EU、約40年ぶりにPL指令を全面改正
-デジタル・AI時代の製品特性に対応し、企業の製造物責任を拡大-
EUの製造物責任法の原則にあたる「Product Liability Directive (製造物責任指令、以下PL指令)」の全面的な改正が採択され、2024年12月8日に発効した※1。デジタル技術やAIを搭載した製品、あるいはデジタル・AIそのものを商品・サービスとして提供する企業の責任について新たな標準ルールを設けようという大きな動きである。
加盟国には2年の猶予があり、2026年12月9日までに国内法への反映を求められる。したがって、改正法の適用対象も、2026年12月9日以降に市場に投入される製品となっている。
なお、EUの法令には、規則(Regulation)、指令(Directive)、決定(Decision)などいくつかの種類がある。加盟国による修正の余地はない拘束力を持つのは「規則(Regulation)」で、通常は「指令(Directive)」の場合には、指令の目的に合致する範囲内においては、加盟国の裁量で国内法でのカスタマイズが認められる※2。
しかしながら、今回のPL指令には、「別段の定めがある場合を除き、加盟国は本指令に定める規定から乖離して、より厳格なあるいはより緩やかな規定を国内法に導入してはならない」という定めがあり(第3条)、加盟国間でのEU市民の保護レベルの一貫性を担保することが重視されている。
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<1.改正の目的>
EUの意図するところは、製造物責任に関わる法体系の現代化である。
1985年の旧PL指令では十分に想定されていなかった、グローバルサプライチェーンの拡大、サーキュラーエコノミー(循環経済)へのシフト、デジタル・AIの特性に対応した法規制の見直しを行うことで、欠陥を有する製品によって被害を負ったEU市民の救済と回復、すなわち損害賠償請求権の行使を確実に担保することを目的としている。
なお、消費者であるEU市民(自然人)の保護を目的としているため、企業間での損害賠償請求や専ら事業に用いられる製品の欠陥による事故は本指令の対象外である。
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<2.主な改正点>
(1)製品の範囲の拡大
従来の「製品」に加え、ソフトウェア・AIといった無体物、ガスや水などの原材料、電気もPL指令が対象とする製品に含まれることとなった。ただし、原子力事故や加盟国が固有の国家賠償制度を備えている分野などは適用除外となる。
”PL指令の現代化”の目玉は、無体物を対象に含めた点である。アプリケーション、オペレーティング システム、AI システムなど、あらゆる種類のソフトウェアが新PL指令の対象となる。
現代においては、ソフトウェアそれ自体が無体物のSaaS(Software-as-a-Service )として提供されるケースもあれば、それらが重要なコンポーネントとして有体物の製品に組み込まれるケースもあるため、新PL指令では、供給形態や使用形態に関係なくソフトウェアが「製品」と見なされる。したがって、開発ベンダーは製品の製造業者として責任を負い、自動車や家電など最終製品が有体物である場合には、最終製品の製造事業者と並んで連帯責任を負う。
ただし、以下に該当するものは、「製品」とは見做されない。
■商業目的では一切配布・販売されず、技術革新や研究を目的とした「フリー・オープン・ソフトウェア」でソースコードをオープンにし、フリーで提供することで、誰でも実行、コピー、配布、研究、変更、改良ができるもの。
■デジタルファイルやソースコードなどの「情報」それ自体。ただし、それらが商業的に流通し、3Dプリンターや工具などの機械の制御に関わる情報である場合には、製品と見なされる可能性がある。
(2)損害の範囲の拡大
現代においては、無形資産が価値を有するようになり、その重要性が高まっている。そのため、新PL指令では、「③ データの損壊または破損」が損害の定義に追加され、データの復元等に要する費用が対象となる。
また、欠陥製品による人身傷害 = EU市民が”健康を害したこと”の定義には、医学的に認められた精神的損害も含むことが明確化された。
なお、補償額の算定基準などの策定は加盟国に委ねられる。
① 人身傷害
死亡、身体的損害のほか、医学的に認められた精神的損害を含む。
② 財物に生じた損害
③ データの破壊または破損
(3)責任主体の範囲の拡大・明確化
欠陥のある製品や部品を製造した製造業者が責任を負うが、製造業者がEUに拠点を置いていないケースも数多くある。
このような場合には、被害者はEUに拠点を置く以下の事業者に 損害賠償請求を行うことができる:
① 輸入業者または製造業者の認定代理人
② 上記①が不在の場合には、フルフィルメントサービスプロバイダー
被害者は、EU に拠点を置く責任者が誰であるかを知るために、製品の販売業者に情報開示を要求することができる。その結果、EUに拠点を置く責任者がいないことが判明した場合、または情報開示の要求から 1 か月以内に応答がない場合は、被害者は販売業者に補償を求めることができる。
この取り扱いは、ECの成長が著しい中で台頭するオンライン プラットフォームの運営者の責任を射程に含めたものである。新しいオンラインプラットフォームは、製造業者、輸入業者、認定代理人、フルフィルメント サービス プロバイダー、または販売業者のいずれかに該当する場合には、新PL指令に基づく責任を問われる可能性があることが明確化された。
なお、デジタル・AIを活用したソフトウェアの分野では、スタートアップなどの若い企業の活躍も多い。 技術革新を支援する観点から 、こうした零細企業や小規模企業に対しては、自社のソフトウェアを製品に統合する製造業者(より大きなOEM)と責任の所在について契約上の取り決めを行うことを可能とする。
(4)責任を負う期間の延長~ソフトウェアのアップデートにも対応~
原則10年間とされた。製品が市場投入された日を起算日とするが、アップデートやバージョンアップ等により実質的に製品が改変された場合には、その改変後の製品が市場で入手可能になった日を起算日とする。
ただし、例外として、人体への被害の発現に潜伏期間があり、被害者が10年以内に損害賠償請求の手続きを開始することができなかった場合には25年まで権利が残る。
(5)立証責任の緩和と情報開示
被害者と製造者側には情報の非対称性があり、現代の製品について科学的・技術的に「欠陥」の存在、欠陥と損害との「因果関係」、あるいはその両方を証明することが被害者にとって過度に困難な場合が想定される。新PL指令では、加盟国の国内裁判所に権限を与えることによって、被害者側の立証責任を以下の方法によって緩和している:
■加盟国の国内裁判所は製品の欠陥または損害と欠陥の因果関係、あるいはその両方を推定できる。
■加盟国の国内裁判所は、その損害賠償請求がもっともらしいものであると認定できる時には、 製造者側の企業秘密に配慮しながら、被告に証拠の開示を要求することができる。
なお、加盟国の裁判所における新PL指令の運用状況や判例の蓄積は、欧州委員会によりデータベース化され、一般に開示される予定となっている。

