シティ・モビリティ

中国EV市場、中央政府が自動車保険変革を要請
後編/CATL率いるバッテリー交換企業連合の出現

上級研究員 新添 麻衣

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前編では、中国の自動車保険市場におけるEVを取り巻く問題と、それを解決に導くための中央政府から発出された「指導意見(NEV向け自動車保険の改革深化、監督強化、高品質発展の促進に関する指導意見」)」を取り上げた。

後編では、中長期的な保険引受けの適正化対策として、指導意見が要請する「車体とバッテリーの分離に関する保険商品の研究・検討」に着目する充電式ではなく、バッテリー交換式の車両を普及させることで、車両所有者が負担する車両の購入費、その時価相当額(保険価額)反映した自動車保険料の引下げを狙うとともに、ユーザビリティの向上も狙う。
※前編はこちら⇒ 保険料高騰、引受け謝絶の横行に、サプライチェーン一丸でロス改善へ

        (出典)筆者撮影

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1.寡占市場の車載バッテリー

バッテリー交換式のEVを説明するにあたり、まずは車載バッテリーという部品の特殊性に触れておきたい。

内燃機関車が築いてきた自動車部品のサプライチェーンは、最終製品を組み立てる自動車メーカーを頂点に、系列の部品メーカーが納入を行うTier1、Tier2、Tier3といったピラミッド構造になっていた。一方、EVでは車載バッテリーという大型かつ高価な部品が中国、韓国の企業を中心に限られた電池メーカーの寡占状態にある1位は中国のCATL(寧徳時代新能源科技)、2位は自動車メーカーとして車両の製造・販売も手掛ける中国のBYD(比亜迪)で、上位2社でそのマーケットシェアは50%を超える。限られたメーカーから安定的に調達しなければならないバッテリーが、BEVでは生産コストの約40%を占める※1

   【車載バッテリーのマーケットシェア】
     (2023-2024のEV新車販売)

     (出典)Counterpoint Research

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2.BaaS(Battery as a Service)の誕生

EVでは、バッテリーの充電インフラの整備状況や充電に要する時間の長さに日々のユーザビリティが左右される。

BYDは、2025年3月、「スーパーeプラットフォーム(超级e平台)」と命名した急速充電ソリューションを発表している※2。「給油と充電を同じスピードで(油电同速)」をコンセプトに、バッテリー、モーター、電源、エアコンなどの電源を1,000V化、世界最高となる充電電流1,000A、充電速度10Cを実現し、1秒あたり2kmの航続距離に相当する充電を行えるという。BYDは中国全土に4,000ヵ所以上に油电同速の充電ステーションを展開する計画を発表している。

「充電」に対抗する構想としてあるのが、「バッテリー交換式」である。バッテリーのマーケットシェア第1位のCATLは、急速充電だけでなく、交換式の開発にも注力してきた。早くは新興EVメーカー「御三家」※3の一社であるNIO(蔚来汽車)と組んで、そして今後は他の企業ともコラボする形で、車体下部のシャシーの設計やバッテリーパックの標準化にも踏み込んで交換式を推進しようとしている。

NIOは、ブランドの差別化のためにいち早くBaaSを導入し、バッテリー充電式のBEVの販売と並行して、交換式のプランを販売してきた※4
 背後にはCATLがおり、バッテリーの管理、運用を担う企業である武漢蔚能電池資産有限公司の25%株式を取得する形でNIOと共同設立して※5、2020 年 8 月 20 日から Battery as a Service (BaaS)の運用を開始した※6

NIOは、自社の車両専用のバッテリーを武漢蔚能電池資産有限公司に販売し、BaaSの運営を委託している。そして、武漢蔚能電池資産有限公司がNIOユーザーにバッテリーをレンタルしている関係だが、 バッテリーは必要に応じてユーザーの外出先のステーションで在庫と随時交換されるため、車両と1対1で紐づくものではなく、BaaSとして包括的なレンタル契約が結ばれている。

      【NIOのBaaS(概要)】

    (出典)NIOウェブサイトより訳出

BaaSプランを選択した場合、所有者はバッテリーを所有しないため、車両の購入金額を抑えることができる。NIOのすべてのモデルで7万元(約140万円)の割引が適用され、バッテリーパックのレンタル利用と交換サービスであるBaaSを月額980元(約2万円)で利用できる※7

