ネットゼロ関連表示の課題と対応方策
~グリーンウォッシュの抑止力としての表示ルール~
上席研究員 小林 郁雄
本稿では、ネットゼロ関連の表示をめぐる国内外の動向を踏まえ、日本の表示ルールである景品表示法等の課題を抽出して、グリーンウォッシュの拡大リスクに対応した表示ルールのあり方について検証する。
1.企業のネットゼロ宣言の増加とグリーンウォッシュ
(1)ネットゼロ宣言の増加
多くの国や地域が今世紀内のカーボンニュートラルの実現を表明する中、企業においても、温室効果ガスの排出量を2050年までに正味ゼロにする「ネットゼロ宣言」が国内外で広がりを見せている1。
企業にとっての有力な排出削減手段である再生可能エネルギーはさらなる拡大が予想され、脱炭素の視点を経営戦略や事業方針に活かす「脱炭素経営」も大企業から中小企業へと拡大の気配をみせていることから、今後もネットゼロ宣言を行う企業は増加を続けることが予想される。
そのような中、2022年11月のCOP27にあわせて、安易なネットゼロ宣言の増加に警鐘を鳴らす報告書が国連の専門家グループにより公表された2。
(2)見せかけのネットゼロ宣言への危機感
この報告書は、企業、金融機関、自治体といった国以外の主体が行うネットゼロ宣言でのインテグリティ(誠実さ)、透明性、説明責任の重要性を訴え、10の提言を示した(図表1)。この報告書の背景には、実態の伴わないネットゼロ宣言の増加とそれに伴うグリーンウォッシュの拡大への強い危機感がある。
グリーンウォッシュとは見せかけの環境配慮を意味し、競合企業に経済的な損害を与えるとともに、消費者の行動変容にも悪影響を及ぼすもので、真に必要な対策を先送りさせてしまうことが懸念されている。
本来、企業のネットゼロ宣言は、自社やサプライチェーン全体での脱炭素の実現を確信した上でコミットされるべきものであり、宣言のために超えるべきハードルは決して低くない。にもかかわらず、ネットゼロを宣言する企業は短期間で増加した。このことは、脱炭素の流れに乗り遅れることを恐れて、十分な検証を経ずに宣言を急いだ、いわゆる安易なネットゼロ宣言が少なからずあったことを示唆している。
(3)グリーンウォッシュにより懸念される悪影響
見せかけのネットゼロ宣言は、グリーンウォッシュとの指摘を受けるリスクがあり、最悪の場合、消費者や投資家からの信頼を失う可能性もある。グリーンウォッシュが社会的な問題になれば、消費者や投資家の不信感は高まり、脱炭素関連のビジネスチャンスは失われていくことになる。
加えて、企業によるグリーンハッシングの懸念もある。グリーンハッシングとは、グリーンウォッシュの疑いをもたれることを避けるために、環境に関する情報の公表を意図的に避けることを意味する。欧米では、消費者や投資家の判断に有用な情報が公表されずにブラックボックス化することが問題視されている。
あくまで想定だが、グリーンウォッシュとそれに続くグリーンハッシングの負のスパイラルが生じた場合、国や経済界の期待する成長エンジンとしての脱炭素は馬力を失う。脱炭素と経済の両立を実現するには、国だけでも企業だけでもなく、すべての主体がグリーンウォッシュの問題に適切に対処していく必要がある。
2.グリーンウォッシュと表示ルール
(1)表示ルールの担う役割
企業が第三者に対して示す何らかの情報はすべて「表示」と捉えることができる。確たる定義はないものの、文字、図形・マーク、音声、動作などの方法を問わず、広告等でみられる説明文やデザインなどはすべて表示にあたる。多くの国では、公正な競争の確保や消費者利益の保護といった観点から、表示に関するルールが定められ、企業はそのルールに従って表示の対象や内容に応じた適正な表示を行う必要がある。
通常、企業のネットゼロ宣言や脱炭素の取り組みに関する情報は、企業が作成する情報開示書類や製品・サービスの広告等の表示を通じて消費者や顧客に伝達されるが、その過程において、表示のルールは不適切な表示を抑制する役割を担っている。
表示ルールは、広告等の表示の信頼性を確保する上で不可欠な手段であり、グリーンウォッシュへの有効な対抗策となる。前述の国連の報告書でも、見せかけのネットゼロ宣言への対処として、ネットゼロ及びその関連分野でのルールの策定・強化が提言されている(図表1)。
