
(注)調査を行った街区公園(1993年法改正以前は児童公園)1ヶ所あたりの休日および平日の平均利用者数。
(出典)国土交通省「都市公園利用実態調査」より作成
子どもの外遊びをめぐる環境は、安全管理の強化や周辺住民への配慮要求の高まりの中で大きく変化している。本稿では、「遊びの権利」の理念の形成過程と、日本における外遊び政策の変遷を整理した。欧州では、冒険遊び場の実践を背景に、「遊び」は子どもの発達に不可欠な営みであり、保障されるべき権利であるとの認識が広がり、その考え方は児童の権利に関する条約第31条や一般的意見第17号に反映された。日本では、2023年のこども基本法等を通じて、こどもを権利の主体として位置づける枠組みが整備された。一方で、児童遊園や街区公園では、安全管理の強化や周辺住民への配慮要求の高まりを背景に、遊具の撤去や利用制限が増え、子どもの利用は停滞している。こうした課題に対しては、欧州において先行的な取組が積み重ねられており、英国ではRBA(Risk-benefit Assessment)が導入され、ドイツでは子どもの声を社会的に受容する法整備が進められてきた。今後は、遊びを権利として位置づける理念を地域の遊び空間の管理運営や利用ルールに具体化し、遊びの価値と安全性のバランスを図りながら、子どもが主体的に遊び、挑戦できる環境を確保していくことが求められる。
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目次
幼児期の外遊びは、その後の運動習慣や体力形成の基盤として重要な意味を持つと考えられている1。また、外遊び経験が豊富な子ども2ほど、探究力が高い傾向が示されるなど、我が国では外遊びの重要性が改めて注目される一方で、自分が子どもの頃と比べて遊ぶことのできる場所が少なくなっていると感じる保護者は多い3。子どもの外遊びを取り巻く環境は、大きく変化している。背景には、都市化や少子化、インターネット利用時間の増加といった生活環境の変化に加え、遊具事故への懸念、近隣住民への配慮要求の高まりなど、子どもの外遊びを取り巻く社会環境の変化がある。
遊びは単なる余暇活動ではなく、主体性、社会性、創造性、自己肯定感などを育む重要な営みとして、国内外でその意義が改めて注目されている。とりわけ、子どもが自ら遊びをつくり出し、挑戦や試行錯誤を経験する外遊びの価値は、重視されるようになっている。
こうした中、「児童の権利に関する条約」第31条が定める「遊びの権利」に改めて注目が集まっている。日本でも、2023年のこども家庭庁発足や「こども大綱」の策定を通じて、遊びをこどもの健やかな成長の基盤として位置づける方向性が示されている。
本稿では、こうした「遊び」をめぐる理念の広がりの過程と、日本における外遊び空間の変遷を整理した上で、プレーパークを含む今後の遊び環境のあり方について考察する。
冒険遊び場は、1943年、ナチス・ドイツ占領下にあったデンマーク・コペンハーゲン郊外に開設された「エンドラップ廃材遊び場」を起源とする。これは、造園家カール・ソーレンセン(Carl Theodor Sørensen, 1893–1979。デンマーク王立アカデミー教授も務めた。)の「子どもは、きちんと整備された遊び場よりも、廃材が置かれた場所のような環境でこそ生き生きと遊ぶ」という着想に基づいて生まれたものである。ソーレンセンは、都市化が進展する中で、子どもに創造的な遊びの機会を与えたいと考え、公園を単なる「造形空間」ではなく、人々が主体的に関わる「社会的空間」として捉えるべきだと主張していた。
第二次世界大戦後の1945年には、イギリスのレディー・アレン・オブ・ハートウッド(Lady Allen of Hurtwood, 1897–1976。児童福祉活動家・造園家として知られる。以下、「アレン夫人」という。)がエンドラップ廃材遊び場を訪問した。アレン夫人は、戦災で破壊された土地を子どもの遊び場として利用するという発想をイギリスに持ち帰り、1950~60年代にかけて、イギリス各地で「冒険遊び場」の整備を主導した。
こうした取組は、その後、スイス、ドイツなどヨーロッパ各国にも広がり、それぞれの地域の文化や自然環境を活かしながら発展していった4。
ヨーロッパ各地で都市化が進展する中、アレン夫人をはじめとする冒険遊び場の実践者たちは、子どもの遊ぶ環境が失われつつあることに強い危機感を抱くようになった。こうした背景のもと、1961年、ソーレンセンを初代会長として、「国際遊び場協会(IPA:International Playground Association)」が設立された。
IPAは、設立当初は冒険遊び場の実践や運営ノウハウの共有を主な目的としていたが、1970年代に入ると、国際的な子どもの権利論の高まりを背景に、「遊び場」だけでなく、「遊び」そのものを社会的・政策的課題として位置づけるようになり、国連機関との連携も深め、UNESCOやUNICEFの協議資格を有する国際NGOとして活動を展開していく。1977年には、1979年の「国際児童年」を前に、IPAとして「子どもの遊ぶ権利に関する宣言」を公表した。この宣言では、「遊びは、すべての子どもの可能性を伸ばすために不可欠であり、コミュニケーションと表現の手段であるとともに、本能的・自発的・自然発生的な活動であり、生きることを学ぶ手段である」と述べられている。
