フューチャー・ビジョン

日本企業の「稼ぐ力」向上の鍵を探る
~コーポレートガバナンス改革の向かう先~

特命部長上席研究員 川嵜 隆治

日本では、コーポレートガバナンス改革を通じて株主を意識した経営が浸透し、株主還元が増加してきた。一方で、ROEやPER等は依然として欧米に見劣りし、「稼ぐ力」の向上が課題である。
「稼ぐ力」の強化に向けて、成長投資の促進と取締役会等の機能強化がコーポレートガバナンス改革の重要な論点となっている。これらの対策は中長期の取組となることが予想され、各企業が自社の置かれた環境を踏まえて工夫と努力を重ねることが求められる。政府には、その取組を後押しするとともに、施策のPDCAを継続的に回していくことが期待される。
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1.コーポレートガバナンス改革の現在地

(1)コーポレートガバナンス改革の概略

日本では、長引く経済停滞を受け、第二次安倍政権が2013年に「日本再興戦略」を発表し、「民間の力を最大限に引き出す」こと、そのためにコーポレートガバナンスを見直すこととしたのをきっかけに、2014年にスチュワードシップ・コードが、2015年にコーポレートガバナンス・コードが制定された。

スチュワードシップ・コードは、投資先企業の持続的な成長を促す機関投資家の行動原則を定めるものであり、目的を持った対話(建設的エンゲージメント)、そのために必要な知見・スキル・リソースの確保、議決権行使方針とその結果の開示等を求めている。コーポレートガバナンス・コードは、ステークホルダーと協働して中長期的な収益力の改善を促すための企業の行動原則を定めるものであり、社外取締役の選任、指名・報酬委員会の設置、政策保有株式の保有方針開示、資本施策や資本効率の目標の提示等を求めている。両コードは「車の両輪」と位置づけられ、機関投資家と企業の双方が中長期的な視点に立った建設的対話を通じて、企業価値とリターンの向上を実現する姿を目指している。両コードはこれまで複数回の改訂を経て、現在の枠組みに至っている。

(2)コーポレートガバナンス改革の成果

日本では両コードが制定されてから約10年が経過した。両コードは、「コンプライ・オア・エクスプレイン」が原則であり、自社に適合しない基準については、理由を説明することでコンプライしないことが認められている。もっとも、東証プライム市場では、独立社外取締役を3分の1以上選任する企業が98.1%、指名委員会を設置する企業が95.3%、報酬委員会を設置する企業が92.2%となる等、コーポレートガバナンス・コードの多くの基準が実務上のルールとして定着している1。また、政策保有株式の説明責任や資本効率の目標の提示等を通じて、効率的な経営への意識が社会全体に浸透し、「安定株主である株式持ち合い先企業との関係を重視した経営」から「機関投資家や個人投資家を重視した経営」へのシフトが進んだ。その結果、株主との間でより健全な緊張感が醸成された。

こうした変化を背景に、日本企業の配当金は2014年度の約21兆円から2024年度の約49兆円へと倍増した2。自社株買いを含む株主還元の増加は外国人投資家からの注目を集め、日経平均株価は、2014年度当初の14,870円から2025年9月末時点で44,932円まで上昇している。株価上昇には様々な要因があるものの、日本のコーポレートガバナンス改革がその一翼を担ったことは確かであり、これまでの改革の成果と評価できる。

(3) コーポレートガバナンス改革の課題

一方で、企業の経営効率や成長性を示す企業評価指標からは、「持続的な企業価値向上」は必ずしも順調とは言えない側面が見えてくる。経済産業省の調べ3によると、資本効率を示すROE(自己資本利益率)は、日本の上場企業(TOPIX500のうち403社)では2013年度の約8.3%から2023年度には9.2%に上昇したものの、米国の上場企業(S&P500のうち344社)の約21.2%と比較すると依然として大きな差がある。また、企業の将来の利益成長期待を示すPER(株価収益率)は、日本の上場企業では2013年度と2023年度でほぼ同水準(約16倍)である一方、米国の上場企業は約26倍であり、こちらも見劣りしている。