そこで、本稿では、日本においてネットゼロ関連の表示ルールを策定・強化する必要性について検証する。
なお、金融分野ではグリーンウォッシュの回避の重要性がいち早く認識され、国内外でルールの整備をはじめとした対策が別途進められていることを踏まえ、本稿での検証は金融分野以外の表示を対象にする。
(2)ネットゼロ関連の表示ルールに関する欧州の動向
欧州では、金融分野以外においても、製品・サービスに関する広告等の表示ルールが急速に整備されつつある。日本の場合とは異なり、グリーンウォッシュの問題がすでに顕在化しているため、欧州の動向をもって直ちに日本のルール整備を急ぐべきとはならないが、日本の表示ルールを検討する上で欠かせない情報となる。以下、フランス、EU、イギリスを例に概要を示す。
①フランス
フランスはグリーンウォッシュの規制においてEUを先導している。2021年8月に公布された「気候とレジリエンス法」は、製品やサービスがカーボンニュートラル等であることを広告に記載する場合に、次の3つの情報の公開を広告主に義務付けた6。
・製品・サービスの直接排出と間接排出を含めた温室効果ガス排出量
・製品・サービスの排出量に関する最終的なカーボンニュートラルに至るまでの年次計画
・最終的なオフセット(相殺)についての詳しい情報(政令で定める最低基準への適合が必要)
このルールは2023年1月から適用されており、規制対象となる表示は、「カーボンニュートラル」、「ゼロカーボン」、「カーボンフットプリント」、「気候中立」、「完全オフセット」、「100%オフセット」または同等の意味の文言と規定されている7。
そのほかにも、この法律は、商品やサービスのライフサイクル全体における気候変動等への環境負荷の程度(エコスコア)を、衣料や食品といった商品・サービスの種類ごとに、統一的なマークやラベル(環境影響ラベル)で表示することを義務付けている8。
②EU
2023年3月に欧州委員会が「グリーンクレーム指令案9」を公表し、その後9月に欧州議会および閣僚理事会との協議で政治合意されており、まもなく承認される見通しとなっている(本稿執筆時点)。指令の目的には、気候中立型経済への移行の加速や公正な競争条件の確保とともに、グリーンウォッシュからの消費者の保護、企業の保護が掲げられており、環境ラベルを含めたさまざまな環境表示が満たすべき最低要件を示すものとなっている。加盟国は指令の発効から24か月以内に国内法への反映が求められるため、今後、EU圏内でビジネスを展開する日本企業にも影響が及ぶことになる。
③イギリス
消費者保護法に基づき、製品・サービスに関する表示で消費者を誤解させるようなものは規制されてきた。ところが、消費者保護法の執行権限を持つ競争・市場庁(CMA)がオランダの消費者市場庁と共同で実施した調査によれば、さまざまな分野の製品・サービスを宣伝するウェブサイトの約4割で消費者保護法への違反が疑われるなど、消費者の誤解をまねくような環境表示が多くみられることが判明した10。
そこで、2021年9月、CMAは環境表示に関する企業向けのガイダンス「グリーンクレームコード11」を公表した。このガイダンスには法律の遵守に資する6つの原則とそれらの詳細な解説が含まれており、企業支援という名目の下で事例が数多く示され、複雑で判断に迷うような実践的なケーススタディやチェックリストも用意されている。
イギリスの消費者保護法は日本だと景品表示法12にあたる法律であり、グリーンクレームコードは日本でいえば消費者庁のガイドラインにあたると考えられる。グリーンクレームコード自体は法令ではないが、法執行を担う行政機関としての法運用上の行政解釈として、事業者に強い効力を及ぼすとみられる。
3.日本の表示ルールの現状と問題点
(1)現状
①「ゼロ」に関する表示のルール
ネットゼロと同じく「ゼロ」の表現を用いた表示に、カロリーゼロがある。これを例に、表示ルールのわかりやすさや明確さについて考えてみたい。
カロリーゼロの表示ルールは、食品表示法とそれに基づく食品表示基準に規定されている。具体的には、特定の測定方法の下で100gあたり(液体の場合は100mlあたり)5kcal未満であれば、カロリーゼロと表示できると定められている13。このルールだと、カロリーが一定程度あったとしてもカロリーゼロと表示できるため、その点に疑問をもつ消費者も存在する。とはいえ、ルール自体は単純でわかりやすく、正しいか否かのボーダーラインが明確なため、表示の真正性を第三者が客観的に検証することができる14。