国連では、1959年に「児童の権利に関する宣言」が国連総会で採択された。これは、1924年に国際連盟が採択した「ジュネーブ児童権利宣言」5を基礎として作成された、法的拘束力を持たない宣言である。この「児童の権利に関する宣言」第7条には、「児童は、遊び及びレクリエーションのための充分な機会を与えられる権利を有する」と規定されており、国連総会が採択した子どもの権利に関する文書として初めて、「遊び」が明示的に位置づけられた。
その後、国連は「児童の権利に関する宣言」採択20周年を記念し、1979年を「国際児童年」と定めた。これを契機として、子どもの権利に対する国際的関心が高まり、子どもの人権を包括的に保障する国際条約の策定に向けた議論が本格化していく。1978年には、ポーランド政府が国連人権委員会に「児童の権利に関する条約」草案を提出し、その後、約10年にわたり各国政府やNGO等による検討が行われた。そして1989年、「児童の権利に関する条約」が国連総会で採択されるに至った。第31条には、「児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行う権利」が位置づけられた。
第31条(休息、余暇及び文化的生活に関する権利)
1 締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。
2 締約国は、児童が文化的及び芸術的な生活に十分に参加する権利を尊重しかつ促進するものとし、文化的及び芸術的な活動並びにレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励する。
もっとも、第31条は、生命に関する権利や教育を受ける権利、虐待からの保護といった他の権利と比べ、重要性が低いものとして扱われることも少なくなかった。そのため、第31条は「forgotten right(忘れられた権利)」とも呼ばれ、長らく十分な注目を集めてこなかった6。こうした状況を受け、2013年、国連児童の権利委員会は、第31条の意義について理解を深め、その実施を促進することを目的として、「一般的意見第17号」(以下、「意見」という)を採択した。
この意見では、「遊び」を、子ども自身によって開始され、制御され、構成される活動であり、内発的動機に基づき、それ自体を目的として行われるものと位置づけている。また、遊びの特徴として、楽しさ、不確実性、挑戦、柔軟性、非生産性などを挙げたうえで、遊びは児童期の喜びに不可欠であるだけでなく、身体的・社会的・認知的・情緒的・精神的発達にとって不可欠な要素であると強調している。さらに、こうした権利を実現するためには、「大人の過度な管理や統制から解放された遊びの時間と空間」や、「多様で挑戦的な環境の中で、必要に応じて支援的な大人にアクセスできる状態で、付き添いなしに屋外で遊ぶ機会」が必要であるとしている。その上で、こうした遊びの実現を妨げる要因として、遊びの重要性に対する認識不足、公共空間における子どもへの寛容さの低下、リスクと安全のバランスをめぐる課題、学業重視による時間不足、過度に予定化された生活、スクリーン利用の増加などを指摘している。
この意見の作成には、IPAが各国の実践事例や専門的知見を提供するなど、内容形成に大きく関与したとされる7。この意見は、遊びについての権威ある解釈を示しただけでなく、遊びの環境を整えるために締約国が果たすべき役割を具体的に示した点に大きな意義がある。とりわけ、「忘れられた権利」とされてきた第31条を、国際的な政策課題として改めて位置づけ直した点は重要である。2010年代以降、IPAを含む子どもの遊びに関わる国際的ネットワークの働きかけを背景として、第31条の理念は各国の政策にも徐々に反映されるようになった8。
1989年に採択された児童の権利に関する条約について、日本は1990年9月に署名し、既存の国内法制との整合性について慎重な検討を行うとともに、国会審議を経て、1994年4月に批准し、158番目の締約国となった。この条約に規定された内容の多くは、既に締結している国際規約に規定されていることや、当時の国内法によって保障されていることから、条約の批准に当たっては、国内法との整合性を保つために、一定の留保を付しつつも9、国内法令の改正又は新たな国内立法措置は行わなかった。
また、条約締結をめぐる国会審議の過程において、第31条に関する議論が大きく深まることはなかったが、「余暇、遊び、レクリエーションは、子どもの発達または心身の健康のために不可欠のものだが、受験戦争の中で、小学生の余暇・遊びの時間が削られ、子どもたちの体力・運動能力が十年前に比較し劣っている」ことを指摘し、その原因として、公園やレクリエーション施設の不足を指摘する議論は一部に見られた。
条約の批准に当たっては、「現行国内法制によって保障されている」という認識に基づき、法令改正や立法措置を行わなかった日本政府だが、同時に「児童の人格の完全なかつ調和のとれた発達が確保され、社会の中で個人として生活できるようにするためには、国内法制の下に、実体面において児童の保護及び福祉をより一層充実させていくことが重要である。児童の権利に関する条約の批准は、その効果的な実現に向けた施策の充実を図る契機となっている。」とも述べている。以下で、日本政府が「児童の権利に関する委員会」に提出した報告書10にのっとり、子どもの権利に関する主な国内法制や外遊び施設の制度の変遷を見ていく。関連する施設について報告書では、厚生労働省所管の児童福祉施設や文部科学省所管の社会教育施設が列挙されているが、ここでは全国各地に整備された代表的な外遊び施設として児童遊園と児童公園を取り上げる。