高級車ブランドとしてセダンやSUVを販売するNIOでは、車両のメンテナンスや事故故障時のレッカーサービス、日常の洗車や自宅までの車両の引き取りなど、車両の利用に関わるコンシェルジュサービスを有償のサブスクリプションで提供している。BaaSもサブスクリプションで利用するサービスで、NIO専用のバッテリー交換ステーションが町中に設置されている。

交換ステーションには、予備のバッテリーが格納されている。ステーション前の停車位置を認識すると自動駐車モードが作動し、ステーション内の所定の位置に車両が停車される。車両が少し持ち上がり、底面のバッテリーが取り外され、ステーションに保管されていた充電済みのバッテリーと自動で交換される。交換に要する時間は「わずか3分でフル充電」を謳っている※8。中国では、3,369軒のバッテリー交換ステーションが設置され、70%を超えるNIOユーザーがBaaSプランを選択しているという※9

 【車体下部のバッテリー交換箇所】

【NIOのバッテリー交換ステーション@上海】
 ■交換ステーションには、充電器も併設されておりどちらも利用できる。
 ■所定の駐車位置に入庫してからのバッテリーの交換作業自体は2分40秒ほどで完了するため、続々とNIOの車両が交換にやって来る。

                          (出典)筆者撮影

しかしながら、新興EVメーカーであるNIO専用の交換ステーションのインフラ整備は、NIOの経営を圧迫している。中国国内では、3,374軒のステーションが設置済みとなっているが※10、この建設費は第1世代のもので1カ所あたり約300万元(約6,300万円)、最新のものでも約150万元(約3,150万円)にのぼる※11。NIOユーザーを増やさない限り、BaaSのコストメリットは生まれない。NIOでは大衆車の価格帯で車両を販売するサブブランドONVOを2024年に発表し※12、ONVOとNIOでステーションの共有化を図っているが、2025年第1四半期の売上げは120.3億元(約2,500億円)に対し、純損失は67.5億元(約1,400億円)と経営状況は厳しい※13

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3.バッテリー交換連合の出現~乗用車と大型トラック~

指導意見が発出されたあと、CATLはバッテリー交換式の本格普及に向けたアライアンスを次々に公表した。

(1)乗用車向け

自動車メーカーは互いに競合だが、その多くが高額なバッテリーという部品を最大手CATLから仕入れている。バッテリーについて、各社のオーダーメイドではなく、共通化されれば、大量生産により仕入れのコストが圧縮され、各メーカーは車両の販売価格にも競争力を持たせることが可能になる。さらに、そのバッテリーを設置するシャシーの構造が共通化されれば、同一のステーションでバッテリー交換を行える。

CATLは、2022年に乗用車向けのバッテリー交換ソリューション「EVO GO」を発表したが※14、その後、各社で共用できる交換式のブロック型バッテリー「Choco-SEB」を公表した※15

この名称はチョコレートに由来しており、板チョコの欠片のように1モジュールでも機能するが、要求される性能に応じて、最大で3モジュールを組み合わせて使うことができる。バッテリーのラインナップは組成の異なる2種類に統合され、「#20」はLFP(リン酸鉄リチウムイオンバッテリー) 、「#25」は NMC(ニッケル、マンガン、コバルトによる三元系リチウムイオンバッテリー)となっている。

NIOのBaaSと同様に、各交換ステーションには予備のバッテリーが格納されており、車体の底部にあるバッテリーを自動で取り外し交換を行う。NIOの3分以内をさらに短縮し、CATLでは1ブロック1分程度での交換完了を謳う16

     【CATLのChoco-SEB】

   【乗用車向け交換ステーション】 
 標準的なステーションは、駐車スペース約3台分の面積で設置でき、在庫として最大で48モジュールのChoco-SEBを保管できる。

      (出典)CATLウェブサイト

中国では、2025年4月23日~5月2日に、第21回上海モーターショーが開催された※17。中国には、北京、上海、広州の3大モーターショーが存在する。毎年開催される広州に比べ、1年おきに交代で開催される北京と上海のモーターショーの規模は大きく、とりわけ上海は世界最大のモーターショーと呼ばれる出展規模に成長している※18

上海モーターショーに合わせて、現地自動車OEM5社から、CATLのChoco-SEBによる交換式を採用した新型車10種がお披露目された※19。5社とは、国営OEMの第一汽車、長安汽車、北京汽車(BAIC)、奇瑞(Chery)、広州汽車(GAC)である。 第一汽車では、政府公用車の製造も請け負う紅旗ブランドに採用された。 コンパクトカー、セダン、SUVの多様なマイカーニーズを満たす車両で、バッテリーとシャシー設計の標準化が本格的に始まったことになる。

