有効求人数よりHRog賃金Nowの改善傾向の方が強い(図表1)。一時的な振れの可能性もあるが、HRog賃金Nowの動きは、日銀短観などの企業アンケート調査にみられるコロナ後の人手不足感の再上昇と整合的であるとみられる。

第二に、データ入手に関する頻度の高さと先行性が挙げられる。HRog賃金Nowの求人・賃金指数は週次でデータが提供されており、当該週の2週間後には入手可能となる。一方、職安統計や毎勤統計は月次で公表されており、前者は翌月末、後者は翌々月の上旬にならないと計数が判明しない。HRog賃金Nowの賃金指数は、コロナ後の局面では毎勤統計の所定内給与と相当似通った動きを示している(図表2)。そうしたデータをより早いタイミングで入手できる点は、市場参加者やエコノミストにとって利点と言える。

第三に、データセット内の比較分析が容易である点を挙げることができる。HRog賃金Nowの求人数と募集賃金は原則として同じ情報ソースから集計されているため、分析に当たって定義や職種分類を統一しやすい。また、今年3月からは従来の正社員系列に加えてパート・アルバイト労働者系列の指数も提供が開始されたため、正規・非正規労働者の比較分析を同一のデータセット内で行うことが可能となっている。

一方で、HRog賃金Nowを利用する際の留意点も存在する。まず、賃金指数は企業の募集段階のものであり、必ずしも実現した賃金ではない。また、求人・賃金指数ともに、サンプル構成の変化等に伴う一時的な振れも観察される。とくに図表2をあらためて見ると、2020~21年の新型コロナ流行期には賃金指数が大きく上昇する一方、毎勤統計の所定内給与は下落し、両者の乖離が顕著になっていた。この点については、賃金水準が相対的に低いサービス業の求人広告が取りやめられた結果、残った求人広告の平均募集賃金が押し上げられた可能性が指摘されている4。最後に、HRog賃金Nowには職種別の分類指数が存在するが、これは厳密には業種分類とは異なることから、公式統計との間で内訳分類の比較を行う際には、定義の違いによる誤差が生じ得る。

(3)金融政策上の注目点

(2)で述べた第3の利点(正規・非正規の比較分析)は、日本銀行の金融政策運営とも関連の深いテーマである。日銀は3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除とイールドカーブ・コントロールの撤廃を決定したが、驚異的に高い水準で妥結された大手企業の春季賃上げ率が経済全体の賃金やサービス価格に波及する、その大きさ次第では、早期の追加利上げシナリオが現実味を帯びる可能性がある。したがって、先行きの金融政策を予想するうえで、市場関係者らの賃金動向への関心の高さは今後も変わらないと考えられる5。その際、賃金を押し上げる2つのチャネルが注目される。

第一のチャネルは、人口減少・少子高齢化に伴う恒常的な人手不足である。このチャネルの効果は、マクロレベルでは需給ギャップ(GDPギャップ)の改善を通じて発揮されるが、労働者の形態別には、需給に対してより敏感に反応するパート・アルバイト労働者の時給(労働時間当たりの賃金)の上昇に結び付くことが一般的である。もっとも、近年、多くの業種で正社員の人手不足感がパート・アルバイト以上に高まってきているため、今後は正社員の求人や賃金にも人手不足・人材不足の影響がより鮮明に及ぶ可能性があり、その確認が注目ポイントとなる。

第二のチャネルは、企業や家計が予想する中長期の物価上昇率が、過去のデフレ期よりも高い水準に固定される、期待のアンカー効果である。この観点からは、短期的な景気循環の影響を受けにくく、中長期のトレンド形成につながりやすい正社員の所定内給与の上昇がポイントとなる。ごく最近では春季の賃金交渉に注目が集まっていたため、第一より第二のチャネルが専ら注目されていたが、日銀は今も、第一のチャネルの重要性についても考えを変えてはいない6。今後は、第一、第二両方の観点から、非正規雇用よりも正規雇用の動向の方に重点が切り替わっていく可能性がある。そうした文脈においても、正規・非正規の動向を同じプラットフォームで比較できるHRog賃金Nowの潜在的な利用価値は高いと考えられる。

