物価と賃金の好循環に生じる陰り
上級研究員 小池 理人
日本銀行の金融政策を巡っては、物価と賃金の好循環の動向が金融緩和度合いの調整、すなわち政策金利引き上げの鍵となっている。しかし、足もとでは、物価と賃金の好循環に陰りが生じているように見える。
まず、物価についてであるが、コアCPIの伸び率は政策効果によるエネルギー価格の振れを除くと縮小傾向で推移している(図表1)。財価格の伸び率が縮小する中で、サービス価格の伸び率拡大が頼みの綱となっているが、少なくとも現時点においては、賃金の伸びと比較してサービス価格の伸びは見劣りしている。為替の円高方向への推移によって輸入物価の伸び率が低下していくことを考慮すると、2%の物価安定目標達成のためにはサービス価格の一段の伸びが求められる。
そのためには、賃金の伸びとそれに伴うサービス価格への転嫁が必要となる。周知の通り、春闘においては2年連続の高い賃上げが続き(図表2)、賃金が上がらないノルムからの脱却の動きが続いている。しかし、毎月勤労統計と近い動きをし、かつ速報性の高いデータであるHRog賃金NOW1をみると、足もとで正社員の募集賃金(月給)の伸び率が低下傾向で推移していることが示されている(図表3)。これまでは激化する人材獲得競争を背景として中小企業を含めて高い賃上げが続いてきたが、毎年の高い賃上げが求められる中で、事業者による賃上げが徐々に困難になってきた可能性がある。
これまで経験してきた物価と賃金の上昇は、日本経済が抱えてきた物価・賃金が伸びない経済からの脱却の契機となるものであり、物価と賃金の好循環が回っていくことが期待されている。しかし、ここまで見てきたように、サービス価格の伸びは現時点で限定的なものに止っており、賃金にも伸び率縮小の兆しが見えつつある。もちろん、10月の価格改定において物価が大きく伸びる可能性があり、募集賃金が必ずしも所定内給与の動向を規定するとは限らない。ただ、物価と賃金の好循環に陰りが見えてきていることは、今後の日本経済や金融政策を占う上で留意する必要があるだろう。
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