①児童福祉法
1947年に制定された児童福祉法は、戦後の混乱の中で戦災孤児等の急増や乳幼児の健康悪化に対応し、これらの保護の万全を期すとともに、児童の福祉を国家として保障することを目的として制定された。その際、同法第40条において、児童館や児童遊園を「児童厚生施設」と位置づけ、遊びを通じて健康増進や情操の涵養を図ることが記されていた。
しかし、制定時の理念規定には、児童を権利の主体として位置づける視点や、児童の最善の利益を優先して考慮すべきことを明示する規定がなく、権利保障の観点が十分に明確化されていないとの課題が指摘されていた11。そのため、2016年の「児童福祉法等の一部を改正する法律」において、1994年に批准した児童の権利に関する条約の精神を踏まえ、児童は、適切な養育を受け、健やかな成長・発達や自立が図られること等を保障される権利を有することを冒頭に位置付け12、その上で、国民、保護者、国・地方公共団体が、それぞれこれを支える形で、児童の福祉が保障される旨を明確化した。
②子ども・若者育成支援推進法
2010 年に施行された「子ども・若者育成支援推進法」(以下、「子若法」という。)はニートや引きこもりなど若者の自立をめぐる問題が深刻化する中で、児童の権利に関する条約の理念にのっとり、総合的な子ども・若者育成支援のための施策を推進することを目的として制定された。
この法律に基づき、2010年に決定された「子ども・若者ビジョン」13において、基本的な方針の冒頭に、「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の理念にのっとり,子ども・若者の個人としての尊厳を重んじ,発達段階に応じてその意見を十分尊重するとともに,その最善の利益が考慮されることが確実に保障されることを目指す。」としていた。
2016年に決定された第二次「子ども・若者育成支援大綱」では、冒頭部分で「子供・若者の育成支援は,家庭を中心として,国及び地方公共団体,学校,企業,地域等が各々の役割を果たすとともに,相互に協力・連携し,社会全体で取り組むべき課題である。その際には,一人一人の子供・若者の立場に立って,児童の権利に関する条約等に示されている子供・若者の人権の尊重及び擁護の観点も踏まえ,生涯を見通した長期的視点及び発達段階についての適確な理解の下,最善の利益が考慮される必要がある。」と同年に改正された児童福祉法の趣旨を滲ませている。
2021年に改訂された第三次大綱では、子どもの自殺者数の増加など孤独・孤立問題の顕在化を背景に、児童の権利に関する条約を引用した法律の先駆けである子若法の理念を改めて認識し、子ども・若者の人権・権利の保障を徹底することが求められる状況であるとしている。
ただし、子若法に基づく三次に渡る大綱において、「遊び」については、主に子ども・若者の成長のための社会環境整備の施策の一つとして、公園遊具の安全点検等を通じ、子どもが安全に外遊びできる環境の整備を推進する旨が記載されたに過ぎない。
③こども基本法
少子化や人口減少に歯止めがかからず、児童虐待相談件数が過去最多になるなど、こども14を取り巻く状況が深刻となる中、常にこどもの最善の利益を第一に考え、こどもに関する政策を強力に進めることが急務との認識の下、2023年には、閣法による「こども家庭庁設置法」が成立し、こども政策の司令塔として「こども家庭庁」が発足した。これと軌を一にして、自民・公明両党の議員立法により「こども基本法」が制定された。「こども基本法」は、従来、国の関係省庁、地方自治体において進められてきたこどもに関する様々な取組を講ずるに当たっての共通の基盤となるものとして、こどもの権利条約の精神にのっとり、こども施策を社会全体で総合的かつ強力に実施していくために制定された包括的な基本法である。
この「こども基本法」によって、前述の「子ども・若者育成支援推進大綱」は、「少子化社会対策大綱」及び「子供の貧困の解消に向けた対策に関する大綱」とともに、「こども大綱」に一元化された。こども大綱では、「全てのこども・若者が、日本国憲法、こども基本法及びこどもの権利条約の精神にのっとり、(中略)身体的・精神的・社会的に幸せな状態(ウェルビーイング)で生活を送ることができる『こどもまんなか社会』」を掲げ、こどもを権利の主体として明確に位置づけた。その上で、遊びや体験活動については、こども ・若者の健やかな成長の原点であり、ライフステージを通じて様々な遊びができるよう、遊びや体験の機会・場を意図的・計画的に創出していく視点を打ち出している。ここに至って、ようやく国内法制において、条約の理念や遊びの重要性を正面から受け止める枠組みが整ったと言えるだろう。
以下では制度の成立順に、まず児童遊園、次に児童公園(のちの街区公園)を整理する。
① 児童遊園
児童遊園は、1947年に制定された児童福祉法に規定される児童厚生施設で、児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操をゆたかにすることを目的とする屋外型の施設である。同年に厚生省が示した「児童福祉施設最低基準」において、「児童遊園等屋外の児童厚生施設には、広場、ぶらんこ及び便所の他、必要に応じ砂場及び滑台をもうけること」とされた。