このように、カロリーゼロの表示ルールは明確でわかりやすく、後述するネットゼロ関連の表示ルールとは対照的な関係にある。本稿では、ネットゼロ関連の表示ルールのわかりやすさ・明確さに焦点をあて、現行ルールの課題について検証する。
②ネットゼロ関連の表示のルール
日本におけるネットゼロ関連の表示ルールの現状について整理する。なお、以降の記述は筆者個人の見解であり、一般的な法令解釈と異なる場合があることにご留意いただきたい。
企業による広告等の表示のルールには、いわゆる共通ルールにあたる法律と特定の分野の表示を対象にした特別ルールのような法律の2種類がある。前者の共通ルールには、景品表示法15(景表法)、独占禁止法16(独禁法)、不正競争防止法17(不競法)の3つの法律があり、後者の特別ルールには、前述の食品表示法をはじめ、金融商品取引法、宅建業法、健康増進法、薬機法など、そのほかにも多数の法律がある18。ネットゼロ関連の表示の場合、特別ルールにあたる法律はなく、前者の3つの法律が表示ルールになる。
図表2に、3つの共通ルールの概要を整理した。景表法が一般消費者の利益の保護を目的とするのに対して、独禁法と不競法が公正な競争を目的に含んでおり、景表法が他の2法とは異なる。また、景表法と独禁法が行政機関による法執行であるのに対して、不競法は民事上と刑事上の措置による仕組みであり、不競法が他の2法とは異なる。他方で、各法律が禁止する表示の内容には重なりがあり、偽装表示の中にはいずれの法律にも違反するケースがありうる。このように、3つのルールには相違点、類似点、共通点が混在する。
(2)表示ルールの問題点
①表示ルールが明確でなくわかりにくい
ネットゼロ関連で消費者がよく目にする表示は、新聞、雑誌、テレビ、ウェブ等での商品やサービスに関する広告であり、そのような表示では、景表法によって優良誤認表示や有利誤認表示が禁止されている(図表2)。ところが、景表法の規定は、食品表示法の規定のように表示上の遵守事項を詳細に網羅したものではなく、表示上の禁止事項を概念的に規定したものとなっている。
優良誤認表示を例にすると「実際のものや事実に相違して競争事業者のものより著しく優良であると一般消費者に誤認される表示」と規定されており、優良の程度が「著しく」に該当するか、また「誤認される」程度か否かなどの判断は難しい。前述のカロリーゼロの表示とは、ルールのわかりやすさや明確さという点で大きく異なっている。
企業や消費者向けの景表法に関するQ&Aやパンフレットも作成されてはいるが、違反事例がない分野に関する情報は、それらの資料からは得られない。そこで、消費者庁では、特定の分野の表示に関する違反事例の増加が懸念されるといった特別の場合に、特定の分野の表示を対象にしたガイドラインを作成・公表している19。ガイドライン自体は法令ではないものの、法執行を担う行政の考え方が示されており、現行ルールをわかりやすく明確化する有効な手段となっている。現状では、ネットゼロ関連の表示や環境表示に対応したガイドラインは作成されていない。
なお、消費者庁では2022年12月に、「生分解性」に関する表示が十分な根拠に基づくものではなく優良誤認表示にあたるとして、販売事業者10社に対して景表法に基づく措置命令を行った。それまでは、環境配慮を謳う表示に対する行政処分の例はなく、環境表示における初の処分事例となった20。
以上のように、現行の景表法では環境表示が規制対象であること自体は明確になっているものの、ネットゼロ関連の表示について、どのような表示が優良誤認表示等に該当するか否かの判断材料となる具体的な情報は明らかでない。このため、表示ルールをわかりやすく明確なものにしていくことが今後の課題となる。
②表示ルールへの行政の関与が表示のタイプによって大きく異なる
次に、ネットゼロ関連の表示の中で現行ルールの守備範囲から外れるものがないか検証する。
図表3に、表示をいくつかのタイプに分類して、それらと各ルールの守備範囲との関係を整理した。景表法と独禁法の場合、自己が供給する商品・サービスについての表示であれば守備範囲に入るが、それ以外の広告、例えば企業のイメージ広告や人材募集広告、あるいは自己が供給を受ける商品・サービスについての広告表示などは守備範囲外となる。一方、不競法では、誤認を惹起するような表示であれば、表示のタイプによらず守備範囲内となる。
