クライメイト

気候変動対策へのモチベーションは持続的か(3) ~緩和策に内在する将来課題について~

上席研究員 小林 郁雄

前稿では、温室効果ガス排出削減の努力が今後数十年にわたり必要になる中で、公共セクター以外のステークホルダーにおいて対策へのモチベーションが全体的に低下していく可能性が高いことを示し、近い将来、モチベーションの維持・安定化が重要な政策課題になる可能性を指摘した。本稿では、対策へのモチベーションを長期的に維持・安定化するための方策について検討する。

1. 前稿までのまとめ

人間活動に起因した地球温暖化や気候変動の抑制には、温室効果ガスの排出削減が必要になる。ただし、温室効果ガスの人為的な排出を直ちに停止した場合でも、地球温暖化や気候変動の進行をすぐに止めることはできない1。パリ協定で合意された2℃目標(本稿では「緩和目標」という。)の達成には大幅な排出削減の上積みが求められる。また、必要な排出削減に成功した場合でも、世界平均気温の上昇は今後50年近く続き、干ばつや豪雨等の気象現象(極端現象)がより頻繁に、強度を増して発生すると予測されている2。その間、適応策3が不十分な地域では、気候変動の緩和に投じた費用は累積し、一方で、気候変動による被害額は一向に減少に転じないという悩ましい状況が続くことになる。

このように、緩和目標達成までの約半世紀は、対策の効果を実感・体感できないまま、極端現象による被害の実感・体感が強まっていく。対策の当事者世代にとっては、対策の恩恵を十分に受けられないという点でネガティブな想定だといえ、政策決定者にとっても、対策を推進する上では不都合な情報かもしれない。

これまでは、上記のような緩和目標達成までの間のネガティブな部分に、一般のステークホルダーの関心が向けられることはほとんどなかった。このような状況を踏まえると、特段の対応をとらない場合、公共セクター以外のステークホルダーでは、排出削減対策及び緩和目標への理解や納得感(受容・コミットメント)の低下等が予想される。そのことによって、対策へのモチベーションは長期にわたり全体的に低下していく可能性が高く、その過程で二極化していく可能性もある4

緩和目標を達成するには、今世紀後半までに世界全体でのカーボンニュートラルを実現する必要がある。そのためには、産業界だけでなく社会全体の変革が求められ、営利・非営利を問わず広範なステークホルダーの理解と行動が欠かせない。そのような状況で、 対策へのモチベーションが全体的に低下するとすれば、目標達成への影響が避けられない。2030年以降のカーボンニュートラルに向けたロードマップの実現では、対策へのモチベーションの長期的な維持・安定化が重要な政策課題になると考えられる5

2.モチベーションの長期的な維持・安定化に向けて

前稿では、対策へのモチベーションの低下を、①緩和目標の達成までの間に気候変動はどのように推移するか6、②対策の進捗状況の把握はどのようなものになるか7という二つの視点から論じた。ここでは、モチベーションの長期的な維持・安定化の方策について同じ視点から検討し、効果が期待されるものを例示する。検討にあたっては、前稿と同じく、モチベーション理論の一つである目標設定理論を参考にする《Box》。

( 1 )緩和目標達成までの気候変動の推移に着目した場合に考えられる方策

①予見可能性を高める教育やリスクコミュニケーション

地球温暖化や気候変動問題については、これまでも学校教育の充実や、JCCCA8、A-PLAT9等の情報基盤を通じた情報発信、研究者等によるアウトリーチ活動が積極的に行われてきた。現時点としては、脱炭素や適応の取組みをモチベートしていくことがまずもって優先される。しかし、将来的には、教育やリスクコミュニケーションにおいて、前稿で示した対策の遅効性や効果の不安定性10、更には1で示したような緩和目標達成までの間のネガティブな部分に踏み込むことも検討していくべきではないか。それによって緩和策の効果の発現について予見可能性を高めることができれば、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)のレジリエンスの向上が期待できる。受容・コミットメントはモチベーションと深く関わ ることが知られており《Box》、受容・コミットメントのレジリエンス向上は、モチベーションの維持・安定化につながると考えられる11