法律制定当初は、児童福祉施設は単位コミュニティ自身の責任において設置すべきものという思想から、設置に関する国からの補助はなかった16が、1958年度から1964年度まで遊具等設備費について国の助成措置が講じられた17ことで、1958年に575箇所だった児童遊園は、1968年には3331箇所と大幅に増加した18。この間、厚生省は遊び場の不足による児童の交通事故増加や体力低下等を背景に遊び場不足の解消とその設備改善についての社会的要請が強まっていることに対応し、児童遊園の設置促進と設備の拡充改善を図るため、1965年に「標準的児童遊園設置運営要領」を定めている。要領では、児童公園よりも小規模な遊び場である児童遊園について、敷地を「原則約660㎡以上」とし、児童遊園の標準的設備としては、「広場、ブランコ、砂場、滑り台、ジャングルジム、ラダー、低鉄棒及びシーソー、ベンチ、便所及び飲料水設備、さく及び照明設備」を列挙している。1965年度からはこの要領で示す基準に該当する児童遊園の設備費及び土地購入費に対し、国民年金積立金を原資とした低利融資の措置を講じ、設置促進を図った。その後、1970年代に建設省主導による都市公園等整備事業が急速に進められると、児童遊園は都市公園法による児童公園の補完的な役割を果たす施設と位置付けられ、1980年代以降は減少の一途をたどる19。
1994年には、都市化の進展、地価高騰を背景に、遊び場の確保がきわめて困難となっている状況に鑑み、1965年の「標準的児童遊園設置運営要領」においては「原則約660㎡以上」としていた敷地面積を「原則約330㎡以上」とする改定が行われた。
② 児童公園(街区公園)
戦後、政府は「戦災復興都市計画」を促進する中で、市街地の用途や空地の配分等を決める「緑地計画標準」を示し、児童公園については、近隣公園とあわせ戦災区域の5%を児童公園とすることとした。そして、建設省の「公共空地事業」として児童公園への国庫補助が認められ、児童公園の整備が本格化していく。1949年には都道府県知事あてに、この公共空地事業推進に当たり、児童公園は児童遊園と密接な関係を有しているので、設備・場所の選定や運営について、児童遊園の担当部局やその基準も勘案するよう厚生省と建設省の局長が連名で通知を発している。
しかし、公園の整備を進める一方でそれを管理する制度が存在しなかったため、整備された公園の荒廃・潰滅が相次いだことへの反省から、1956年に都市公園法が制定され、都市公園の設置・管理に関する制度が整備されることとなる。同法施行令において、児童公園は「もっぱら児童の利用に供することを目的とする都市公園」と位置付けられ、敷地面積は2,500㎡を標準として定められた。また、公園施設として「少なくとも児童の遊戯に適する広場、植栽、ぶらんこ、すべり台、砂場、ベンチ及び便所を設けるものとする」という規定が明示された。
1972年には急速な都市化や人口集中の進展に伴い、生活環境の悪化や公害問題が社会問題化する中、良好な都市環境の形成に向けて都市公園等整備緊急措置法が制定され、同年を初年度とする都市公園等整備五箇年計画が決定された。以降30年間で第六次に至る計画の下で都市公園の整備が集中的に進められた20。
この間、公園面積の拡大が進められる一方で、都市公園法の下で、都市公園を公共施設として厳格に維持管理する仕組みの導入21による公園行政の硬直化の弊害も指摘されていた。2003年には社会資本整備重点計画法が成立し、都市公園等整備五箇年計画は、社会資本整備重点計画へと引き継がれた。そこでは、都市公園の量的拡大よりも、既存ストックの質的充実や適切な管理運営が重視されるようになり、2010年に創設された社会資本整備総合交付金や2012年に創設された防災・安全交付金において、都市公園事業は基幹事業の一つと位置づけられた。以降の公園施設の整備・更新・長寿命化は、この制度を通じて推進されていく。
なお、1993年には、高齢化社会の進展等、社会情勢の変化に伴い、それまで「児童公園」として設置されてきた都市公園については、街区22内に居住する住民の最も身近に存在する公園として、児童に限らず幅広い年齢層の住民による日常的な利用に供される場として、利用者を限定する規定及び名称を廃止し「児童公園」から「街区公園」と改められた23。
児童遊園は1950年代後半から1970年代にかけて整備が進められ、ピーク時には約4800箇所となったが、その後減少傾向が続き、2024年時点で約1,900箇所となっている。この背景には、1970年代に都市公園等整備事業が急がれた際、児童遊園も設置促進が図られたものの、児童遊園は都市公園法による児童公園の補完的な役割と位置付けられてきたことに加え24、永続的な施設として所有権の取得が原則とされる都市公園とは異なり、児童遊園は民有地を借りて開設されることも多く、土地所有者から返還要求を受けて廃園となる例も多いことに象徴される制度的な脆弱さが背景にあろう。
また、児童遊園は小規模な施設であることが多く、公園の中でも独立した政策対象として位置づけられる場面は限定的であった。このため、児童公園(街区公園)に比べ、計画的整備や管理運営に関する議論の蓄積が十分でないまま推移してきた側面がある。
