シティ・モビリティ

多様な人材が織りなす買い物難民へのアプローチ~サカナヤマルカマのストーリーから見えたもの

主任研究員 福嶋 一太

地元小売業が廃業したこと等をきっかけに、食料品購入のアクセスが困難となる「買い物難民」が増加している。買い物に向かうための自治体による移動支援や、民間企業による移動販売等が実施されているが、買い物難民の数は700万人を超えると推計されており、事業継続も容易ではない。本稿では、高齢化が進む鎌倉市今泉台にある鮮魚店「サカナヤマルカマ」を紹介する。地域住民と協働して店舗と移動販売を運営する取組みを見ると、買い物難民対策において、多様な人材や地域住民が主体的かつ複合的に関与していくことの重要性が見えてくる。
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1.買い物難民対策の現状

(1)現状

高齢化の進行や単独世帯率の増加、地元小売業の廃業や商店街の衰退等により、高齢者を中心に食料品等の購入に不便や苦労を感じる、いわゆる「買い物難民」が増加している。買い物が困難となることで生じる問題として、高齢者の外出頻度の低下による生きがいの喪失、商店までの距離が延びることによる転倒や事故のリスク増加、食品接種の多様性が低下することによる低栄養化等が指摘されている1。つまり、買い物難民問題は、高齢者のウェルビーイングに大きな影響を与える可能性がある問題である。

農林水産省のアンケート調査によれば、「買い物難民対策が必要」と回答とした市町村数は883市町村2(全回答市町村1,013市町村のうち87.2%)で、多くの市町村で対策が必要な状況である。そして、買い物難民は地方の過疎地域を中心に増加していたが、近年は都市部でも増加しており、全国的に大きな社会問題となっている3

(2)対策の状況

前述の買い物難民への対策が必要と回答した883市町村のうち、91.5%の市町村で公的機関または民間企業により移動販売や移動・配送サービス等の対応策が実施されている(≪図表1≫参照)。しかし、全国の買い物難民数は700万人を超えると推計されており、決して対応策が十分と言えない状況である4

一方で、民間企業からは、事業の展開や継続にあたり「運営資金等の援助」を求める声が多く上がっている5。本稿では、高齢化が進む神奈川県鎌倉市にある今泉台で鮮魚店と移動販売を営む「サカナヤマルカマ」の事例を取り上げる。サカナヤマルカマを運営する(一社)鎌倉さかなの協同販売所で企画・広報を担当する狩野真実氏に設立までの経緯等を伺い、買い物難民対策に必要な取組みを概観する。

2.事例紹介

(1)サカナヤマルカマの概要

神奈川県鎌倉市にある今泉台は、1960年代に丘陵地帯に造成された同市内最大規模の分譲住宅地で、約2,000世帯5,000名が暮らしている。住民の高齢化が進み、高齢化率(65歳以上の人口割合)は40%を超えている6。今泉台にある北鎌倉台商店街は、一時期開店店舗が一桁台に落ち込むことがあったほど寂れている。2023年4月、この地域に住民と鹿児島県阿久根市の水産業者が協同運営する店舗「サカナヤマルカマ」は開業した。サカナヤマルカマでは、同市内で買い物難民を抱える地域に鮮魚の移動販売も行っているが、特に注目すべき2つの特徴がある。

1点目は、阿久根市側と鎌倉市側の双方の課題解決を目指していることである。具体的には、阿久根市が抱える「後継者不足等による基幹産業である水産業の衰退」という課題に対し、サカナヤマルカマは、同市から毎日空輸で鮮魚を仕入れることで、水産業を支援している。一方、鎌倉市が抱える「買い物難民になりつつある地域住民への支援」という課題に対し、阿久根市から仕入れた鮮魚等を販売することで、これらの住民への支援を行っているということである。
そして2点目は、サカナヤマルカマが、魚をおいしく食べる知識や技術を楽しく学び、海や生産者とのつながりを身近に感じるようなイベントやワークショップを運営する「マルカマクラブ」という活動も行っていることである。以下、なぜこのような2つの特徴をもつ事業となり、どのように運営されているか、経緯等も含めて解説する。

(2)取組み内容

①小さなニーズへの気づきと具体的なアクションの積み重ね

サカナヤマルカマの取組みは、前述の狩野氏がプロデューサーを務める(株)カンバセーションズによる、鎌倉と他地域をつなげるプロジェクト「〇〇と鎌倉7」に2017年、阿久根市が参加したことに端を発する。阿久根市の地域おこし協力隊のメンバーが、このプロジェクトに参画する中で鎌倉市内での魚の販売可能性に着目した。そこで、狩野氏が阿久根市の地域おこし協力隊と協働して、鎌倉市中心部にある食堂で、阿久根市で水揚げされた鮮魚の販売・実食イベントを開催した。このイベントに対する反響は大きく、プロジェクト参加者間で鮮魚販売に対するニーズが確認された。

