働きがいのある持続可能な組織づくりとは
~「We Build People(人をつくる)」に学ぶ~
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1.従業員体験価値を高めるOnboarding
(1)Onboardingとは
Onboardingとは、飛行機や船舶に搭乗することを意味するOnboardに由来する。特に米国企業の組織運営や人材開発の分野では、新卒者や転職者などの転入者が組織にうまく馴染み、早期に巡航速度に乗り、強みを発揮できるよう、上司や同僚が行う支援や気遣いを指す。
前稿「働くことは「Journey(旅)」すること~従業員体験価値向上に取組む意義~」では、離職予防や従業員にとってより魅力的な職場にするために、企業として従業員体験価値(Employee Experience、EX)の向上に取組む意義を取り上げた。EXとは、採用、教育・支援、成長、離職など含めた「一連の従業員体験」を通じて従業員一人ひとりが得られる価値を意味する。80年以上にわたり職場改善に向けた提言を行う米国の調査会社Gallupは、「一連の従業員体験」を「Journey(旅)」と表現し、これには7つのフェーズがあるという≪図表1≫1。その中で、従業員に価値ある体験を提供するために、企業として最も注力するべきフェーズは、「教育・支援」を意味するOnboardingであると指摘されている2。

従業員の半数が転職を希望し、離職者の4割が「エンゲージメント(従業員満足度)や企業文化」を離職理由に挙げるなど、米国企業は組織運営に大きな課題を抱えている3。課題解決に万能薬はないものの、Gallupは、EX向上に効果が期待されることから、具体策の一つとしてOnboardingの実施を推奨している。
(2)転入者が抱くとされる「5つの疑問」を意識したOnboardingが効果的
Onboardingは主に転入者を対象にした概念であるため、「オリエンテーション」と混同されやすく、世界最大規模の人材マネジメント協会SHRM4は注意を促している。オリエンテーションは、あくまでも日常業務などの実務を習得させることを目的とする一方で、Onboardingは組織運営の一環として、上司や同僚など関与する人を広く巻き込み、最大1年程度時間を掛けて取組むべき包括的な支援プログラムである5,6。Gallupは、オリエンテーションは実務面の強化である一方、Onboardingは組織と転入者とのEmotional Connection(心理的な繋がり)を構築するプロセスであると指摘している7。
では、どのようにOnboardingを実践することが望ましいのだろうか。
Gallupは、効果的なOnboardingに向けて、転入者が一般的に抱くとされる「5つの疑問」≪図表2≫を受け入れ側が意識することが重要と述べている8。

組織の判断基準や行動規範、転入者の強みや役割、頼れる仲間などを明確に示すことで、新しい環境に飛び込む転入者の心理的不安を取り除く効果があると指摘されている9。また、周囲に期待されたい、必要とされたいという思いは、誰もが持つ基本的な心理的欲求であり、これらを満たすOnboardingが推奨されている10。
「Journey(旅)」のOnboardingのフェーズにおいて「5つの疑問」を意識することは、組織と転入者との心理的な繋がりを構築することに効果的であることから、次なるフェーズ「Engage(エンゲージメント向上や組織の一体化)」へ滑らかに導くものと言えるだろう。
本稿では、SHRMやメディアが人づくりを重視する企業の好事例として注目する米国Suffolk ConstructionのOnboardingを紹介する。
2.「We Build People(人をつくる)」の理念を体現するSuffolk Construction
(1)「We Build People」を柱に業績拡大
Suffolk Constructionは、米国マサチューセッツ州ボストンで1982年に創業し、現在、従業員数2,800名を擁し11、設計、建設、維持管理などを一貫して請け負うゼネコンである12。また、現在の売上高55億ドルは同州内に本社を持つ建設会社として最大の売上高を誇り13、全米で比較すると上位30位内にランクインしている14。現在、米国には建設会社が約92万社存在しているが15、同社はリーディングカンパニーの一角と言える。
2015年以降、業況は拡大基調にあり、直近約10年で売上高は2.5倍以上になるなど急成長を遂げている16。その急成長の背景の一つには、「We Build People(人をつくる)」を理念に掲げ17、企業としてそれを体現する姿勢が窺える。次項以降では、Suffolk Constructionの教育・支援制度を概説する。
(2)新入社員を対象とした2年間のOnboardingプログラム「Career Start Program(Journey Start)」
Suffolk Construction には、4年制大学を卒業した新入社員を対象とした「Career Start Program」と呼ばれるOnboardingプログラムがある18。ここから新入社員の「Journey(旅)」が始まることから、「Journey Start」とも呼ばれている≪図表3≫。

一連のプログラムは、企業が目指す将来像について、経営陣が新入社員に直接語り掛ける対話から始まる。その後1年間は主に建設現場に配属され、建設技術に関する知識やプロジェクトマネージャー(現場監督)としての素養を身に付ける。また、新入社員一人ひとりとそれぞれのGoal and Expectation(目標と期待)を共有する目的として、上司やメンターなどと隔週で1on1ミーティングや日々の気づきを簡単に伝える機会としてのCheck-ins19が実施される。
プログラムの1年目が終わる時点で、上司やメンターなどと振り返りや仕事評価を意味するPerformance Reviewが行われる。その後、本社でのスピーチトレーニングなどが実施され、新たな配属先へ向かう。初年度同様に、1on1ミーティングやCheck-insなどの対話が高頻度で繰り返され、上司やメンターなどから伴走支援を受ける。このプロセスの中で、強みを活かせるCareer Path(進むべき専門分野)を模索していく。
