近年のFintechスタートアップの勃興は、金融機関の競争環境に影響を与えてきたが、その機能を劇的に変化させるには至っていない。しかし、2019年以降米国でApple、Google等の巨大IT企業が大手金融機関と提携する動きがあり、金融機関にとって大きな転換点となる可能性がある。金融インフラというバックエンドのみが残り、銀行業務のアンバンドル化が加速すると考えられ、選択と集中が求められている。
1.はじめに
2010年以降、欧米を中心にFintechスタートアップは次々と勃興してきた1 。領域も、決済・送金から融資や預金、銀行、投資、支援サービスと多岐に渡っている2 。欧州では各国政府(特に英国)がスタートアップ育成に積極的なこともあり、N26・Revolut・Monzo等の銀行ライセンスを取得するスタートアップも出現した。しかし、2017年の世界経済フォーラムのレポートでは、スタートアップは競争基盤を変えたが競争環境への影響は軽微にとどまっており、既存の金融機関にとってFintechスタートアップは脅威ではなく、GoogleやAmazon等の巨大IT企業こそが脅威であるとしていた3 。
こうした中、2019年には米国でApple・Googleが大手金融機関と提携し、新たなサービスを提供する動きを見せた。Fintechの勃興により、既存の銀行が担っていた業務の一部をAPIを介して機能提供する金融のアンバンドル化が進んできた4 が、銀行の機能という観点で大きな節目と見ることができる。
2.巨大IT企業の参入
(1)Apple×ゴールドマンサックス
2019年8月、Appleはゴールドマンサックスをカード発行元、Mastercardブランドとするクレジットカード(年会費は無料)の提供を開始した。「作ったのはAppleであり、銀行ではない」とのキャッチフレーズで展開しており、iPhoneユーザーのための優れたUIUX(ユーザーインターフェース・ユーザー体験)となっている。申請~支払い~残高管理の一連の機能は、iPhone内のWalletアプリで完結する(図表1)。通常、クレジットカードは申請から承認まで数日~数週間かかるのに対して、AppleCardはアプリ上で即座に承認され、クレジットカード番号が発行される。AppleCardをiPhone・AppleウォッチのApple payに紐づけて利用する5 ためカード現物はほぼ必要ないものの、店舗での利用を想定し、カード番号・有効期限が記載されていない物理カード6 が用意されており、Apple payと同様のセキュリティを担保した。
即座に各種の支払いで利用できるキャッシュバック7 でユーザーを惹きつけ、サービス開始後2ヶ月の9月30日時点で、利用額は約100億ドル、残高は7.36億ドル(12月末時点で20億ドル)に上った8 。Appleの狙いは、AppleCard提供でユーザーをiPhoneに繋ぎ止めることによる、継続的な収益である。Apple payの1回の決済におけるAppleの取り分は決済額の0.15%の手数料であり、これによりシステム管理費を賄わなくてはならない9 。クレジットカードによりApple payの決済額を増加させる効果も期待でき、iPhoneのようなハードウェアに収益を依存してきたAppleにとって、Feeビジネスを拡大し、サービス部分の割合を高める構造変革と見ることができる10 。
一方のゴールドマンサックスは、投資銀行部門の収益力に陰りが見えている中、新たに消費者向けサービスを展開し、2016年にオンライン特化のリテール部門「マーカス」11 を開始していた。支店網を持たないオンライン事業の収益は伸びているものの、スタートアップ買収・エンジニアの採用等により3年で13億ドルの損失を計上しており、てこ入れが必要となっていた12 。クレジットカード事業は新事業であり、ターゲットはクレジットスコアの低い消費者13 とし、Appleのブランドを活用することでシェア14 の獲得を目指している。
両社の提携はAppleに有利な内容となっており、ゴールドマンサックスはマーケティングや広告等の目的でユーザーデータを第三者と共有したり販売したりできない他、支払い遅延手数料も徴収できない。アナリストによると、ユーザー獲得に1人あたり350ドルかかっており、損益分岐点を上回るのは4年後と推測されている15 。iPhoneユーザーへのアクセスのために、多くの代償を払い、銀行のインフラ化を受け入れたとも見ることができる。しかし、ゴールドマンサックス側は「今までで最も成功したクレジットカードである」とCEOがコメントしており16 、2020年1月には収益計上のセグメントを変更し、新たな4つのうちの1つを消費者向けとしており、注力の姿勢を示している。
