本稿は、東京高速道路(通称KK線)と都心環状線・日本橋区間を取り上げ、道路インフラを活用した都市再生のための事業スキームについて紹介している。両事例は、老朽化した道路インフラを公共空間として再生することで、地域収益を向上し、維持管理、更新費に充てる事業方式である。道路インフラの老朽化が社会課題となる中で、PPP/PFI方式を中心とした官民連携の事業スキームの拡張が今後さらに必要になるだろう。その際、柔軟な合意形成のあり方を模索するとともに、都市再生のための新たな事業評価手法の開発と運用方策が不可欠である。
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1.はじめに
インフラ1の老朽化によって、多くの公共施設が更新の時期を迎えている。国土交通省によれば、インフラの維持管理・更新にかかる年間費用は、2018年の5.2兆円から2048年には6.5兆円へと、約1.3倍に増加する見込みである2。このうち、道路の維持管理・更新にかかる費用が最も高く、全体のおよそ3分の1を占める。建設後50年以上経つ道路橋の割合は、2040年までにおよそ7割にのぼり、道路の耐久性が50年とすると、今後15年以内に更新の時期を迎えることになる。
公共セクター管轄の国道、主要地方道、都道府県道、市区町村道では、道路に関わるインフラのうちトンネルの老朽化が進んでいる。道路メンテナンス年報によると、なんらかの補修・修繕が必要なもの3が9割超と高い。また、民間セクター管轄の高速自動車道(以下、高速道路とする。)は、建設から30年以上を経たものが約4~6割あり、なんらかの補修・修繕が必要な橋梁(高架橋含む)の割合が他の道路と比較して高いのが特徴である。国土交通省の試算では、高速道路にかかる維持管理・更新費はおよそ19.4兆円(2019~2048年累積)が見込まれており、公共投資節減を目的とした官民連携による持続可能な事業スキームに期待が寄せられている。
2.官民連携の事業スキームPPP/PFIとは?
今後15年以内に道路インフラの7割が更新されることを踏まえると、公共投資節減を目的とした事業スキームの運用は欠かせない。PPP(Public-Private Partnership)/PFI(Private Finance Initiative)は官民連携の事業スキームとして有名だが、2013年改正PFI法以降、対象施設が広がり多様化している。現在、道路をはじめとしたインフラの維持管理・更新にも拡張することが検討されている。内閣府はPPP/PFIを4類型に分けて事業スキームを整理しており、≪図表2≫と併せて以下にそれらを概観したい。
公共施設等運営権制度活用型は、利用料金の徴収を行う公共施設を対象に、施設の所有権を国や地方自治体が保有したまま、運営権を民間事業者に設定する事業方式である。いわゆるコンセッション方式と呼ばれ、民間事業者の経営ノウハウを導入することで、収益事業のポテンシャルを向上させることが期待されている。近年では、スポーツスタジアムなどの公共施設だけでなく、インフラにも活用していくことが検討されている。
収益施設併用・活用型は、大阪城パークマネジメントに代表されるように、カフェやレストラン、駐車場などの収益施設を併設・活用することで、整備・運営費の一部または全てを回収する事業方式である。独立採算が成り立てば、将来的に公的負担の抑制につながるとして期待されている。インフラへの適用例はまだ少ない。
公的不動産有効活用型は、小学校等の公的不動産の利活用を官民連携で企画し、公共の財政負担を最小限に抑える一方で、公共目的を最大限達成する事業方式である。国有不動産や国立大学法人等の公的不動産への活用が課題となっている。
サービス購入型は、公共団体が民間事業者の提供するサービス(維持管理、運営)に対して、対価を支払う事業方式である。指定管理者制度、業務委託制度等を活用したもので、南池袋公園等に代表されるように、国や地方自治体保有の公共施設の管理、運営業務を民間企業に代行又は性能発注4するものである。これまでハコモノ5を中心に活用されてきたが、今後は、インフラにも活用の幅を広げることが必要と言われている。
