シティ・モビリティ

新しい働き方として注目される ワーケーションの可能性

主任研究員 福嶋 一太

ワーケーションとは普段とは異なる環境で仕事をし、余暇も併せて楽しむ働き方である。コロナ禍下で働く時間や場所に制限を受けない働き方が浸透する中で、生産性やエンゲージメントを向上させるだけでなく、新たなアイデアの創出や、地域課題の解決に役立つ制度として期待されている。
先進的な取組を行う企業と自治体に取材し、ワーケーションに期待される効果や成功要因を考察する。

1.ワーケーションとは

(1)概要

ワーケーションとは、「work」と「vacation」の造語とされ、テレワーク等を活用して普段とは異なる環境で仕事をしながら休暇も併せて楽しむ「新しい働き方」の一種である1。コロナ禍下でテレワークが浸透したことで場所や時間など働き方がより多様化していることから、官民でワーケーションを推進する動きが広がりつつある。ワーケーションは、実施形態により次の4種類に区分される《図表 1》2。「業務型」は仕事をメインとし、前後に休暇を楽しむ形態で、企業や受入地域のニーズに合わせて「サテライトオフィス型」、「合宿型」、「地域課題解決型」の3つに分類される。「休暇取得型」はリゾート地等で余暇を楽しみながらテレワークを行う形態で、企業が有給休暇の取得促進など福利厚生を目的に行っている場合が多く、「福利厚生型」とも呼ばれる。

(2)ワーケーションのメリット

企業のメリットとして、多様な働き方ができることで企業イメージを向上し、優秀な人材の確保や離職率の低下・人材の流出を抑止することが期待される。また、従業員のエンゲージメントが高まることで新しいアイデアやイノベーション創出の原動力に繋がることや、地域との関係性構築による地方創生の寄与といった効果も挙げられる。利用者(従業員)のメリットとして、働き方の選択肢が増えること、ワーケーション環境によるストレスの軽減やリフレッシュ効果、モチベーションの向上、これらによる業務効率の向上やアイデアの創出といったことが期待される。ワーケーション利用者に対して実施した調査では「リラックスできた」「リフレッシュできた」という回答が3割を超えている3。また、「仕事に集中でき成果が上げられた」という回答も約2割4あり、リラックスした環境で生産性を高める効果があることが示されている。

受け手である地域にとっては、関係人口の拡大や企業との関係性の構築による地域の課題解決への寄与、遊休施設等の活用などのメリットがあるとされる。これら関係者のメリットを《図表 2》に整理しておく。

ワーケーションには様々なメリットが期待されるが、テレワークの経験者数におけるワーケーション経験者数の割合は6.6%9であり、まだ緒についたところだ。試行実施しても期待される効果が得られるかどうか不確実性が相応にあるように思われる。

本レポートではワーケーションの先進事例としてセールスフォース・ジャパンと和歌山県の取組を取り上げ、ワーケーションについて企業と地域両方の視点から理解を深め、期待する効果を得ていくための要因や取組を概括する。

2.ワーケーションの取組

(1)セールスフォース・ジャパン社

①概要

セールスフォース・ジャパン社は2015年に総務省の地域実証事業に参画し、和歌山県白浜町にサテライトオフィスを開設した。このオフィスは、海岸線が一望できる高台の上に位置する鉄筋コンクリート2階建ての建物の1階に入居している。実証事業の目的は「テレワークの可能性」と「生活直結サービスの整備と検証」であった10。前者は白浜オフィスで働く社員と東京本社の社員の生産性の相違を検証するものである。これは、同社がクラウドサービス事業者であり、働く場所にかかわらず一定の業務品質を維持できることを顧客に説明する狙いもあった。目的の後者は、白浜町への移住者が生活する上で重要となる観光、防災、行政サービス(子育て)およびボランティアマッチングに関わるサービスを他企業と協働して整備し、効果を検証することであった11

