医療DXはどこへ
~患者と医療機関の段階的活用で好循環の形成へ~
1.はじめに
2025年12月2日以降、医療機関で従来の健康保険証が利用できなくなる。患者は、健康保険証として利用登録したマイナンバーカード(以下、マイナ保険証)または保険者から送付される「資格確認書」を提示して受診することとなる。資格確認書は、マイナンバーカードやマイナ保険証を保有しない場合、あるいは有効期限が切れた場合に交付される。そのため、マイナ保険証の保有者は、それを医療機関で実際に利用することが求められる。資格確認書交付者は、従来の健康保険証に代えて資格確認書を持参して医療機関を受診する。
2025年10月時点におけるマイナ保険証の利用率は37.1%にとどまっている1。一方、登録率は70.2%であり、その差分である33.1%相当の利用増加が見込まれる≪図表1≫。これに伴い、医療機関窓口のカードリーダーにおける顔認証トラブル、暗証番号入力の不備、資格確認書の持参忘れなど、各種トラブルが増加し、窓口混雑が発生する可能性が指摘されている。当面の混乱を緩和する目的で、2026年3月末までは期限切れの健康保険証を持参した場合でも保険診療を受け付ける暫定措置が講じられている。患者・医療機関双方のマイナ保険証に対する理解が進み、早期に円滑運用に移行することが期待される。
健康保険証としてのマイナ保険証利用の進展は、医療DX推進に向けた患者側の準備が整うことを意味する。本稿では、まず医療DXに期待される効果と関連施策を整理した上で、各施策の現状と効果を発揮するための課題を概観し、医療DXの現在地を俯瞰的に整理する。
2.医療DXに期待されている効果と関連施策
政府は2022年10月、医療DX推進本部を設置し、医療DXの推進を本格化させた。同本部の目的は、「国民の保健医療の向上」および「最適な医療を実現するための基盤整備」に係る施策の進捗共有・検証等にある2。また、医療DXの推進によって期待される効果を示しており、その効果は「医療安全の向上」、「患者の利便性の向上」、「医療機関の業務効率化」に大別できる。そして、これらの効果を発揮するための具体的施策として、①オンライン資格確認等システム、②電子処方箋管理サービス、③電子カルテ情報共有サービスなど、複数の情報基盤整備が進められている≪図表2≫。
3.各施策の現況と効果発揮に向けた課題
(1)オンライン資格確認等システム
オンライン資格確認等システムは、マイナ保険証や資格確認書を用いて、医療機関が患者の保険資格情報をオンラインで確認できる仕組みである。2023年4月には保険医療機関への導入が原則義務化され、特段の事情がある医療機関を除き導入は完了している。
患者は受診時、顔認証付きカードリーダーにマイナ保険証をかざして受付する。医療機関はオンライン資格確認等システムを通じ、患者の保険資格を確認する。同時に、患者は医療機関による過去の診療・健診情報閲覧への同意可否を選択する。同意が得られた場合、医療機関は患者の過去の診療内容や健診情報を参照し、より質の高い医療を提供できる。また、患者はマイナポータルを通じて自身の診療・健診情報を参照し、アプリ等に連携して健康づくりや生活習慣病予防に活かすことができる。
医療機関側では、失効した保険証に基づく診療報酬請求返戻の防止などにより、事務負担が軽減される。また、マイナ保険証利用が定着すれば、窓口の資格確認が自動化され、事務効率化が一層進むと考えられる。さらに、2025年10月からは救急搬送時に救急隊員が患者の診療・健診情報を参照できる「マイナ救急」制度が開始され、医療安全の向上が期待される。
オンライン資格確認等システムは国内の医療機関に十分導入済みのため、最大の課題は患者によるマイナ保険証の利用促進であった。今後、利用定着が進むことで同システムは期待される効果を発揮すると見込まれる。
一方、同システムで共有される診療・健診情報は月次の診療報酬請求データがベースであるため、反映には1か月以上のタイムラグが生じる。即時性が求められる医療安全や利便性の向上には限界がある。この課題は、電子処方箋管理サービスや電子カルテ情報共有サービスによる補完が期待されている。
(2)電子処方箋管理サービス
電子処方箋管理サービスは、処方箋を電子的に取り扱う仕組みであり、2023年1月に運用が開始された。2025年11月時点の導入率は36.5%にとどまる3。薬局の導入率は86.5%と高いが、医療機関での導入が遅れている(病院17.3%、診療所23.3%、歯科診療所7.0%)。
患者はオンライン資格確認と同様に、顔認証付きカードリーダーにマイナ保険証をかざし、電子処方箋または紙処方箋の発行を選択する。医療機関は、電子処方箋管理サービスを通じて、他院の処方状況を踏まえた重複投薬や併用禁忌のチェックが可能となり、医療安全の向上が期待できる。
医療機関で入力された処方情報はリアルタイムに反映され、他の医療機関、薬局、本人による参照が可能となっている。また、薬局では紙処方箋で必要だった入力作業が削減され、業務の効率化にもつながる。
