2050年を見据えたドイツの気候変動適応政策①
~気候適応法と予防的戦略にみる制度改革と自治体支援~
ドイツでは近年気候変動の影響が顕在化している。政府試算は、2050年までの累積経済損失額が最大9,000億ユーロに達する可能性を指摘する一方、適切な適応策の実施によりその約60%を削減できるとして、予防的対策の重要性を強調している。こうした中で、2024年7月に気候適応法(KAnG)が施行され、各行政レベル(連邦・州・自治体)の役割が明確化された。小規模な自治体では人的・財政的リソース不足が深刻な課題となっているため、特に州を通じた自治体支援の枠組みは、地域レベルでの実効性を高める制度的基盤となることが期待される。同年12月に策定された予防的気候変動適応戦略(DAS 2024)も行政機関が達成すべき測定可能な数値目標を設定するなど、先進的な取組みとして注目される。こうした気候変動適応に関する制度的枠組みを踏まえつつ、次稿では制度整備に先行して独自の取組みを展開してきた先駆的都市の事例について考察する。
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1.はじめに
ドイツでは近年気候変動の影響が顕在化している。2024年は1881年の観測開始以来最も暑い年となり、年平均気温は旧基準期間(1961-1990年)の平均値を2.7℃も上回った1。ドイツ気象局(Deutscher Wetterdienst:DWD)によると、ドイツの長期的な温暖化傾向は明確で、2013年から2022年の期間の平均気温は、観測開始期(1881-1910年)と比較して約2.1℃上昇している。この温暖化速度は加速しており、世界平均を上回るペースで進行している2。また、記録的な降雨量により、ニーダーザクセン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州、ザクセン=アンハルト州など各地で壊滅的な洪水被害が発生した3。
政府の委託で2023年に作成された報告書は、猛暑や干ばつ、大洪水といった異常気象の頻発により、国内の累積経済損失額が2050年までに2,800億ユーロから9,000億ユーロに達する可能性を指摘している。既に2000年から2021年の期間だけでも、気候変動による累積経済損失額は少なくとも1,450億ユーロに達し、毎年平均約1,400人が異常気象関連の要因で死亡している4。同報告書は、適切な適応策の実施により、こうした潜在的経済損失額の約60%を削減できるとして、予防的な適応策への投資の重要性を強調している5。
このような状況に対し、ドイツでは2005年に気候変動対策プログラムで初めて「適応」を政策課題に位置付けて以来6、実践を通じた制度整備を進めてきた≪図表1≫。また、国際的な適応支援でも、気候適応基金への累計6億4,000万ドル以上の拠出(2007年の基金設立以来の最大支援国)や7、2023年の途上国気候資金99億ユーロの拠出(うち43%が適応策向け)8など主導的な役割を果たしている。

本稿では、この約20年間にわたる取組みについて、気候適応法(KAnG)による制度改革と予防的な適応戦略(DAS 2024)、そして自治体支援の枠組みを概説する。
2.ドイツの気候変動適応関連制度の発展
(1)制度発展の経緯
ドイツの気候変動適応9への取組みは、2000年代初頭における気候変動影響の顕在化を受けて始まった。2005年、連邦政府は気候変動対策プログラムにおいて初めて「適応」を政策課題として位置づけ、2006年には連邦環境庁(Umweltbundesamt:UBA)内に「気候変動の影響と適応に関するコンピテンスセンター(Kompetenzzentrum Klimafolgen und Anpassung:KomPass)」を設置した。同センターは、生物多様性・自然保護から水・洪水対策、建設・インフラまで、16の分野における適応策の支援を開始した10 11。
そして2008年に「ドイツ気候変動適応戦略(Deutsche Anpassungsstrategie an den Klimawandel:DAS)」を策定して以降、適応政策は段階的な発展を遂げてきた。2011年にはDASを実行に移すための第一次適応行動計画(Aktionsplan Anpassung:APA I)により、DASの具体的な実施プロセスを定義し、その目標達成に向けた150の活動が規定された。これらの活動は、実施主体や連携機関・プロジェクト期間・実施状況・資金源・予算に基づき体系的に整理された12。2015年には、5年ごとのDAS進捗報告書と4年ごとのモニタリング報告書による評価体制を確立するとともに≪図表2≫、同年に公表された第二次適応行動計画(APA II)では、300以上の分野間影響(インパクト)関係の分析に基づき、15の行動分野(Handlungsfelder)が6つのクラスター(実施分野)に再編された。これは、沿岸保護や漁業など相互に強く関連する分野を統合することで、分野横断的な適応アプローチを促進し、政策の一貫性と実効性を高めることを目的としている。この統合アプローチは、現在のDAS 2024(後記(2)③参照)の7つのクラスター(実施分野)構造につながっており、セクター間の相乗効果を最大化する枠組みとなっている13。

