ワーク・エコノミックグロース

企業とスポーツとの新しい関係-CSVの触媒としてのスポーツ-

主任研究員 大島 由佳

社会のニーズや課題の解決を通じて社会的価値を創造し、そこから経済的価値を生み出すCSV(共通価値の創造)の概念が企業に浸透している。スポーツは、幅広い人々の心を動かし、地域住民を含む多様なステークホルダーとの関係性の強化や社会への発信力といったCSVにつながる要素を数多く持っている。スポーツとの結びつきは、CSVに取り組む企業に、従来からの販促・ブランディング等自社へのリターンを期待したスポーツ活用とは異なる、新たな視点を提示してくれるだろう。プロサッカークラブ鹿島アントラーズの取組みを事例とし、企業とスポーツとの新しい関係を考える。

1.企業経営を取り巻く環境と動向:CSVへの注目

持続可能な社会の実現のために企業が果たす役割・責任が重視されている。そうした中で、企業経営において、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)という考え方が注目されている。CSVとは、「社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造されるというアプローチ」である1

2.CSVの触媒としてのスポーツ活用の動向と背景

企業では、従来からの販促やブランディング等でのスポーツ活用にとどまらず、CSVの触媒としてスポーツ、特にプロスポーツチームを活用する例が最近見られるようになっている。

背景には、まず、プロスポーツチームがスポンサー企業に対して、広告や企業・商品名の露出に限らず、企業が抱える課題の解決や、企業による地域・社会課題解決を実現する協賛の仕組みを提案・提供する潮流がある2。プロスポーツチームにとって地盤とする地域の人口減少や経済・産業の衰退はチームの存亡に直結する。少子高齢化の進展によりその加速が見込まれるほか、企業の社会・地域課題解決への関心の高まりもあり、プロスポーツチーム自身が、地域やスポンサー企業の課題解決に積極的になっている。

また、スポーツにCSVに有用な要素があることが考えられる。スポーツ経営学等の学術論文や調査機関のレポート等3で言及された主なスポーツの特性をまとめ、CSVに有用な要素を下表に整理した《図表1》。

《図表1》のとおり、多様なステークホルダーの「集結」(①)は、地域・社会課題の発見とその解決手段である事業機会の創出につながる(ⅰ)。そのうえで、世代等を超えた「感動」(②)と地域住民の「一体感」(③)が、異質な主体同士の創発・協業を促す(ⅱ)。そして、スポーツは、スタジアムでの試合やプレー等、人々が接することができる「媒体」であり、広く報道される対象である(④)。この特性が、技術・商材の効果検証の機会、取組みの社会への発信機会を生み、社会からの反応は、更なる異質主体の協業のサイクルにつながる(ⅲ)。

このようなスポーツの持つCSVにつながるメカニズムが、CSVを志向する企業との間に、新たな関係を作りつつある。

3.事例紹介~鹿島アントラーズ~

ここでは、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)8のクラブの1つ、鹿島アントラーズのケースを通して、スポーツがいかにCSVにつながる力を生み出していくのかを見ていく。

(1)地域を取り巻く環境:少子高齢化時代の地方の姿

鹿島アントラーズが拠点を置くのは、茨城県南東部の鹿行(ろっこう)地域9である。人口は約27.5万人で、農業や養豚業、水産業などが盛んなほか、鹿島臨海工業地帯を有し、工業も発展してきた10

鹿行地域は、少子高齢化、人口減少、主力産業の衰退など、日本の様々な地域が直面するのと同様の課題を抱えている。鹿島臨海工業地帯の主力産業である鉄鋼・石油精製・石油化学等は、グローバル競争が激化し、国内でも事業拠点の再編・集約化が進んでいる11。また、人口は、2015年の約27.5万人から2050年には約19.7万人へ減少、高齢化率は26.3%から39.2%へ上昇すると推計されている12。少子高齢化の進行が見込まれる中、地域経済や医療供給体制など、将来に向けて対応が求められる課題が山積している13

(2)クラブ経営の変遷

鹿島アントラーズは1991年10月に誕生した14。鹿島臨海工業地帯で操業していた住友金属工業のサッカー団を母体とし、運営会社である鹿島アントラーズFCの筆頭株主は住友金属工業、その後合併により現在の日本製鉄が引き継いだ。創設時から地域との関わりが深く15、また、Jリーグのクラブとして最多の20タイトルを獲得するなど、日本ひいてはアジアを代表するサッカークラブとなった。

