東日本大震災の津波被災地で人口減少が加速
~人口減少時代の復興の難しさ①~
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1.はじめに
2011年3月11日の東日本大震災から2026年は15年を迎えた。様々な困難が次々とのしかかる中、未曾有の大震災の復興という、正解がみつかりにくい難題に長期間にわたり携わってこられた全ての方々に頭の下がる思いで一杯だ。被災後まもなく現地に入って見た絶望的な光景を思い出しては、よくぞここまできたと感嘆せざるを得ない。
その一方で、同じ津波による大規模被害が想定される南海トラフ地震が迫っているとされる中、東日本大震災の復興を冷静に検証しておくことは重要であろう。復興における課題を直視し、来るべき津波被災地の復興に生かされなければならない。
復興を検証する視点は多く存在するが、その中でも人口動向は重要な指標といえよう。そこで本稿では、東日本大震災の被災地の人口動向から復興の課題を考察する。特に、人口減少に対する危機感が以前より高まっている中、被災前から人口減少が進んでいた被災地の復興は、今後に向けて大きな判断材料を提供してくれるはずだ。
なお、東日本大震災と比べられることが多い阪神・淡路大震災は1995年1月17日に発生して、2025年に30年を迎えた。こちらは被災前に人口が増加していた大都市で直下型地震が起こった事例として、別稿「Insight Plus 阪神・淡路大震災における神戸市復興の光と影~人口減少時代の復興の難しさ②~」にて考察するので、参照して欲しい。
2.津波被災地で進む人口流出
東日本大震災は岩手県、宮城県、福島県を中心に大きな被害をもたらした。総務省統計局「東日本太平洋岸地域のデータ及び被災関係データ~「社会・人口統計体系(統計でみる都道府県・市区町村)」より~」(2011年)によると、これら3県の津波の推定浸水域の人口(2011年4月)は岩手県11万人、宮城県33万人、福島県7万人となり、東日本大震災前年の2010年の人口に占める割合では、岩手県8%、宮城県14%、福島県3%である。
しかし、市町村単位では違う。太平洋に面したエリアに東日本大震災の津波被災地は集中しており、そのエリアの自治体は大きな津波被害を受けているが、一方で、3県の地域経済の中心都市は新幹線の通るエリアと重なっており、巨大な揺れによる家屋や交通網などのインフラの被害は大きかったものの、津波被害としては小さいもしくは無傷だったからだ。例えば、前述の「東日本太平洋岸地域のデータ及び被災関係データ」で盛岡市、仙台市、福島市、郡山市を見ると、津波浸水エリアの人口は太平洋岸に市域が及ぶ仙台市では全体の3%で、残り3つはゼロである。
他方、前述の「東日本太平洋岸地域のデータ及び被災関係データ」によると、津波被災地に住む人口の割合が3県で最高となったのは、岩手県が大槌町(78%)、宮城県が南三陸町(80%)、福島県が新地町(57%)と、かなり高い割合となっている。今回考察対象とする岩手県、宮城県では50%を超える自治体は10(図表1)にのぼり、津波被災地では壊滅的な存在を受けた自治体が多いことがわかる。
≪図表1≫岩手県、宮城県の市町村・政令指定都市内区別に見た推定浸水域の人口割合(%)

(注)浸水域人口は2011年4月公表。2010年の人口に対する割合。浸水域の人口がないところは除く。
(出典)総務省統計局「東日本太平洋岸地域のデータ及び被災関係データ~「社会・人口統計体系(統計でみる都道府県・市区町村)」より~」(2011年)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
そこで、被災後の人口動向について、津波被災の人口の割合の高い自治体と地域経済の中心都市として、岩手県大槌町、岩手県盛岡市、宮城県南三陸町、宮城県仙台市を取り上げたい。そのうえ、復興過程での人口流入が話題となっている宮城県山元町も加えたい。なお、福島県各自治体については、復興過程が宮城県や岩手県とかなり違うため、今回の考察の対象から外す。
津波被災自治体の人口動向を見ると、まず、大槌町、南三陸町で大震災直後に全ての年齢層で転出超過が一気に進む(図表2、3)。その後も、復旧・復興需要などから15~64歳の転出超過が減じるものの、転入超過まではなかなか至らない。2015年を超えた頃から被災前の2010年と同様の動きに収斂している。
≪図表2≫大槌町の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