普及は途上ながら、2025年10月時点の重複投薬等チェック件数は月間約6,598万件であり、重複投薬アラート約1,053万件、併用禁忌アラート15,373件が発生している4。こうしたアラートの活用は医療安全に寄与する。
一方、普及の阻害要因として、以下の点が指摘される。
●電子処方箋発行時に紙の控えの発行が求められ医療機関の業務効率化につながりにくい
●電子カルテの導入・改修が必要でコストが発生する
●2024年12月、医療機関独自の医薬品コードと標準コードとの紐づけ誤りによるシステムトラブルが生じた5。同様のトラブルを防止するため、医療機関システムの独自仕様の点検や調整が必要とされている。
これらの課題は、解決に医療機関の協力・負担を伴うものが多い。そうしたなか政府は、「概ね全国の医療機関・薬局に対し、2025年3月までに普及させる」という従来方針を見直し、2026年夏までに電子カルテと電子カルテ情報共有サービスの普及計画を策定した上で、「患者の医療情報を共有するために必要な電子カルテを整備するすべての医療機関への導入を目指す」方針へ転換している6。
(3)電子カルテ情報共有サービス
電子カルテ情報共有サービスは、医療機関や薬局が電子カルテ情報の一部を共有する仕組みである。2025年2月からモデル事業が開始され、本格運用に向けた法改正等の準備が進められている。
患者はマイナ保険証を用いた受付時に情報共有への同意を行う。医療機関は、傷病名、感染症、アレルギー、健康診断結果等を参照でき、診療に活用することが可能となる。患者本人は、これらの情報と療養上のアドバイスをマイナポータルで閲覧でき、自身の病状の理解や予防行動に活かすことができる。
医療機関は、診療時や健康診断を実施した際にこれらの情報を入力する。入力情報は速やかに共有サービスへ反映され、即時性の高いデータ活用が可能となる。モデル事業における検証を通じて、地域の医療機関間での退院時サマリー・アレルギー情報・感染症情報の共有、紹介状の電子送付など、多様な効果が期待されている。
一方、今後の課題として、以下の点が挙げられる。
●病院・診療所での電子カルテ、共有システムの導入遅れ
●傷病名、検査、アレルギー等のコードの紐づけ誤りのリスク、医療機関システムの独自仕様との調整と改修負担
●病院・診療所における患者に開示される前提での電子カルテの入力負担増
これらの課題についても、解決に医療機関の協力・負担を伴うものが多い点に留意する必要がある。
4.まとめ
健康保険証廃止を契機に、混乱を伴いつつも約7割の国民がマイナ保険証を利用するようになると見込まれる。実際に利用することで効果を体感し、さらなる利用拡大が期待される。一方、医療機関にはシステム導入や正確なデータ入力の負荷が生じる。医療DXは医療安全向上や業務効率化というメリットを医療機関にももたらすが、円滑な導入には補助金や診療報酬上の評価、生成AI等を活用した入力支援による業務負荷の軽減などの追加的支援が必要となる。
現在、電子カルテ情報共有サービスの本格運用に向けた法改正を含む「医療法等の一部を改正する法律案」が国会で審議されており、医療DXの確実な推進を明記する方向で修正が検討されている7。しかし、義務的な利用・導入の促進に頼ると患者、医療機関の不安や不満を呼ぶ可能性がある。患者と医療機関が医療DXの効果を段階的に活用し、効果を実感しながら、マイナ保険証の利用と各種システムの導入・活用が進む好循環の形成が期待される。
- 厚生労働省「マイナ保険証の利用促進等について」(2025年11月)
- 内閣官房「医療DX推進本部の設置について」(2022年10月)
- デジタル庁のWEBサイト(visited Nov. 28, 2025) < https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/electronic-prescription >
- 同上。
- 社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険中央会のWEBサイト(visited Nov. 28, 2025) < https://iryohokenjyoho.service-now.com/csm?id=kb_article_view&sys_kb_id=dfeb4099c32212981c767c877a0131d9 >
- 厚生労働省「電子処方箋・電子カルテの目標設定等について」(2025年7月)
- 厚生労働省のWEBサイト(visited Nov. 28, 2025) < https://www.mhlw.go.jp/stf/topics/bukyoku/soumu/houritu/217.html >
PDF:MB
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