ただし、不競法は行政が法執行を担うものではない。また、差し止め請求や損害賠償等の救済を求めることができるのは、営業上の利益を侵害された、または侵害されるおそれのある競合企業となる。一般消費者が不利益を被ったと主張しても、営業上の利益の侵害にはならず、民事上の措置を求めることはできない21。
そのように考えると、行政による法執行の対象になっていない表示(企業のイメージ広告や人材募集広告、あるいは自己が供給を受ける商品・サービスについての広告等の表示)に対する行政の関与の明確化が2つめの課題として挙げられる。
(3)表示ルールに次ぐ参考指針 ~環境省による「環境表示ガイドライン」~
環境省は、自己宣言によって環境配慮に関する表示を行う事業者を念頭に、望ましい表示に必要な情報を「環境表示ガイドライン~消費者にわかりやすい適切な環境情報提供のあり方~22」にまとめている。この中で、「環境表示」とは、製品やサービスの原料採取から製造、流通、使用、リサイクル・廃棄の段階において、環境に配慮した点や環境保全効果等の特徴を説明したものをいうと定義されている。
このガイドラインは、環境表示の範囲を広範に捉えている点が特筆される。これに従えば、広告に掲載された温室効果ガス排出削減効果についての表やグラフも環境表示に該当し、一般消費者の目に触れることが稀な産業用工作機械のパンフレットのようなBtoBの場合でも、省エネ効果についての説明文などは環境表示として扱われることになる。そのほかにも、企業の自己宣言であるネットゼロ宣言をはじめ、企業のイメージ向上やブランディングを目的とした広告など、脱炭素に関連するほぼすべての表示が「環境表示」に該当することになる23。
このガイドラインでは、自己宣言による環境表示に対して国際規格(ISO14021タイプⅡ環境ラベル表示)への準拠を求めており、そのための基本項目を5つ示している(図表4)。いずれの項目も、前述した国連の報告書の提言(図表1)に対応した内容となっているほか、景表法との関係でも、3つめの項目が不実証広告規制ルールに対応しており、4つめの項目と併せて優良誤認表示の回避に役立つ内容となっている。
環境表示ガイドラインには法的な効力はないが、企業がネットゼロ関連の表示におけるグリーンウォッシュを回避する上で、まずもって参考にすべき行政資料だといえる。
4.今後のリスク要因と対応方策
(1)グリーンウォッシュの問題を顕在化させるリスク要因
現行の表示ルールには、グリーンウォッシュの問題を顕在化させるリスク要因が複数存在する。
①現行ルールの不明確さはグレーゾーンの表示の増加を抑制できない
ネットゼロ宣言の増加につれて、ネットゼロ関連の広告表示は他社との差別化のため多様化すると考えられる。ところが、ネットゼロ関連の現行の表示ルールは適否の判断材料が乏しく、不適切な表示を抑制する機能が働きにくいため、結果的にグレーゾーンの広告表示が増加する可能性が高い。
②脱炭素の取り組みが高度化することで、グリーンウォッシュの見分けがさらに難しくなる
前述の国連の報告書も指摘するとおり、今後は宣言の品質が問われる。一部の企業は、再エネ電力の導入による排出削減だけでなく、脱炭素と他の環境問題や社会貢献に複合的に取り組むことによって、脱炭素の付加価値を高めようとしている。特に、生物多様性保全策との組み合わせや、グリーンインフラあるいは生態系を活用した防災・減災(EcoDRR)との組み合わせによる相乗効果は注目されている。ところが、そのような複合的な取り組みは効果の評価や検証がこれまで以上に難しく24、検証方法や判断基準が明確でない場合、グリーンウォッシュと見分けがつかない表示が増加することになる。
③海外の表示ルールが厳しくなれば、日本の企業もその影響を少なからず受ける
海外の表示ルールが規制強化されることで、国際的なバリューチェーンの中にある日本の企業も、その影響を一定程度受けることになる。特に、国内外のルールに大きな差異がある場合、競争条件やコスト面での不利につながる可能性がある。
④日本におけるグリーンウォッシュ訴訟等のリスクは現状に比べて高まる