2. データの信頼性の検証

一般に、HRog賃金Nowのようなオルタナティブデータは、サービスの提供開始から間もないことなどから、データの特徴やノイズ・バイアス等に関する知見の蓄積が薄い。そのため、過去の時系列データを既存統計と突合することなどにより、データ自体の信頼性を前もって検証しておくことが望ましい。本節では、求人指数については既存の企業アンケート調査との相関の高さ、賃金指数については、(前節で毎勤統計の賃金データとの相関の高さは確認済みであるため)追加的に、個別地域の経済事象における直観的な説明力をみることで、データの信頼性を検証する。

(1)求人指数

具体的には、HRog賃金Now の求人指数について、厚生労働省が毎四半期公表している「労働経済動向調査」の労働者過不足判断DIとの突合を試みる。この公的統計は、1966年に開始され(当初は半期調査)、現在は12産業・約5,800事業所を対象に、生産・売上や雇用・労働時間の動向、労働者の過不足感などを詳細にアンケート調査している。雇用や労働者の過不足判断DIについては、正社員、パート労働者別に把握できる点が、日銀短観など他の主要アンケート調査にはない特徴である。

全産業合計で求人指数と過不足DIを正社員どうしで比較してみると、とりわけ2020年以降については、強い正の相関がみられる(図表3)。職種(業種)別にみても、小売等の販売業では全期間を通じて相関が高いほか(図表4)、建設業や情報通信業のように、2020年以降の相関が高くなっている業種も複数確認できる(図表5、6)7。2つのデータの入手径路や作成方法、サンプル数は全く異なっていることを考慮すると、コロナ期以降の相関は驚くほど高い。このことは、HRog賃金Nowの求人指数が企業の主観的な判断による人手不足感をよく反映しているという点で、同指数の信頼性を間接的に立証していると言えよう8

(2)賃金指数

前述のとおり賃金については、コロナ後の局面では、正社員の募集賃金指数が毎月勤労統計の一般労働者の所定内給与と強い正の相関を持つことが既に確認されている(前掲図表2)。ここでは追加的に、やや迂遠な検証方法ではあるが、特定地域において広く知られている経済的なエピソードを取り上げ、その地域の求人・賃金指数の動きがそれと整合的かどうかを確認してみる。


具体的には、まず、熊本県を例に、海外企業拠点の誘致効果をみてみる。半導体受託生産で世界最大手のTSMCは、2021年10月に熊本県内に工場を新設することを発表した。都道府県別の賃金指数をみると、熊本県の賃金上昇率は、2016年の地震の影響もあってか、全国平均に劣後しがちであったが、ちょうど21年度後半頃から全国平均を明確に上回って上昇するようになった(図表7)。TSMCの給与水準の高さや誘致周辺地域の賃金上昇への波及は頻繁に報道されているが、賃金指数はこうした経済事象に沿った動きを示している。

次に、大阪府における万博の影響をみてみる。大阪万博は2018年11月に、2025年の開催が決定された。2018年時点では大阪府の求人指数に全国対比で目立った動きは無かったが、コロナを経て経済活動が徐々に正常化し、万博開催が近づく中で、大阪府の求人指数は大きく上昇している(図表8)。一方で賃金指数をみると、大阪府の伸びは全国平均を小幅に下回っているが(図表9)、毎勤統計でも大阪府の賃金上昇率は全国対比で強いわけではないため、不自然な動きではないとみられる。大幅な求人増が目立った賃金上昇に結び付いていない理由としては、求人が建設業等の一部業種に偏っている可能性や、そうした業種では資材価格高騰の影響等から賃上げに必要な収益原資を確保しきれていない可能性などが考えられる。実際、大阪府では、建設・採掘事業者(常用)の有効求人倍率は9.15倍(大阪労働局)と極めて高い一方で、建設業の所定内給与は前年比+1.2%(毎月勤労統計・地方調査月報)の伸びにとどまっている(いずれも2023年12月)。