(2)Google×シティ
2019年11月には、Googleがシティを含む2つの金融機関と提携し、預金口座を2020年にも提供すると報道された。詳細については明らかになっていないが、ユーザーは自身のシティの銀行口座をGoogle Payと紐づけたうえで、各種決済をGoogle Payで行うものと想定される。Googleは銀行のライセンスを取得するわけではなく、預金の管理や貸し出しの審査、マネーロンダリング対策といった規制対応はシティが行うこととなるようだ。2020年4月には、シティ等提携金融機関と共同ブランドのデビットカードを開発中であることがリークされており、Appleへの対抗が鮮明になっている17 。
Googleは、ユーザーの預金口座にアクセス可能となり、貴重なデータ・顧客の行動に関する知見を得ることができる。口座の顧客のデータを売ることはしないと強調しているが、消費者の利用データを分析することで、利用者の貸し倒れ率や口座利用状況の予測に繋がる。よりクレジットスコアの高い人をターゲットに、Google Pay利用特典を与えたり、より良い金融商品を勧めたりすることができる。最終的には、融資事業に絡むことで提携銀行と利潤をシェアするようなモデルを目指していると推測されている18 。
一方、シティの思惑は、今までアクセスできなかった新規顧客開拓・マーケティングにある。シティは他行と比べて米国の店舗網が少なく(支店は6都市のみ)、口座の金利を高く設定して預金を集めていた19 。米国商業銀行部門のトップは、Googleのような企業との提携により、実店舗を構える以上の収益の増加が期待できるとコメントしている20 。
(1)(2)以外にも、多くの事例が出現してきている。Amazonはゴールドマンサックスと提携し、同社ECサイトに出店している中小企業向けに融資サービスを提供する予定であると報道されている21 。Uberは2019年10月にUber Moneyを立ち上げ、金融サービスを拡大している。乱立していたサービスを一つのアプリに統合、ドライバーは報酬の受取・口座管理・送金が可能となる。Uberは銀行免許を取得しておらず、銀行インフラについては、Barclaysや地銀Green Dot Bankと提携している。
3.銀行機能のアンバンドル化
2の動向は、巨大IT企業が莫大な顧客基盤や接点・ブランド力を活かして金融事業にさらに踏み込んでいくものであるが、銀行側がIT企業のプラットフォームの有効性に注目し、積極的に提携を行っているとも言える。
IT企業にとっては、収益が目的ではあるものの、金融事業自体で稼げなくとも、本業とのシナジー・データ収集・他のサービス提供と効果は大きい。大手金融機関と提携する背景には、社会からの反発・それを受けた政府の厳格な対応23 があり、サービス提供にあたって必要となるインフラやライセンスについては金融機関のものを活用し、信頼性を担保する方法がとられている。
(出典)「『GAFA銀行』の可能性と『金融』の本質」を参考にSOMPO未来研作成
一方の銀行は、今までのFintechスタートアップとの提携では、データ解析・ソフトウェア等の情報サービス領域の一部のアンバンドル化にとどまっており、マーケティング・顧客接点については銀行側が担っていた(図表2)。巨大IT企業による金融事業の取組みが加速すると、銀行にとってはマーケティング・情報サービスを押さえられ、金融インフラというバックエンドのみが残ることとなる。消費者からは銀行のブランド・存在がなくなってしまう可能性、また、IT企業と如何に提携していくかが重要になる可能性があり、銀行機能の提供のあり方を変えてしまうかもしれない。
4.さいごに
銀行のビジネスモデルにおけるアンバンドル化は新しい話ではない。例えば米国では、1990年代に住宅ローンにおいて製販分離による分業化が進み、チャネルとしての仲介事業者であるモーゲージブローカーが急成長した24 。
今般の巨大IT企業の動向は、機能提供・銀行のあり方という点で、銀行にとって大きな転換点となるかもしれない。銀行に求められる機能の根幹が、迅速確実な処理・信頼であるならば、セキュリティ・マネーロンダリング・コンプライアンスといった口座提供に必要なバックエンド機能の効率・迅速性を高め、切り分けて外部提供することで、差別化していくことが考えられる25 。
巨大IT企業の参入・取組みが加速していくか、銀行がどのように提携・対策を講じるか、勝ち残りをかけた動きであり、銀行にとっては選択と集中が求められている26 。
