ワーク・エコノミックグロース

企業による人への投資としての「越境学習」~内外の往来で生じる違和感と葛藤が個人と組織を強くする~

主任研究員 大島 由佳

企業が人への投資に対する関心を高める中、越境学習が注目されている。従来のOJTや研修と異なり、越境学習では会社(ホーム)を離れ、既存の前提・常識が通用しない環境(アウェイ)に身を置きまた戻ってくる過程で生じる違和感や葛藤から学ぶ。特徴は、学びが貢献意欲の向上や新たな視点、行動などを通じて組織にも還元される点である。労働市場の流動性が十分には高くない日本で、イノベーションを促進する柔軟性が高い組織・人材を作り出すには社内人材の成長が鍵になる。そのための人への投資として、「知の探索」にもつながる越境学習は1つの選択肢になり得る。
 越境学習の学びを個人のみならず組織にも還元するには、適切な越境体験の構築が欠かせない。そのポイントを探ると、越境学習者を前向きに送り出し迎え入れる企業の風土作りの重要性が見えてくる

1. 日本における企業による人への投資の課題 、越境学習への注目

イノベーションは企業の競争優位を支える上で重要だと言われている。しかし、日本は研究開発への投資に比べ、イノベーションを促進する柔軟性が高い組織作りや人材の確保・育成といった人への投資が国際的に見て低いのが現状だ2。イノベーションの創出には「知の深化」(既存の知の活用)と「知の探索」(自己の認知の範囲外に出て知を探す活動)が重要と経営学で指摘されている3。日本での企業による人への投資は社外からの人材調達ではなく自社の従業員の教育訓練が主であり、社内でのOJT(On the Job Training:日常業務で行われる指導・訓練)を重視する企業が7割4を占める。これは、「知の深化」には適するものの、「知の探索」には不向きとされる5

一方で、社外活動を通じた従業員の成長を組織の成長につなげようとする企業の動きが見られる。中でも昨今関心が高まっている「越境学習」を本稿では取り上げる。越境学習を個人と組織の双方にとって効果的な学びとする上でのポイントを明らかにしていく。

2.越境学習とは

(1) 定義・分類

越境学習を研究する石山恒貴氏は、越境とは「個人にとってのホームとアウェイの間にある境界を越えること」、越境学習を「ホームとアウェイを往還する(行き来する)ことによる学び」と定義している6。越境学習は主導者や目的、越境中における所属元企業(ホーム)との関係により大きく3つに分類できる《図表1》7

個人が慣れない居心地の悪さを感じる場であればアウェイに該当する。③の例にある地域の祭りの実行委員やPTA活動など個人の暮らしに身近な場から、①のような企業が従業員を派遣する新興国、ベンチャー企業などの他社・他団体といった離れた場まで、越境学習する場(アウェイ)の種類は幅広い。一方、人事異動・転勤、転職は、元居た場所には戻らず行った先が次のホームになるため越境学習にはならないとされる。そもそも人事異動・転勤は、同じ企業文化内に居続ける点でアウェイではないという。また、他企業への出向も、系列グループ会社に所属元企業内での人事異動と同様の位置づけで出向するケースはアウェイではないが、所属元企業と業種や組織文化などが大きく違う企業へ出向するケースではアウェイつまり越境に該当する10

本稿では、所属元企業(ホーム)での仕事を続けている②・③の越境学習ではく、一定期間ホームを離れる①の越境学習を取り上げる。

(2) 越境学習のプロセスと効果 ~内外の往来での個人の学びが組織に波及する~

企業が人材育成を目的として従業員を新興国などに派遣する越境学習では、越境学習者は一定期間(数か月程度が多い)、所属元企業を離れて派遣先の仕事に専念する。派遣先は課題や職務分掌が不明確、かつ人手や資金が乏しいことも多い。業種が所属元企業と異なる場合もある。そのため、越境学習者は派遣先で自身がやるべきこと・できることを模索しながら自ら行動を起こさなければいけない。これまでと異なる環境下では自分でできることが限られているため、周囲とのコミュニケーションや協働が必然的に発生する。

このように越境中の試行錯誤は越境学習者の学びの要素であるが、越境を通じた学びのプロセスは越境中だけではなく越境前・越境後もあり、複数のステップを踏んでいく《図表2》。越境学習はそれら一連のプロセスを通じて、越境学習者のみならず、所属元企業の組織にも学びや変化をもたらす。

越境学習者は、そのプロセスの中で概ね以下の心理・思考・行動を経験していく11

<1> 越境前

派遣先への適応に向けた準備を進めつつ、派遣先で個人として何をやりたいかを見つめ直す。

<2> 越境中

当初は所属元企業と派遣先との違いに衝撃を受け葛藤してもがくが、次第に派遣先を理解し、所属元企業と派遣先の両者を俯瞰できるようになり、派遣先で貢献できるようになる。

<3> 越境後

派遣先から所属元企業に戻った当初は、所属元の制度やメンバー、仕事の進め方などに違和感を抱くが、再び所属元企業の組織に適応していく。その後、越境(所属元企業と派遣先との行き来)を通じて抱いた違和感や葛藤、両者を俯瞰して生じた自己の考えを周囲に伝え行動を起こす。周囲を巻き込みながら、所属元企業の組織に変化や影響を生んでいく。