日本ではネットゼロ関連表示のグリーンウォッシュ訴訟はこれまでのところみられない。しかし、2023年10月に、気候ネットワークと環境法律家連盟は、株式会社JERAによる「2050年カーボンニュートラル」に向けた「CO2が出ない火」といった広告が景表法及び環境表示ガイドラインに抵触しているとして、広告の中止等を求める勧告を日本広告審査機構に申し立てた25。現状ではネットゼロや脱炭素といった用語の使用の適否に関する明確な判断基準はないため、現行の表示ルールのままだと、今後も類似の事案がでてくる可能性がある。この事例は広告業界に自主規制を求めたもので訴訟ではないが、グリーンウォッシュへの関心が高まることで、国内での訴訟等のリスクは現状に比べて高まることが予想される。
(2)対応にあたっての考え方
前述のとおり、現行の表示ルールには2つの問題点があり、商品・サービスの広告等に関する表示ルールの明確化と、それ以外の表示(企業のイメージ広告等)に対する行政の関与の明確化を急ぐ必要がある。
ここで重要なことは、ネットゼロ関連の表示ルールを明確化することであって、規制水準を引き上げることではない。日本では欧米と異なり、グリーンウォッシュの問題は顕在化していないため、表示ルールの明確化を優先すべきであり、その後の情勢を見て規制水準の引き上げについても検討することが望ましい。
また、表示ルール等を明確化する方策として、表示に特化した新たな法律(例えば、ネットゼロ関連表示法、環境表示法など)を設けることも形式上は想定できるが、前述のとおり、環境表示の多くが現行の法体系でカバーされており、現実的な方策とは考えにくい。
(3)具体的な方策
最後に、具体的な方策を示す。前述した現行ルールの体系を踏まえると、対応方策は、①商品・サービスの広告等に関する表示ルールと、②それ以外の表示(企業のイメージ・ブランディング広告等)に関する表示ルールでは異なったものとなる。
①商品・サービスの広告等の表示に関する方策
対応のポイントは、ネットゼロ関連の表示に関して、景表法に違反するおそれのある事例や表示の際に注意すべき要件など、表示の適否に関する判断材料を企業や消費者に対して具体的に示すことである。
そのためには、消費者庁によるガイドラインの作成・公表が最も現実的で速効性のある方策になる26。前述のイギリスにおけるグリーンクレームコードによる対応と似たものといえ、消費者庁のガイドライン自体はルールとはいえないが、景表法の運用と直結したものとなるため強い効力が期待できる。
②それ以外の表示(企業のイメージ広告等)に関する方策
対応のポイントは、企業のイメージ・ブランディング広告や人材募集広告、あるいは自己が供給を受ける商品・サービスについての広告等の表示に対して、行政の関与を明らかにすることである。
そのためには、気候変動関連法である温対法27やGX推進法28を改正して、ネットゼロ関連の表示ルールを規定することも考えられるが、企業のイメージ・ブランディング広告等でのグリーンウォッシュが社会問題に至っていない状況では、そのような法改正は実現性に乏しいと考えられる。
したがって、行政がガイドラインを作成・公表して、企業のイメージ広告等の表示のあり方をできるだけ具体的に示すことが最も現実的な方策だと考えられる29 30。
5.おわりに
企業のネットゼロ宣言が増加した背景には、脱炭素に向けた国際機関や政府による産業界への働きかけがある。その当事者が宣言に懸念を示して表示ルールの見直しを図ることには抵抗をもつ企業もあるだろう。
とはいえ、ネットゼロ関連の表示ルール等が明確になることは、企業にとっても、グリーンウォッシュのリスクから自らの身を守ることにつながると考えられる。表示ルールへの社内の認識を高め、関連表示の根拠の確認や広告等の表示について分析・検証をすすめることが望まれる。
行政においても、ネットゼロ関連の表示のインテグリティ(誠実さ)が、カーボンニュートラルの実現に不可欠な条件の1つであることにかんがみ、表示ルールの明確化などの対応を急ぐことが望まれる。
- 国内での宣言増加を示すデータとして日経SDGs経営調査がある。株式会社日経リサーチ「日経SDGs経営調査について」2023年5月12日, p36< https://www.nikkei-r.co.jp/files/user/pdf/service/SDGs/SDGs2023_5.pdf > によれば、カーボンニュートラル宣言をした企業は、2021年調査では対象企業の29.1%であったが、2022年調査では50.2%へ大幅に増加した。