だが、2011年に鹿島アントラーズが行った30年後の2041年にどうあるべきかの検証では、鹿行地域の市場の小ささや、現状の経営ではサッカー産業の成長速度についていけないなどの理由により、クラブは50年後に消滅しているとの答えが出たという16

2019年8月には、フリーマーケットアプリ等を運営する株式会社メルカリが鹿島アントラーズFCの経営権を日本製鉄から取得した17

(3)近年の鹿島アントラーズの取組み

メルカリの経営参画を経て、現在鹿島アントラーズは、創設時から取り組んできた地域の課題解決や活性化を加速させている。

①茨城県立カシマサッカースタジアム等を活用した各種実証実験18

鹿島アントラーズは、2021年2月、ピッチコンテスト型のプログラム「Pitch&Match」を開始した。これは、プロサッカークラブの経営資源を活かした地域作りのアイデアを企業から募り、採択企業には実証実験の機会を提供し、鹿嶋市と共同で社会実装を目指す取組みである。地域課題の解決に実績があり、知名度のある鹿島アントラーズの呼びかけは、多くの企業の関心を高める。また、鹿島アントラーズが行う実証実験は、地元住民の理解が得られやすく、これまでに築いた行政との関係もあり、早期の社会実装も期待される19

2021年5月からは、コロナ禍における飛沫抑制と通気性を両立させたマスク開発と感染予防効果・快適性評価の実証実験に取り組んでいる。感染拡大防止が社会課題となる中、産業技術総合研究所と連携し、大学や大手日用品メーカーも参画して実証実験を開始した20。定期的に相当人数が集まるJリーグの試合時のスタジアムは、実験を重ねやすい環境といえる21。また、不特定多数の人々が行き交う街中に比べて、観客からは実証実験への理解が得られやすいと考えられる。更に、スポーツの場での実証実験は、社会への情報発信にも効果的である。

この二つの事例は、スポーツの「誘引力」と「発信力」を、企業が持つビジネスアイデアや技術と結びつけて地域・社会課題の解決に活用しようとする取組みである。

より様々な技術が暮らしに入ってくるであろう未来に向けて、実証実験から社会実装に向けたエビデンス獲得の場になるスタジアムは、今後一層企業等にとって活用できる場として注目されるだろう。

②スポンサー企業と協業した、地元企業・自治体向けDXコンサルティング事業

鹿島アントラーズは、2020年8月、茨城県を地盤としシステム開発などを手掛けるスポンサー企業22と協業し、地元の企業・自治体等へのDX(デジタルトランスフォーメーション)のコンサルティング事業を開始している。地域でデジタル活用が進めば、都市部に対する地理的なデメリットが小さくなり、移住や複数拠点生活、副業を通じた人口、人材面でプラスになる。鹿島アントラーズは、地域の企業・自治体とのつながりや発信力、ノウハウなどの自社の強みと、スポンサー企業が持つ事業、法人営業力などの強みを活かして、地元企業の生産性向上、ビジネスモデル変革に貢献しつつ、新たな収益源の獲得を目指している。

(4)企業がスポーツチームへの関与で得られる価値

これまで、鹿島アントラーズが活動やネットワークのハブとなり、地域・社会課題の解決に事業として取り組む姿を紹介してきた。ここからは、経営権を持つメルカリや、スポンサーとして協力・協業する企業の側から、鹿島アントラーズに関わる意義を見ていきたい。

①経営参画

メルカリが鹿島アントラーズFCの経営権を取得した狙い23の1つは、自社の強みであるテクノロジーをエンターテインメントと掛け合わせることによる「ビジネス機会の創出」だという24

また、メルカリが鹿島アントラーズFCと共に鹿嶋市と締結した地方創生事業に関する包括連携協定25では、三者連携によるスマートシティ事業推進、鹿島アントラーズを中心とした地域再生の企画・実行(スタジアムでの実証実験等)、官民データや情報通信技術などを活用した鹿嶋市および周辺地域の課題解決等が掲げられている。自社の強みである情報通信技術を、スポーツチームの誘引力・発信力と掛け合わせて、社会のニーズや課題に事業として取り組み、本業を通じて社会的価値を創造するCSVの動きと捉え得る。

②スポンサー

スポーツをCSVの触媒として企業が活用する方法は、経営参画に限らず、スポンサーの形での協力や協業でも可能と思われる。例えば、鹿島アントラーズでは、前掲(3)②のスポンサー企業との協業以外にも、携帯電話事業大手のスポンサー企業との間で、スタジアムでのポイント利用やキャッシュレス化、同社の5G専用端末を使ったマルチアングル観戦サービスの実験など、スマートスタジアム化での協業が始まっている。企業が獲得したい資源や機会、CSVの源泉になる社会のニーズや課題、その解決手段と社会への発信の機会を求めて、協業型のスポンサーシップを通じてスポーツチームと関わるという在り方もあるだろう。

