心理的安全性の本質とは
~挑戦や創造性の発揮を促し、組織を成長に導くドライバー~
従業員エンゲージメント(職場に対する従業員満足度)を高めるため、組織においてメンバーが安心して発言し、挑戦できる環境の整備が重要であることは、広く指摘されている。こうした環境の実現に不可欠な概念として注目されているのが、心理的安全性である。
この分野の第一人者であり、組織行動学に精通したハーバード・ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授は、心理的安全性について、次のように説明している。
心理的安全性とは、「対人関係のリスクをとっても、失敗したこと、意義ある考え、疑問や懸念に関して、率直に話しても安全だと信じられる環境」である1。対人関係のリスクには、質問や失敗によって、「無知で無能な人間」と扱われることが挙げられる2。さらには、何か意見することで、組織に対して批判的な人物や厄介者とされ、メンバーから無視や拒絶される状況も含まれる3。
多くの研究結果から、心理的安全性とは、組織のイノベーションや成長にとって「あると良い」ものではなく、「必須条件」であることが証明された4。そこで、エドモンドソン教授は、組織において心理的安全性がどの程度備わっているかを測定する尺度として、7つの設問を提示している≪図1≫5。
ここでひとつ誤解されやすい点について、補足する。1つ目の設問では、ミスをしても咎められないことが心理的安全性だ、というのは間違った解釈である。行動規範や業務規程は、健全な組織運営を支える不可欠な基盤であり、当然に遵守されるべき指針である。この前提に立つと、心理的安全性は決して「ミスやルール違反が許される状態」や「組織方針に敢えて逆行することを容認する概念」ではない。
むしろその本質は、ミスや失敗から得られた教訓が業務改善へとつながることを、組織として考えられるかである。言い換えれば、組織の成長につながる建設的な発言をするという、挑戦や創造性が発揮できる環境を意味する。こういった環境が確立されているかどうかが、4つ目の設問「安心してリスクをとることができる」組織か否かを決定づける分岐点ではないだろうか。
近年、この概念が拡大解釈される場面も見られるが、本来の意味を取り違えないことが、生産的な議論と健全な組織運営の両立に重要であると考えられる。
本質的に心理的安全性は、組織の成長を促すために必要となる基盤であり、発展を後押しする重要なドライバーである。組織には成長・停滞・後退(もしくは、未成熟な状態)のフェーズが考えられる≪図2≫。心理的安全性が真に機能するのは、成長基盤の境界線を表す点線より上、すなわち挑戦や創造性の発揮が求められる段階である。
一方、点線より下の「後退(もしくは未成熟な状態)」の段階では、まずは組織の基礎となる規律遵守や業務品質の確保といった、最低限の基盤づくりが優先される。ここでは、誤解された「何でも言っていい心理的安全性」を持ち込んでも、それぞれの行動があまり重視されないばかりか、組織としてのまとまりを欠いてしまい、むしろ組織の基盤づくりを阻害する可能性がある。
したがって、心理的安全性とは「組織のどの状態でも同じように機能する万能薬」ではないだろう。成長軌道に向かうための前提条件として発揮されるべき概念であり、その適用範囲と目的を正しく認識することが重要である。
- エイミー・C・エドモンドソン、 野津智子(訳)、 村瀬俊朗(解説) 「恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」英治出版、2021年
- 前掲注1
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