- United Nations’ High‑Level Expert Group, “Integrity Matters: Net Zero Commitments by Businesses, Financial Institutions, Cities and Regions” (2022.11) < https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/high-level_expert_group_n7b.pdf >
- SBTi「SBTi企業ネットゼロ基準」< https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/Net-Zero-Standard_v1.0_jp.pdf >
- ISO「ネットゼロガイドライン ネットゼロへの移行を加速する」< https://www.iso.org/files/live/sites/isoorg/files/standards/popular_standards/iwa_42_net_zero_guidelines/IWA_42_2022(ja)_pdfcolor.pdf >
- この指針は2023年3月に公布・施行されている。
- LOI n°2021-1104 du 22 août 2021 portant lutte contre le dérèglement climatique et renforcement de la résilience face à ses effets (1) < https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000043956924 >
- Décret n°2022-539 du 13 avril 2022 relatif à la compensation carbone et aux allégations de neutralité carbone dans la publicité < https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000045570611 >
- 規制対象となる具体的な商品・サービス区分等の詳細は、法の公布から最長で5年間にわたり実施される試行調査の結果をもとに確定される予定。
- 欧州委員会, “Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on substantiation and communication of explicit environmental claims (Green Claims Directive)” < https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=COM%3A2023%3A0166%3AFIN >
- GOV.UK Press release, “Global sweep finds 40% of firms’ green claims could be misleading”, (2021.1) GOV.UK Press release < https://www.gov.uk/government/news/global-sweep-finds-40-of-firms-green-claims-could-be-misleading >
- CMA, “Green Claims Code – get your green claims right” < https://greenclaims.campaign.gov.uk/ >
- 不当景品類及び不当表示防止法(昭和37年5月15日法律第134号)
- 食品表示基準(平成27年内閣府令第10号) 別表第9 熱量 第5欄
- このような規定は、食品の原材料や製造工程、測定方法自体の誤差といった技術的な制約等を踏まえて定められている。
- 前掲注12
