マクロ経済・公共政策

高市新総裁の経済政策

公共政策調査部長上席研究員 濱野 展幸

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自民党は10月4日投開票の総裁選で、高市早苗氏を新総裁に選んだ。高市総裁は、10月15日召集とも言われている臨時国会で、第104代内閣総理大臣に選出される見通しだ。高市総裁の経済政策は、「責任ある積極財政」1を特徴とする。本稿では、高市総裁が総裁選で掲げてきた主張・公約を元に、焦点となる経済政策と今後の課題について議論したい。

1.生活の安全保障:物価高対策

ガソリン税と軽油引取税の暫定税率を廃止するとしている。これにより、ガソリン税で約1兆円、軽油引取税で約5,000億円の減収となる。なお、軽油引取税は地方税であることから、高市総裁の公約では「地方財源も確保します」としている。

また、中小企業・小規模事業者が賃上げと設備投資を可能にする環境を掲げる。例えば、現行でも賃上げ促進税制が用意されているが、税額控除であるため、赤字法人には恩恵がない。高市総裁は記者会見で、赤字法人にも手当てをしていくと述べ、助成金などの直接支援策を示唆した。加えて、医療・介護業界の経営環境に懸念を示し、予定されている報酬改定(医療は2026年度、介護は2027年度)を待たずに、改定の検討を前倒すと主張している。

これらの財源には、既に手当されている燃料油価格激変緩和基金の残高約8,000億円と、2024年度の税収上振れ約1.8兆円を充てるとしている。現時点で中小企業対策や医療・介護業界対策の具体的な内容が明らかになっていないため、高市総裁が財源として挙げている基金と税収上振れで必要額を賄えるかは不透明である。加えて、今年度の補正としての財源は確保できたとして、例えばガソリン税・軽油引取税の暫定税率廃止に伴う減収など、恒久的な財政負担をどのようにカバーするか、今後の説明が待たれる。

中長期的な政策課題として、年収の壁の引き上げと給付付き税額控除の制度設計を挙げた。年収の壁の引き上げに関しては、税収減をいかに補うかという課題が付きまとう。また、給付付き税額控除は元々、2012年の「税と社会保障の一体改革」の中で、消費税の逆進性への対策として議論されていたが、最終的に軽減税率で決着した経緯がある。制度設計には多くの論点があることは報道のとおりだが、そもそも恒久的な所得減税(歳入減を容認)とするか、歳入中立(軽減税率の廃止などによって税収は変わらない)とするか、出発点を定める必要があろう。なお、かねて主張していた消費税軽減税率の引き下げについては、「多数意見とならなかった」ということで実質的に取り下げた。

2.経済安全保障の強化と関連産業の育成

経済安全保障に不可欠な成長分野への積極投資を掲げている。具体的には、AI、半導体、ペロブスカイト・全固体電池、デジタル、量子、核融合、合成生物学・バイオ等を挙げており、現行の政府方針2から変わらないと思われる。ただ、対内直接投資に対する姿勢は不透明だ。「骨太の方針2025」では、「2030年に対日直接投資残高を120兆円、2030年代前半のできるだけ早期に150兆円とすることを目指す」としている。投資不足という日本の課題に対し、現在は世界最下位クラスにある対内直接投資の促進は有効策と考えられるが、高市総裁は「海外からの投資を厳格に審査する『対日外国投資委員会』を創設します」としており、やや慎重な考え方にも映る。

3.食料安全保障の確立

石破政権において、「『米を作るな』ではなく、生産性向上に取り組む農業者の皆様方が、増産に前向きに取り組める支援に転換」3しているが、高市総裁も「全ての田畑をフル活用できる環境作り(転作支援から作物そのものの生産支援への転換、精緻な需要予測に応じた米生産の支援・需要の拡大、農地の大区画化、省力化・収量増に資するスマート農業の推進等)」「全国の農林水産物・食品の輸出を促進」「最先端技術を誇る完全閉鎖型植物工場や陸上養殖施設を国内外に展開」と、生産能力拡大に政策の軸足を置くようだ。

4.その他

エネルギー・資源安全保障の強化として、次世代革新炉や核融合炉の早期実装といった原子力の活用を進めることで、エネルギー自給率を高める方針だ。

また、国土強靭化対策してインフラ投資にも力を入れる。

金融政策については、政府が「責任を持たなければいけない」とし、日銀はベストな手段を考えるとしたうえで、足並みを揃えなければいけないと位置付けている。そのうえで、「デフレじゃなくなったと安心するのは早い」とコメントし、早期の利上げをけん制したように見える。

トランプ関税に関わる対米投資については、現状の合意内容を守りつつ、国益に合わないときは協議することを明言した。

5.高市総裁を待ち受ける難路

(1)少数与党下の政策運営

少数与党となっている現状、政策を進めていくためには、野党の協力・賛成が欠かせない。当面の政策として掲げる、ガソリン税と軽油引取税の暫定税率廃止や中小企業への支援に関し、方向性は野党の賛意を得られるだろうが、詳細を詰めるにあたって、「手柄」が欲しい野党に譲歩せざるを得ない場面も考えられる。

(2)財政拡張路線に対する市場の信認

財政に対する信認が低下した場合、国債売り・長期金利の上昇が懸念される。これは先進国でも、自国で通貨を発行していても起こり得ることであり、直近では英国で起きたトラスショック4が記憶に新しい。足元でも、フランスが財政不安から国債が売られ、1999年以来、26年ぶりにイタリアの金利を上回った。高市総裁の政策は基本的に財政拡張であるため、就任時の会見でも「財政の健全化が不要と言ったことはない」と触れたことは、債券市場への一定の配慮を示したものと見られる。足元でも日本の長期金利が上昇している中、市場の反応には注意が必要である。

(3)さらなる物価上昇

物価高への対策は本来、物価を抑えることにある。具体的には需要の抑制(例えば利上げや政府支出の抑制など)か、供給の強化(例えば規制緩和や労働供給、生産性向上に向けた投資など)が政策手段になるはずだ。今の日本の物価高は、コストプッシュの側面が強いため、後者が有効だと思われるが、効果が現れるまで時間を要する。物価高に困っている人や企業に対応する高市総裁の政策には一定の合理性があるものの、あくまで対症療法に過ぎない。こうした対症療法は需要を刺激していることになるため、逃げ水のようにさらなる物価を招きかねず、時間を稼いでいる間に、供給能力を引き上げる成長戦略の実行が急がれる。

 

課題山積の高市新政権だが、当選直後には力強いメッセージを発していた。今後の政策形成と市場対応を注視したい。

  • 高市早苗氏のホームページより。
  • 「経済財政運営と改革の基本方針2025」(いわゆる「骨太の方針2025」)では、「2030年度135兆円、2040年度200兆円という目標の実現に向け、官民一体で国内投資を加速する」とし、GXやDX等の分野に政府が呼び水となる投資をする計画となっている。
  • 第3回「米の安定供給等実現関係閣僚会議」(2025年8月5日)における石破総理の発言。
  • 2022年秋、英国トラス内閣は財源の裏付けがない財政拡張的な政策を打ち出し、金利上昇・通貨安など市場の混乱を招いた。

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