フューチャー・ビジョン

フィジカルAI 「熱狂」は本物か
ーCES2026視察報告(1)ー

上級研究員 秦野 貫

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※フィジカルAIの動向については以下の動画・レポートもあわせてご覧ください。 YouTube動画 「フィジカルAI 世界を変える」「ヒューマノイドが街にやってくる」 / Topics Plus 「『フィジカルAI』社会実装で挽回を」 / Insight Plus 「ヒューマノイドが街にやってくる」

1. はじめに

2026年1月6日から9日にかけ、米ラスベガスで世界最大のテック見本市「CES2026」が開かれた(図表1)。主催する全米民生技術協会(CTA)が設定した主要テーマ「人工知能(AI)」「先進モビリティ」「デジタルヘルス」を中心に4,100社を超す企業が出展し、14万8,000人を超す来場者が集まった。当社では例年CESを視察しており、本年も展示から得られた示唆をシリーズで紹介する。初回はAIをロボットと組み合わせて現実世界で稼働する「フィジカルAI」を取り上げる。

2. 会場にあふれるフィジカルAI

CES2026ではフィジカルAIの展示が急増し、とりわけヒューマノイドロボット(以下ヒューマノイド)の存在感が際立った。当社集計で約40種類のヒューマノイドが会場に並び、昨年の5種類前後から大幅に増えた。特に中国勢の出展が目立ち、全体の半分以上を占めた(図表2)。ヒューマノイド以外にも、AIで環境を認識して階段を昇降する掃除機ロボットや、家庭で家電操作やコミュニケーションを担う小型ロボット「AIコンパニオン」などが並んだ。

展示は最終製品だけでなく、開発基盤や部品といったフィジカルAIのエコシステム全般に広がった(図表3)。特にCES2026で新設された会場「CES Foundry」には米NVIDIAが大きなスペースを確保し、エッジAI1向けの高性能・低消費電力の新型チップやAIの学習・検証基盤といった自社技術を披露。同社のパートナー企業が開発するヒューマノイドや手術ロボットなどのフィジカルAIも一堂に集めて見せた。日立製作所はインフラなど向けにフィジカルAIの保守運用を支えるシステムを展示した。韓国のLG電子はロボット用の新たなアクチュエーター2ブランドを発表した。

米国や中国では、既に工場や物流施設にフィジカルAIの導入を探る動きが広がっている。例えば昨年に続いてヒューマノイドを展示した米Agility Roboticsは、2025年11月までに米GXOの物流施設で10万個以上のトート(搬送用コンテナ)を移送した実績がある。こうした動きが相次ぐ中で開催されたCES2026の熱気に触れると、一見して「フィジカルAIは実装期に入った」と感じさせる雰囲気があった。

3. 展示から見えた期待と現実

しかし、展示をよく見ると印象は変わる。ヒューマノイドの展示は大きく「演出型デモ」と「実運用型デモ」に分かれていた(図表4)。前者はダンスや格闘技など見栄えを前面に出し、後者は作業現場を模したタスクの実行を試みるものだ。そもそも動作しない静態展示のみの機体も一定数見られた。

まず目立ったのは演出型デモだ。例えば中国のBooster Roboticsは二足歩行で激しい動きを伴う獅子舞を披露し、同じく中国のUnitree Roboticsは人間を相手にボクシングをして見せた。これは単なる「ショー」に終始しているわけではなく、演出型デモには技術デモとしての合理性がある。動作を事前に決める、あるいはその場で操作することで事故のリスクを抑えながら再現性を確保し、視覚的に短時間で能力を伝えられる。会場で見られた演出型デモからは、現在のヒューマノイドが高い運動能力を獲得しつつあることがわかった。