2020年のDAS第二次進捗報告書では、第三次適応行動計画(APA III)を含むより包括的な適応戦略の枠組みが示され14、2022年には「気候適応緊急対策プログラム(Sofortprogramm Klimaanpassung)」により自治体への支援が本格化した15。そして2024年7月、これまでの経験を踏まえた気候適応法(Bundes-Klimaanpassungsgesetz:KAnG)16が施行された。
こうしたドイツの気候変動適応に関する制度的発展の主な歩みを≪図表3≫に整理している。

(2)気候適応法(KAnG)の概要と意義
①連邦制下での気候変動適応の特徴
ドイツの気候変動適応への取組みは、連邦制という統治構造の中で展開されている≪図表4≫。一般に連邦政府は全国的な戦略と法的枠組みの策定を担い、16の州政府は具体的な実施計画の策定と執行を担う。自治体は地域の実情に応じた施策を展開する。この重層的な構造は、気候変動への対応においても基本的な枠組みとなっており、連邦が包括的な戦略と制度を定め、州がその具体化を図り、自治体が地域特性を踏まえた実装を担うという役割分担が形成されてきた。

しかし、気候変動適応策の実効性を高めるためには、この連邦制の利点を活かしつつ、各行政レベルの役割と責任をより明確化する必要があった。特に、気候変動は地域ごとに異なる形で顕在化するため地域の実情に精通した自治体の役割が重要である一方、自治体単独では専門知識や財政的リソースが限られており、効果的な適応策の立案・実施が難しいという課題があった(後記(3)①参照)。州による自治体支援の強化や、自治体における適応策実施の法的位置付けの確立がこれらの課題に対処するために必要とされていた。現に2008年の気候変動適応戦略(DAS)策定開始以来実施された適応策のほとんどは自主的なものに留まっていた17。
②気候適応法(KAnG)の主要ポイントと期待される効果
こうした中で気候適応法(KAnG)は、気候への適応を初めて連邦法に明記し、拘束力のある法的枠組みとして、連邦制のもとでの各行政レベルの役割を明確化した18。連邦政府は予防的気候変動適応戦略を2024年末までに策定し、4年ごとに更新することが義務付けられた。各州政府は独自の気候変動適応戦略を策定し、域内自治体の支援を担う。特に、リスク分析に基づく地域の気候適応コンセプトが市町村や郡の区域で作成されるようにし、その策定状況を連邦政府に報告することが求められる19。さらに2025年以降、公的機関は、その計画や意思決定において気候適応の目標を統合的に考慮することが義務付けられた。
このような法制化により、適応策の法的位置付けと各行政レベル(連邦・州・自治体)の役割・責任が明確化された。これにより、適応策の優先度向上、より体系的な取組みの実現、予防的アプローチの強化(気候変動影響への事後的な対応から、リスクの予防的な低減への重点移行)が期待される。特に、州政府を通じた自治体支援の枠組みの確立は、地域レベルでの適応策の実効性を高める制度的基盤になると考えられる。
③予防的気候変動適応戦略(DAS 2024)の展開
気候適応法(KAnG)に基づき2024年12月に連邦内閣で採択された「ドイツ気候変動適応戦略2024(Deutsche Anpassungsstrategie an den Klimawandel 2024:DAS 2024)」20は、ドイツの社会・経済・自然・インフラの気候変動への対応力強化、すなわち、気候変動の影響が深刻化する前に先手を打って対策を講じることで、前記1の将来的な被害を未然に防ぎ、低減することを目指している。DAS 2024では、気候変動の影響として顕在化する暑熱21・干ばつ・豪雨・洪水などの極端現象や、気温上昇・海面上昇といった長期的変化への対応として、33のターゲットと45のサブターゲットを掲げている。欧州でも国際的にも例の少ない測定可能な目標の設定は、気候変動適応政策の実効性確保に向けた先進的な取組みとして注目される22。気候適応法(KAnG)に基づき、これらの目標は行政機関内部での拘束力を持ち、各省庁が責任を持って実施・モニタリングすることが義務付けられているが、目標未達成に対する罰則は設けられていない。むしろ第5条に基づき目標の達成状況を定期的に評価し、未達の場合は対策の見直しを行う継続的改善プロセスが重視されている。目標のほとんどは2030年までに、一部は2050年までの達成を目指しており、気候変動適応の分野では標準的な評価指標が存在しないことから、すべての目標が定量的な数値で示されているわけではなく、一部は改善の方向性を示す指標として設定されている23。