3.現状における職種別、正規・非正規別の特徴

前節の検証結果を踏まえると、HRog賃金Nowは労働市場関連の新しいオルタナティブデータとして、近年は高い信頼性を有しており、公的統計を補完する、あるいは公的統計と合わせて用いることによりシナジー効果を発揮することが期待できる。ただし、データ提供が開始されて間もないため、検証期間自体が短い(2017年以降に限られる)ことには留意が必要である。とりわけ、前述したとおり新型コロナの流行局面では、既に職に就いている労働者と新規に募集する労働者との間で、業種や職種構成に大きな違いが生じたことで、毎勤統計とHRog賃金Nowの賃金の動きにも顕著な乖離が発生したことは看過できない。感染症の影響だけでなく、例えば今後、企業が新しく求める人材のスキルが既存の従業員のスキルと大きくかけ離れていくような場合には、同様の乖離が生じ、真の募集賃金動向を把握しにくくなる可能性は残されている。

そうした留意点を念頭に置きつつ、足もとの求人・募集賃金の動向を正社員・パート別、職種別(業種別)に整理してみる。まず、先に紹介した厚生労働省の「労働経済動向調査」のDIを用いて、業種別の人不足感を鳥瞰しておく。具体的には、2023年平均のDI水準について、正社員を横軸、パートタイム労働者を縦軸にして、業種別にプロットした(図表10)。図中の45度線よりも上方に位置する業種が正社員よりパートの人手不足感が相対的に高い業種、下方に位置する業種がパートより正社員の人手不足感が相対的に高い業種である。前者には、宿泊、飲食サービス業や卸・小売業といった、業種の特性上パート労働者を活用することが多い業種が含まれており、常識的な結果と言える。後者には、製造業や運輸、建設、医療・福祉、金融・保険業など幅広い業種が含まれている。調査産業計も45度線の下方に位置しているため、既に経済全体でも正社員の人手不足感の方が高いことが示唆されている。中でも、情報通信業や専門サービス業、建設業では、パート労働者の不足感はかなり低い一方で、正社員の不足感が非常に高い点が目立つ。

これら業種別にみた正社員の人手不足感が、HRog賃金Nowの求人数の強さにもはっきりと反映されている点は、前節で検証したとおりである(前掲図表3~6)。それでは、こうした人手不足・求人の動向は、募集賃金の上昇率にはどのように影響しているだろうか。それを見るために、HRog賃金Nowの求人指数と賃金指数について、それぞれ、正社員の伸び率からパート・アルバイト労働者の伸び率(いずれも足もとの前年比上昇率)を差し引いた値をプロットしてみる(図表11)。この散布図では、上に位置する職種ほどパート・アルバイト対比で正社員の求人が強く、右に位置する職種ほどパート・アルバイト対比で正社員の賃金が強いことを示す。ただし、労働需給の引き締まりに対してより敏感に反応するパート・アルバイト賃金の伸び率は、足もと全職種で正社員賃金の伸び率を上回っていることから、横軸は、正社員賃金の伸び率がパート・アルバイト賃金にどこまで追いついているか、という相対関係を表している。

図表11をみると、右上の領域に最も多くの職種が集まっている。これは、正社員の求人の伸び率がパート・アルバイトを上回る中で、正社員の募集賃金の伸び率についても、パート・アルバイト賃金と比べて遜色のない水準になってきている職種が増えていることを表している。

ただし、職種ごとにばらつきはあり、前掲図表10との関係で言えば、パート労働者と比べて正社員の人手不足感が高い建設業では正社員の募集賃金も上昇率を高めつつあるものの、同じ傾向を持つ情報通信業(図表11ではITエンジニア・IT系専門職)では正社員賃金にそこまで強い動きは見られない。こうした職種間のばらつきについては、前述したとおり短期的な振れの可能性や、既存統計の業種とHRog賃金Nowの職種が正確には一致しないことが影響してしまっている可能性がある。こうした点は、個別の求人広告データを用いてミクロ分析を行えば、ある程度解明されるかもしれない。

