内部登用の女性役員育成に必要な社外の視点
~企業横断のメンタリングがもたらす意義~
2025年8月に、帝国データバンクが公表した「女性登用に対する企業の意識調査(2025年)」によると、自社における女性役員が今後増加すると考えている企業は、全体では13%にとどまるが、従業員1000人超の企業や上場企業では3割を超える1。政策的要請を背景に、大企業を中心として女性役員比率の拡大を進めようとする意向がうかがえる。しかし、東証プライム市場上場企業に占める役員の内訳をみると、内部登用の女性役員は4.5%にとどまり、社外登用の30.1%と比べると依然として限定的だ≪図表1≫。内部登用の女性役員比率は、企業がどれだけ効果的な人材育成やキャリア形成支援を行っているかという成果を表わしており、人的資本投資の質を示す重要な指標である。

こうした中で取り上げたいのが、企業横断でメンター(支援や助言をする側)とメンティ(支援や助言を受ける側)を組み合わせるメンタリングの仕組みである。各社でその取組みは広がりを見せている。例えば、パーソルホールディングスは2025年2月より、部長相当職の女性がメンティ、執行役員相当職をメンターとする企業横断型のクロスカンパニーメンタリングプログラムを始めている。様々な業種から14社もの企業が参加し、複数の企業同士のペアでメンタリングを実施し、メンティのキャリアとリーダーシップの支援を行う2。また、東京海上日動火災保険、出光興産、帝人、リコーが共同で実施するプログラムは2年連続で実施され、前年の結果では縦横クロスでの懇親が進んでいることや事務局の多様性が増しているなど前向きな意見が報告されている3。他方、千葉銀行など地銀10行が参画するTSUBASAアライアンスの各行横断による「TSUBASAクロスメンター」は、2022年より創設されており、銀行という同業種ならではの仕事面のアドバイスを得られる良さがある4。このように、他業種であれば自社業界にはない多様な視点を得られ、同業種では業界ならではの悩みも共有できる特徴がある。これらの事例では、他社のメンターがかかわることで、自社の枠を超えた意見交換やネットワーク構築が生まれ、幹部候補である女性が長期勤続によって固定化しがちな視野を補い、客観的な視座を養う効果が期待される。
このような社外視点の重要性に関して、女性役員そのものを対象としたものではないが、参考になる研究がある。CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の在職年数と社会的パフォーマンスの関係を分析したEngels, Fischer-Kreer, & Brettel (2022)の研究によれば、いくつかの文献を踏まえて、自社勤続年数が長いCHROほど、自社の採用戦略や研修制度、定着プログラム、報酬制度に疑問を抱きにくいことや、同業他社をベンチマークしにくい可能性が言及されている5。同じ企業に長く勤めていると、その制度や慣習が当たり前になり問題点に気付きにくくなるため、社外メンターから得られる外部の視点がもつ意義は大きい。
女性役員の登用においては、内部登用の重要性を踏まえつつも、育成のプロセスで社外の視点を取り入れることは重要である。社外人材によるメンタリングは、多様な視点や客観的な判断力を養う有効な手段といえる。こうした多様な視点を持つ役員が増えることで、単なる数値目標の達成にとどまらず、意思決定の客観性を高め、企業ガバナンスの強化につながることが期待される。
- 株式会社 帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査(2025年)」(2025年8月22日)
- パーソルホールディングス株式会社 ウェブサイト「女性経営リーダー育成のためのクロスカンパニーメンタリングプログラムを提供開始~女性リーダー育成やジェンダーギャップ解消を目指し、半年間のプログラムを異業種14 社合同で推進~」(2025年01月27日)
参加企業は、SCSK 株式会社、サッポロビール株式会社、J.フロント リテイリング株式会社、株式会社商工組合中央金庫、第一三共株式会社、パーソルホールディングス株式会社、東日本電信電話株式会社、ビッグローブ株式会社、株式会社ミツトヨ、ヤマハ発動機株式会社ほか - 株式会社リコー ウェブサイト「自律的キャリア形成、ジェンダーギャップ解消に向けた企業横断型クロスメンタリングプログラムを2 年連続で実施」(2025年5月29日)
- 千葉銀行「統合報告書2025 ディスクロージャー誌 ハイライト」、千葉銀行「『TSUBASAクロスメンター制度』の創設について」(2022年8月16日)
TSUBASAアライアンスとは、千葉銀行、第四北越銀行、中国銀行、伊予銀行、東邦銀行、北洋銀行、武蔵野銀行、滋賀銀行、琉球銀行、群馬銀行の10 行が参加する地銀広域連携の枠組み。 - Engels, N., Fischer-Kreer, D., & Brettel, M. (2022) . CHRO firm dinosaur versus CHRO rolegorilla: the effect of CHRO company and role tenure on firms’ social performance. Journal of Business Economics, 92, p929–954.
菅原佑香「戦略人事の鍵となるCHROとHRBPに求められる『質』とは」Insight Plus レポート(2025年3月7日)