DAS 2024では、適応と予防の全領域を網羅する7つの「クラスター」における統合的なアプローチを採用している。例えば目標として、自治体における計画策定目標(気候適応コンセプトを有する自治体の割合を2030年までに80%に引き上げること)、インフラ分野での定量的目標(例:2030年までに連邦水路における水位低下時の輸送・物流機能の確保)、定性的な改善目標(豪雨や暴風・干ばつ・熱波等の気象条件に起因する道路・鉄道交通への被害・障害の大幅な削減)などが設定されている(本稿末尾の≪参考図表≫参照)。
また、その具体的な実施を担保するため、DAS 2024の一部を成す第四次適応行動計画(APA IV)24において、180以上の対策と、その他90近くの気候変動適応に向けた連邦政府による手段・施策がまとめられている≪図表5≫。

DAS 2024は、連邦環境・自然保護・建設・原子力安全・消費者保護省(BMUV)の主導のもと、全省庁による共同プロジェクトとして、連邦環境庁(UBA)の支援を受けて策定された25。策定過程では、連邦各州の代表者、自治体の上部組織、科学者コミュニティが包括的に関与したほか、気候変動の影響を様々な形で受けているドイツの5つの地域で市民対話を実施した。特に14歳から25歳までの若者向けに特別なオンライン対話セクションを設けるなど、将来世代の視点の反映が図られた。気候適応法(KAnG)に基づき、DAS 2024は4年ごとに更新され、設定された指標に基づくモニタリングを通じて、目標や対策の継続的な改善が図られることとなっている26。
(3)自治体レベルでの適応実装に向けた課題と対応
①自治体実装の意義と現状
気候危機は地域ごとに異なる形で顕在化しており、国レベルでの対応には限界がある。連邦政府は、中心的な窓口や調整役として、また情報や資金の供給源として重要な役割を果たすものの、実際の適応策の実装は自治体が担う。例えば、透水性舗装への転換、干ばつ耐性のある樹木の植栽、下水システムの改善、屋上緑化といった具体的な対策は、地域の実情を熟知する自治体でこそ効果的に実施できる27。
ドイツには約1万強の自治体があり、その大多数が人口2万人未満の小規模自治体である。このような自治体の役割の重要性に鑑み、連邦政府は気候適応マネージャー(KlimaAnpassungsManager:KAM)制度を導入している。同制度は、気候変動適応の専門職を自治体に配置し、適応コンセプトの策定から実装までを一貫して担う体制を確立するもので、人件費の最大70%が連邦政府により助成される28。
しかし、2023年にNDR Data等のメディアが実施した調査では、大多数の自治体(96%)が2050年までに異常気象の影響がより深刻化すると予想している一方で、約半数が必要な対応策を実施できないと回答している29。連邦環境庁(UBA)が2024年9月に公表した「2023年地方自治体気候適応調査」でも同様に、過去10年間で77%の自治体が異常気象等の影響を受けたにもかかわらず、気候適応コンセプトを持つ自治体は全体で約12%に留まった。≪図表6≫に示すように、策定状況には自治体規模によって大きな差があり、独立市では60%に達する一方、人口2万人未満の小規模自治体ではわずか6%である。また同調査では、回答自治体の80%が人的資源の不足を、73%が財政資源の不足を主な障害として指摘し、気候適応マネージャー(KAM)の配置率も全国平均で12%に過ぎない。特に小規模自治体での取組みの遅れが顕著である。人口2万人未満の自治体では気候適応マネージャー(KAM)の配置率が4%に留まっており、大規模自治体との取組み格差が広がっている30。

さらに問題なのは、気候変動適応策への資金調達手段は存在する31ものの、多くの自治体では申請手続きを担える人材が不足しており、利用可能な支援制度が十分に活用されていない点である32。これを裏付けるように、国営の復興金融公庫(KfW)の2023年報告書によると、自治体の投資のうち気候変動適応策に使用されるのは4%未満に留まり、51%の自治体が現在の資金構成では増加する投資ニーズに対応できないと回答している33。
なお、2024年5月にカイザースラウテルン・ランダウ大学(RPTU)が公表した報告書によれば、多くの自治体(特に小規模自治体)は気候リスク評価と対策計画の整備が不十分であり、とりわけ豪雨リスクの増大を過小評価(無視)する傾向がある34。気候適応法(KAnG)が自治体に気候リスク分析に基づく地域の気候適応コンセプトの作成を求めているところ、具体的なリスク評価の方法や実施体制の不足が実装の障壁となっている様子が窺える。
②連邦政府による支援体制の構築と具体的な支援プログラム