4.むすび~スポーツの「誘引力」「発信力」がCSVの触媒になる機会は今後広がる可能性~

本稿で見てきたように、スポーツが持つ「幅広い人々の心を動かし、地域住民を含む多様なステークホルダーとの関係性の強化や社会への発信力」は、社会課題の発見とその解決による本業を通じた社会的価値の創出を企業の経済的価値につなげようというCSVの概念にとって、極めて有用であると考え得る。

最近、サッカーの他、かつては首都圏と関西圏に球団が集中したプロ野球でも、本拠地移転や地域密着によって人気が高まっている球団が見られる26。また、バスケットボールでは、地域に根差したプロリーグBリーグが盛り上がりを見せるなど、様々な競技でプロスポーツチームの地域への広がりが進んでいる。

地域にあるスポーツチームは、歴史や強さなど様々な違いがあり、「誘引力」、「発信力」にも違いがあるだろう。しかし、今はまだ力が大きくないスポーツチームであっても、企業が伴走し、地域を中心としたステークホルダーを巻き込みつつ、力を大きくしながらCSVの触媒にしていく道も考えられる。

今後更に少子高齢化が進む中で、企業を含めた地域・社会全体で課題に対応することが一層求められるようになる。地域・社会との関わりを深める動きが広がるプロスポーツチームは、企業が地域・社会課題に事業として取り組み、本業を通じて社会的価値と経済的価値を創造するCSVの触媒として、今後一層期待されるだろう。

  • マイケル.E.ポーター, マーク.R.クラマー「共通価値の戦略―経済的価値と社会的価値を同時実現する―」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー、2011年6月号)。
  • 山田志郎「スポンサーシップからパートナーシップへ―SDGsへの貢献」(月刊広報会議、2021年8月号)
    Sports Navi「スポンサーシップはパートナーシップの時代へ―課題解決型の取り組みへのパラダイムシフトの幕開け―Jリーグマネジメントカップ 2019」(デロイトトーマツグループ、2020年10月8日)
    https://sports.yahoo.co.jp/official/detail/202010060052-spnaviow
    (visited July 1, 2021)
    日本経済新聞「これからのスポーツビジネス、協賛型と共創型を両輪に」(2021年3月31日)
    岡田真理「企業とスポーツ との協働が注目される理由 欧米型の企業スポンサードが日本にもやってきた」(Jbpress、2019年10月21日)

