ワーク・エコノミックグロース

“五月病”は、万国共通の心のSOS?!
~米国の従業員が患う“January Blues”~

主任研究員 久井 環

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日本は毎年4月から5月にかけて祝日が続くゴールデンウィークを迎える。この大型連休が明けて、学校や仕事という「現実」に引き戻される不安から、睡眠不足や食欲不振など、心身に不調をきたす状態を「五月病」と言われている。これは正式な病名ではないものの、入学、就職、転職、人事異動などをきっかけとした新たな環境での生活にうまく適応することができず、ストレスを抱えている状態であり、医学的には「適応障害」のひとつと考えられている1。その状態を放置すると本格的に「うつ病」に発展する恐れがあると、各医師会は警鐘を鳴らしている≪図表1≫2 。また、厚生労働省は、意欲、感情、情熱がスランプに陥った状態をアパシー(apathy、無気力)と呼ばれていることから、このような状態を「アパシー・シンドローム(無気力症)とし、雇用主や働く人に対して、メンタルヘルス管理に注意を促している3

「五月病」は日本固有の問題ではない。米国の従業員も同じように、新たな組織や環境への適応に悩みや不安を抱えている。米国では、行政機関や多くの民間企業は新年度を1月に迎えることから、「五月病」は「January Blues」や「Winter Blues」などと呼ばれている4。1月は、厳しい寒さと、遅い日の出時刻の影響で暗い朝が続く。しかも、長いクリスマス休暇を終えたばかりである。これらの影響により、1月は一年のうちでも最も気分が落ち込みやすく、季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder、SAD)に陥りやすい時期と、多くの専門家は指摘する5。米国で公衆衛生学の権威であるジョンズ・ホプキンズ大学付属病院は、SADの主な症状として、強い倦怠感や喪失感、集中力の低下、睡眠障害などを挙げており6、「五月病」によく似た心の不調であることが分かる。

実際に、世界中の経営者やビジネスパーソンが注目するHarvard Business Reviewは、米国にとって1月は、一年で最も生産効率が低い月、との研究結果を発表した7。このように、「January Blues」は、日本の「五月病」の影響と同様に、米国においても、研究機関、メンタルヘルスの専門家、経済界などが注目しており、もはや個人の問題ではなく、組織として対峙すべき課題であるとの気運が高まっている。

米国の大手保険会社Afracは外部の調査会社と連携し、米国の従業員約1,000名を対象に、企業に望む福利厚生に関する意識調査を毎年Web上で行っている。2024年6月の調査では、「肉体的な健康支援と同じくらい、もしくはそれ以上に、心の健康(mental health)支援が重要だ」と「将来転職を考える際、従業員の幸福度や満足度(well-being)に対する企業の支援を重視する」との設問に、それぞれ7割以上が同意した。このように、従業員の多くは、企業からのメンタルヘルスに関する支援を望んでいることが分かった≪図表2≫8

心の不調を原因とした経済損失は、看過できないレベルと指摘されている。各界の第一人者がさまざまな国際問題を議論する世界経済フォーラムと、ハーバード大学公衆衛生大学院は、世界全体でメンタルヘルス疾患にかかる費用はそれに関連する影響も含めると、2.5兆ドル(約335兆円、2010年)から6兆ドル(約805兆円、2030年)に増加すると試算した9。また、心のSOSは個人的な問題であり、個人で解決するのが当然とするのではなく、組織として個人の心のSOSに向き合うことが重要、との見解が示された10

「五月病」に代表されるような心の不調は、重大な心のSOSであり、これを軽視していると、個人が深刻な精神疾患を患うという悲劇だけでなく、企業や社会にとっても大きな損失に繋がることが示唆された。企業としてメンタルヘルスに関する相談窓口などの設置は言うまでも大切だが、日ごろから、職場におけるコミュニケーションを通じた上司や同僚による気遣いが重要だ。心のSOSに互いに気づき合える職場づくりが望ましい。

  • 大阪医師会サイト <https://www.osaka.med.or.jp/citizen/tv85.html>
  • 前掲注1
  • 厚生労働省「セルフメンタルヘルス」<https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000881325.pdf>
  • National Institutes of Health(アメリカ国立衛生研究所)サイト <https://newsinhealth.nih.gov/2013/01/beat-winter-blues>
    Cygnet サイト <https://www.cygnetgroup.com/blog/how-to-beat-the-january-blues-as-we-approach-blue-monday/>
    Cygnet Groupとは、1988年にイギリスで創設されて以降、医師、カウンセラー、各専門家と連携し、行政機関や民間企業に対してメンタルヘルスに関する提言を行う医療機関を傘下にもつ専門機関。
  • 前掲注4
  • John Hopkins Medicine サイト <https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/seasonal-affective-disorder>
  • Ringel, R., “4 Ideas to Beat the New Year Doldrums”, Harvard Business Review, Jan.17, 2023
    ここでは、生産効率とは、要した時間や人件費に対して、完了した仕事のタスク量やアウトプットがどの程度であったか、を意味している。
  • Afrac, “The 2024-2025 Afrac WorkForce Report Workplace benefits trends Mental health + employee well-being”, Oct.30, 2024
  • 世界経済フォーラムサイト <https://intelligence.weforum.org/topics/a1Gb0000000pTDbEAM>
    世界経済フォーラムとは、政治、経済、学術などさまざまな分野における第一人者やリーダーが、世界規模の課題を議論する国際機関である。
  • 世界経済フォーラムサイト <https://jp.weforum.org/stories/2023/04/jp-may-blues-japan-how-to-deal-with-it/>

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