図表1は、過去10年間の日本企業の売上高と当期純利益、配当金の推移を示している。当期純利益や配当金が過去10年間で2倍以上に増加しているのに対し、売上高の増加は約17%にとどまる。これは、事業の成長・拡大による利益増加というよりも、コスト削減等経営の効率化による利益創出の寄与が大きかったことを示唆する。その利益を主として配当等の株主還元に充ててきた構造であり、「持続的な企業価値向上」と言うには力不足の面がある。

売上高や利益成長期待が伸び悩んでいる背景として、将来の収益獲得に向けた投資不足が指摘されている。図表2は日米の固定資産投資および研究開発投資の推移を、図表3は主要国の実質平均賃金(人材投資)の推移を示したものである。日本では過去10年間、固定資産投資、研究開発投資、実質平均賃金のいずれも横ばいである一方、米国はいずれも増加傾向にある。実質民間設備投資の増加率と実質賃金の増加率は正の相関があることが指摘されており4、その傾向が両グラフにも表れている。将来利益の獲得を目的とした積極的な新規投資がPERや持続的な企業価値向上につながっている米国企業と、新規投資が十分に行われず、企業価値の向上が頭打ちとなっている日本企業という対比的な構図が浮かび上がる。

2.コーポレートガバナンス改革の主な論点

(1)成長投資促進に向けた取組

上記の状況を踏まえ、直近の取組として、2025年6月に金融庁から「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」が公表され、2026年6月までにコーポレートガバナンス・コードの改訂を行うべく検討が進められている。この中で特に重視されているのが、「稼ぐ力の向上」という視点であり、「投資等のための経営資源の配分に関する適切性(現預金を投資等に有効活用できているか等)の検証・説明」や、「人材戦略や従業員給与・報酬の決定に関する方針、従業員給与の平均額の前年比増減率等の開示」を求めることで、設備投資や人材投資を促す方向性を示している。

これらは、いわば「プレッシャーを与える施策」である。日本経済団体連合会(経団連)は、資本や資金の効率性を求める施策の方向性には概ね賛同しつつも、画一的な現預金の圧縮を強制することには慎重であり、企業ごとの戦略や状況に応じた柔軟性の確保が必要という立場である5。すなわち、政府や市場ルールが企業に短期的な対応を強いることで、例えば自社株買い偏重の資本政策に陥らないよう注意すべきという問題認識である。また、経済界からは、コーポレートガバナンス改革の進展によって行き過ぎた株主還元が新たな成長投資を阻害することへの懸念も示されている6

これらの懸念について考察したい。「政府や市場ルールが企業に画一的・短期的な現預金圧縮の対応を求めることで、かえって自社株買い偏重の資本政策に陥る懸念」については、これまで経営の効率性が強く求められてきた結果、不確実性の高い成長投資よりも株主還元が優先されてきた。これは、いわばコーポレートガバナンス改革の副作用である。コーポレートガバナンス・コードの改訂により、投資を後押しする一定の効果が期待される一方で、更なる株主還元偏重へと傾かないよう、企業ごとの戦略や中長期的視点を重視した運用が求められる。タイミングが重要となる大型M&Aや設備投資を中長期的に検討しているケースでは、特に慎重な配慮が必要であろう。

次に、「行き過ぎた株主還元が新たな投資を阻害する懸念」についてである。日本の上場企業の総還元性向は概ね6割前後であり、欧州の上場企業と同水準である一方、米国の上場企業の約9割と比べると低い水準である。また、図表4のとおり、総資産に占める現金および現金同等物の比率は、2024年度時点で欧米の上場企業が約8~9%であるのに対し、日本の上場企業は16~17%と倍近い水準にある。さらに、過去10年間で、日本の大会社の現金・預金残高は増加し続けている7。これらのことから、業界ごとに状況は異なるものの、全体としては「新たな投資を犠牲にして株主還元を行ってきた」とまでは言えない。