3.個人・組織双方に効果をもたらす越境学習のポイント ~学びのステップを上がる後押しが必要~

企業は越境学習者に対して、個人の越境体験での学びが組織に還元されるのか、越境を経験したことで所属元企業での仕事への意欲が低下したり転職しないかといった懸念を抱くかもしれない。しかし、最近の研究では、適切な越境体験の構築により、戻ってきた所属元企業への貢献意欲の向上、新たな視点や行動など組織への還元が明らかになっている12。適切な越境体験の構築とは、《図表2》の越境学習のプロセスにある各ステップを越境学習者が上がっていく支援と言え、主に以下の3点に集約できる13

(1) 越境学習者と派遣先との適切なマッチング (越境前)

学びの源であるホームとアウェイの行き来による違和感や葛藤を生むには、越境学習者の選定もさることながら、ホーム(所属元企業)と大きく異なるアウェイになる派遣先の選定が必要である。アウェイでの貢献につながる個人の越境に対する意志、これまでのキャリアや課題意識も大切な要素だ。また、学習のゴールによっても適切な派遣先は異なる。翻って派遣先の視点に立つと、人手が不十分な状況にあり、派遣される人材に適切な能力やスキルを求めている場合が多い。個人・派遣元企業と派遣先が互いの考えやニーズを理解し合意することが肝要である。

(2) 越境学習プロセスを支援・伴走する存在 (主に越境中)

越境学習者がホームとアウェイの行き来を通じて生じる違和感や葛藤を認識し、ホームと自己の両者を俯瞰できるようになるには良質な内省が欠かせない。寄り添い問いかけをしてくれる他者との対話が、思考の深化や言語化を促し、内省の助けになる。

(3) 越境学習者を前向きに送り出し迎え入れる所属元企業の組織風土 (特に越境後)

戻ってきた越境学習者が、違和感や葛藤、ホームと自己を俯瞰した経験をもとに起こす変化を所属元企業として歓迎する姿勢が、越境学習の学びを組織に活かす鍵になる。そのためには、越境学習者の意見や行動が、組織の従来の文化や論理にそぐわない場合であっても否定・ないがしろにしない態度が重要である。上司や身近な同僚は越境学習者に関心を寄せつつも自発性に任せ、必要な場合は支援することが望ましい。

(1)や(2)に関しては、越境学習プログラムを提供する事業者に依頼する方法がある。新興国などへの越境学習プログラムを10年以上提供しているNPO法人クロスフィールズの千足氏は、(1)では派遣先での業務設計も重要だと指摘する。業務内容は、容易に遂行できない難しさを持つと同時に、限られた期間内で成果を出すことも必要であり、適切な難易度で業務を設計する必要があるという。

(3)に関しては、越境学習者の所属元の部署での取組みだけでなく、経営者層が外での学びを歓迎するとのメッセージを発信するなど組織風土の醸成に積極的に関わるべきである。また、人材育成部門による経営者・所属元の部署・越境学習者・越境学習プログラム提供事業者との連携・調整は欠かせない。前出の千足氏も(3)の重要性を指摘する。例えば、経営者層や上司などの管理職層が、数日程度、社会課題の解決などに取り組む越境学習を体験する取組みが有効だという。自身で体験することにより越境学習者のよき理解者になり、越境学習者の学びを組織へ還元する支援者になるためだ。また、個人・組織双方に効果をもたらす越境学習を実現している企業では、越境学習プログラムの経験者が部門の垣根を越えて企業内で憧れの存在、キャリアモデルになっているという。経営者によるメッセージ発信に加え、様々な従業員が越境学習者の話に触れる機会を作ることが、企業全体で越境学習者を前向きに送り出し迎え入れる組織風土の醸成につながっている。

4.越境学習の学びを組織に還元する風土作りの重要性

本稿では、越境学習の中でも、企業が人材育成を目的として従業員を新興国などに派遣するケースを取り上げた。それら《図表1》①の越境学習のみに注目すると、職場にいる越境学習者は限られるかもしれない。しかし、副業、プロボノ、ボランティア活動といった《図表1》②・③に示した活動も含めると、職場には多様な越境学習者が集っていると言える。SDGsや社会課題解決への個人・企業双方の関心が高まり、働き方改革により個人は仕事中心ではない生き方の選択肢を持ちやすくなっている。コロナ禍やテレワークによる後押しもあり、このような越境学習者は今後も増えていくと考えられる。広く各従業員の違和感や葛藤に耳を傾け、互いに共感・支援する組織運営が、越境学習者を前向きに送り出し、迎え入れた後に組織の従来の文化や論理にそぐわない意見や行動が越境学習者から出てきた場合であっても否定・ないがしろにしない風土作りにもなるだろう。そのような風土が生まれることで、様々な越境学習の学びが組織に還元される。また、3.で紹介した、経営者層や管理職層自らが越境学習を体験してみる、従業員が様々な越境学習の経験者の話に触れる機会を作るといった取組みも考えられる。