PPP/PFIは法改正から10年以上が経過するなかで、事業スキームの多様化が図られてきている。従来のハコモノだけでなく道路インフラの維持管理、更新にも適用できる可能性も広がっている。以降では、高速道路の更新に伴う都市再生の事例を通じて、具体的な事業スキームを見てみることにする。
3.首都高速道路リニューアルプロジェクト
首都高速道路は、平均して約100万台/日の交通量があるのに加えて、重量が大きい自動車の通行が多く、他の道路と比較して老朽化の進展が早い。また、経過年数30年以上経過した区間が約6割を占めており、更新が必要になっている。
首都高速道路リニューアルプロジェクトでは、≪図表3≫で示す通り2040年までに1号羽田線、3号渋谷線、都心環状線を含む8.8kmを大規模更新することが計画されている。本稿では、このうち収益施設併用・活用型PFI方式を採用している東京高速道路(以下、KK線とする。)と、公共施設等運営権制度活用型PFI方式を採用する都心環状線・日本橋区間を取り上げ、その具体的な事業スキームを見ることにする。
(1)東京高速道路(KK線)の廃止とプロムナードのコンバージョン―収益施設併用・活用型 PFI方式―
KK線は、財界人23名が発起人となり、1951年に東京高速道路株式会社を設立、戦後の復興計画の一環として建設された道路である。銀座周辺の外堀、汐留川及び京橋川を埋め立てて供用された、日本初の高速道路である。高架下のテナントからの賃貸収益を道路建設費と管理運営費に充てる事業スキームに基づいて運営されており、2025年4月に廃止されるまで無料で一般供用されてきた特殊な道路である。建設から50年以上が経過し、維持管理費が高騰していることや、都心環状線・日本橋区間が地下化されることによってその役割を終えた。
KK線廃止後は、高速道路を撤去せずに自動車専用道路から歩行者中心のプロムナードへと再生整備(コンバージョン6)することがかねてから決まっていた。≪図表4≫で示す通り、KK線は歩行者空間(通行道路)、歩行者空間+滞留空間にゾーニングされ、また、周囲のまちが見渡せるよう視点場(見晴らしのよい地点)が10箇所設けられている。高架下に複数のテナントが入っているのは、これまでと同様である(≪図表4≫右下写真)。
KK線は先に述べた通り、収益施設併用・活用型PFIの事業スキームを採用している。≪図表5≫で示す通り、廃止前の高架橋の維持管理運営には、高架下のテナントからの賃貸料収益で充当していたため、通行料無料での供用が実現していた。廃止後には、高架橋は歩行空間として再整備されることになる。高架下のテナントからの賃貸料収益を道路の維持管理運営に充当する事業スキームは保持したまま、収益事業を展開する予定だ。収益は、例えば≪図表4写真≫にある「Tokyo Sky Corridor Roof Park Fes & Walk」などのイベント開催費用に充てることや、高架施設の品質向上を図ることが計画されている。KK線は早くからPFI方式をとった稀有な事例である。今回の道路空間からプロムナードへのコンバージョンによって、収益事業を新たに創出することで付加価値をつけている。
(2)首都高速道路、都心環状線・日本橋区間の地下化と運河再生によるまちづくり―公共施設等運営権制度活用型PFI―
都心環状線・日本橋区間約1.8kmは、東京オリンピック開催に向けて1963年に開通した高速道路である。日本橋川上空に設置した高架道路は開通から60年以上が経過し、老朽化による維持管理費の高騰から今回の撤去・再設置に踏み切っている。
首都高速道路のリニューアルプロジェクト計画が2014年に策定され、2015年から渋滞緩和を目的とした事業が始まった。2016年になると都市再生措置法7のもと国家戦略特区8に選定され、道路更新と併せて周辺地域のまちづくりが進められることが決定した≪図表6≫。
当該地域の都市再生は、立体道路制度9を活用し高速道路を地下化する点が特徴である(≪図表6≫緑点線からピンクで示された位置に高速道路を移設する)。同計画によって、高架下にあった日本橋川を再生し、運河敷の利用規制を緩和、民間事業者などが営業活動を行うことを可能にした(≪図表6≫の左下断面図参照)。また、運河沿いの再開発(≪図表6≫黄色箇所)と併せてまちづくりを進めるものである。