本実証では、白浜町で働く社員の生産性が東京で働く社員より20%高いことが確認された12。通勤のストレスがないため集中して仕事ができるようになり、通勤時間の削減により生まれた毎月64時間ほどの余暇時間を家族との時間や地域貢献・社会貢献にあてることでモチベーションが向上し、生産性の向上に結び付いたとされる13

この実証の結果を受け、同社は、2016年3月の実証事業終了後も白浜町サテライトオフィスを継続運用することを決定した14。現在では白浜市に移住し、白浜オフィスに常駐する4名と、ワーケーションを希望する社員が3か月の期間、同オフィスでワーケーションを実施する体制を構築している。また、同社のワーケーションでは、生産性や帰属意識の向上だけでなく、地域貢献も目的に置いている。同社は「1-1-1モデル15」と呼ばれる社会貢献活動を全社で推進しており、その取組の一環として小学生へのプログラミング教育や中学生の職場体験といったデジタル教育のサポートを行っている。

②取組にみられるポイント

目的、要件、プロセス等の明確化

セールスフォース・ジャパン社は、ワーケーションが成功した主な要因の一つとして、「3~5年後に目指す生産性等の効果、社会貢献活動等に関わる目標を設定し、達成までの具体的なプロセスを明確化したこと」を挙げている16。サテライトオフィスを開設した白浜町は南紀白浜空港からほど近く、地域のWi-Fi環境が整備されていることから17、多くの企業がワーケーション実施先として選定している。同社では地域選定において、「これらの環境面の優位性だけでなく、生産性やモチベーション向上、ストレス軽減などに寄与するオフィス環境の要件、スーパーマーケットへのアクセスや営業時間など生活環境の要件など80以上のチェック項目を設定し、地域を選定した」という。また、白浜町というコミュニティに溶け込むためのプロセスも具体的に検討されている。自治体との連携や自治体の支援を得て地域とのネットワークを形成するプロセスを設定し、地域との接点づくりを進めたとされる。

このように、具体的な目標やその達成に向けたプロセスが設定されているため、地域・自治体への要望も明確であり、自治体から適度なサポートを受けることができたという。

地域との連携

ワーケーションの目的の一つに、地域貢献やそれを通じた人材育成を掲げる企業も多い。セールスフォース・ジャパン社でも小学生から高校生までのデジタル教育を支援している。この教育支援は、地域との接点を構築するため、当初に和歌山県から教育関連部門の紹介を受けたところから始まった。そこで築いた接点を足掛かりに、同社が小学校でプログラミングの授業をトライアル的に開催したところ、好評を博し、校長間のネットワークを通じて拡大している。また同社では、教職員向けに教育の働き方改革(デジタル化)についてセミナーを実施するなどの関係を構築している。行政からの紹介を端緒に、企業が地域との関係構築に自主的に取り組み、将来的なビジネスに結びついている。

(2)和歌山県

①概要

和歌山県は先進的にワーケーションに取り組んでおり18、その背景には2001年頃から田辺市・白浜町を中心とした紀南地域でIT企業誘致を推進していたことがある。2015年にセールスフォース・ジャパン社19が白浜町にサテライトオフィスを設置したことが契機となり、現在では白浜町を中心に県内に約30社が集まっている20

ワーケーションを推進する主な目的は関係人口の創出であり、2017年より開始した「和歌山ワーケーションプロジェクト」により様々な取組が進められている。企業ごとに異なるワーケーションの目的や課題のヒアリングに始め、3泊4日のモニターツアーといった体験会の開催、先行実施企業の効果の共有など企業側のニーズに対応する取組が行われている。また、和歌山県では、企業に対してオーダーメイドでワーケーションの制度設計をサポートしている。その結果、2017年から2019年で104社910名が同県でワーケーションを実施するまでに至った21。2019年には長野県、(一社)日本テレワーク協会とともに「ワーケーション自治体協議会」を立ち上げ、ワーケーション制度全体の認知度向上をはかっている。