例えば、自動運転車ではシステムが運転を担う。
AIは日々は学習し、自動運転システムはアップデートされていくことで、安全性を高めたり、機能を拡充したりしていく。しかし、その更新プログラムにバグ(欠陥)があって事故が起きたとしたら・・・?といった点にEUは切り込んだ。
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<3.EUの2つの新法案 ~要否について審議の残る「AI責任指令」~>
2022年9月時点では、デジタル・AIを巡る責任に関わる新たな法制度として、欧州委員会は2つの法案を提出していた。
今回は、このうち① PL指令のみが改正された。
① PL指令の改正案(Proposal: Revision of the Product Liability Directive)⇒今回の改正
② AI責任指令案(Proposal for a Directive on adapting non contractual civil liability rules to artificial intelligence)⇒今後は??
産業界からは、Digital EuropeやInsurance Europeなどの業界団体が、PL指令に加重する②AI責任指令の導入は不要であると反対している※3。
一方、欧州議会調査局(EPRS)は、法案の内容を2022年時点から全面的に見直しした上で、 AI責任指令についても、 導入の必要性があるとの評価を発表している※4。具体的には、以下のような見直しが提案されている:
■指令(Directive)ではなく、規則(Regulation)として定めることにより、EU域内での統一性を担保する。
■製造物責任指令がカバーしていないリスクにとして、生成AIの急速な台頭に対応すべく、 AIの利用に起因した差別や人格権の侵害、知的財産権の侵害などについて取り決める。
■「社会への影響度が高いAIシステム(High-impact AI systems)」という新しい概念を定め、ここに含まれる分野のAI活用に対しては、被害者側の立証責任を緩和するため、欠陥や過失の認定に関わる証拠の提出を企業側に要求できること、裁判所は欠陥や過失の認定、事故との因果関係を推定できることとする。具体的にはChat-GPTなどの汎用生成AI、自動運転など輸送に関わるAIシステム、健康保険・生命保険以外の保険などの分野が挙げられている。

出典:EPRS/*は筆者補記
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<4.おわりに ~日本でも共通の課題認識~>
今般の製造物責任指令の全面改正は、EU域内に拠点等を持つ域外の事業者にとっても影響があり、今後、加盟国の国内法への落とし込みに向けた議論を注視する必要がある。また、PL法の現代化として他地域の製造物責任の在り方の議論に影響を及ぼす可能性がある。
日進月歩のデジタル・AI分野に対するガバナンスでは、企業側に重すぎる責任を課すことで開発意欲やイノベーションが阻害されるという負の側面もある。産業界の反発が強いのはこのためだが、近年、EU政府はテック企業への責任追及の姿勢を強めており、EU市民の保護を大義としてより厳しいAI責任指令(規則)が導入される可能性は否めない。
日本でも、デジタル庁が設置する自動運転に関する検討会において、「製造物全般におよぶ製造物責任について、調査及び検討が行われるべきである」と指摘されている※5。ただし、中長期の検討課題とされており、検討期間などについて具体的なロードマップは無い。自動運転ソフトウェアに不具合があった場合や、ソフトウェアのアップデート後に不具合が生じた場合の取扱いを含め、製造物としての欠陥の有無をどのように判断するか、その立証の難しさについてどのように考えるかといった課題が挙げられている。EUのPL指令改正は、こうした課題に先んじて解をもたらしたものと言え、今後の加盟国における国内法への取り込みを巡る議論にも注目したい。

PL法については中長期の検討課題とされている。
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※1 EU官報 “DIRECTIVE (EU) 2024/2853 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 October 2024 on liability for defective products and repealing Council Directive 85/374/EEC”, Nov. 18, 2024
※2 EUウェブサイト “Types of legislation”
※3 Digital Europe “Statement on the AI Liability Directive”, Nov. 5, 2024, Insurance Europe “Insurance Europe calls on the European Commission to withdraw Artificial Intelligence Liability Directive”, Oct. 30, 2024
※4 EPRS “Proposal for a directive on adapting non-contractual civil liability rules to artificial intelligence -Complementary impact assessment”, Sep., 2024
※5 デジタル庁 AI 時代における自動運転車の社会的ルール の在り方検討サブワーキンググループ報告書、2024年5月31日