これらの課題に対応するため、連邦政府は気候適応法(KAnG)が、国家適応戦略(DAS 2024)、国家水戦略(Nationale Wasserstrategie)、自然を活用した気候変動対策行動計画(Aktionsprogramm Natürlicher Klimaschutz:ANK)、そして複数の資金支援プログラムを通じて、包括的な支援体制を構築している。これらは相互に補完し合い、特に都市開発における気候変動適応の実効性確保を支援するものである35。
この支援体制の中核として、連邦環境省(BMUV)は2021年7月、地方自治体協会との合意に基づき、気候適応センター(Zentrum KlimaAnpassung:ZKA)を設立した。気候適応センター(ZKA)は、ドイツ都市問題研究所(Difu)が運営する全国初の気候変動適応に関する助言・情報センターであり36、自治体や社会機関による適応策の計画・実施・資金調達を支援している。具体的には、資金調達に関するアドバイスや専門的研修の提供、実践的知識の移転、関係者間のネットワーキング支援などを通じて、気候適応マネージャー(KAM)や行政スタッフ、社会機関といった各アクターのニーズに応じた支援を展開している37。
さらに連邦環境省(BMUV)は、2021年に適応関連の資金調達ガイドラインを再編し、効率的な資金調達政策管理を目指す「国家気候適応」プログラムを設立のうえ、より体系的な支援体制を整備した。現在は適応に特化した2つの主要な資金調達ガイドラインを通じて支援を提供している。「気候変動影響への適応策」ガイドライン(DAS資金調達ガイドライン)38は、自治体における気候変動適応の戦略的管理を支援するもので、特に気候適応マネージャー(KAM)の配置を推進している。一方、「社会機関における気候適応(Klimaanpassung in sozialen Einrichtungen:AnpaSo)」ガイドライン39は、医療・介護等の社会セクターにおける適応策を支援しており、特に気候変動の影響を受けやすい社会的弱者をケアする機関を対象としている。
また、自然を活用した気候変動対策行動計画(ANK)は2026年までに40億ユーロの予算規模で気候変動対策と生物多様性の保全、気候変動適応を統合的に推進するもので、2023年10月には自然を活用した気候変動対策コンピテンスセンター(Das Kompetenzzentrum Natürlicher Klimaschutz:KNK)を設立し、自治体等への支援体制を強化している40。
加えて2024年2月からは、連邦環境省(BMUV)と国営の復興金融公庫(KfW)が共同で「自治体における自然を活用した気候変動対策(Natürlicher Klimaschutz in Kommunen)」プログラムを開始し、都市緑化や小規模な自然公園の整備など、適応策と緩和策を統合した取組みに対して最大90%の補助を開始した41。これらの取組みは、雨水貯留・浸透機能の向上による洪水リスク低減(適応策)と、植生によるCO2吸収や都市冷却効果を通じた温室効果ガス削減・ヒートアイランド緩和(緩和策)の両方の機能を併せ持つため、気候変動への統合的対策として推進されている。
なお、連邦政府によるこうした自治体支援の概要は≪図表7≫のとおりである。

ドイツでは気候変動適応への取組みを進める一方、連邦政府による適応支出は体系的に把握されていなかった。連邦環境庁(UBA)は、「適応枠組み(Adaptation Framework)」プロジェクトで新たな方法論を開発のうえ、連邦政府の気候変動適応に係る支出を初めて可視化し2025年2月に公表した42。
分析によると、2022年の連邦予算で気候変動適応に計上された額は20.7億~34.1億ユーロ(予算総額の約0.42%~0.69%)であった。予算項目は気候適応への貢献度に応じて「高」(60%以上)、「中」(25〜60%)、「低」(5〜25%)、「僅少」(5%未満)の4段階に分類され、適応関連と識別された255の予算項目中、半数近く(122件)は「僅少」と評価され、「高い」貢献度の項目はわずか9件に留まった。これは、気候変動適応を主目的とする予算項目が少なく、多くは他の政策目標の副次的効果として位置付けられていることを示している。
クラスター別では、横断的課題に約8.6億〜13.3億ユーロ、インフラに約4億〜7.3億ユーロ、土地と土地利用に約4.4億〜6.2億ユーロが配分されていた。しかし連邦環境庁(UBA)は、2000年から2021年までの気候変動関連の被害総額が少なくとも1,450億ユーロ(年間平均約66億ユーロ)に達していることを踏まえ、将来の被害拡大に備えたさらなる予防的投資の重要性を強調している。
③財政法上の限界と州の対応
