シティ・モビリティ

長野県塩尻市に見る自治体DX推進のポイント

主任研究員 福嶋 一太

生産年齢人口の減少により従来の方法や水準での公共サービスの維持は困難となる見通しであり、これに対応するべく自治体の業務システムの共通化・共同化やICTの活用による行政サービスの効率化などが進められている。一方、行政の電子化は20年余取り組まれてきたが、コロナ禍等を通じてアナログ業務が多く残されており、データが十分に活用されていないなど厳しい現状が浮彫りとなった。本稿では、地域の様々なリソースを活用してDXに取り組む塩尻市の事例を概観し、自治体DXの推進のポイントを考察する。

1.自治体DXの現状

総務省「自治体戦略2040 構想研究会 第2次報告」によれば、自治体は、少子高齢化、生産年齢人口の減少などにより2040年頃までに職員数が大幅に減少すると見込まれ、経営資源の制約により従来の方法や水準で公共サービスを維持することが困難になると指摘されている。こうした危機を乗り越えるべく、自治体は、個々にカスタマイズしてきた業務プロセスやシステムを大胆に標準化・共同化し、ICTの利用によって処理できる業務はできる限りICTを使用し、ICTの活用を前提とした自治体行政を展開する必要がある。

こうした状況を踏まえ、2020年12月に政府は、国と地方行政のデジタル化推進を掲げた「デジタル・ガバメント実行計画」を公表し、同年12月に総務省が「自治体DX推進計画」を公表している。各自治体では2026年3月までを期限に、情報システムの標準化・共通化、マイナンバーカードの普及促進(2022 年度末までにほぼ全ての国民に普及)、自治体の行政手続のオンライン化(マイナポータルと接続した手続は2022年度末までに実施)、AI・RPA(Robotic Process Automation)の利用促進等の取組を開始している。

日本において公的分野の電子化は、e-Japan戦略(2001年~)、e-Japan戦略Ⅱ(2003年~)、i-Japan戦略2015(2009~)など、20年余にわたって様々な取組が推進されてきた1。しかしながら、総務省が2018年に実施した「地方自治体におけるAI・RPAの実証実験・導入状況等調査」によれば、約2/3の市区町村でRPAの導入予定がないか、検討がなされていない。新型コロナウィルスに関わる諸対応においては、公的分野でICTが十分に活用されず、地域間・組織間で横断的にデータが活用できないなど厳しい現状や課題が浮き彫りとなった。行政手続にはアナログ業務が多く残されており、DXの推進は容易ではないことが改めて認識された2

本稿では、自治体DXの取組事例として、長野県塩尻市の取組を取り上げる。人口約6.7万人、高齢化率は全国水準並み3の長野県中部にある同市においてどのようにDXが進められているか、実効性のある自治体DXの取組のポイントを整理する。

2.長野県塩尻市の取組

(1)DX戦略と推進体制

塩尻市が2021年5月に策定したDX戦略では、塩尻市に関わるすべての人の生活の質(QOL)を向上させることを基本理念とし、デジタル技術を活用した行政業務改革により、人でなければならない業務に注力し、市民サービスのデジタル化を推進すること(同戦略では「行政DX」という。)、デジタル技術による革新的な都市機能を多数地域に実装していくこと(同「地域DX」)の2軸の取組を掲げている4《図表1》。同市では、副市長をトップとする「塩尻市DX推進本部」を設置し、その下に設けられた行政DXチームと地域DXチームが、民間パートナーや同市の時短就労者等が業務を行う組織「KADO(カドー)」と連携しつ
つ、DXを進めている5《図表2》。

(2)DX推進のポイント

① トップの強いコミットメント

塩尻市は、従来から地域の情報化に継続して取り組んでおり、その先駆けとなったのが1996年の全国で初めての市営プロバイダーサービスである「塩尻インターネット」のサービス提供である6。そして、この時の実務担当者が、現在塩尻市 DX推進本部のトップを務める米窪副市長である7。同市ではDXの重要性を十分に理解しているトップがDX推進を担っており、風土づくりに大きな役割を果たしているという8。また、DX戦略の策定にあたっては、民間企業やコンサルタントに全てを頼らず、行政内で市民ニー
ズに基づいて議論し、その戦略をフレキシブルに見直しながら進めている。これにより、戦略の実効性や実現可能性を確保しているという9

② 「外部専門人材ありき」ではないDX推進

多くの自治体において、DX推進の大きな阻害要因としてデジタル人材の不足が挙げられる10。確かに専門人材の確保は重要だが、塩尻市によれば、デジタルは課題解決の道具であり、課題の発見や解決すべき課題の選定、どのように解決するか、といった視点がより重要であり、自治体DXはデジタル人材に依拠して推進するものではないという。塩尻市では、市役所内の職員が課題解決の視点を持ち、塩尻市と関係のある民間企業等と連携して、自治体DXを推進している11

また、塩尻市では職員がDXを理解し、担当業務を改革して課題解決に挑戦する意識を醸成するため、2021年度に職員に対してDX研修を3回実施している12。2022年度以降はDX活用等により業務改善にチャレンジした職員が評価されるような人事評価制度の見直しなども検討しているなど13、意識改革・人材育成に積極的に取り組む。22年3月には信州大学と連携し、DXスキルを持つ人材育成の教育カリキュラムを開発するなど14、地域のデジタル人材の育成に取り組んでいる。