日本から欧米に目を転じると、労働市場の流動性が高く、人材は育成するより調達するものとの考えが強いため、越境学習を通じて長期的に社内人材を育てる取組みは少ない14。一方で、日本は労働市場の流動性が十分には高くなく、社内にいる人材の生み出す価値を最大化する必要がある。企業が人材育成を目的として行う越境学習は、イノベーションを促進する柔軟性が高い組織作りや人材育成策の1つと考えられる。また、副業などとあわせて、個人が自己の価値観を見つめ直す機会の提供・キャリア自律の後押しにもなる15

越境学習者が今後増えていくとすると、その学びを組織に還元する風土作りの重要性は一層高まる。

5.むすび

本稿では、企業による人への投資の1つとして越境学習を取り上げ、その学びが個人と組織の双方に効果をもたらすことを紹介した。越境学習の効果は最近明らかになったものである。日本での越境学習研究の歴史は比較的日が浅く、2010年代以降盛んになっている16。越境学習がアンラーニング(時代にそぐわなくなった知識や価値観を捨て去り新しく学び直す)やジョブ・クラフティング(やらされ感がある仕事への見方を変え自分なりの意味づけを行う)につながるといった他の概念との関係も近年指摘されている17

筆者自身、企業による人材育成を目的とした新興国での越境学習プログラムに参加した経験がある。越境前から越境後の自身の心理・思考・行動は、本稿で紹介した越境学習のプロセスに符合する。越境学習がアンラーニングやジョブ・クラフティングにつながるという指摘についても、自身の経験に合致する。

人への投資としての可能性が期待される越境学習について、今後の研究により個人や組織へのその他の効果も明らかになるのか、今後の研究の進展が注目される。

  • 中原淳 「経営学習論 増補新装版 人材育成を科学する」(東京大学出版会、2021年2月)
  • 内閣府 「平成30年度 年次経済財政報告 (経済財政政策担当大臣報告) ―「白書」: 今、Society 5.0 の経済へ―」 (2018年8月)
  • 入山章栄 「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社、2019年12月)
  • 厚生労働省 「能力開発基本調査」(2017年調査)
  • 石山恒貴・伊達洋駆 「越境学習入門」(日本能率協会マネジメントセンター、2022年3月)
  • 前掲注5。なお、中西善信・江夏幾多郎「越境研究の現状と展望」(経営行動科学第32巻第1・2号、2020年)によると、越境は社会や組織における様々な様相と関連付けて論じられ、研究者によって様々な捉え方がされているという。例えば中原淳氏は越境学習を「個人が所属する組織の境界を往還しつつ、自分の仕事・業務に関連する内容について学習・内省すること」と定義している。中原淳「経営学習論 増補新装版 人材育成を科学する」(前掲注1)。この定義は元の居場所から出てまた戻ってくるという「行き来」を通じた学習という点が石山氏の定義と共通する。また、組織間・職場間などの制度的・物理的な境界ではなく普段とは異なる状況か否かという「状況」の境界に着目する捉え方もある(Engeström,Y. Engeström, R. & Kärkkäinen, M., 1995: 香川, 2015 など)。慣れた普段の状況か否かという点は、石山氏の定義にあるホームとアウェイの捉え方に符合すると言える。本稿では、石山氏による「越境」および「越境学習」の定義に基づき論述する。
  • 前掲注5
  • プロボノとは職務上の専門知識・技術を活かして行う社会奉仕活動のこと。ラテン語のpro bono publico(公益のために)の略。
  • 企業が人材育成を目的として副業を推進・容認する場合もある。
  • 石山恒貴 「越境的学習のメカニズム-実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像」(福村出版、2018年1月)
  • 経済産業省 「令和元年度 大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金(中小企業新事業創出促進対策事業) 越境体験ルーブリックの活用マニュアル」(2021年3月) および 前掲注5
  • 前掲注5
  • 前掲注5
  • 経済産業省 「令和元年度 大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金(中小企業新事業創出促進対策事業) 効果的な越境体験の導入にむけて」(2021年3月)。経済産業省はイノベーション推進人材の育成施策の一つとして越境体験を推奨している。
    経済産業省 「越境学習によるVUCA時代の企業人材育成 経済産業省「未来の教室」事業 社会課題の現場への越境プログラム」ホームページ < https://www.learning-innovation.go.jp/recurrent/ >
  • 前掲注1および注5
  • 荒木淳子氏による「企業で働く個人の『キャリアの確立』を促す学習環境に関する研究-実践共同体への参加に着目して-」(日本教育工学会論文誌 Vol.31 No.1、2007年)などの一連の論文が日本における越境学習論の発展の大きな契機とされる。前掲注5。
  • 前掲注5、松尾睦「仕事のアンラーニング-働き方を学びほぐす-」(同文舘出版、2021年6月)、および、藤澤理恵・高尾義明「越境による仕事の意味とワーク・アイデンティティの変化が起点となるジョブ・クラフティング・プロセスの実証研究」(組織学会2017年度研究発表大会、2017年6月) 、他。

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