しかし、連邦制のもとでは、ドイツ憲法にあたる基本法により連邦と州の財政関係が厳格に規定されている。気候変動適応への投資に対する連邦政府の財政的関与は、多様な支援策を構築しつつも、主に研究や実証プロジェクトなどの個別支援に限定され、自治体への包括的な資金提供の責務は明確化されていない43。この制度的制約を克服するため、連邦政府と州政府は2022年以降、環境大臣会議(Umweltministerkonferenz:UMK)の枠組みの中で、自治体における気候変動適応策のための長期的資金調達の仕組み(共同資金)について議論を進めている44。特に、基本法に新たな「共同課題」を設けることで、連邦政府の財政的関与を制度的に担保する可能性が検討されている45。
2024年11月末開催の第103回環境大臣会議(UMK)では、洪水防止・気候変動適応・自然保護を連邦政府と州政府の「共同課題」として基本法に明記する改正案が提案された。この改正により、連邦政府が洪水防止池の建設や河川の再自然化などの取組みに対して、自治体に直接的な支援を提供することが可能になる。河川の再自然化のような自然を活用した洪水防止対策は、流速の低下のみならず生物多様性回復にも寄与する46。また、洪水防止を「優先的公共利益」として指定することで、計画・承認プロセスを加速し、重要なインフラプロジェクトの迅速な実施を可能にすることも提案されている47。
一方、州レベルでは独自の取組みも進展している。2021年の大洪水を契機にノルトライン=ヴェストファーレン州が気候適応法を制定したほか、ブランデンブルク、ヘッセン、ラインラント=プファルツ、バイエルン、ザクセン=アンハルトの各州でも、特に熱波対策について独自の計画を展開している48。
3.小括(制度的発展と支援体制の確立)
本稿では、ドイツにおける気候変動適応の制度的発展と自治体支援の枠組みを概観した。2024年の気候適応法(KAnG)施行により気候変動適応は初めて連邦法に明記され、予防的気候変動適応戦略(DAS 2024)では33のターゲットと具体的な実施対策が定められた。また、気候適応センター(ZKA)による助言・情報提供や気候適応マネージャー(KAM)制度など、多層的な支援体制も構築され、複数の資金支援プログラムを通じた財政支援も展開されている。
この約20年間にわたる取組みの特徴は、現場での実践を通じて課題を特定し、それを段階的に制度化していく「実践から法制化へ」というアプローチにある。2008年の「ドイツ気候変動適応戦略(DAS)」は法的拘束力のない政府方針として開始されたが、実践経験の蓄積とともに、より強固な法的基盤の必要性が認識され、最終的に2024年の気候適応法(KAnG)施行へと至った。また、定量的な目標設定と効果測定を重視する予防的アプローチの導入も、予測される経済損失額の約60%削減という定量的な効果を示すことで、政策的優先度を高めることに成功している。
このように、ドイツの気候変動適応政策は、実践的経験に基づいた段階的な制度構築と予防的アプローチの強化を特徴とする先進的取組みとして、気候変動への適応を進める他国に重要な示唆を提供している。しかし、自治体レベルでは、人的・財政的資源の不足から多くの自治体が必要な対応策を実施できておらず、特に小規模自治体での取組みの遅れが課題となっている。
次稿49では、こうした制度整備に先行して独自の取組みを進めてきた先進的な都市の事例を取り上げ、その意義と課題を考察する。

- 2024年の平均気温は過去最高を記録した2023年をさらに0.3℃上回った。また、新基準期間(1991-2020年)と比較しても1.6℃高い値となっている。
- PIK et al., “National Interdisciplinary Climate Risk Assessment 2025”(2025.2)
- German Brief, “German Weather in 2024: Record temperatures and rainfall in 2024 caused catastrophic flooding in many parts of Germany”(2025.1)
- 異常気象による保険損害も2024年に55億ユーロ(2023年は57億ユーロ)と、長期平均を大きく上回る水準で推移している(Carolina Kyllmann, “Vote25: Climate adaptation financing must find new footing in next German legislative period”(Clean Energy Wire, 2025.2))。
- BMWK & BMUV, “Konsequenter Klimaschutz und vorsorgende Klimaanpassung verhindern Milliardenschäden”(2023.3)
- Hans-Guido Mücke et al., “Heat Extremes, Public Health Impacts, and Adaptation Policy in Germany”(MDPI, 2020.10)
- 日本貿易振興機構「ドイツ、「COP29」気候適応基金へ6,000万ユーロ拠出」(2024.12)