その一方で、データのノイズではなく経済の実態として、多くの企業が正社員の求人を着実に増やしてはいても、正社員賃金の大幅な引き上げにはまだ踏み切れていない、といった可能性も考えられる。今回用いたデータの終期は今年3月分までであるため、今春の労使交渉における賃上げ率が既に歴史的に高い伸びを記録していた昨春の結果をさらに上回ったことを受けて、新年度入り後の募集賃金データに、そうした強い動きが反映されていくかどうかが、今後の大きな注目点の一つとなる。

4. まとめ

本稿では、求人広告情報を基にした新しいオルタナティブデータ(HRog賃金Now)の信頼性や有用性を検証した。HRog賃金Nowの求人指数は、公的な企業アンケート調査である「労働経済動向調査」における人手不足感との相関が非常に高く、労働需給を的確に反映していると考えられる。また、賃金指数は伝統的な賃金統計である毎勤統計との相関が高いほか、個別地域の特定の経済事象に対する説明力も一定程度は認められる。それに加え、データの入手頻度の高さや入手時期の先行性、同一データセット内で正規・非正規雇用別の動向を比較できるといった利点を指摘できる。同データを用いて正規・非正規別、職種別の足もとの特徴を見ると、人手不足の中心が非正規から正規雇用にシフトしつつある点は確認できるが、現状ではそれが募集賃金の相対的な強弱関係にまでは必ずしも結びついていない。先行きの金融政策との関係で賃金データへの関心が続く中で、今後は賃上げの面でも正規雇用に重点がシフトしていくのかなどが注目されるが、そうした点にも当データを活用していくことができよう。

  • 古川・法眼・城戸「求人広告ビッグデータを用いた正社員労働市場の分析」、日銀リサーチラボ・シリーズ No.23-J-1(2023年6月1日、https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/lab/lab23j01.htm)など。また、大久保・城戸・吹田・高富・幅・福永・古川・法眼「わが国の賃金動向に関する論点整理」、日銀ワーキングペーパーシリーズ No.23-J-1(2023年2月、https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2023/wp23j01.htm)の中にも、同データを用いた分析がある。
  • HRog賃金Nowの活用事例は、ナウキャスト社ホームページのニュースリリース欄(https://nowcast.co.jp/news)を参照。
  • 一例として、日本経済新聞「人手不足映せぬ政府統計 集計元ハローワークの利用減少」(2024年3月30日付)。
  • 脚注1の日銀リサーチラボの元論文に当たる、古川・城戸・法眼「求人広告情報を用いた正社員労働市場の分析」、日銀ワーキングペーパーシリーズNo.23-J-2(2023年3月、https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2023/wp23j02.htm)を参照。
  • 詳しくは、「日銀の追加利上げ時期を左右する賃金データ:今後の注目点」、亀田制作の経済素描・プラス、SOMPOインスティチュート・プラス(2024年4月16日、https://www.sompo-ri.co.jp/column/12232/)を参照。
  • 例えば、「最近の金融経済情勢と金融政策運営」(内田眞一日本銀行副総裁による奈良県金融経済懇談会における挨拶、2024年2月8日、https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2024/ko240208a.htm)を参照。
  • 1節の留意点で述べたとおり、労働経済動向調査とHRog賃金Nowの求人指数の内訳分類は同一ではない。本稿では、最も近い業種(職種)として、前者の建設業には後者の建設/土木/エネルギーを、卸売業・小売業には販売/接客/サービスを、情報通信業にはITエンジニア/IT系専門職を、それぞれ対応させている(後出する図表にも同様の対応作業を実施)。
  • 一部業種におけるコロナ前の局面での大きな乖離の原因ははっきりしないが、前述した業種・職種のマッチングの問題か、HRog賃金Now側のサンプル要因による振れの可能性が考えられる。

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