トランプ大統領「反DEI」指針の真意
~政策変更でも目指す米国の姿は不変~
※なお、DEI関連については、こちらのレポートでも取り上げている→参照レポート
1.トランプ大統領、反DEIの大統領令に署名
米国トランプ大統領は、就任初日の2025年1月20日、公約の一つに掲げたDEI路線からの脱却を実現するため、連邦政府におけるDEIプログラムの廃止を命ずる大統領令に署名した1 ≪図表1≫。前バイデン政権下で推進されたDEIプログラムとは、社会におけるDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)を尊重する枠組みである。具体的には、「Equity Action Plans(公平性確保に向けた行動指針)」の作成義務などが含まれる。

これは、前バイデン大統領が就任初日に署名した大統領令の趣旨、すなわち、「民主主義の基盤は機会均等であり、多様性を米国の強みと捉え、すべての米国民が機会を均等に享受できる社会を目指す」2 へ対抗するものと受け止められる。前バイデン大統領は、政府機関や民間企業における人種や貧富の差などによって固定化された機会格差を是正し、すべての米国民に対して機会均等を推進することが、バイデン政権の責任としていた。
しかし、トランプ大統領は、自身が署名した大統領令のタイトルからも分かるように、DEIプログラムは政府にとってWasteful(無駄)であり、DEIと称した違法かつ不道徳な差別的プログラムを前政権が強制した、と厳しい言葉でこれまでの路線を批判した3。 署名翌日の声明では、民間企業に対しても追随を求め、「Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunities(違法な差別を撤廃し、実力に基づく機会の復活)」を謳っている4。
2.米国社会の根幹「Civil Rights Act (公民権法)」の成り立ち
両者の政策路線は正反対と受け止められがちだが、それぞれの大統領令では、米国社会の根幹であるCivil Rights (公民権)の重要性が触れられている。トランプ大統領の真意を理解するためには、Civil Rights Actの成り立ちを振り返る必要がある。
1950年代から1960年代初頭、米国における黒人差別は大きな社会問題となっていた。1963年6月、人種差別撤廃を訴えた公民権活動家メドガー・エヴァースの暗殺を重く見た当時のケネディ大統領は、直ちに連邦議会に公民権法案を提出した5。そして、公民権法は、翌年7月2日に連邦議会で承認され、その数時間後、当時のジョンソン大統領の署名をもって成立した6≪図表2≫。これにより、選挙権、公共施設の使用、学校における差別撤廃、雇用の公平性、連邦政府によるあらゆる支援などが、人種や性別によらず、すべての国民に対して約束されることとなった7。

また、本法Title VIIに基づき、Equal Employment Opportunity Commission (EEOC、雇用機会均等委員会)が設置された。EEOCの責務は、Title VIIに照らし、採用、昇進、解雇、賃金、職業訓練などあらゆる雇用機会において、人種、性別、出身地、障がい、年齢による不平等を違法とし、機会均等を推進することである8。具体的には、15名以上の従業員を持つほぼすべての雇用主に対し、EEOCは違法性の容疑がある事案について捜査権限を有し、事案の解決を図るなどの介入を行うことができる9。
ロイター通信によると、2025年1月27日、トランプ大統領は、民主党員のEEOC委員長を含めた少なくとも委員2名を解任した10。EEOCは連邦政府の独立機関であり、委員任期は5年とされる。通常、新政権発足後1~2年は交代がなく、未だかつて大統領による解任はない11。新たに任命された委員長は、トランプ大統領の意向を反映した制度設計をするものと考えられる。
3.トランプ大統領の真意に迫る~反DEIこそ真の機会均等~
トランプ大統領はもちろん米国民のCivil Rights を否定しているわけではない。むしろ、差別撤廃に向けたDEIの動きこそが、差別的であり不平等、つまり逆差別であるとして、反DEIを掲げているのである。
トランプ大統領の方針について、米国人材マネジメント協会(SHRM)12が次のような見解を示している。
「Do not abandon, but evaluate and evolve(既存路線を放棄せず、再評価し発展させよ)」とし、Title VIIに基づき、各組織が掲げるDEIプログラムが全役職員にとって機会均等になっているかを見直すべきだと発言している13。また、組織の長期プランとして、人種、性別、出身地といった個人のアイデンティを基準としない透明性の高いI&D推進計画の策定が求められていると指摘する14。
トランプ大統領は「実力主義」ばかりを強調しているように捉えられているが、全国民に対して機会均等を呼びかけているとも解釈できる。DEIプログラムを掲げ、計画の進捗を追うことは言うまでもなく重要だが、DEIプログラムを掲げずとも、全国民にとって機会均等な社会を実現することが、トランプ大統領が推し進める”Make America Great Again”の真意と読み取れる。大統領令の根底にあるCivil Rights、特にTitle VIIの趣旨に触れず、「反DEI」のみを切り取って大統領令をはき違えてはならない。
トランプ大統領令の受け止め方は、米国企業間でも、米国に進出している日本企業間でもさまざまである。人種や出身地などを含めた人口構成や雇用均等に関する法律の歴史的背景には日米に大きな差はあるものの、国という枠組みを越えて機会均等を目指す概念は不変的であるべきだ。
大統領令の真意を見極めず、単に「反DEI」と舵を切るのでは思慮に欠ける。今こそ、企業の見識が問われている。すべての人にとって機会均等となる制度設計になっているか、各企業が今一度再評価することが重要だ。そのうえで、DEI路線を掲げるか否かの風潮に左右されず、誰にとっても機会均等が当然の前提である社会を目指すべきだ。
- The White House, “Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing”, Jan. 20. 2025
なお、DEIプログラムとは、社会、組織、学校などにおいてDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)を認めることであり、人種、性別、民族などによって不利益を生じさせないためのあらゆる政策や枠組みを指す。 - National Archive(アメリカ国立公文書記録管理局)Webサイト<https://www.federalregister.gov/documents/2021/01/25/2021-01753/advancing-racial-equity-and-support-for-underserved-communities-through-the-federal-government>
前バイデン大統領が署名した大統領令の正式名称は、”Advancing Racial Equity and Support for Underserved Communities Through the Federal Government”。 - 前掲注1
大統領令の原文では、“The Biden Administration forced illegal and immoral discrimination programs, going by the name “diversity, equity, and inclusion” (DEI),”とある。 - The White House, “Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity”, Jan. 21, 2025
- US Department of Labor(米国労働省) サイト <https://www.dol.gov/agencies/oasam/civil-rights-center/statutes/civil-rights-act-of-1964>
なお、FBIによると、1963年6月12日、公民権活動家メドガー・エヴァースは、白人至上主義者で人種差別主義者であるバイロン・ベックウィズによって暗殺された。 - National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)Webサイト <https://www.archives.gov/milestone-documents/civil-rights-act>
- 前掲注6
- 前掲注6
- EEOC(雇用機会均等委員会) Webサイト <https://www.eeoc.gov/overview>
- Reuters <https://www.reuters.com/world/us/trump-hobbles-us-anti-discrimination-agency-by-firing-democrats-2025-01-28/>
- 前掲注10
- SHRMはThe Society for Human Resource Managementの略称で、世界最大規模の人材マネジメント協会である。組織概要は、こちらのレポート参照。→参照レポート
- SHRM Webサイト <https://www.shrm.org/advocacy/executive-order-impact-zone#accordion-bc8477bda8-item-88212e75d2>
- 前掲注13
原文では、”Develop transparent metrics for tracking progress on I&D efforts without relying on identity-based benchmarks that could invite scrutiny. ”とある。