② 極端現象に対する緩和効果の見える化 ~イベント・アトリビューションの活用~

緩和目標達成までの間は、対策の効果によって世界平均気温の人為的な上昇速度が徐々に減速していくものの、その間も気候変動は進行し、極端現象の発生頻度や強度は増加することになる。そのような極端現象の発生は、気候変動の進行を体感・実感させる機会にはなるが、その進行速度が抑制されていること、すなわち、対策の効果を体感・実感させることはない。このため、極端現象の発生は、対策による効果を疑わせ、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)を低下させる要因となる。そこで、極端現象やその被害が発生した際に、それまでに実施された排出削減対策による効果を定量的に示し12、対策を実施したことによる被害の軽減額等を示すことができれば、受容・コミットメントの低下を抑制できる。


そのための手段としては、近年注目を集めているイベント・アトリビューション の活用が考えられる《図表1》。イベント・アトリビューションは、大量の気候シミュレーションによって、極端現象の発生確率や強さに対する人為起源の地球温暖化の影響を定量化することを目的とした技術13である。従来は実施に数か月間以上の時間を要することが課題であったが、その時間を大幅に短縮することに成功したとの報告14もあり、技術的な進展が著しい。このような技術を活用できれば、極端現象が発生した場合に、その発生確率や強度がそれまでに実施した対策によってどれだけ緩和されていたか、その効果を科学的に説明することが可能になる。これにより、極端現象の発生や被災に伴う受容・コミットメントの低下が抑制され、モチベーションの維持・安定化に役立つと考えられる。

③ 極端現象の制御による被害の軽減・回避

②と同じく、緩和目標達成までの間の極端現象の発生や被害は、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)の維持を難しくさせる。このため、一時的または限られた場面だけであっても、極端現象による被害を軽減・回避することができるようになれば、対策への受容・コミットメントの低下を回避できる。


そのために考えられる手段としては、気象制御技術の活用が考えられる。気象制御のうち人工降雨に関しては、東京都が人工降雨発生装置を導入していることでもわかるとおり、日本をはじめ各国で研究が行われてきた。しかし、実用的な技術として定着しているとはいえず、台風や豪雨の制御に関しては、ほぼ未知の領域に近い。そのような中、今年度から内閣府が主導するムーンショット型研究開発制度において、2050年までに、台風や豪雨の強度、タイミング、発生範囲等を制御するという、極めて野心的な研究開発プロジェクトが開始された《図表2》。このような技術を緩和目標達成までの期間に活用することができれば、発生後または発生前の極端現象の一部を技術的に制御することで、被害の軽減・回避が可能になる。このことによって、ステークホルダーが抱える対策への不安やストレスを軽減できる可能性があり、モチベーションの維持・安定化に大きく寄与すると考えられる。なお、この技術は実用レベルの開発に成功した場合でも、原理的、倫理的に、またコスト面からみて、適用可能な機会はごく限定されると考えられ、排出削減対策の必要性に影響を与えるものではない。

④排出削減対策のコスト低減

対策の実施によって得られる効果よりも、対策の実施に必要な費用、時間、労力等(ここでは「コスト」という。)の方が大きいと認知された場合、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)が低下すると考えられる。このため、対策の低コスト化が進めば、受容・コミットメントが低下しにくくなる。対策のコスト低減は、脱炭素と経済の両立に欠かせない重要課題の一つであるが、対策へのモチベーションの維持・安定化という点でも重要な意味をもつ。

( 2 )対策の進捗状況の把握に着目した場合に考えられる方策

①対策の進捗状況の見える化 ~自然変動による影響の分離~

気候変動は自然の変動によって大きく攪乱されるため、対策の効果や緩和目標の達成に向けた進捗状況を正確かつ小さなタイムラグで把握することが技術的に難しい15。政策決定者以外のステークホルダーにとって、進捗状況に関する確たる情報が得られないまま、対策の継続・強化を求められることはストレスであり、対策への理解や納得感(受容・コミットメント) の維持を困難にする可能性がある。このため、自然の変動による影響をシミュレーション等で再現・評価して、その影響を気温や降水量等の観測結果から分離することができれば、対策の進捗状況に関する情報の質が大きく改善される可能性がある。