2025年5月末には、Choco-SEBを採用した初めてのBEVである長安汽車の「Oshan(欧尚)520」が1,000台納車された※20 1台あたりの価格は16万6,800元(約350万円)で、長安汽車の本拠地である重慶市のタクシー会社に納車されている※21

(2)大型トラック向け

商用車では、充電に要する時間が長くなるほど、車両の稼働効率が下がるため、数分で完了するバッテリー交換式のほうに適性がある。鉱山などの限られたエリアや用途では、バッテリー交換式のトラックは既に実用化されており、2025年1月から3月にかけて、全国で合計30,476台のNEV大型トラックが販売され、そのうちバッテリー交換式モデルは32.39%を占めた※22

都市間を移動する物流用途のトラックでの交換式の普及は、ステーションのインフラ整備と並行して進める必要がある。CATLは「QIJI Energy(騏驥換電)」と命名されたトラック向けのソリューションで大型トラックにも交換式の導入を進める。 2025年5月、トラック向けの「#75」と命名した共通化バッテリーを発売した※23。最大3モジュールを組み合わせて利用できる。

大型トラックでは、13~16都市の重点エリアを定めてステーションの整備を進め、2025年中に300カ所の整備を目指す。乗用車向けには、2025年中に500~1,000カ所のバッテリー交換ステーションを建設予定で、最終的には中国全土で30,000カ所の整備を目指す。

  【大型トラック向け交換ステーション】

      (出典)CATLウェブサイト

この壮大な計画の推進のために、CATLでは国営エネルギー企業のSINOPECとも戦略提携を行った※24。また、BaaSの実用化で先行するNIOとも戦略提携を結び直し、NIOの経営を圧迫するインフラ整備を支援するとともに、今後、NIOとCATLの間でバッテリーの標準化を進める※25。低価格帯のコンパクトカーを販売するNIOの新ブランド「Firefly(蛍火虫)」では、次期モデルからChoco-SEBを採用することが決まっている※26

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4.おわりに ~保険に求められる車体とバッテリーの切り離し~

最大手バッテリーメーカーCATLが仕掛けるバッテリーの交換式が、これまでEV普及のボトルネックとされてきた様々な課題を克服するのかどうかは、今後、保険引受けや自動車保険の収支管理の観点からも注視を要する。

既にNIOなどの一部のメーカーがバッテリー交換式の車両を販売しているものの、「指導意見」で新商品の研究、検討が要請されている通り、自動車保険のモデル約款は現時点では車両の実態に追いついていない。交換式の車両では、1台の自動車の中でバッテリー部分とそれ以外で所有者が分かれることになる。バッテリーを除いた車体部分は、従来の車両保険のとおり引き受けることになるだろう。

 【NIOのコンパクトカーの
  新ブランドFirefly(蛍火虫)】

     (出典)筆者撮影

高額部品であるバッテリーが車体の価値から除外されれば、車両の購入費とそれを元に試算される車両保険料は低減され、EVユーザーの保有コストは下がる。また、事故時には、車両所有者が負担する修理費が低減されることで、車両保険のロスは改善が見込まれる。しかしながら、バッテリーの無い車体部分の残存価値を2年目以降どのように認定していくかは今後の中古市場等のデータ蓄積が待たれる。

交換式のバッテリーは、BaaS運営企業の動産として保険引受けすることになるだろうが、その価値の下落を抑制する狙いがCATL側にはある。複数のメーカー間で共用できる汎用のバッテリーが普及すれば、車載バッテリーとしての役割を終えたあと、二次市場にも同じ規格のバッテリーが出回るようになる。リユースの活用場面の増加や、最終工程であるリサイクル作業の効率化が期待される。

