企画・公共政策

キャッシュレス決済の動向と今後の展望

主任研究員 小池 理人

2022年のキャッシュレス決済比率は36.0%となり、決済額として初めて100兆円を超えるなど、速いペースで国内に浸透してきている。しかし、口座振込・振替も含めた普及度の高さと、経済正常化に伴う現金忌避の後退などを考慮すると、今後のキャッシュレス決済比率の伸びは鈍化する可能性が高い。一層の普及を目指すためには、キャッシュレス決済のメリットを改めて訴求し、各経済主体の自発的なキャッシュレス化を促していく必要がある。
2023年のキャッシュレス動向は「キャッシュレス決済の動向(2023年)」をご覧ください。
https://www.sompo-ri.co.jp/2024/04/04/12001/
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1.社会に浸透するキャッシュレス決済

4月6日に経済産業省から公表された2022年のキャッシュレス決済比率は36.0%となり、決済額としては初めて100兆円を超えた(図表1)。日本におけるキャッシュレス決済比率は海外と比較して低い水準ではあるものの(図表2)、政府によるキャッシュレス決済の推進やコロナ禍における現金忌避等により、徐々にキャッシュレス決済が浸透してきている。

内訳をみると、クレジットカード決済が30.4%(2021年:27.7%)とキャッシュレス決済手段の中で、最も大きなウエイトを占めている。ウエイトもさることながら、比率自体も上昇が続いており、キャッシュレス決済全体の牽引役となっている。クレジットカード決済が増加した理由としては、EC(電子商取引)の拡大が挙げられる。総務省「家計消費状況調査」をみると、インターネットを利用した支出が増加していることが確認できる(図表3)。ECはこれまでも拡大傾向が続いてきたが、コロナ以降、勢いが一層強まっている。同じく総務省「通信利用動向調査」によると、インターネットを使って商品を購入する際の決済手段(2021年)はクレジットカード払い(代金引換時の利用を除く)が75.7%と突出して高く、ECの伸びがクレジットカード決済の拡大の追い風となったことを示唆している(図表4)。


また、コード決済の伸びも注目される。コード決済の比率は2.6%とクレジットカードに大きく見劣りするが、驚くべきはその急速な拡大ペースである。2018年のコード決済金額は1,569億円にすぎなかったが、2022年には7兆9,282億円と実に50倍以上の規模にまで拡大している。事業者による積極的なキャンペーンの実施やコロナ禍における非接触決済へのニーズの高まりが追い風になっているものとみられる。ただし、普及率については年代によってバラつきがあり、年代が上がるにつれてQRコード・バーコードが決済手段として利用されていないことが示されている(図表5)。特に、70代以上への普及率は低く、今後の課題となっている。

クレジットカード決済やコード決済に対し、電子マネーやデビットカードについては、伸び悩んでいる。クレジットカードでのタッチ決済が広がり、QRコードが躍進する中で、電子マネーは徐々に存在感が弱まっている。デビットカードはポイント還元率の低さなどから、低水準でのウエイトに止まっている。キャッシュレス決済全体としては拡大が続いているが、内訳については変化が生じているようだ。

キャッシュレス決済が浸透する中で、ATMやCD(キャッシュディスペンサー)の設置店舗数・設置台数が減少しているなど(図表6)、現金を取り巻く環境にも変化が生じている。ATM・CDの減少には、銀行のコスト削減やコンビニATMの増加も影響しているが、キャッシュレス決済浸透に伴う現金需要の減少や、コロナ禍における接触忌避の動きが大きな背景にあることは疑いない。また、キャッシュレス決済が広がる中で、少額硬貨の流通高が減少を続けている(図表7)。財務省が公表する2023年の貨幣製造計画をみても、1円硬貨から500円硬貨までの6種類の硬貨の製造枚数は5億8,600万枚と高度成長期以降で最少となっており、今後も流通量は減少傾向を継続すると見込まれる。

2.さらなる拡大にはキャッシュレス決済のメリット訴求が必要

政府による普及推進や利便性の向上により、キャッシュレス決済は今後も拡大していくことが予想されるが、その伸び率は鈍化していくとみている。政府は2025年にキャッシュレス決済比率40%を目標に掲げているが、今のままでは目標達成は困難であろう。なぜなら、キャッシュレス決済比率の伸び代が見た目程は大きくないからだ。冒頭で述べた足もとのキャッシュレス決済比率(36.0%)には、銀行振込や口座振替が含まれていない。経済産業省「消費者実態調査」によると、口座振込と口座振替を含めたキャッシュレス割合は67%に達するとの分析もなされており、見方によっては既にキャッシュレス決済が広く浸透しており、伸び代は小さいと捉えることもできる。また、前述したコード決済については、既に若年層に対しては普及しており、更なる普及を目指すには高齢者ユーザーの獲得が必要になるが、若年ユーザーの獲得と比較して困難であることが見込まれる。加えて、キャッシュレス決済の追い風となっていた現金忌避・接触忌避の流れも、経済活動正常化の中で変化していく可能性が高い。

拡大ペースの鈍化が予想されるキャッシュレス決済であるが、一層の普及を推進するためには、キャッシュレス決済のメリットを訴求していく必要がある。キャッシュレスが浸透していくことで、消費者にとっては利便性の向上が、企業にとってはコスト削減が、政府にとっては脱税の抑止が実現できるなど、多くのメリットが存在する。とりわけ、企業にとっての効率化のメリットは大きい。経済産業省の試算によると、キャッシュレスの導入により、レジ対応時間が約35%短縮され、キャッシュレス対応セルフレジの導入で両替頻度が67%削減されることが示されている。労働力人口が減少し、人員不足が叫ばれる中で、業務効率化・省力化は喫緊の課題となっており、キャッシュレス化による業務時間の削減は、小売・サービス・運輸業界等にとって効率的に業務を遂行する上での重要な要素になるだろう。

これまで行われてきたような、ポイントの付与やキャッシュレス決済端末導入に対する補助金等でのキャッシュレスの推進はこれまでキャッシュレス化に慣れていなかった消費者の呼び込みには有効ではあるものの、今後一段の普及を目指す下では持続的な効果を発揮するとは考えにくい。一時の金銭的優遇措置ではなく、キャッシュレス化による本源的なメリットが何であるのかを改めて訴求することで、各経済主体が自発的にキャッシュレス化を進めていくことが、一層のキャッシュレス決済比率向上のために必要であると考えられる。

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