- BMWK & BMZ, “Deutschland leistet erneut fairen Anteil an Klimafinanzierung für Schwellen- und Entwicklungsländer”(2024.9)
- 本稿では、法制度名称等の訳出には原語に合わせて「気候適応」を、一般的な政策分野としては「気候変動適応」を使用している場合がある。
- 竹内恒夫「欧州におけるEU・国・州・都市の気候変動適応策」日本不動産学会誌第29巻第1号(2015.6)
- また、政策助言、環境研究の実施、対象者別の情報提供、関係者間のネットワーキング支援を通じて、気候リスクと適応オプションの費用便益分析も含めた科学的根拠に基づく予防的適応策の推進に貢献している(UBAウェブサイト「Competence center KomPass」(visited Mar. 31st, 2025))。
- DASでは、農業は15の主要行動分野のひとつとして位置づけられており、その後継となるDAS 2024(後記(2)③参照)においても、農業の気候変動への耐性強化は「土地と土地利用」クラスターの重要目標として掲げられている。
- Gerhard Rappold, “Climate adaptation good practice and lessons learned from Germany and the EU Commission”(GIZ, 2020.9)
- BBKウェブサイト「Berichte」(visited Mar. 31st, 2025)
- BMUV, “Steffi Lemke präsentiert Sofortprogramm Klimaanpassung”(2022.3)
- Bundesgesetzblatt, “Bundes-Klimaanpassungsgesetz (KAnG)”(2023.12)
- Carolina Kyllmann, “Germany still struggling to truly mainstream climate adaptation”(Clean Energy Wire, 2023.4)
- BMUV, “Vorsorge gegen Klimakrise wird verbindlich”(2024.6)
- ただし、州は地方レベルの気候変動適応策の策定に関し大きな裁量の余地を与えられており、例えば、一定の人口閾値を超える市町村の地域のみを対象として策定するよう規定することができる。また、その費用負担の方法についても各州の判断に委ねられている(BMUV, “Steffi Lemke: “Deutschland gibt der Klimaanpassung ein neues, starkes Fundament””(2023.12)、前掲注4)。
- BMUV, “Deutsche Anpassungsstrategie an den Klimawandel 2024: Vorsorge gemeinsam gestalten”(2024.12)
- これに先立ち連邦保健省(BMG)は2023年7月に初の全国熱波対策計画を公表し、2022年に約8,000人に達した熱関連死亡者数を翌年に半減する明確な数値目標を設定していた(BMG, “Lauterbach: Besser auf gesundheitliche Auswirkungen von Hitze vorbereiten”(2023.7))。
- BMUVウェブサイト「Die Deutsche Anpassungsstrategie an den Klimawandel」(visited Mar. 31st, 2025)
- なお、これらの目標は市民や企業に新たな事務的負担や報告義務を課すものではない。
- BMUV, “DAS 2024 – Anhang 2: Aktionsplan Anpassung IV – Erläuterungen”(2024.12)
- 各省庁は部門原則に従い、それぞれの担当分野における目標の設定と実施・資金調達・進捗モニタリングに責任を負う。
- 参加プロセスで得られた知見のうち今回の戦略に直接反映できなかった内容についても、今後の実施・更新過程において、新たな指標や目標の開発を含め、考慮していくこととされている(BMUV, “Bundeskabinett beschließt Anpassungsstrategie an den Klimawandel”(2024.12))。
- 前掲注4
- 2020年のDAS第二次進捗報告書を受けて本格化した制度で、気候適応センター(ZKA)による研修等の支援も提供され、2022年の気候適応緊急対策プログラム、2024年の気候適応法(KAnG)を通じて制度的位置づけが強化された。なお、その要件とタスクの概要を解説するガイドも公表されている(ZKA, “Die ersten 100 Tage als Klimaanpassungs manager* in: Tipps für einen gelungenen Einstieg”(2024))。