実際、近年のこども家庭庁の調査では、設置管理主体の市区町村が「子どものための屋外遊び場」という児童遊園特有の位置付けを理解し活かす取組をしている例はあまり見られず、設置管理者にとって街区公園と明確な違いが認識されていない現状が確認されている。厚生労働省が実施する毎年の社会福祉施設等調査で全数把握がされているが、全数以外の実態把握はほぼされていない25。
街区公園は、2024年3月時点で92,677箇所14,742haとなっており、箇所数・面積とも微増傾向が続いている。しかし、街区公園の利用者数は、1990年代前半まで平日・休日ともに大幅な減少が続き、その後は低水準で横ばい傾向にある《図表1》。

(注)調査を行った街区公園(1993年法改正以前は児童公園)1ヶ所あたりの休日および平日の平均利用者数。
(出典)国土交通省「都市公園利用実態調査」より作成
利用者構成をみると、1990年代前半に大人の利用割合と子ども(中高生以下)の利用割合が逆転して以降、子どもの割合は約4割で推移している《図表2》。子どもの内訳をみると、小学校上級と中高生については一貫して低下傾向にある《図表3》。これは、自ら遊び場所を選択し行動できる年齢層の子どもが、街区公園を遊びの場として選ばなくなりつつあることを示している。


(注1)調査を行った街区公園(1993年以前は児童公園)の休日の利用者構成。「子ども」は中高生以下。
(注2)四捨五入をしているため、合計が100にならない場合がある。
(出典)国土交通省「都市公園利用実態調査」より作成
この背景には、1993年の法改正により、街区公園が専ら児童の用に供する公園ではなくなり、政令で定められていたぶらんこやすべり台等の必置規制が廃止されたことがあると考えられる。加えて、1990年代後半には、設置から長期間経過した遊具による事故が社会問題化し、必置規制の廃止も相まって、子どもの遊びを促進する遊具の撤去が相次いだことが、公園の魅力低下の一因となった可能性がある。
公園を利用する子どもの減少は、少子化の影響も多分にあるだろう。しかし、公園における子どもの学齢前から中高生までの利用者数は少子化による人口減少を上回るペースで減少していると指摘されている26。また、近年インターネット利用の低年齢化が進み、子どもが趣味・娯楽目的でインターネット利用する時間が増加傾向にあるといった生活面での変化も、子どもの外遊びが減少している背景にあろう。一方で、子どもが外遊びから遠ざかる要因として、外遊びの場である公園に安全確保や周辺住民への配慮が求められる中で、子どもにとって外遊びの空間が変容してきた点を見落としてはならない。本稿では、子どもの外遊びに直接的かつ大きな影響を及ぼしている安全確保の要求の高まりと周辺住民への配慮に特に焦点を当て、その変化を見ていく。
①遊具事故の社会問題化と安全管理指針の整備
1990年代後半に遊具による事故が社会問題化し、1998年には建設省が初めて「都市公園における遊具等の安全管理に関する調査」を行い、「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」(以下、指針という。)の原案の検討を開始し、2002年に公表した。指針において、都市公園の遊具について27、「冒険や挑戦、社会的な遊びの機会を提供し、子どもの遊びを促進させる。子どもが冒険や挑戦のできる遊具は、子どもにとって魅力的であるばかりかその成長に役立つものである」としつつ、リスクを適切に管理するとともにハザードの除去に努めることを基本として、管理者の役割や各段階(計画・設計、製造・施工、維持管理、利用)での安全対策の考え方を示した28。また、公園遊具メーカーを会員とする一般社団法人日本公園施設業協会が、国の指針の基本的な考え方を踏まえ、遊具に関する技術並びに経験・知見を活かして、「遊具の安全に関する規準」を策定・改訂しており、この内容も国土交通省から地方公共団体に情報提供されている。
②遊具事故を契機とした遊具撤去の拡大
国土交通省29において指針の原案が検討されていた2001年に、ゆりかご型ぶらんこの事故30をめぐる裁判が世間の注目を集めた。横浜地裁において、ゆりかご型ぶらんこによる事故として初めて、被災者である原告の主張を全面的に認め、遊具メーカーとその設置管理者である藤沢市に損害賠償を課した事案である。控訴審の東京高裁ではメーカーと市の責任を否定し、原告の逆転敗訴となったものの、市の責任を認めた第一審の判決の影響は大きかった。この事案を受け、国土交通省のみならず、厚生労働省や文部科学省等関係省庁において所管する施設におけるゆりかご型ぶらんこ等の遊具の設置状況や遊具による事故の全国調査が進められると、藤沢市をはじめ全国の自治体でゆりかご型ぶらんこを廃止する動きが相次ぎ、2001年以降、ゆりかご型ぶらんこや、同様に事故の多かった回転塔(回転しながらぶら下がって遊ぶ遊具)が急速に減少していく。
③老朽化対策と安全管理の強化
2000年代以降、こうした事故を契機とした遊具の撤去が相次いだが、自治体においては財政上の制約から老朽化した遊具の適切な維持管理が困難となり、利用禁止や撤去が行われるケースも少なくなかった。こうした状況を受け、国土交通省は2014年に、老朽化した遊具等の更新を促進するため、「公園施設長寿命化対策支援事業」を創設した。これは、自治体が策定する「公園施設長寿命化計画」に基づき、遊具を含む公園施設の更新・撤去等に要する費用を支援する事業である31。