中国では、2030年をCO2排出量のピークとし、2060年までにカーボンニュートラルの達成を目指している※27。EVでは、インフラ整備の進展に車両のユーザビリティが左右される。この点は充電式でも交換式でも同様だが、バッテリーをほぼ満タンに充電するための時間を考えると、急速充電でなければ、交換ステーションには適わない。しかし、急速充電のステーションを使って多くの車両が同時に高圧の充電を始めると、地域の送電網を不安定にするリスクがある※28。このため、充電式の場合、その充電網は急速充電と普通充電の併用にならざるを得ない。とりわけ、物流を担う商用車では、今後、荷主からのサプライチェーンのカーボンニュートラルの要請が高まると予想される。輸送手段としてNEVへの転換を迫られているが、充電時間が長いほど稼働時間を棄損するという問題があった。日本の市場でも商用車には同様のニーズがあり、三菱ふそう、三菱自動車、ヤマト運輸などが物流用途の商用車で、バッテリー交換式のBEVとステーションの導入に向けた実証実験を行っている※29

近年は中国製のバッテリーに加え、中国製のNEVの完成車の存在感も海外で高まってきている。2024年は585.9万台(前年比+19.3%)のNEVが輸出され、世界最大のNEV油種国となった※30。車種別では、乗用車が495.5万台(前年比+19.7%)、商用車が90.4万台(+17.5%増)となっている※31。先端産業の国際競争力の向上の一環で振興される中国のNEV産業だけに、欧州、日本、ASEANなどへのバッテリー交換式車両の輸出を推し進めていく可能性もある。普及に向けた課題の多いEVが、好循環のライフサイクルを生み出す可能性のあるモデルとして、バッテリー交換式の行方が注目される。 CATLは「QIJI Energy(騏驥換電)」と命名されたトラック向けのソリューションで大型トラックにも交換式の導入を進める。

  【中国の自動車輸出台数と伸び率】

     (出典)中国自動車工業協会

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※1 前瞻产业研究院「纯电动车成本结构」、2024年10月28日
※2 BYD「比亚迪超级e平台,兆瓦闪充开启油电同速」、2025年3月18日
※3 NIO(蔚来汽車)、Li Auto(理想汽車)、Xpeng(小鵬)の3社を指す。
※4 NIO「蔚来电池租用服务BaaS」、2020年8月21日
※5 CATL「宁德时代携手蔚来、国泰君安、湖北科投,成立蔚能电池资产有限公司」2020年8月20日
※6 NIO “NIO Launches Battery as a Service”, August 20, 2020
※7 同上
※8 https://www.nio.cn/nio-power? (visited June 10,2025)
※9 Cnev post “Nio says over 70% of its car buyers have opted for BaaS battery rental since Mar”, August 30, 2024
※10 https://www.nio.cn/charger-map?
※11 中国经济网「蔚来牵手北京未来科学城,计划共建100座换电站」、2025年3月26日
※12 NIO “NIO’s Second Brand ONVO and Its First Model L60 Unveiled”, May 15, 2024
※13 新浪科技「蔚来第一季度营收120亿元 经调净亏损63亿元」、2025年6月3日
※14 CATL “CATL Launches Battery Swap Solution EVOGO Featuring Modular Battery Swapping”, Jan. 18, 2022
※15 CATL “CATL Launches Battery Swap Ecosystem with Nearly 100 Partners”, Dec. 18, 2024
※16 https://www.catl.com/jp/brand/servicebrand/ (visited June 10,2025)
※17 https://www.autoshanghai.org/?lang=en (visited June 10,2025)
※18 新华每日电讯「读懂上海 预见未来——全球最大车展见证中国开放魅力」、2025年4月27日
※19 CATL “CATL Launches 10 New Choco-Swap Models with Automakers”, April 23, 2025
※20 Car News China “First EV with CATL’s Choco-SEB swappable battery started deliveries in China”, May 26, 2025
※21 同上
※22 人民日報Online “Next-generation battery swap ecosystem empowers China’s heavy-duty truck sector”, May 28, 2025
※23 同上
※24 CATL “CATL Joins Hands with Sinopec to Build Battery Swap Stations”, April 2, 2025
※25 CATL “CATL and NIO Form Strategic Partnership on Battery Swapping”, March 18, 2025
※26 同上
※27 中国政府网「力争2030年前实现碳达峰,2060年前实现碳中和——打赢低碳转型硬仗」、2021年4月2日
※28 人民网「超充建设提速,电网如何应对?」、2024年4月15日
※29 三菱ふそうトラック・バス株式会社、三菱自動車工業株式会社、Ample Inc.およびヤマト運輸株式会社「バッテリー交換式EVの実用化に向けて、150台超の車両を用いた実証を2025年9月から東京都で実施」、2025年6月6日
※30 中国汽车工业协会「中国汽车工业协会信息发布会」、2025年1月13日
※31 同上

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