②取組にみられるポイント~企業との対話と地域リソースのコーディネート~

和歌山県では、企業誘致に成功してもその後撤退に至るケースを踏まえ、関係人口を継続的に創出していくため、企業ごとの目的に対応した地域リソースのコーディネートに注力している。

例えば、ワーケーション実施企業から人、場所、事業といった地域資源の紹介の要望があれば、関連する行政窓口や担当者の紹介から地域のキーマンへの紹介に対応する。農業ボランティアなどの希望があれば、地域ごとの繁忙期・閑散期や人手の状況を把握した上で、受入調整を行うこともある。ワーケーションを検討している企業に対しては、導入効果を定量的に示すことができるよう生産性やワーク・エンゲージメントに関する効果などの情報も提供している。ワーケーションの推進にあたっては、リゾート地や交通アクセスの良さ、地域Wi-Fiなどのハード面の優位性が取り上げられることが多いが、ワーケーション受入態勢構築を行う和歌山県企画部企画制作局情報政策課・桐明課長によれば、「それらは有用な条件であるものの個々の企業に対応した地域リソースのコーディネートが継続的な関係人口の増加に重要な要素である。」という。

企業が自治体から適切にサポートを受け、自治体と企業が互いに地域のリソースをうまく活用するためには、企業サイドがワーケーションの目的やプランを明確に持ち、地域・自治体と対話することが必要だろう。

4.むすび

ワーケーションのポイントとしてセールスフォース・ジャパン社と和歌山県への取材を通して見えてきたことは、企業がワーケーションで何を得ようとするか目的を明確にし、地域・自治体と対話する重要性だ。

企業が新しい働き方を試行することや、地域が通信環境や設備を優先的に整えることは端緒となるものの、それだけでは一過性の取組にとどまる可能性がある。ワーケーションは、リモートワークの発展形や自由な働き方の一つにとどまらず、企業と地域・自治体が対話を重ね、お互いに果実を得ていくことを目指すチャレンジであるようにも思われる。そうしたチャレンジが積み重なることにより、ワーケーションが持続的な制度として発展していくのではないだろうか。

  • 観光庁ホームページ
    https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/
    (visited 7.Feb,2022)
  • 同上
  • クロス・マーケティングおよび山梨大学「【レポート】ワーケーションに関する調査(2021年3月)」(2021年5月21日)
  • 同上
  • 田中輝美「関係人口の社会学 人口減少時代の地域再生」(大阪大学出版会、2021年4月25日)
  • 同上
  • 前掲注 5 関係人口が果たす役割として、地域再生の主体形成以外に、創発的な課題解決を促す点も指摘されている。
  • 前掲注 5
  • 前掲注 3
  • 総務省「ふるさとテレワーク推進会議(第 5 回)地域実証事業の成果報告」(2016年4月22日)
  • 同上
  • 前掲注 10 およびセールスフォース・ジャパン社白浜センター長 吉野隆生氏への取材に基づく。
  • 同上
  • マネジメント層を対象としたオフサイトミーティングを白浜で実施するなど、管理職にワーケーションの効果を実感できる場の設定など、導入に向けた各種施策も並行して実施されている。
  • 就業時間、株式投資、自社製品の 1%を社会貢献活動に充てるセールスフォース・ジャパン社全社で取り組んでいる社会貢献活動。
  • セールスフォース・ジャパン社 白浜オフィスセンター長吉野隆生氏への取材に基づく。
  • 官公庁ホームページ「ワーケーションの先進地としてイノベーションの機会を創出」
    https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/tourist-spot/case/wakayama/
    (visited Feb.16,2021)
  • 同上
  • 現在の名称。当時の名称は「株式会社セールスフォース・ドットコム」。
  • 和歌山県情報政策課「和歌山ワーケーションプロジェクト」(2021年12月)
  • 和歌山県提供資料(2022年1月26日)
  • 和歌山県情報政策課への取材に基づく。

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る