つまり、資金が蓄積される中で新たな投資につながらない本質的な理由は別にあると考えられる。第一に、経営の効率性を追求するあまり、中長期の不確実な利益のための投資よりも、短期的に確実な利益を過度に重視する思考である。第二に、株主からの会社成長への期待に応えることよりも銀行借入金の確実な返済を優先する、日本企業に根付いた伝統的な「銀行重視」の経営マインドの名残も考えられる8。第三に、文化的・歴史的背景に由来するリスク許容度の違い等、より長期的かつ構造的な要因も無視できない。しかし、何よりも大きい構造的な要因として、日本企業の一般的な人事・報酬制度では、会社の成長が役職員の処遇に十分反映されにくく、失敗時の責任や処遇への影響を踏まえると、リスクとリターンのバランスが見合わないため、新たな投資に慎重になりがちである点が挙げられる9。特に、機動的な人員調整が可能な欧米に対し、雇用や給与が安定し、人件費が実質的に固定費化している日本では、投資失敗時の企業側のリスクが相対的に大きいという点も加わり、成長投資に踏み出しにくい構造になっていると考えられる。

こうした問題に対し、チャレンジへのインセンティブを高める観点で、2025年1月に経済産業省から、「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 会社法の改正に関する報告書」が示され、これを受けて現在法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会で検討されている会社法改正に注目したい。図表5に注目すべき論点を整理した。従来は非業務執行取締役等のみが対象であった責任限定契約を業務執行取締役にも認めることや、株主代表訴訟提起のハードルを引き上げる内容が検討されている。これらは、経営者の経営判断に伴う経済的リスクを軽減し、積極的な成長投資の意思決定を後押しする施策と位置付けられる。また、現行では取締役・執行役に限られている自己株式の無償交付について、従業員や子会社役員等にも拡大する改正も検討されている。会社全体として株式報酬制度をより簡便に導入できるようになり、役職員の会社成長に対するインセンティブを高める一助になることが期待される。

成長投資に対して優遇措置を講じる「アメ」の施策も有効である。この点、2026年度の税制改正大綱で、国内設備投資に税額控除または初年度の即時償却を時限的に認める大規模な設備投資減税が盛り込まれた。投資初年度の減税効果が大きく、過去に日本で時限的に導入された際にも国内投資の増加に寄与した実績がある手法である10。AI・量子・バイオ等に係る試験研究費の税額控除制度の創設等の施策とあわせ、成長投資拡大への寄与が期待される。

これらの制度を実際に活用するのは各民間企業である。インセンティブとして十分に効果を発揮するよう政府と経済界が連携して推進するとともに、絶えず効果検証を行い、必要に応じて軌道修正しながら対策を進めることが重要である。PDCAを適切に回したうえでもなお効果が不十分な場合には、労働市場の流動化に向けた環境整備等、より抜本的な対策の検討も視野に入れるべきであろう。

(2)取締役会および社外取締役のさらなる役割発揮

コーポレートガバナンス改革を企業の成長に活かすため、取締役会および社外取締役にさらなる機能発揮を求める取組も始まっている。すなわち、独立社外取締役の選任や指名・報酬委員会の設置等の形式面の整備は進んだものの、これらの「実効性」を一段と高め、「稼ぐ力」につなげるという視点の取組である。取組の一環として、経済産業省から2024年1月25日に「社外取締役のことはじめ」が、2025年4月30日に「取締役会5原則」が公表された。これらは取締役としての一般的な心得を整理したものであり、機能発揮が著しく不十分な取締役の底上げという点では一定の期待ができる。他方、これさえあればどのような企業でも急速に成長させられる「虎の巻」という性格のものではなく、本質的な課題解決には別途取組が必要である。

従来、日本において社外取締役に期待されてきた役割は、経営のプロとしての助言というよりも、主として経営の監視役が中心であった。また、株式の持ち合い先や取引先企業の退任役員等の受け入れポストとしての側面も持っていた。このため、弁護士や公認会計士のような専門家や行政出身者等の経営の経験がない人材や、他社の退任役員であっても自社のビジネスに精通していない人材が多く見られた。そして、「経営のプロ」と呼べる人材は数が限られ、十分な役割を発揮するには社外取締役として兼任できる企業数も限界があるため、人材需給がひっ迫しているのが実情である。「稼ぐ力」の向上に向けて取締役会や社外取締役のさらなる機能発揮を求めるにあたっては、こうした背景を踏まえた対応が必要である11