③ 自営型テレワーク推進事業「KADO(カドー)」の活用


KADOは、塩尻市と同市が100%出捐する塩尻市振興公社が連携して運営する自営型テレワーク推進事業である15。就労に時間的な制約のある人が、クラウドソーシング、テレワーク、コワーキング等により、好きな時間に好きなだけ安心して働けることを目的とする。クライアント(企業、塩尻市・他自治体)から業務を受注し、時短就労可能な業務についてチーム編成された自営型テレワーカーが対応する仕組みだ《図表3》。現在では子育てや介護、障がい等で就労時間に制約がある市民約300名が従事しており、塩尻市のDXにおいてはRPA開発や実証実験のサポート・サービスオペレーション等を支えている16。KADOの主な業務は、《図表4》のとおり。

塩尻市によれば、自営型テレワーカーのQCD(品質、コスト、納期)と同市がバックアップすることによる公的与信や社会的意義が評価され17、KADOの売上高は2015年度で1,000万円であったものが2020年度には2億円に達し、市民に新たな働き方を提供しつつ、地産地消で自治体DXを担う組織となっている18

また、KADOは、デジタルサービスの実装をサポートする役割も担っている。その一例が、新型コロナワクチン接種の予約である。塩尻市では新型コロナワクチン接種の予約をWEB中心に運用しているが、デジタルツールに不慣れな高齢者等をKADOがサポートし、ワクチン接種予約の円滑な実施をはかった。行政側も「現場で実働するKADOは、行政の施策とサービスを受ける市民の間に位置し、デジタルデバイド対策の最前線として重要な役割を果たしている」という。

3.むすび

第1章に示したとおり、自治体DXの推進は容易ではない。DXは、アナログで行ってきた業務をデジタル化するだけ(デジタイゼーション)ではなく、大きな変革を伴うものである19。既存の業務を行いながらDXに取り組むには負荷も相応に大きく、リソースも十分ではない。一方で、将来に向けて職員数が漸減し、従来の方法や水準で公共サービスを維持することが困難になることを踏まえれば、先延ばしはできない。

塩尻市では、DXに造詣が深い副市長をトップに据え、強いリーダーシップとコミットメントの下で戦略を策定し、推進体制を構築している。また、コンサルや外部のデジタル人材任せにせず、職員の意識醸成や人材教育に積極的に取り組み、行政内外の地域の人的リソースを活用して、実効性の高い取組を進めている。そして、就労に時間的な制約のある市民に新たな働き方やスキルを提供し、地産地消で自治体DXを担うKADOの取組は特徴的だ。市民との接点を活かして、行政のデジタルサービスの利便性を高め、市民のデジタルデバイドに配慮したサポートを担うなど自治体DXにおけるKADOの役割は大きくなりつつある。

自治体DXは、一時的な取組ではなく、人口減少社会に向けてトップの強いコミットメントの下で進める不断の取組であり、デジタルデバイドにも配慮しながら、効率的で新たな住民本位のサービスを構築するものだ。塩尻市の取組は、自治体DXを進める大きなヒントを示しているのではないだろうか。

  • 総務省「令和3年情報通信白書」(2021 年 7 月 30 日)
  • 日経 XTECH「行政 DX に必要なのは『アナログ改革』、なぜデジタル改革は 20 年以上失敗してきたか」
    https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01806/102000043/
    (visited Mar.25,2022)
  • 日本医師会ホームページ
    https://jmap.jp/cities/detail/city/20215
    (visited Mar.17,2022)
  • 塩尻市企画政策部「塩尻市 デジタル・トランスフォーメーション戦略~スマート田園都市塩尻創造~」(2021 年 5 月)
  • 前掲注 3 および長野県塩尻市役所デジタル戦略課 横山朝征氏への取材に基づく。(2022 年 3 月 17 日)自治体の関係者・当事者は行政だけでなく、地域住民や地域事業者も含むことから、「自治体 DX」と一括りにせず、当事者別に「行政 DX」と「地域 DX」に分けて推進を行おうとしている点が特徴である。
  • 塩尻市企画政策部「塩尻市 デジタル・トランスフォーメーション戦略~スマート田園都市塩尻創造~」(2021 年 5 月)
  • 長野県塩尻市役所デジタル戦略課 横山朝征氏への取材に基づく。(2022 年 3 月 17 日)
  • 同上
  • 前掲注 7
  • 総務省 地方自治体のデジタルトランスフォーメーション推進に係る検討会第1回資料「自治体の DX 推進について」(2020 年 11 月 2 日)
  • 前掲注 7
  • 同上
  • 前掲注 4
  • 塩尻市ホームページ
    https://www.city.shiojiri.lg.jp/soshiki/9/20165.html
    (visited Mar.24,2022)
  • 長野県塩尻市企画政策部官民連携推進課および(一財)塩尻市振興公社「長野県塩尻市 時短就労者を対象とした自営型テレワーク推進事業KADO(カドー)について」(2021 年 11 月)
  • 同上
  • 前掲注 7
  • 前掲注 15
  • 前掲注 1

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