日本橋川に空を取り戻す会10(日本橋みち会議)は、有識者を中心とした組織で、日本橋川に空を取り戻すとともに、潤いと品格あふれる首都東京の再生に向けた検討を進めるために2006年に開催し、提言書を提出している。2006年に提出した提言書によると、日本橋川に面したオフィスビルを低層・低容積化しオープンスペース整備や賑わいの創出を図ることが提案されている(≪図表6≫左下のイメージ図参照)。また、そのための規制緩和策として容積移転11を認めるというものである(≪図表6≫黄色箇所にある容積移転の考え方参照)。提言書に書かれた事業スキームを見ると、①街の高品質化に伴い、地域が受ける受益の一定割合を還元する、②設計及び施工段階での様々な工夫(既存構造物の活用や親水護岸との一体整備等)などにより、コスト削減に努める、③いずれ必要とされる首都高速道路の大規模再構築費も勘案することが明記されている。
事業スキームの特徴の一つとして、提言書①に示されるように、国、東京都、中央区、首都高速道路株式会社12のほか、再開発地区の民間事業者からの出資によるまちづくりを推進することがある。今回の概算事業費は総額で3,200億円と試算されているが13、およそ8分の1の400億円が、再開発地区の民間事業者によるまちづくり公共貢献費として捻出されることになる。その具体的な事業スキームはまだ公表されていないが、その動向に注目が集まる。なお、完成後のイメージは、≪図表7≫≪図表8≫を参照して欲しい。
以上のように、都心環状線・日本橋区間は、高速道路の地下化によって運河を再生し、東京都が運河敷所有権を保持しながら、運河敷運営権の一部を民間事業者に設定し、そこから得られた収益を公益貢献費として還元する事業方式をとっている。民間事業者の経営ノウハウを導入し、地域全体でまちづくりによってもたらされる収益向上を狙ったものだ。公共施設運営権制度活用型PFIを道路インフラの維持管理、更新に応用した事業方式と言えよう。
4.道路インフラを活用した都市再生から見える、公益事業の可能性と課題
≪図表9≫に見るように、高速道路の更新に伴う都市再生事業は、既存のPFI方式を採用しつつ、独自の事業スキームを展開している点がポイントである。今後さらに拡張していくためには、①都市再生のための合意形成手法のあり方の検討、②公益事業の事業評価手法の開発が必要になるだろう。
まず、都市再生のための合意形成のあり方の検討である。KK線を例にとると、東京都が高架下の土地を所有し、テナントに対して賃貸経営を行うことで高速道路の維持管理費が充当されている。一方で、高速道路の構造物は東京高速道路株式会社が所有し、収益事業からイベントや施設の品質向上のための費用が捻出されることになる。この際、賃貸経営、収益事業に対する費用設定や空間設計は、費用対効果の視点から料金設定されるべき事項であるが、我が国では国や地方自治体の公益事業に対する関与が大きく、民間事業者の裁量権は限定的である。
こうした課題に対して、ニューヨーク市ハイラインを巡る都市再生事業とその合意形成のあり方は参考になると思われる。同事業では、貨物鉄道跡地を遊歩道へと用途転用することが計画されている。米国では、合衆国連邦運輸局に属する陸上運輸委員会が路線処理の裁量権を有しているが、法廷上の要件確認のみに限られている点がポイントである。このため、鉄道会社や鉄道跡地の経営を希望する民間企業、土地所有者間での自主的交渉によって、維持管理・運営費用の設定や空間設計のための合意形成を行うことができる。連邦政府から陸上運輸委員会が独立性を担保することによって、国からの関与が制限され、収益性の高い公益事業につながるものと思われる14。
一方で、都心環状線・日本橋区間における収益確保のための事業戦略は、これまでのPFI方式を拡張し、運用している。すなわち、高速道路の地下化によって再生された運河敷を、民間企業の営利活動に利用するのに加えて、地域全体の収益向上によって得られた分を、公益事業に一部還元するというものである。この際課題となるのは、公益事業が地域の収益向上にどれくらい寄与したのかを定量的に測る評価手法が限られていることである。