- tagesschau, “Landkreise erwarten mehr Extremwetter und Klimaschäden”(2023.7)
- UBA, “Kommunalbefragung Klimaanpassung 2023”(2024.9)
- 自治体への支援は、EUの欧州地域開発基金(ERDF)から連邦・州の各プログラムまで、重層的な構造となっている。
- 前掲注4
- KfW, “Kommunale Klimainvestitionen im Spannungsfeld zwischen steigenden Bedarfen und begrenzten Ressourcen”(2023.4)
- Carolina Kyllmann, “German municipalities urgently need climate risk assessments and protection plans – report”(Clean Energy Wire, 2024.5)
- BMUV, “Folgen der Klimakrise in Deutschland verschärfen sich”(2023.11)
- 気候適応センター(ZKA)の運営は、ドイツ都市問題研究所(Difu)がadelphi consultの協力を得て行っている。ドイツ都市問題研究所(Difu)はドイツ語圏最大の都市研究機関であり、都市・自治体における気候変動対策に関する豊富な知見を有している。
- BMUV, “Zentrum KlimaAnpassung – The new federal information centre for climate adaptation”
- BMUV, “Förderrichtlinie Maßnahmen zur Anpassung an die Folgen des Klimawandels (DAS)”(2024.11)
- BMUV, “Förderrichtlinie Klimaanpassung in sozialen Einrichtungen (AnpaSo)”(2024.4)
- BMUV, “Natürlicher Klimaschutz hilft Kommunen gegen die Folgen der Klimakrise”(2023.7)、KNKウェブサイト(visited Mar. 31st, 2025)
- BMUV, “Natürlicher Klimaschutz: BMUV und KfW unterstützen Kommunen mit neuem Zuschussprogramm”(2024.2)
- UBA, “Ausgaben des Bundes für die Anpassung an den Klimawandel: Entwicklung und Pilotierung einer Analysemethodik”(2025.2)、UBA, “Wie viel gibt der Bund für Klimaanpassung aus? – Eine Annäherung”(2025.2)
- BMUV, “Sofortprogramm Klimaanpassung: Förderung und Kompetenzaufbau – Beratung vor Ort – bessere Vernetzung”(2022.3)
- BMUV, “Steffi Lemke: “Deutschland gibt der Klimaanpassung ein neues, starkes Fundament””(2023.12)
- 前掲注18
- Water News Europe, “Germany decides to speed up flood protection”(2024.12)
- Niedersächsisches Ministerium für Umwelt, Energie und Klimaschutz, “Umweltministerkonferenz fordert verstärkten Hochwasserschutz und Schutz vor „russischen Schattentankern“”(2024.11)
- 前掲注4
- 鈴木大貴「2050年を見据えたドイツの気候変動適応政策②~ベルリンのスポンジシティなど先進都市にみるグリーンインフラ実装事例~」Insight Plus(SOMPOインスティチュート・プラス、2025.4)
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