2年目の現場経験を終えて改めて本社に戻り、建設会社として業務を適切に遂行するために必要なリスク管理の概念を学ぶ。例えば、Legal Team(法務部)主催の訴訟事例を用いたケーススタディーが含まれる。このように、経営陣、人事関連部署、建設現場のみならず、多角的な視点と継続的な伴走支援が実施される2年間のプログラムを経て、設計、建設、維持管理、プロジェクトマネージャーなど今後強みの発揮が期待できる具体的な事業部門で専門性を磨く段階に入る。

このような「Career Start Program」は、日本の大企業において見られる教育・支援制度に似た印象を抱くが、大きな特徴は、標榜する「We Build People」の理念が具体的なOnboardingのメニューに定着している点にあると考えられる。例えば、前述のとおりOnboardingの理想的な期間は1年程度と指摘される一方、同社は2年にわたって1on1ミーティングやCheck-insに見られるような伴走支援を継続し、「5つの疑問」に長い時間寄り添う体制が見て取れる。
では、なぜこのようなことが実現しているのだろうか。それは、次項で紹介する新入社員向けのOnboardingを支える管理職や経営層といった上位職を対象とした教育・支援が影響していると言える。
(3)上司や幹部候補者を対象に実施される「Emotional Intelligence(感情的知性)」向上支援
Suffolk Constructionの特徴的な取組みとして、管理職に向けた「Management Excellence Academy」という教育プログラムがある20。これは、本社において毎月2日間、課長などの中間管理職を対象に人材育成コンサルタント会社Unlockitが実施する研修であり、コーチングスキルや対話力の強化に向けて、主にEmotional Intelligence(EI、感情的知性)を磨くことが主眼に置かれている21 。
SHRMによると、EIとは、自分自身や他者の感情、そしてそれらがどのような行動に繋がるのかを理解する能力である22。また、EIを磨くことは、さまざまな場面における動機付けや、自分自身や他者のEmotional Well-being(心理的な幸福感)や自尊心を高めることに繋がることから、組織でリーダーシップを発揮する際に有効と指摘されている23。Chief Growth Officer(CGO、最高事業成長責任者)は、「当社が今後成長し続けるためには、パフォーマンスの管理能力とリーダーシップの向上が求められる。そのためは、企業として人を育てられる人材を育成する必要がある」と発言し、EI向上を得意とする専門機関の支援を受けて、企業として管理職育成に力を入れる姿勢を述べている24。
さらに、経営陣やその候補者を対象とした「Executive Leadership Program」がある25。これは、戦略的思考力や財務分析力にはじまり、EIも含めた経営層として必要とされる360項目について、主に組織の上位職の育成を得意とする専門機関によって1年間実施される教育・支援プログラムである26。
これらから、新入社員に留まらず、部下の成長を支援する中間管理職、そして経営陣およびその候補者まで、広く「We Build People」の理念が貫かれていることが分かる。組織のすべての階層にまで理念が一貫して浸透したさまざまな教育・支援制度が、人づくり、ひいては組織づくりに成功し、その表れとして業績拡大に繋がっている一因と言える。
(4)Suffolk Constructionに関する社内外の評価
Suffolk Constructionは、米国にある世界最大規模の従業員意識調査機関Great Place To Work® Instituteが毎年認定するGreat Place to Work「働きがいのある会社」に、2021年以降3度選出されている27。また、同機関がSuffolk Constructionの従業員1,743名を対象に行ったアンケートによると、93%が「人、組織、成長機会などを重視する企業文化」などを主な理由に「働きがいのある会社」と答えており、米国企業平均57%を大きく上回っている28。
加えて、米国で「人的資本経営のアカデミー賞」とも呼ばれるBrandon Hall Group Awardの「Leadership Development Program(リーダーシップ育成)」部門の最高位である金賞を、2023年以降2年連続で受賞している29。
3.組織づくりは人づくり
「We Build People(人をつくる)」の理念は、組織づくりを「建物づくり」になぞらえ、一つひとつの階層を丁寧に積み上げるようなきめ細やかな教育・支援プログラムに体現されている。新入社員を対象としたOnboardingでは、組織の基礎である「低層階」を構成する「人」そのものをつくることを重視している。そして何よりも、その「人」の成長の担い手とされる「高層階」に位置する管理職もまた「人」であることに注目し、すべての階層において「We Build People」の理念が貫かれていることが、企業を成長に導く組織づくりの大きな要因の一つと言える。
「組織づくり」や「人づくり」に関する課題は洋の東西を問わない。どこにも万能薬はないものの、「We Build People」の理念を体現した階層ごとの教育・支援プログラムは、日本における若年層の離職や管理職昇進への敬遠などの課題解決に示唆を与えるものである。特に、「人づくりができる人」の育成と、業績拡大の両立に奏功しているのは、ほかならぬ管理職を対象としたEI向上を重視した教育・支援であり、離職予防や人材開発に課題を抱える日本企業にとっても処方箋となり得る。「We Build People」の理念なくして、組織の持続的成長はない。「人づくり」は新入社員や転入者のみが対象とされるべきものでない。彼らの成長を支える管理職、そして、持続可能な「組織づくり」を指揮する立場にある経営陣もまた「人」であることを忘れてはいけない。組織に「人」がある限り、「人づくり」は終わりのない取組みであるべきだ。
- Gallup Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.gallup.com/workplace/323573/employee-experience-and-workplace-culture.aspx>
Gallupは、世界160か国、約3,500万人の従業員エンゲージメントデータを収集し、組織運営や人材開発に関するコンサルティングを行っている。 - 前掲注1