また、このイベントをきっかけに、鎌倉市に加えて、元水産庁勤務で元漁師でもある、「魚の伝道師」として知られる上田勝彦氏8との接点が生まれた。このことも、魚に知識があまりなかった狩野氏をはじめとしたプロジェクトメンバーにとって、今後の活動拡大に向けた企画を進める中で、適切なアドバイスを得ることができるサポーターを得る機会となった。

次に、プロジェクトメンバーは、鮮魚販売のニーズをより詳しく探るべく、鎌倉市中心部に比べて交通の便がやや悪い住宅街である今泉台と、同市中心部に近い由比ガ浜で3日間限定の移動販売を企画した。その結果、今泉台では3日間とも午前中に完売となり、今泉台における鮮魚のニーズの高さが確認された。今泉台では次回開催の要望が高まり、評判を聞きつけた同市他地域からも移動販売開催の依頼がある等、鮮魚の移動販売に対するニーズが顕在化していった。

②地域課題解決に向けた住民主体の体制構築

この時点では、移動販売の企画主体は阿久根側であり、鎌倉側はこれに協力する関係だった。しかし、コロナ禍による移動制限等9により、阿久根側で企画を進めることが難しくなり、プロジェクトミーティングに今泉台町内会長をはじめとした地域住民が参加し、自分事として取り組む動きに変化していった。
最終的に狩野氏と今泉台町内会・梶原山町内会が連携し、今泉台町内会元会長が代表となり、阿久根市の民間事業者らとともに「一般社団法人 鎌倉さかなの共同販売所」を設立、2023年4月のサカナヤマルカマの開設に至った(運営体制は≪図表2≫参照)。設立にあたっては、前身のプロジェクトで接点が生まれた、魚の取扱いに長け、販売手法にも詳しい上田氏の協力を得たことに加え、店舗設計スキルや中小企業診断士を持つ地域住民、学生ボランティア等の多様な人材が参加・協力している。

サカナヤマルカマの設立にあたっては、クラウドファンディングが活用された。拠点となる今泉台の住民に受け入れられなければ事業化する目的が薄れることから、住民からの拠出が優先して集められた。その結果、サカナヤマルカマへの期待感との相乗効果で、当初予定額500万円に対し、約760万円を集めることに成功している。

③移動販売の取組み

サカナヤマルカマの開店から間もなく、移動販売も開始した。今泉台の店舗開設が住民との協働により実現したように、移動販売車で巡回するだけにとどまらず、地域住民と対話し、移動販売の日程案内や宣伝を地域自らが実施するよう協働している。また、先行して移動販売を行う八百屋とも連携するほか、販売場所を介護施設や地域住民が集う神社等、その地域の実情に合った集いの場となるように選定している(≪図表3≫参照)。地域住民に単独世帯が多いことから、店舗より小さい鮮魚や加工品を用意し、その分値段を安く設定する等、細やかな工夫も行っている。狩野氏によれば、当事業はクラウドファンディングで資金を募っており、慈善事業ではなく、地域と協働して事業の継続性を高めることが大前提であり、地域との対話と配慮は欠かせないという。

④地域とつながるための仕組みづくり

サカナヤマルカマでは「地域がつながるさかなの共同販売所」を標榜している。鮮魚を買うことができる場だけでなく地域の交流拠点となり、ここから移動販売を行うことで他地域の課題解決にもつなげようとする住民の思いが示されているという。


この「地域がつながる」の実現に向け、2023年9月より「マルカマクラブ」が立ち上げられた。マルカマクラブでは、親子で参加できる魚の捌き方を教わるワークショップや毎月1回の頻度で開催されるキッズデー(≪図表4≫参照)などの他、水産業や水産資源に起きている問題をテーマとした講演会といったイベントが開催されている。移動販売で魚を購入した人が魚をさばけるようになるためにワークショップへ参加するケースや、イベントに参加した人が水産業の抱える問題に目を向けるようになることで、お店の支援者になるケース等もあり、今泉台がハブとなり、魚や魚食に興味のある多様な人材が広く集う仕組みが構築されている。