    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57866
    (visited July 7, 2021)
  • 日本スポーツマネジメント学会 第10回大会 シンポジウムⅠ「スポーツマネジメント概念の拡張:スポーツで達成する持続可能な開発目標」(スポーツマネジメント研究第12巻第2号、2020年12月)、筒井隆志「スポーツによる地域活性化~直接の効果と外部経済効果~」(参議院調査情報担当室、「経済のプリズム」No.102、2012年7月)、経済産業省関東経済産業局「スポーツビジネスを核とした地域活性化フィジビリティ調査報告書」(2010年3月)、菊幸一「〈日本体育・スポーツ経営学会第42回大会基調講演〉豊かな生活とスポーツの成長産業化を読み解く」(体育・スポーツ経営学研究 第33巻、2020年3月)、日本政策投資銀行「スポーツの価値算定モデル調査~地域社会の持続可能な成長をもたらす、スポーツチームの価値の可視化~」(2020年3月)、日本マーケティング協会 第10回スポーツマーケティング研究報告会レポート「スポーツとCSV戦略〜スポーツで事業価値と社会価値を共創する〜」(2019年7月)、原田宗彦「スポーツ地域マネジメント持続可能なまちづくりに向けた課題と戦略」(学芸出版社、2020年8月)など
  • 平峯佑志「「スポーツ」を活用したCSVマーケティングの考察―本業を通じた社会的課題の解決―」(日本マーケティング学会ワーキングペーパー Vol.4 No.1、2017年9月)
  • 高橋豪仁「地域密着型のプロスポーツとソーシャル・キャピタルに関する調査研究」(奈良教育大学紀要第68巻第1号、2019年11月)、川西司・菊池秀夫「研究報告 プロスポーツ観戦者のソーシャル・キャピタルについて:FC岐阜ホームゲーム観戦者の事例研究」(中京大学体育研究所紀要 Vol.33、2019年3月)
  • アメリカの政治学者パットナムによる定義。厚生労働省「住民組織活動を通じたソーシャル・キャピタル醸成・活用にかかる手引き」(2015年3月)
  • 厚生労働省「住民組織活動を通じたソーシャル・キャピタル醸成・活用にかかる手引き」(前掲注6)
  • Jリーグは「地域に根ざしたスポーツクラブ」を核としたスポーツ文化の振興活動に取り組んでいて、数々のクラブについて地域への効果が言及されている。日本経済研究所「Jクラブの存在が地域にもたらす効果に関する調査」(2009年8月)。
  • 鹿行地域は、鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市の5市で構成される。
  • 茨城県ホームページ「茨城県総合計画~「新しい茨城への挑戦~」」(2020年6月)
  • 茨城県ホームページ「鹿島臨海工業地帯競争力強化プランの策定について」(2016年3月)
  • 前掲注10
  • 茨城県「茨城県地域医療構想」(2016年12月)
  • 地元5自治体43企業(当時)の出資を受け、株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー(本稿では「鹿島アントラーズFC」と表記)が設立された。鹿島アントラーズホームページ クラブ概要
    https://www.antlers.co.jp/clubs/club.html
    (visited June 14, 2021)
  • NHK BS1 スポヂカラ!「“砂漠”の町に奇跡を〜茨城鹿島アントラーズ〜」(2021年5月12日放送)
  • 日経クロステック「田舎のスタジアムを地域経済の核に鹿島アントラーズ、売上100億円への成長戦略」(2018年12月5日)
    https://xtech.nikkei.com/dm/atcl/feature/15/092100040/112700043/
    (visited June 14, 2021)
  • メルカリプレスリリース「株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーの株式譲渡に関するお知らせ」(2019年7月30日)
  • 鹿島アントラーズFCが茨城県立カシマサッカースタジアムの指定管理者としてスタジアムの運営管理を行っている。
  • ダイヤモンド・シグナル「鹿島アントラーズが「スタートアップとの共創」を始める狙い─強みは2万人のPoCができる“実験場」(2021年1月29日)
    https://signal.diamond.jp/articles/-/552
    (visited June 28, 2021)
  • 産業技術総合研究所「「飛沫抑制と通気性を両立させたマスク」の開発と感染予防効果と快適性を評価するプロジェクトを開始-カシマスタジアムで実証試験-」(2021年5月24日)。産業技術総合研究所、慶應義塾大学、花王株式会社、鹿島アントラーズFCの4者共同取組み。2017年7月に鹿島アントラーズFCと産業技術総合研究所は包括連携協定を締結している。
  • 前掲注19
  • 鹿島アントラーズでは、従来の広告露出型ではなく、「パートナーシップ」を結ぶ企業と目的を共有し、企業課題の解決に共に取り組む協業型スポンサーシップの推進を企図して、「スポンサー」を「パートナー」と呼んでいる。
  • Business Insider Japan「メルカリが鹿島アントラーズの経営権を取得する3つの理由─名門チームを輝かせるテック&ユニコーン企業的戦略とは」(2019年7月31日)
    https://www.businessinsider.jp/post-195642
    (visited June 14, 2021)。
    メルカリの鹿島アントラーズへの経営参画の理由として、「顧客層の拡大」「ブランド力の向上」「ビジネス機会の創出」が挙げられている。
  • 「メルカリと鹿島アントラーズが見据える未来テクノロジーを活用し、地域のハブを目指す」(宣伝会議、2021年1月号)、2020年11月開催の「宣伝会議サミット」での小泉文明氏(株式会社メルカリ取締役 President(会長)兼株式会社鹿島アントラーズFC代表取締役CEO)の講演記事。および、前掲注23。
  • メルカリプレスリリース「鹿嶋市・メルカリ・鹿島アントラーズ・エフ・シー持続可能な地域社会実現に向けた地方創生事業に関する包括連携協定を締結」(2020年2月18日)。その後、行方市とも包括連携協定を締結した(2021年5月6日)。
  • ニュースイッチ「過去最多だったプロ野球の観戦者数、カギは「地域密着」と「女性ファン」」(日刊工業新聞社、2020年10月10日)
    https://newswitch.jp/p/24118
    (visited July 8, 2021)
    相沢光一「日ハムとカープに見る「プロ野球も地域密着」の浸透」(DIAMOND オンライン、2016年11月1日)
    https://diamond.jp/articles/-/106371
    (visited July 8, 2021)

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