一方、フィジカルAIを現場に導入する上で不可欠な「想定外への対応」「初めての環境」「人との混在」といった不確実性への対応は道半ばであることが浮き彫りになった。実運用型デモを実施した独NEURA Roboticsも、洗濯物を移し替える作業で衣類の入った箱を落としてしまうといった失敗が目についた。独Schaefflerのブースでは、提携する英Humanoid社のヒューマノイドによる部品ピッキングを披露したが、手先の精度や作業スピード、安定性は実用段階には程遠いように見えた。

米Boston Dynamicsは精度や作業スピードの面で他社と一線を画した高度な実運用型デモを見せたが、全ての作業を自律動作だけで実施することは難しく、人間による「テレオペレーション(遠隔操作)」を組み合わせていた。同社プロダクトマネージャーのBrian Ringley氏は「現時点のロボットは特定の手順に沿った作業に限定して学習しており、デモを行ったロボットを別の環境に置いても対応できない」と述べ、汎用性の課題も示唆した。

こうした展示の状況を踏まえると、現時点のフィジカルAIが現場導入に足る能力を確保できているかは不透明であり、大量展示の熱気とは裏腹に社会実装までの距離が感じられた。

4. 「産業の物差し」に対応できるか

フィジカルAIの展示数が増えたからといって、直ちに「仕事を任せられる段階」が迫っているとは言えない。研究室や限定環境で動くことと、現場で使えることは地続きではなく、間に大きな段差がある。研究開発の基本的なフレームワーク「Technology Readiness Levels(技術成熟度)」でも、関連環境でのデモ(レベル6)から実運用環境での実証(レベル7)への移行が社会実装における最大の山場とされている。

この段差は、供給側が満たすべき「開発・量産・販売の成立条件」と、需要側が求める「現場での安定運用条件」とのギャップから生まれる。この観点で新興技術の社会実装に向けたフェーズを整理すると次のようになる。
  ① 産業化準備フェーズ :資本・部品・基盤・開発者が揃い、作れる・売れる環境が整う(供給側の条件)
  ② 現場運用フェーズ  
:例外・失敗・復旧を含む不確実性に耐え、現場で安定運用できる(需要側の条件)

CES2026では、フィジカルAIがフェーズ①において急速に進展していることは明らかになった。開発・製造を担うプレイヤーが増え、スタートアップだけでなくLGや独Schaefflerといった既存の大手製造業でも関連展示が増えた。主要部品であるアクチュエーターやLiDAR3、ロボットハンドといったサプライチェーン関連の出展も目立った(図表5)。開発基盤も充実し、例えばNVIDIAは自動運転向けにオープンモデル・シミュレーション・データセットを束ねた開発基盤「Alpamayo」を発表した。

今後、フィジカルAIが需要側の条件に応えてフェーズ②へ移行するには、技術面で一段の成熟を要する。人との混在や想定外の事象、失敗時の復旧といった運用上の不確実性に対応したうえで、作業のスピード、消費電力、メンテナンス性、産業基準対応といった「産業の物差し」を満たさなければならない。これには大量のデータによるAIの学習と現場での検証を重ねることがカギになる。

「物差し」を巡っては、国際ロボット連盟が2026年1月8日の発表で、ヒューマノイドの工場導入に必要な条件として「サイクルタイム」「エネルギー消費」「保守コスト」「産業基準への対応(安全レベル、耐久性、安定した性能)」を挙げた(図表6)。

ホンダの「ASIMO」など日本企業が2000年前後に開発したヒューマノイドが本格的な事業化に至らず退いたのも、結局は「仕事」ができずに収益をあげられなかったからだ。今回のフィジカルAIブームが本物の自動化手段にステップアップできるかは、この4つの「物差し」をクリアできるかどうかにかかっている。

  • クラウドではなく端末・機器側(現場)でAIの計算処理を行う。遅延や通信の遮断に強く、フィジカルAIの安定稼働に欠かせない
  • モーターや減速機などを組み合わせ、関節のような機能を果たすロボットの主要部品
  • レーザー光を周囲に照射し、反射の時間差を基に対象物までの距離や位置、形状を計測するセンサー

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