3.事例から得る示唆

まず、本プロジェクトは、異なる地域を結びつける(株)カンバセーションズのプロジェクトを通じて、地域の鮮魚に対するニーズを着実に探り、具体的な取組みを重ねながら、ビジネス化の見極めを行っている点は参考になるだろう。条件の異なる地域で移動販売を開始し、そこで発見した小さなニーズに応える形で移動販売を広げるというアクションを重ねている。この一連の取組みが、地域によって異なる食料品のアクセスに係る課題を発見し、その地域特性に応じた対応が見出されるきっかけになっている。さらに、周辺の人口減少で市場が縮小し、水産業従事者の減少に悩んでいる阿久根市のような漁業の現場にとっても、大都市周辺で発生しつつある買い物難民が有望市場になりうる可能性に気づくきっかけにもなっている。

また、住民が、鮮魚店や移動販売の運営を自分事と捉え、地域主体プロジェクトに姿を変えた点にも注目したい。地域住民を積極的に巻き込み主役にしていくことで、地域に根差した店舗や移動販売が構築されている。そしてこれを支えているのが、多様なバックグラウンドを持つプロジェクト参加者の存在である。一度人が離れた商店街に鮮魚店を開業することはハードルが高いが、多様なメンバーが持つ多様なリソースを生かすことで開業に至ったことがわかる。

社会福祉の一環として運営される買い物難民対応だが、サカナヤマルカマは、地域住民を積極的に巻き込むだけでなく、主役に据えた運営を行うことで、地域住民が自分事として買い物難民対策をとらえるきっかけにもなっている10。このことは、鮮魚店や移動販売事業がその地域とともに発展し、収益事業としての持続可能性を高めることにつながる。

さらに、サカナヤマルカマは、鮮魚店や移動販売に留まらず、魚に関する情報発信やワークショップといった仕掛けにより、地域のコミュニティの場になるだけでなく、魚を通じて多様な人材が集まるハブとしての役割を果たしていることも重要な点である。買い物弱者問題だけにとどまらず、さまざまな地域課題の解決等にもつながる可能性を秘めている取組みといえよう。

4.むすび

取材を終えた2023年12月の夕方、サカナヤマルカマを出ると鮮魚を買い求める地域住民が多数訪れている光景を目にした。「今日は何がおすすめ?」「これどうやって食べるの?」「この間買った魚美味しかったよ!」と方々から飛ぶ質問に元気よく答える狩野氏の姿は、サカナヤマルカマが地域住民にとって重要な存在となっていることの何よりの証左であろう。地域が抱える課題に住民と一丸になって解決しようとした取組みは、同様の買い物弱者を抱える地域の参考になる部分も多いだろう

一方、サカナヤマルカマは、開業したばかりで今後乗り越えなければならない壁も多い。狩野氏によれば、現在は事業継続に向けた体制や人材を整え、適切な事業規模を見極める段階にあるという。そのためには移動販売の商圏(地域)の精査や阿久根市以外の仕入先の多角化、鮮魚を扱うスタッフの育成等の対応課題も少なくない。

うした民間企業の取組みに対して、行政には、地域コミュニティへの情報発信や様々な主体のコラボレーションの促進、資金支援を含む事業運営の総合的なサポートなど、個々の事業に応じた後押しが求められるのではないだろうか。

  • 経済産業省「買物弱者・フードデザート問題等の現状及び今後の対策のあり方に関する調査報告書」(2015年4月)
  • 農林水産省「『食料品アクセス問題』に関する全国市町村アンケート調査結果」(2023年4月)
  • 農林水産省 食品アクセス問題ポータルサイト<https://www.maff.go.jp/j/shokusan/eat/syoku_akusesu.html > (visited in 18,Feb.2024)
  • 前掲注1
  • 前掲注2
  • 鎌倉市「長寿社会のまちづくりプロジェクト 高齢化が進む分譲地の課題解決に向けた調査研究-鎌倉市におけるエリアマネジメントの実践-研究結果報告書」(2024年)
  • 「〇〇と鎌倉」ホームページ<https://www.andkamakura.net/>(visited in 19,Feb.2024)
  • 上田勝彦氏は本文の経歴に加え、株式会社ウエカツ水産代表取締役を務めている。
  • 補助金の助成を受けることを検討していたが、補助金を受けるには拠点を定めることが必要で、阿久根側で鎌倉に拠点を設けることの決議が遅れたという背景もある。
  • 狩野氏によれば、地域住民が買い物難民問題を自分事としてとらえることは、移動販売事業にとっても必要な要素だが、地域によってその程度にはまだ差があるという。

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