さらに2018年には、都市公園法の改正により、都市公園に設置された遊具等について、予防保全による長寿命化・安全対策の徹底を図るため、年1回の定期点検を実施するとともに、その点検結果や修繕内容を履歴書として記録・保存することが義務付けられた。これにより、自治体は、国の法令に基づく定期点検や劣化診断など、より体系的な安全管理が求められることとなった。また、「公園施設長寿命化計画」の策定・更新の過程で、各遊具について、更新・撤去・使用禁止等の判断を行う必要性も高まったと言える。
その結果、現在では、ゆりかご型ぶらんこ、回転塔、ジャングルジムなど子どもが利用する遊具は撤去や複合化が進む一方で、高齢者を含む大人を主な利用対象とした健康器具系施設の設置が増加している《図表4》。

(出典)国土交通省「都市公園等における遊具等の設置状況・安全点検実施状況」より作成
④欧州におけるRBAの導入と普及
遊具事故をめぐる海外の動向に目を転じてみる。イギリスでは、1990年代以降、遊具の事故に関する報道をきっかけに遊具事故や安全管理をめぐる社会的関心が高まる中で、事故や訴訟への過度な懸念が、かえって子どもの遊びの機会を狭めているとの問題意識が広がった32。そのため、2000年代以降、傷害リスクのみならず、遊びによって得られる楽しさ、健康、自信、幸福感といったベネフィットを併せて評価する「Risk-benefit assessment(RBA)」の考え方が提唱され、現在では欧州の遊具・遊び場の安全基準や点検実務にも反映されている33。
①ボール遊びや騒音をめぐる課題の拡大
2000年代以降、都市公園等では遊具の安全管理に加え、ボール遊びや騒音をめぐる周辺住民等との調整が管理運営上の課題として意識されるようになる。公園を管理する全国の自治体では、条例における「危険のおそれのある行為」や「他人の迷惑となる行為」など「管理に支障がある行為」を禁止する規定を根拠に、ボール遊びの利用制限や騒音に関する注意看板を設置する動きが拡大していった。
②画一的な利用制限の広がり
実際の運用においては、規程上の禁止行為である「球技等を集団又は複数でする行為」や「金属又は木製バット及び硬球を使用して球技をする行為」に該当しない、「子どもたちが数人で軟式ボールやビニール等のボールを使用して行うキャッチボールなどの遊び」についても、自治体としては認められるとの見解を示していても、他の公園利用者の安全性等の問題から、公園にボール遊びを禁止する看板が設置されているといった事例も少なくない34。自治体として周辺住民等の多くの要望・苦情等に対する中、苦情発生やトラブルを未然に防止するために画一的な標示の看板を設置した《図表5》ことで、公園は禁止事項が多く規制が多い空間との受け止めが広まった面は否めない。

(出典)国土交通省「都市公園の柔軟な管理運営のあり方に関する検討会」第1回資料より
③国による柔軟な管理運営への転換
国土交通省では、こうした状況を踏まえ、少しでも迷惑となる可能性がある行為を一律禁止としてしまうような画一的な管理は望ましくないとして、2022年に「都市公園の柔軟な管理運営のあり方に関する検討会」を開催した。検討会においては、今後の都市公園が「使われ活きる公園」となるべく、誰もが快適に過ごせる公園管理のあり方等の検討を進め、公園の多様性を踏まえたきめ細かなルールや仕組みを設けながら、柔軟な管理運営を進めることが重要であるとの提言をとりまとめた。具体的には、「様々な利活用ニーズに対応するために画一的な利用ルールの見直しを促進する取組」や「利用者・地域住民等の合意形成を基に公園ごとの利用に関するローカルルールづくりの普及を図る取組」を進める必要があるとし、国土交通省としても、好事例集や取組を進めるためのポイントの周知に努めている。
④自治体ごとに異なる運用実態
日本で最初のプレーパークが開設された世田谷区でも、一部の公園でマナーの悪い利用により利用制限につながる看板を設置せざるを得ない状況があるとしつつも、2023年に「公園における看板標示ガイドライン」を策定し、看板標示は著しい利用制限となる可能性もあるため、公園の価値を損なわないよう表現に留意する必要があるとし、既存の看板標示についても更新時に随時内容の修正を検討する方針を打ち出している。この世田谷区の取組は、国土交通省が提言で示した画一的な利用ルールの見直しという方向性を実践に移した事例の一つと言えよう。
ただし、国が示す方向性を利用ルールや運営へと落とし込む主体は、設置管理者である自治体である。このため、自治体ごとの問題意識や地域事情の違いを背景として、取組状況には温度差がみられるのが実情だ。
⑤ドイツにおける「子どもの声」の法的保護
ドイツでは、保育施設や遊び場から生じる子どもの声をめぐる訴訟等を背景として、2011年に連邦イミッション防止法を改正し、「子どもの声は原則として有害な環境影響ではない」ことを明確化した。これは、子どもの遊びや育ちを社会全体で受け止めていこうとする姿勢を、法律上明確に示したものと言える。こうした法整備によって、行政機関の訴訟リスクの低減だけでなく、地域住民との合意形成を進めやすくする効果も期待されている。
近年の安全管理の要求の高まりや、利用制限や禁止事項の増加など、公園における子どもの遊びに制約が強まる中で、子どもの主体的な遊びや挑戦の機会を確保しようとする市民的実践として、プレーパークが再評価されている。プレーパーク35とは、公共の場である公園の中などに設けられる冒険遊び場であり、禁止事項をできるだけ取り払い、自由な雰囲気の中で子どもが思いきり好きなことをやれるようにした遊び場を指す。