まず、企業が社外取締役に期待する役割、そして社外取締役自身の役割認識を、「経営の監視役」にとどめるのではなく、「経営そのものを担う存在」へとそろえていくことが重要である。指名・報酬委員会における社外取締役の位置づけについても同様である。また、近年話題となっている「社外取締役の育成」については「企業を大きく成長させた経験」と、それによって磨かれた感性が重要だと考える。経営を担ううえでは、机上の理論や制度論だけでは適切な判断を下せない場合が少なくないからである。「経験」は、社外取締役を務める企業の業種や規模、成長ステージと近いことが望ましいが、まず「経験」があることが決定的な意味を持つ。こうした経験を持つ社外取締役の候補者を育成するには、多くの企業がそれぞれ成功事例を創出することが前提となる。そのために前述の成長投資促進の取組が大きな役割を果たす。各企業が成功事例を積み重ねる中で成長した経験者が他社の社外取締役に就くことで、本質的な助言が可能になり、取締役会全体の質的向上につながると期待される。このように、社外取締役や取締役会のさらなる機能発揮は一足飛びには実現せず、日本企業の成長投資促進と表裏一体の課題でもある。粘り強く、中長期的な時間軸で取り組むべきテーマと言える。

3.おわりに

本稿では、日本の「稼ぐ力」の向上の鍵となるコーポレートガバナンス改革の今後の方向性について、主に「成長投資促進」と「取締役会および社外取締役の機能発揮」という二つの観点から考察を行った。

「成長投資促進」については、今後の会社法改正やコーポレートガバナンス・コード改訂による制度基盤の整備、投資促進税制等によるインセンティブが、実際の企業の行動変容につながることが重要である。そのためには、政府や投資家は画一的・短期的な対応を求めるのではなく、各社固有の状況を踏まえた戦略を尊重する姿勢が求められる。また、企業自身も自社の成長戦略に関する信念を持って情報発信を行うとともに、投資家との対話を積極的に行い、認識ギャップがあればそれを埋める努力が必要である。生命保険協会が企業と投資家を対象に実施したアンケート結果からは、企業の自己資本・手元資金の水準に関する認識や、両者の対話の質・量に関する評価にギャップがあることが示されており、対話による相互理解がなお不十分である実態がうかがえる12

「取締役会および社外取締役の機能発揮」については、中長期の取組となるだろう。まず、企業からの社外取締役への期待と、社外取締役自身の役割認識が、高いレベルで一致することが前提となる。そのうえで、日本企業の成長投資促進を通じて「経営のプロ」人材が増え、そのような人材が社外取締役として活躍することで取締役会の機能がさらに高まり、「稼ぐ力」が日本全体に広がるという好循環が実現することを期待したい。

  • 東京証券取引所「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025」(2025年4月)
  • 法人企業統計調査の全産業データをもとに算出。
  • ROE、PERともに経済産業省「持続的な企業価値向上に関する懇談会中間報告」(2024年6月)
  • 経済産業省「経済産業政策新機軸部会 第4次中間整理 概要 ~成長投資が導く2040年の産業構造~」(2025年6月)
  • 経団連ホームページ「「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクションプログラム(案)」に対する意見」
  • 経済同友会ホームページ「新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨」(2025年6月)
  • 法人企業統計調査 金融除く全産業データをもとに算出。
  • 経済産業研究所「銀行企業間関係がイノベーションに及ぼす影響」西村 陽一郎、鈴木 健嗣(2025年5月)
  • 「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト 最終報告書(2014年8月)
  • ニッセイ基礎研究所基礎研レポート「顕著な政策効果を発揮するアベノミクスの設備投資減税政策」(2014年8月)
  • BAIN & COMPANY「日本企業の社外取締役とガバナンス:現状と今後のあり方」火浦俊彦、石川順也(2016年2月)
  • 生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2024年度版)」(2025年4月)

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