- Gallup Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.gallup.com/467702/indicator-employee-retention-attraction.aspx>
- SHRM Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.shrm.org/home>
SHRMは、1948年に米国で創設された人材マネジメント協会。現在、世界180か国に約34万人の会社経営者や人事担当などの会員を有し、人材開発の専門家や研究者などと連携し、職場環境の改善策などの提言を行っている。 - SHRM Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.shrm.org/topics-tools/topics/onboarding>
- Onboardingとオリエンテーションとの比較は、別稿で取り上げている。
- Gallup Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.gallup.com/workplace/235121/why-onboarding-experience-key-retention.aspx>
原文では、“create emotional connections with your employees”と、Onboardingの趣旨や狙いを解説している。 - 前掲注1
- 前掲注1
- 前掲注1
- Suffolk Construction LinkedIn公式アカウント(visited Mar.24, 2025) <https://www.linkedin.com/company/suffolk-construction/about/>
- Suffolk Construction Webサイト(visited Mar.24, 2025) <https://www.suffolk.com/about>
- Statista Webサイト(visited Mar.24, 2025) <https://www.statista.com/statistics/234153/the-largest-us-construction-contractors-based-on-contracting-revenue/>
Statistaは、ドイツにある世界最大級の市場調査会社。2万件以上の統計データを収取し、世界150か国以上、170業種以上を対象に、企業や業界動向の調査を行っている。 - Bridgit Webサイト(visited Mar.24, 2025) <https://gobridgit.com/blog/50-largest-general-contractors-in-the-united-states/>
Bridgitは、建設業界を専門とする米国の調査会社。 - The Associated General Contractors of America(米国建設業協会) Web サイト(visited Mar.24, 2025)<https://www.agc.org/learn/construction-data>
米国建設業協会は、約3万社の建設会社が会員として加盟する米国最大規模の建設業者の団体。 - Forbes Webサイト(visited Mar.24, 2025)<https://www.forbes.com/companies/suffolk/>
- Suffolk Construction Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.suffolk.com/careers/life-at-suffolk>
- Suffolk Construction Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.suffolk.com/careers/career-journey>
- Check-insとは、改まった形式はなく、日々の業務を労うコメントや、ポンと背中を叩くなど、上司や同僚などが「応援している」、また「見守っている」という気持ちを伝えるもの。
- 前掲注18
- Unlockit Web サイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.unlockit.com/wp-content/uploads/CS-UYLP_Suffolk.pdf>
Unlockitは、米国など30か国で25年以上に渡り、人材育成プログラムなどを提供しているコンサルタント会社。 - SHRM Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.shrm.org/topics-tools/tools/express-requests/elevating-your-emotional-intelligence->
- 前掲注22
- 前掲注21
- 前掲注18
- 前掲注18
- Great Place To Work® Institute Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://www.greatplacetowork.com/certified-company/1121660>
Great Place To Work® Instituteは、世界170の国と地域の2万社以上、2,000万人の従業員意識に関するデータを収集し、職場改善に向けた提言を行う米国の意識調査会社。毎年米国の「働きがいのある会社」の認定を行っている。 - 前掲注27
- Brandon Hall Group Webサイト(visited Mar.25, 2025) <https://excellenceawards.brandonhall.com/winners/>
Brandon Hall Group は、米国の“Academy Awards” of Human Capital Management(人的資本経営のアカデミー賞)の選定企業として知名度の高いコンサルタント会社。
PDF:MB
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