
【監修者】
大場 紀章(おおば のりあき)
合同会社ポスト石油戦略研究所 代表
【略歴】
1979年生まれ。2008年、京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。
技術系シンクタンク・テクノバ等を経て、2021年に合同会社ポスト石油戦略研究所を設立し、現職。

【監修者】
大場 紀章(おおば のりあき)
合同会社ポスト石油戦略研究所 代表
【略歴】
1979年生まれ。2008年、京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。
技術系シンクタンク・テクノバ等を経て、2021年に合同会社ポスト石油戦略研究所を設立し、現職。
史上最大の化石燃料供給危機が実際に起きたのにもかかわらず、再生可能エネルギーやEVなどの代替技術の注目度は上がらず、また化石燃料供給に頼り続けることのリスクについての議論もあまり大きなうねりになっていないように感じられる。そのような中で、日本若者協議会/SOMPOインスティチュート・プラスからこうした化石燃料のリスクを評価するレポートが発出されたことは、議論を喚起する上でも意義深いと考える。本レポートは、原油2割高が続けば5年で約6.8兆円、供給5割減なら名目GDP相当額で約11.9兆円という規模の損失を、しかも低所得世帯ほど重く被ることを数字で示した。2026年度補正予算3.1兆円のうち約3兆円が価格支援に向かった一方、構造転換への配分が限られたという指摘も重い。議論の土台として広く読まれることを期待したい。
日本は低いエネルギー自給率と化石燃料への高い依存という構造的な脆弱性を抱えており、中東情勢の緊迫化やグローバルな脱炭素化の波において、産業競争力の低下と国民生活の圧迫という大きな危機に直面している。価格抑制を主体とする対症療法ではなく、「化石燃料依存の脱却」と「エネルギーの自立性強化」に向けて、省エネ・電化・非化石電源の拡大といった「ショックに強い構造転換」へより多くの政策資源を振り向けることが急務である。
日本のエネルギー自給率は2024年度時点でも2割に満たず、一次エネルギー供給の大部分を海外からの化石燃料に依存している。特に原油は中東地域への依存度が極めて高く、LNGや石炭も特定の国に集中している。日本のこの供給構造は、国際的な燃料価格の高騰やホルムズ海峡などの輸送ルートの途絶リスクを直接的に受けやすく、日本の交易条件を悪化させ、日本全体の購買力を低下させる構造的な脆弱性となっている。
再生可能エネルギーのコスト低下や、EU域内で生産される対象製品(鉄鋼・アルミ等)に課される炭素価格についてEU域外で生産される対象製品にも同等の負担を求める炭素国境調整措置(CBAM)に代表される炭素規制の強化など、世界的な脱化石燃料の潮流が「趨勢的変化」として顕在化している。これへの対応が遅れれば、化石エネルギー集約型の国内製造業は輸出市場で不利となる。さらに、地政学的緊張によって化石燃料の調達環境が悪化する「突発的リスク」が重なることで、輸入価格の急騰と物理的な供給不足が連鎖し、企業収益の悪化と家計の消費減退という負の循環を引き起こす恐れがある。
原油価格が20%上昇する状態が続いた場合、実質GDPへの累積下押し効果は5年間で約6.8兆円規模に達する試算となる。さらに、原油供給が50%減少するような事態が生じれば、石油製品や化学、輸送部門を中心に名目GDP相当額を約11.9兆円押し下げる可能性がある。また、光熱費が可処分所得に占める割合は、低所得世帯(約7.2%)が高所得世帯(約3.1%)の2倍以上に達しており、化石燃料の価格ショックは低所得世帯の生活基盤を直撃する極めて逆進性の高い問題である。
化石燃料依存リスクを下げるには、供給側対策の需要側対策の双方が重要となる。IEAの分析にあるように、研究・試作・実証段階にある技術(ペロブスカイト太陽電池・全固体電池など)については、商用化といった中長期的な取組が必要な一方で、供給側(着床式風力発電など)・需要側(EV・ヒートポンプなど)の双方で、商用段階または初期商用段階にある技術は4割を超えている。これらの技術を活用した代替策を進めることで、段階的に価格ショック時の産業コスト上昇圧力を緩和できるほか、急速に拡大する世界のクリーンエネルギー技術市場における国内産業の成長や、大規模な雇用創出の便益を享受することができる。
省エネ設備や住宅用太陽光の導入は、初期費用を負担できる高所得層や戸建て持ち家に偏る傾向があり、公平なアクセスの確保が課題である。また、太陽光パネルや蓄電池、風力発電機といったクリーンエネルギー関連財の輸入の約8割を中国に依存しており、化石燃料とは異なる「新たな供給網リスク」への対応が求められる。さらに、再エネや原子力の導入にあたっては、便益だけでなくリスクについても透明性をもって示し、地域住民の理解と対話を通じて社会的受容性を高めるプロセスが不可欠である。
2026年の中東情勢に対する日本政府の危機対応は、補正予算3.1兆円のうち約3兆円が補助金に割かれ、需要削減や構造転換への配分は極めて限定的であった。価格支援は、目前の家計や企業の負担を和らげる「対症療法」としての意義はあるものの、構造転換のインセンティブを損ない、本質的な危機の影響を先送りすることにもつながる。
脱化石燃料で先行した欧州のREPowerEUは、ロシア産ガスへの依存度の低下を実現した一方で、価格高騰によるガス多消費産業の生産縮小や一部の家計・事業者による暖房利用抑制といった副次的影響も伴った。日本が目指すべきは、「化石燃料依存からの脱却」とあわせて、産業競争力と脱炭素を両立させる構造転換によって、経済活動と生活サービスの維持・向上を、より少ない化石燃料で実現する「エネルギーの自立性強化」を進める取組である。そのためには、対症療法的な価格抑制策に頼りすぎるのではなく、代替策を講じて供給ショック(価格上昇・供給途絶)に強い需給構造をつくる政策へ、より多くの財政資源を振り向けることが重要である。
レポート全文のPDFファイルは下記から閲覧・ダウンロードできます。