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)
- 不正競争防止法(平成5年法律第47号)
- 例えば、金融商品取引法では広告への表示義務事項等が規定され、宅建業法では誇大広告等の禁止が規定されている。
- 特定の表示に関するガイドラインには、メニュー・料理等の食品表示に関するもの、インターネット消費者取引に係る広告表示に関するもの、時間貸し駐車場の料金表示に関するものなどがある。
- 消費者庁「ゴミ袋及びレジ袋の販売事業者2社に対する景品表示法に基づく措置命令について」令和4年12月 < https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms209_221223_01.pdf >ほか
- 経済産業省「偽装表示の防止と不正競争防止法 事業者間の公正な競争を確保するために」< https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/panfrethontai.pdf >
- 環境省「環境表示ガイドライン~消費者にわかりやすい適切な環境情報提供のあり方~」(平成25年3月改定) < https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/ecolabel/guideline/guideline.pdf >
- 環境表示について、①表示の方法や形態がテキストであるかマーク・図形であるかなどを問わず、「ラベル」や「宣言」を含めて、すべての環境主張が該当すること、②表示の媒体は、製品や包装であるか、カタログや店頭広告・店頭表示、ウェブサイト、テレビや新聞等の広告であるかなどを問わないこと、③表示が一般消費者に向けたもの(BtoC)であるか、産業用ロボットのパンフレットのように事業者に向けたもの(BtoB)であるかを問わないこと、④商品の内容や取引条件についての具体的な広告であるかどうかを問わないことが示されている。
- 例えば、荒廃した森林の再生では、二酸化炭素吸収量の増加と生物多様性の回復という複合的な効果が期待されるが、当該地域が希少種の生息域の一部となっている場合のように、取り組み全体としての効果の評価が難しいケースも想定される。
- 気候ネットワーク「JERAの「CO2が出ない火」広告は気候・グリーンウォッシュ~JAROに排除勧告を申立~」(2023年10月5日) < https://kikonet.org/content/31970 >
- 禁止事項を規定するルールでは、ネガティブリストの作成が規制当局、企業、消費者ともにメリットが大きい場合がある。しかし、景表法の運用では、禁止表示への該当性を表示全体(商品の性質、一般消費者の知識水準、取引の実態、表示の方法や内容等)から判断する立場がとられており、また、ネットゼロ関連の表示は多様で変化も速いことから、リストの作成には相当な労力と時間を要すると考えられ、現実的な方策にならない可能性がある。
- 地球温暖化対策の推進に関する法律(平成10年法律第117号)
- 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(令和5年5月19日法律第32号)
- ガイドラインの内容が景表法等の守備範囲外となるため、作成主体には気候変動問題や環境表示を担当する環境省または不競法やGX推進法を所管する経済産業省が想定される。なお、環境省が作成主体となる場合は、既存の環境表示ガイドラインをネットゼロ関連の表示の実態に合うようアップデートすることも考えられるが、ネットゼロ関連の表示に特化したガイドラインを関係府省と連携して新たに作成する方が、ネットゼロ関連の初の表示ガイドラインという点からもグリーンウォッシュの抑制に効果が高いと考えられる。
- 行政によるガイドラインとは異なるが、業界団体等が自主的な表示基準を作成するという方法も、グリーンウォッシュの抑制に効果が期待できる可能性がある。参考になる例として、電気通信サービス向上推進協議会による「電気通信サービスの広告表示に関する自主基準及びガイドライン」がある。
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