2015年4月には、JPMorganのCEOが株主への手紙の中で、「シリコンバレーがやってくる」とコメントしている。
“Financial Technology Sector Overview — Q3 2019 Update”・ “Fintech: The Experience so Far”・“Fintech革命と銀行への影響”を参照
“Beyond Fintech: A Pragmatic Assessment Of Disruptive Potential In Financial Services”, WEF
さらには銀行が自社のプラットフォーム上に外部の技術やアイデアを取り込むリバンドリング化も進んだと言われている
Apple Payはオンラインでの決済にも利用できる
物理カードはチタン製
Apple関連での買い物:3%、Apple Payでの買い物:2%、これら以外:1%のキャッシュバック
“With the Apple Card, Goldman Sachs has lent out about $10 billion in credit”, Nov 2・“Goldman Sachs stresses that it decides who gets an Apple Card — after Apple’s snub that it was ‘created by Apple, not a bank’”, Jan 16
“アップルが今「Apple Cardでクレカ参入」する深い理由。大きな戦略転換が見えてきた”, Mar 27
2019年3月の発表では雑誌や新聞などのメディアが月額9.99ドルで読み放題になるサブスクリプションのApple News+も発表している。
創業者のMarcus Goldmanに由来
“Goldman Sachs Tries Banking for the Masses. It’s Been a Struggle.”, Sep 28
クレジットスコアが660未満のサブプライムと呼ばれるユーザー層であり、今までクレジットカードを発行したことがない消費者でも承認されるとのこと
取扱高ベースではAmerican Express 及び JPMorgan Chaseが20%、Citibankが11%、Bank of Americaが10%と続く
“Goldman Sachs may lose money on the Apple Card in the next recession, Nomura says”, Aug 14
“Goldman Sachs CEO says Apple Card is the most successful credit card launch ever”, Oct 15
“Leaked pics reveal Google smart debit card to rival Apple’s”, Apr 18
“Googleがついに銀行業参入–激化するGAFA勢の争い、勝ち筋はどこに”, 2019年11月16日
“Cache crunch: Google-Citi deal could be future of banking”, Nov 16
“Google plans to offer checking accounts in partnership with Citi bank”, Nov 13
Amazonは、2018年3月には顧客に銀行口座の提供サービスに向けて、JPMorgan Chaseと協議中であると報道されていた。このほか、2020年1月、Amazonは、スペインの大手金融機関BBVAと連携し、マーケットプレイスにて同社の金融商品を販売することを検討していると報道されている。
NFCはNear Field Communicationの略で、近距離無線通信を意味する。非接触ICチップを使って、かざすだけで通信できる通信規格を指す。日本では、おサイフ機能付きのスマートフォンや Suica、PASMOなどの交通系ICに使われている技術。
FacebookのLibraも当初の発行予定を延期
「金融アンバンドリング戦略」大垣尚司著
Green Dot BankやRadius Bankは、Banking as a Serviceとしてのバックエンド機能提供を行っている
2017年10月に、バーゼル銀行監督委員会は「健全な慣行とは何か:フィンテックの発展が銀行と銀行監督者にもたらす意味」というレポートを発行。その中で、2025年の次世代金融シナリオとして5つのシナリオを示している。
World Insurance Report 2020