≪図表3≫南三陸町の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
一方、盛岡市、仙台市は大震災直後に被災地から移住してくる者などで全ての年齢層で大きな転入超過となる(図表4、5)。2015年頃から被災地からの移住者に帰還する者が増えるなどから、2010年の被災前と似たような傾向となる。なお、2020年頃から新型コロナ感染症の影響で東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)などからの脱出組が増えてきて、15~64歳を中心に転出超過減少(盛岡市)、転入超過増加(仙台市)となった。
≪図表4≫盛岡市の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
≪図表5≫仙台市の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
また、復興過程でコンパクトシティ化に成功したとされる宮城県山元町は大震災直後に全年齢層で転出超過が一気に進むものの、復興が進んだ2015年頃から転出入ゼロ近辺に収斂する(図表6)。
被災直後の数値が異常に大きいので、復興プロセスでの転入超過を見やすくするために2013年以降だけ再掲すると(図表7)、2015年頃から0~14歳が転入超過に転じて、それに呼応するかのように15~64歳の人口の転出超過が大きく減少し、転入超過に転じる年も出現している。
≪図表6≫山元町の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
≪図表7≫2013年以降の山元町の転入超過数(日本人)

(出典)総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』(各年版)より、SOMPOインスティチュート・プラス作成
山元町では、復興により集落を3か所に集約し、そこに商業施設を併設するなどを講じ、町外からの移住者獲得を目指した。その中でも、JR山下駅周辺の「つばめの杜地区」は、小学校、保育所に加えて児童館、子育て支援センター、児童クラブが同居する「こどもセンター」が全て近接しており、さらにつばめの杜中央公園は広い芝生と大型遊具が子どもの遊び場となっていて、子育て世帯の注目のエリアとなっている。図表7からは子育て世帯の高い支持の影響を見て取ることができる。
このように、高齢世代にとって医療体制が整っていること、そして若い世代にとって仕事を見つけやすいことや、子持ち世帯では保育や教育などの子どもを取り巻く環境が整っていることなどが、地域経済の中心都市や評判の自治体への移住を促進した大きな要因の一つといえよう。
3.事前復興は「魔法の杖」なのか?
復興の遅れが人口の流出を加速するため、できるだけ早く復興したい、そのために被災前から被災時の復興のあり方を住民が話し合っておくという「事前復興」が浮上している。確かに、被災してから考えるよりも復興計画の立案がスムーズにいく。
一方で、前述のように被災直後から進む人口流出は事前復興で避けられるのであろうか。例えば、新しい街が出現するまで、多くの土木工事を考慮すれば、最低でも数年程度かかってしまう。
そこで、震災や津波による被災ではなく、近年増えている異常気象の水害被災地の人口を参照してみよう。並河奎伍・小山直紀・山田正「大規模水害が地域人口に与える影響とその原因の分析」(公益社団法人土木学会「河川技術論文集第28巻」2022年6月)によると、2015年9月に発生した「茨城県常総市台風18号」による常総市でも人口流出が起こったとされる。そこで、同資料から水害前後における常総市の人口変化率を見ると、浸水地域の方が非浸水地域より減少率が大きく、浸水地域では20歳代以上における若い年齢層で減少率が大きい。さらに驚くことに、非浸水地域でも減少率が大きくなっていることだ。被災地周辺の賑わいの喪失や再度の被災のリスクの恐れなどから、被災地だけでなく被害がない、もしくは軽微な被災地周辺でも人口流出が起こっている。次に、常総市の浸水地域の浸水深別家屋転出数を見ると、浸水深1m以上の転出(床上浸水および上下水道などのライフラインの問題からの転出)だけでなく、浸水深0.5mの床下浸水であっても数多くの転出が見られる。