そのための手段としては、前稿で引用した、2000年代初頭のハイエイタス(世界平均気温の上昇が10年程度停滞した現象)が気候の内部変動に起因することを示した研究16など、気候モデルの高度化に関するさまざまな研究開発が候補として考えられる。現状では、気候モデルによる再現が可能な自然変動は一部に限られており17、今後の研究の進展が期待される。対策の進捗状況を高い確信度で遅滞なく把握することが可能になれば、対策の見直しや新たな目標設定の際に懸念される、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)の間欠的な低下18を回避でき、モチベーションの維持・安定化につながると考えられる。

②地域別の目標など、より身近で具体的な目標の設定

排出削減目標は国・地域ごとに目標が設定されているが、2℃目標といった気温目標は世界平均気温で示され、国・地域別の目標は定められていない。地球温暖化に伴う気温上昇量は、現在、将来とも、海域より陸域の方が大きく、赤道域より北極域の方が大きい19。その意味で、世界平均気温で示された現在の緩和目標は、地球温暖化の深刻さを過小評価させ、対策へのモチベーションを低い水準に止めている面もある。しかし、それ以上に重要なことは、世界平均気温というものが個々のステークホルダーにとって必ずしも身近で具体的な情報ではなく、緩和目標達成への進捗状況を自分事として捉えにくいということである。気温目標についても、国や地域別など、より身近で具体的な達成目標の設定が可能になれば、対策の進捗状況や緩和目標への到達度が理解しやすくなり、目標を自分事として前向きに捉えやすくなると考えられる。そのことによって、緩和目標を達成できるという認知(自己効力感)や、 対策への理解や納得感(受容・コミットメント)の低下を抑制することができれば、モチベーションの維持・安定化が期待できる。

( 3 )その他に考えられる方策 ~ジオエンジニアリングの活用~

ジオエンジニアリング(気候工学とも呼ばれる。)は、気候変動の影響を緩和するために気候システムを意図的に改変する幅広い手法や技術と定義される20。通常、地球の反射率を高めることで人為起源の温室効果ガスによる温暖化を相殺することを目指す太陽放射管理(SRM)と、大気から二酸化炭素を除去して大気中二酸化炭素濃度の低減を目指す二酸化炭素除去(CDR)に大別される21。なお、火力発電所等から排出される二酸化炭素の回収・貯留(CCS)については、CDRには含めず、通常の緩和策として取り扱われている。ジオエンジニアリングは費用やリスク面での課題が多いとされ22、将来的に不可欠な技術とまでは言い切れない。一方で、ジオエンジニアリングの活用によって、緩和目標を達成できるという認知(自己効力感)の向上につながり、対策への理解や納得感(受容・コミットメント)の維持に役立つ可能性はある。よって、ジオエンジニアリングは、対策の不確実性や世界的危機等による潜在リスクに備える選択肢の一つとなる。

ただし、ジオエンジニアリングがそのような潜在リスクに備える方策ではなく、排出削減対策に代わるもの、すなわち排出削減を不要にする方策として認識された場合には、排出削減対策の重要性への認知を下げ、モチベーションを低下させるおそれもある。

3 .おわりに

気候変動問題への対応の難しさは、人間活動とのかかわりの深さや広さという点で先例がないこと、さらには、観測、予測、対策の不確実性が大きいことにある。このため、将来シナリオがあったとしても、実際には予期せぬ課題に直面し、その対応が目標の達成可否を左右することも十分に考えられる。

ここまで計三回にわたり、排出削減対策への社会や個人の参加・ 協力に関する将来課題の一端を、対策へのモチベーションを切り口に考察してきた。想像の域を出ない部分や対策の不確実性を強調し過ぎた部分もあると思われるが、 緩和目標の達成に向けた予見可能性向上の一助になれば幸いである。

  • IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書「気候変動2013:自然科学的根拠 よくある質問と回答」気象庁訳 2015年12月1日版):pp. 55-56, FAQ 12.3
  • 小林郁雄「気候変動対策へのモチベーションは持続的か(2) ~緩和策に内在する将来課題について」 SOMPO Insight Plus 2022.09.30 <https://www.sompo-ri.co.jp/2022/09/30/5514/>
  • 気候変動の緩和には長い時間を要し、それまでの間は気候変動の進行が一定程度避けられないため、気候変動対策では緩和策だけでなく適応策が不可欠とされている。日本でも平成30年に気候変動適応法が制定され、適応策への認識が地方自治体等に拡がるとともに、さまざまな分野で適応策の取組みが本格化しつつある。
  • 前掲注2
  • 同上
  • 前掲注2では、緩和目標達成までの間のネガティブな部分の認知や極端現象による被害が、ステークホルダーの受容・コミットメントの全体的な低下やばらつきの拡大、更には二極化をまねく可能性を示した。
  • 前掲注2では、対策の評価や新たな目標の設定等が、緩和目標への到達度等に関する確たる情報が得られない中で行われることを指摘し、そのことによって、 対策や新目標に対する信頼性、理解、納得感の低下が生じるため、対策の見直しや新たなKPI等の設定のたびに、対策への受容・コミットメントが間欠的に低下していく可能性を示した。
  • 全国地球温暖化防止活動推進センターHP (Visited Oct 4th, 2022) <https://www.jccca.org/>
  • 気候変動適応情報プラットフォームHP (Visited Oct 4th, 2022) <https://adaptation-platform.nies.go.jp/>
  • 小林郁雄「気候変動対策へのモチベーションは持続的か (1) ~緩和策に内在する将来課題について」 SOMPO Insight Plus 2022.08.31 <https://www.sompo-ri.co.jp/2022/08/31/5355/>
  • 一方で、そのような教育やリスクコミュニケーションによって、対策を遂行できる、あるいは目標を達成できるという認知(自己効力感)の低下や、受容・コミットメントの低下をまねくリスクもあり、実際には慎重な検討が必要である。
  • 例えば、対策が実施されたことでその極端現象の規模・強度が対策を実施してこなかった場合と比べてどの程度抑制されていたか、あるいは同規模の極端現象の発生頻度がどれだけ抑制されていたかといったことを定量化することが考えられる。
  • 文部科学省、気象庁気象研究所報道発表「令和4年6月下旬から7月初めの記録的な高温に地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。―イベント・アトリビューションによる速報―」 2022年9月6日
  • 同上
  • 前掲注2
  • 東京大学大気海洋研究所プレスリリース「地球温暖化の停滞現象(ハイエイタス)の要因究明 ~2000年代の気温変化の3割は自然の変動~」渡部雅浩ほか 2014年9月
  • 前掲注16では、ハイエイタスの再現により、気候の内部変動の一つである太平洋十年規模変動の寄与を明らかにしたものの、海洋深層水温の上昇および海洋熱吸収の活発化と太平洋十年規模変動の関係は明らかになっておらず、ハイエイタスを生じる自然変動のメカニズムを全て理解するにはシミュレーションにおける海洋内部の詳細な解析が必要としている。
  • 前掲注2
  • IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書「気候変動2021:自然科学的根拠」政策決定者向け要約暫定訳(2022年5月12日版):図 SPM.5
  • 前掲注1 pp. 33-35, FAQ 7.3
  • 同上
  • IPCC第5次評価報告書「気候変動2014 統合報告書本文」(文科省、経産省、気象庁、環境省による確定訳、2017年2月) p.61
  • 井手亘「仕事の動機づけに及ぼす目標の効果」 心理学評論, 1995, Vol38, No.2, 320-350
  • Locke, E. A., & Latham, G. P. (1990), “Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation, A 35-Year Odyssey”, American Psychologist, Vol. 57, No.9
  • 中澤潤ほか「社会学的学習理論から社会的認知理論へ―Bandura理論の新展開をめぐる最近の動向― 」 心理学評論, 1988, Vol31, No.2, 229-251
  • 前掲注24
  • 前掲注24
  • フィードバックと同様にシステム工学・制御工学の分野で古くから使われてきた言葉で、フィードバックがその時点の出力(結果)を入力側(原因)に返すことを意味するのに対して、フィードフォワードは出力のその後の変化を予測してあらかじめそれを打ち消すようにすることを意味する。より広い意味では、取組みの改善を図るために、フィードバックはそれまでの成果や進捗状況を共有すること、フィードフォワードは将来に関する情報を共有することを指す。
  • 前掲注24

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