我が国の公共事業の多くは、経済波及効果、ヘドニック法15、CVM(仮想評価法)16などの事業評価手法が用いられており、多くが公共事業から得られる効果を経済指標によって測定している。現在、国はこうした従来の評価手法を使いつつ、社会や環境指標をさらに盛り込むことを検討している。例えば、利用・環境・防災価値などの指標を使った「グリーンインフラ活用型都市構築支援事業の費用対効果分析手法」などもその一つである17。また、「産学官連携インフラ戦略推進プラットフォーム18」では、社会資本整備によって生じる生産性の向上、生活環境の改善、安全・安心効果等を指標とした中長期的効果(ストック効果)の検討が始まっている。今後こうした事業評価手法の深化と、国や自治体による運用促進のための支援が必要になる。
以上見てきたように、老朽インフラの持続的な維持管理、更新を巡っては、PFI方式等を活用した事業スキームの拡張が有効と思われる。その際、柔軟な合意形成のあり方を模索するとともに、都市再生のための新たな事業評価手法の開発と運用方策が不可欠であろう。
- 国土交通省では社会資本として所管12分野を定義している。本稿ではこれをインフラとして定義する。
- 国土交通省:「国土交通省所管分野における社会資本の将来管理・更新費の推計」
- 道路メンテナンス年報では、健全性診断としてⅠ~Ⅳ段階に区分しており、本稿ではこのうちⅡ~Ⅳを「なんらかの補修・修繕が必要なもの」としている。Ⅰ:健全(構造物の機能に支障が生じていない状態)Ⅱ:予防保全段階(構造物の機能に支障が生じていないが、予防保全の観点から措置を講ずることが望ましい状態)Ⅲ:早期措置段階(構造物の機能に支障が生じている可能性があり、早期に措置を講ずべき状態)Ⅳ:緊急措置段階(構造物の機能に支障が生じている、又は生じる可能性が著しく高く、緊急に措置を講ずべき状態)
- 性能発注方式とは、施設やサービスの調達において、発注者が詳細な仕様書を提示するのではなく、要求する性能や機能のみを提示し、詳細な設計や施工方法については受託者に委ねる発注方式。
- 国や地方自治体が建設する図書館、美術館、体育館、公民館、ホールなどの建物のことを指し、有効活用されていない非効率な公共施設(箱物)を揶揄する表現として用いられる場合もある。
- 建物等の用途変更のこと。
- 社会経済情勢の変化(情報化、国際化、少子高齢化)に対応した都市機能の高度化及び都市居住環境の向上を図るため市街地整備、都市計画の特例などによって民間の都市再生事業を支援する法律。
- 地域振興と国際競争力向上を目的に規定された経済特区のこと。
- 立体道路制度は、道路敷設の上下空間に建物の建設を可能にするものである。日本橋区間では、道路地下化によってできた道路トンネルの上部にも建物建設が認めらており、敷地の有効活用がされている。
- 日本橋川に空を取り戻す会は、有識者を中心とした組織で、日本橋川に空を取り戻すとともに、潤いと品格あふれる首都東京の再生に向けた検討を進めるために日本橋みち会議が2006年開催され、提言書が提出されている。
- 未利用の容積率(延べ面積を敷地面積割った値のこと)を隣接・近接する土地に移転して活用する都市計画の手法。
- 日本道路公団等は、高速道路に係る道路資産の保有・貸付、債務の返済を行い、高速道路6社の事業を支援することを目的として設立された。
- 首都高日本橋地下化検討会によると、国・地方自治体からの借入が1,000億円、地方自治体の公共事業が400億円、首都高速道路株式会社の更新予算1,400億円、民間事業者によるまちづくり公共貢献費400億円として関係者間の合意形成が図られている。
- 木村優介・山口敬太・久保田善明・川崎雅史(2013):鉄道跡地の遊歩道利用におけるレールバンク制度の運用と有効性―ハイラインにおける合意形成の制度的枠組み―、土木学会論文集D1(景観・デザイン)、Vol69、No1、76-89
- 不動産価格などの物価指数を用いて、商品の品質の変化を考慮して価格を調整する評価手法。
- 環境や公共サービスなど、市場取引されない財やサービスの価値を評価するために用いられる手法。アンケート調査を通じて、人々がその財やサービスにどれだけお金を支払っても良いと思うか(支払意思額)や、それを受け取るためにどれだけのお金が必要だと思うか(受取補償額)を尋ねることで、その価値を評価する。
- 国土交通省(2024):「グリーンインフラ活用型都市構築支援事業の費用対効果分析手法のマニュアル」
- 国土交通省が中心となって設立した産学連携のプラットフォームで、地方自治体および本省・地方整備局・運輸局の職員を対象に社会資本整備による事業評価のための支援をしている。