このように、水害被災地では、浸水地域でなくても人口流出が進むという衝撃の結果となっている。今後の災害への不安が残るだけではない。今後の災害の可能性を下げるような、時間のかかる復旧・復興をあまり待てない事情が垣間見られる。年齢別では子どもの流出も目立つ。子どもの教育環境は何年か後に充実してもあまり意味がない。子どもにとって今すぐの教育環境が求められている。
そのため、事前復興の有効性には限界があろう。どれほど復興を早めても、それを待てずに被災地を転出する人は一定割合で存在するからだ。
では、山元町の復興はなぜ効果的であったのか。山元町の中心にあるJR山下駅もしくはJR坂元駅は普通列車でJR仙台駅から40分強、その周辺は自家用車で仙台市から40~50分のベッドタウンともいえる立地である。山元町は東日本大震災の津波被災地の中では仙台市に近いという、恵まれた社会経済環境を大前提とし、そこにコンパクトシティ化と子育て施設新設などの復興事業が相まって、仙台市のベッドタウンの競争で優位に立ったといえよう。
ただし、山元町の復興は、域外からの移住獲得に成功したものの、被災者の評判は必ずしも高くなかった。実際に、復興計画を推進した町長は2022年の町長選挙でコンパクトシティ復興の見直し派の新人に破れた。人口減少時代の復興では中長期の成果として域外のニーズを取り込んで移住者を増やすことが求められがちであるが、被災者の生活再建などにおけるニーズとのミスマッチが生じるリスクもあろう。
《図表8》実際の現地の様子


(左:復興は海外からの支援でも行われた。画像は宮城県名取市の「かわまちてらす閖上」の施設の一部「ゆりあげ港朝市メイプル館」。カナダ政府の支援でカナダ産木材を使用して建設された。施設が立地する閖上地区は仙台市からアクセスがよく、被災前は海に近い立地を利して、海産物などの朝市を中心に大いににぎわっていたが、津波被災で甚大な被害を被った。この施設などにより、閖上地区では以前のような賑わいが期待されている。施設が立地する名取市は、東北随一の大都市仙台市に隣接していることから、津波被災地の中で数少ない、人口増加基調の自治体である。なお、この2つの画像は筆者が現地にて撮影したもの。
右:「気仙沼線・大船渡線BRT(バス・ラピッド・トランジット、バス高速輸送システム)」の路線図。2012年夏に気仙沼区間で、2013年春に大船渡区間で、それぞれ運行が開始された。鉄道の敷設された区間を活用して、バス専用路線としていることが特徴で、一部区間では自動運転が試行されている。津波被災地では鉄道網が完全に寸断され、復旧・復興の妨げとなっており、多くの被災地で鉄道の復旧が急がれたものの、被災前から利用者減少による赤字が続いていたこともあって、多くの路線で復旧方針を巡る議論は錯綜した。このJR気仙沼線・大船渡線は、2016年になって鉄道路線ではなく、仮復旧としていたBRTの存続が決まった。)
4.おわりに
東日本大震災の津波被災地は被災前から人口減少が進んでいた地域が多く、復興によってこの課題を解決するのは容易ではない。津波被災地以外での早期の生活再建を選ぶ被災者が少なくない中、津波被災地をあまり抱えていない地域経済の中心都市に集住する形となるのは致し方ない側面があったといえよう。
来るべき南海トラフ大地震の津波被災地は東日本大震災よりも広範囲に及ぶだけでなく、将来の日本の経済力を鑑み、東日本大震災ほどの巨額の財政支出が難しい。若い労働力が今後減少していく中、復興のための広範囲での大規模公共工事も容易ではない。
また、早期の復興のために「事前復興」が注目されているが、できるだけ早い生活再建を求める被災者にとって、それが早期の復興であっても、数年先であれば遠い将来の話と受け止められよう。そして、被災前から抱えていた課題の解決はその地域の住民だけでは容易でない。人口減少時代の地域活性化議論が長年取り組まれながら即効性のある解決策が見いだせないことと同様に、地域が長年抱える課題を解決し、域外からの人口獲得を目指すのであれば、住民以外の「ヒト・モノ・カネ」が必要である。住民中心の事前復興は地域の課題を住民が見つめなおすためには非常によい契機となろうが、被災者と域外の移住希望者のニーズのミスマッチの可能性や、住民との最適解が必ずしも見つかるものでないことを踏まえ、事前復興を魔法の杖のように考えるべきでない。
そのうえで、被災地からの移住を前提とした早期の生活再建にも手厚い支援が必要であろう。特に、人口バランスを考えるのであれば、近隣の地域経済の中心都市を含む生活再建エリアを設定して、その範囲内での生活再建を優遇することも一考であろう。
PDF:0.7MB
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