我が国における冒険遊び場づくりは、都市計画家の大村虔一・大村璋子夫妻がアレン夫人の著書に感銘を受け、その著書を日本語に翻訳するとともに、1974年にイギリス、デンマーク、スイス等を訪問し、ヨーロッパ各地で見た冒険遊び場を日本でもつくろうと取組を始めたことに端を発する。1975年に大村夫妻をはじめ子どもの育つ環境に不安を抱く父母たちが世田谷区の場所を借りて夏休みの遊び場づくりの取組を始めた。その実践を経て、1979年に、東京都世田谷区における国際児童年記念事業として36「羽根木プレーパーク」が開設された。なお、1979年は、日本の冒険遊び場づくりに関わる人たちが集まりIPA事務局長を招いて講演会を開いたことを契機として、日本の遊びの状況の改善に向けた取組を行うため、IPA日本支部が発足した年でもある。1980年には、羽根木プレーパークが区の継続事業として位置付けられ、日本初の常設のプレーパークとなった。世田谷区が住民に事業運営を委託する形式が採用され、その後世田谷区内には同様の形式で2005年までに3つのプレーパークが開園することなる。
こうした世田谷区の取組が報道で取り上げられることが増え、全国各地で世田谷区の取組をモデルに、運動が展開されていく。1998年に、羽根木プレーパーク20周年を記念して開かれた「第一回冒険遊び場全国研究集会」をきっかけに冒険遊び場づくりを支援する全国組織結成の機運が高まり、翌年の1999年にはIPA日本支部内に「冒険遊び場情報室」が設立された。2003年にはこの組織を前身として「NPO法人日本冒険遊び場づくり協会」が発足し、現在に至るまで日本全国の冒険遊び場づくりを支援する活動を行っている。
協会の調査によると、1998年時点で56団体だった冒険遊び場づくりの活動団体は、2024年時点で542団体まで増加している。運営主体は、ボランティア団体やNPO団体による運営が多く、遊び場を常設している団体は2割弱ある一方、8割以上が非常設で、開催頻度も年数回から週5日以上と幅がある。活動場所は、約8割が街区公園・児童遊園等の公共の場所を利用している。
①多様で自由な遊び
プレーパークでは、自然を素材とした遊び、工作遊び、伝承的な遊び、スポーツ的な遊び、さらにそれらに分類しきれない自由な遊びまで、多様な遊びが展開される。
なかでも特徴的なのが、子どもの要求に応じて、遊び場に関わる人たちの手でつくられる遊具を用いた遊びである。ターザンロープ、滑車ロープ、タイヤぶらんこなどが設置され、一般の公園にみられるような「禁止された遊び方」が一律に定められていないため、子どもたちは遊具の使い方を自ら工夫し、独創的な遊びを生み出していく。レンガを組んでつくるかまどを用いた火遊びや野外料理も行われる。多くの自治体では、条例により公園における火気使用を禁止又は制限していることもあり、新聞紙を焚きつけにして火を起こし、焼き芋や調理を楽しむなど、火を素材とした遊びはプレーパークを象徴する活動の一つだ。
②プレーリーダー38の存在と役割
プレーリーダーは、遊びを管理・監督する存在ではなく、子どもが自ら遊びを展開していくことを支える「年上の友だち」として位置づけられている。プレーリーダーは、子どもだけでは対処が難しい場面で助言や手助けを行うほか、メンコやベーゴマといった伝承遊びについては、経験者が少ないことから、プレーリーダーが中心となって遊びを伝えていく役割も果たす。羽根木プレーパークの開園当初、プレーリーダーは学生や若手ボランティアが中心となって担っていた。その後、常設型プレーパークの拡大とともに、現在ではプレーリーダーを中心に、地域住民や保護者、ボランティア等が関わりながら運営される事例が多くみられる。
③事故・責任をめぐる議論とリスクの捉え方
プレーパーク特有の遊びには事故や火災の危険も伴うため、責任の所在をめぐる議論が繰り返し行われた。例えば、焚き火について「火事になった場合に誰が責任を負うのか」との懸念が示された際には、世田谷区と実行委員会が消防署に出向いて指導を受けた。その結果、全面禁止とするのではなく、常識的な防火対策を講じたうえで継続する方向が選択され、消防署にも年間を通じて火を使用する場所であることを届け出ることとなった。
また、遊具での骨折事故を契機として、保険会社、世田谷区、プレーパーク関係者、骨折した子どもの引率者などの間で責任問題や保険のあり方について議論が行われた。そこでは、自治体賠償責任保険の適用を安易に求めれば、行政責任のみが過度に強調され、遊びそのものが制約されかねないとの問題意識が共有されていた。
④「自分の責任で自由に遊ぶ」というモットー
こうした議論を通じて生まれたのが、「自分の責任で自由に遊ぶ」というモットーである。これは、プレーパークの理念を象徴する言葉として掲げられたものであり、事故を契機とした議論を踏まえ、「プレーパークの考え方や趣旨を日頃から広く伝えていく必要がある」という認識から、関係者による議論を経て定められた。このモットーは標語としてプレーパークに掲げられるだけでなく、日常的な広報活動や近隣住民との対話、事故発生時の誠実な対応などを積み重ねる中で、モットーの考え方自体が徐々に地域社会へ浸透していった。
⑤住民自治を通じた考え方の共有
プレーパークは、地域住民による自主的な運営を出発点として発展してきた。運営組織も地域住民を中心に構成され、日常的な開園や維持管理、地域との調整などを担ってきた。その後、取組の広がりとともに、近年ではNPO法人等が運営の中心を担う事例も増えているが、地域住民や保護者、ボランティア等の参画を得ながら運営されている点は変わらない。
また、地域で活動を継続するためには、必ずしも活動に賛成ではない住民も含め、地域コミュニティとの対話や合意形成が欠かせない。そこでは、「地域で子どもをどのように育むか」という視点から議論が重ねられ、安全確保を図りながらも、危険を一律に排除するのではなく、子ども自身が危険を見極め、選択し、挑戦する機会を確保することの重要性が共有されてきた。
⑥自治体による支援の広がりと課題
近年では、こうした実践の蓄積を踏まえ、プレーパークの設置・運営を支援する要綱や補助制度等を整備する自治体もみられるようになっている39。一方で、自治体による支援は広がりつつあるものの、プレーパークの運営は依然として地域住民やNPO等の主体的な活動に支えられている。このため、活動メンバーの確保や人材育成、活動資金の確保など、持続的な運営基盤の構築が課題として指摘されている40。
日本では2023年にこども家庭庁が発足し、「こども大綱」において、遊びがこどもの健やかな成長の原点として明確に位置づけられた。公園行政を所管する国土交通省では、公園の運営管理について、公園の多様性を踏まえたきめ細かなルールや仕組みを設けながら、柔軟な管理運営を進めることが重要であるとの方向性を示している。このように、日本においても、児童の権利に関する条約の理念を踏まえ、「遊び」の重要性を正面から捉える法的な枠組みやそれを可能とするための方向性は打ち出されている。しかし、その一方で、現実の外遊び空間に目を向けると、長年にわたり積み重ねられてきた安全管理や利用ルールの運用を背景とする遊具の減少や利用制限により、子どもが自由に遊ぶことのできる環境は、全体としてみれば依然として制約が多く、自由な外遊びの機会が十分に確保されているとは言い難い。
こうした状況を考える上で、欧州の事例は示唆に富む。英国では、安全性のみを重視するのではなく、遊びによって得られる楽しさや自信といったベネフィットを含めて評価するRBAの考え方が広がり、遊び場管理においても、リスクを一律に除去するのではなく、遊びの価値との均衡を踏まえた個別具体的な判断が重視されるようになった。この考え方は、欧州の遊具・遊び場の安全基準や点検実務にも取り入れられている。ドイツでは、「子どもの声は原則として有害な環境影響ではない」と法律上明確化することで、子どもの遊びや育ちを社会として受け止める姿勢が示された。これらは、遊びを単なる余暇活動ではなく、子どもの成長や発達に不可欠な営みとして捉え、その価値を社会の中で具体化しようとする試みと評価できる。
日本各地で展開されてきたプレーパークの実践もまた、こうした方向性と軌を一にするものとして位置づけることができる。プレーパークは、禁止事項できるだけ取り払い、「遊びの価値」を重視しながら、安全管理の責任、地域住民との関係といった課題と向き合い、地域ごとに対話と調整を重ねながら運営されてきた。そこでは、一定のリスクを前提としつつも、子どもの主体的な遊びや挑戦の機会をいかに確保するかが重視されている。
我が国でも2023年には、ドイツの制度を参考に「子どもの声は騒音ではない」と法律上明確化することを視野に政府が検討を進めているとの報道もみられたが41、その後、制度化に向けた具体的な動きはみられていない。もっとも、子どもが育ち、遊ぶことの価値を社会としてどのように受け止めるのかという問いは、今なお重要な政策課題である。子どもが地域の中で安心して、かつ主体的に遊ぶことのできる環境を確保するためには、自治体がそれぞれの地域の実情に応じて、プレーパークをはじめとする多様な遊びの場づくりを後押ししていくことが重要である。また、国においても、遊びの価値や子どもの育ちを社会全体で支えることの重要性について理解を促すとともに、地域における先進的な取組を支援し、その知見を広く共有していくことが求められる。さらに、子どもの遊びや育ちを支える環境をどのように整備していくべきかについて、海外の先行事例も参考にしながら、制度や運用のあり方に関する議論を深めていくことが期待される。子どもの遊ぶ権利を実質的なものとしていくためには、理念を掲げるだけでなく、それを地域社会の中で具体化していくための不断の取組が必要だ。
こども家庭庁は、「こどもの居場所づくりに関する指針」42に基づく取組として、「こどもの居場所づくり支援体制強化事業」を実施している。同事業では、こどものニーズや地域の実情を把握するための実態調査に加え、NPO法人等が創意工夫して行う居場所づくりや、子どもの可能性を引き出す取組に対する効果的な支援手法を検証するモデル事業を実施する自治体への財政支援を行っている43。同事業は、2024年度から2026年度までの3年間にわたり集中的に推進することとされており、今年度は最終年度に当たる。こども家庭庁には、事業を着実に実施するとともに、実態調査によって把握された子どものニーズや地域の実情、モデル事業を通じて得られた知見を適切に検証し、その成果を子どもが主体的に遊び、育つことのできる環境づくりに着実に反映していくことが求められる。
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