蒲蒲線が映す城南エリアの都市再編
~短線が変える都市のかたち~
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1. 蒲蒲線の概要
東京都大田区を南北に貫く「蒲蒲線(新空港線)」は、東急多摩川線蒲田駅(東急蒲田駅)と京浜東北線蒲田駅(JR蒲田駅)、京急空港線蒲田駅(京急蒲田駅)を結び、将来的には羽田空港への直通運転を目指すものである。距離はわずか徒歩で約800m1だが、長年の間、未接続の盲点とされてきた。
現在の両駅はバスで数分(現金支払なら100円)、徒歩でも15分ほどで移動可能な近距離にあるが、鉄道上は分断され、空港や都心方面への乗り換え効率が悪い。この短い区間を鉄道で結ぶことで、東京区部南部のいわゆる「城南エリア」(目黒区・品川区・大田区・港区・世田谷区・渋谷区とされる)の交通動線を再編し、空港アクセスをより便利にする―それが蒲蒲線の狙いの一つである。
蒲蒲線の事業は2025年10月に国土交通大臣の認定を受けた。総事業費は約1,248億円、整備期間は2025〜2042年度、開業は2040年代前半が見込まれている2。最も混雑する時間帯で20本/時、それ以外の時間帯では10本/時の運行予定である3。
東急の試算では、中目黒駅—京急蒲田駅で約13分、自由が丘駅から—羽田空港第1・第2ターミナル駅で約22分の時間短縮が期待されている。また、蒲蒲線と東急多摩川線は直通運転を行い、一部の列車は多摩川駅から東急東横線に乗り入れる予定である4。
これにより、東急東横線延線地域で、今まで品川駅や浜松町駅を経由して羽田空港にアクセスしていたエリアでは、羽田空港までのアクセスに係る利便性が向上することになる。
【図表1】蒲蒲線概要

(出典)東急鉄道(株)ホームページより
2.羽田空港周辺の再開発、上下分離・財政負担スキームの制度整備が蒲蒲線構想を動かした
蒲蒲線構想は1970年代から存在するが、採算性や費用負担面から、長く「構想止まり」となっていた。
しかし、ここ数年で状況は大きく変わった。
第一の変化は、羽田空港の国際化と機能拡張により、周辺地域の再開発が活発化していることだ。2010年代以降の国際線の増便や24時間化の結果、国内移動向けだけではなく、国際的なビジネス・観光の拠点に大きく変貌している。それに応じる形で、空港周辺部に当たる整備場地区では商業・オフィスに加えて研究開発施設やコンベンション施設も有する「羽田イノベーションシティ(HiCity)」が開業した。こうした空港の国際化に呼応した都市再開発エリアと市街地を結ぶ新たな交通基盤として、蒲蒲線の意義が高まっている。
第二に、巨額の財源負担を軽減する法制度が整備されたことだ。都市鉄道等利便増進法(2005年)により、国・自治体・民間が共同で整備・運営を担う「上下分離方式(【図表2】)」が導入された5。近年では、日暮里・舎人ライナー延伸や相模鉄道(相鉄)・東急間の直通線で同制度が活用される例もあり、官民でリスクを分担しつつ、都市政策と交通政策を一体化するモデルが確立されつつある。蒲蒲線では、整備・保有主体が第三セクターの羽田エアポートライン6、運行は東急電鉄(東急)と上下分離されている。
第三に、大田区の財政負担額と経済効果が明確になったことだ。大田区と東京都は費用分担(都3:区77)を2024年に定め、開業後10年間の経済波及効果5,700億円を公表した8。それを受けた区民意見公募では、区の巨額の財政負担を理由とした反対意見が少なくなかったものの、大きな経済効果を背景に「将来世代に残す都市基盤」として、大田区は蒲蒲線に対するGoサインを下した。
【図表2】上下分離方式の概要

(出典)大田区資料他各種資料より当社作成
さらに、劇的なアクセス改善効果が見込まれる、東日本旅客鉄道(JR東日本)の「羽田空港アクセス線」(東山手ルート)本格着工の影響も大きい。東京圏の空港アクセス再編が進む中で、南部ルートを欠いたままでは全体構想が不完全との認識が強まり、蒲蒲線が最後のピースとして再評価された。もちろん、蒲蒲線抜きで羽田空港へのアクセスの悪い東京都区部南部が、羽田空港へのアクセスが劇的に改善されるそれ以外の地域とのエリア間競争に危機感を抱いた側面もあろう。
3. 蒲蒲線は空港アクセスネットワークで他路線を支える役割も担う
東京圏の空港アクセスは長らく、山手線の主要駅と羽田空港を結ぶ路線がメインであった。しかし、近年はJR東日本の羽田空港アクセス線を軸に、複数の交通軸を重ねる立体的ネットワークへの転換が計画されている。
このうち、東京駅・上野駅方面へ直通する東山手ルートは2031年度開業予定である9。また、新宿駅・渋谷駅方面の西山手ルート、湾岸エリアを結ぶ臨海部ルートは着工されていないものの、具体的な構想が進んでいる。これらのルートは、一都三県にとどまらず、山手線の主要駅に接続する新幹線や特急、将来開業予定の中央リニア新幹線などを通じて、北関東や全国主要都市・国際拠点を羽田空港と結ぶ国際・広域交通の骨格を担うものといえよう。
一方の蒲蒲線は、東急・京急電鉄(京急)という生活圏レベルの移動を支えるものだ。つまり、JR東日本が国際・広域交通を担うのに対し、蒲蒲線は城南エリアの日常交通と回遊を担う。この関係は、モノレールや京急空港線、さらには、前出の西山手ルート、特に渋谷駅~羽田空港との競合関係だけではなく、相互に支える構造ともいえる。
そして、このような様々な空港アクセスにより、都心・副都心・臨海部・空港のネットワークが活性化する。このネットワークに蒲蒲線が接続することで、人口が増加基調にある城南エリアの住民にとって、羽田空港は単なる終点ではなく、東京南部を中心に広がる都市活動の起点へと変わっていく可能性を秘めている。
4. 蒲蒲線がまちづくりと連動することで周辺は職遊住近接エリアとして魅力が向上する
鉄道の新規路線では主要駅間の所要時間に注目が集まりがちである。しかし、蒲蒲線が時間や距離の短縮だけを目的としていないことは新駅の構想からも明らかだ。蒲蒲線が京急空港線と接続する新駅は、現在の京急蒲田駅の地下に新設される予定で、羽田空港に向かう京急線は京急蒲田駅の2階・3階から発車する(【図表3】)。そのため、蒲蒲線から京急空港線への乗り換えには地下から地上階への移動が発生し、利便性が高いとはいえない。そこで、蒲蒲線の整備を通じて、どのように鎌田周辺の都市機能が変化していくかをまちづくりの観点から見ていきたい。
【図表3】蒲田新駅(仮称)と現在の京急蒲田駅

(出典)写真は当社撮影。
まず挙げられるのが、多摩川や産業道路、空港関連用地で分断されてきた街を、蒲蒲線という地下短絡線でつなぐことで、東急・京急という異なる交通軸が統合される点である。これにより、蒲田方面から羽田空港に加え、自由が丘方面、川崎・横浜方面、大森・品川方面、さらには渋谷・新宿方面へと、多方向の移動経路が新たに成立する(【図表4】参照)。距離こそ短いが、通勤・通学・買い物といった日常動線が複数伸びることになり、地域の回遊性が向上する。
「鉄道の便益は距離ではなく結節点の価値にある」。蒲蒲線はその象徴的な事例といえる。
【図表4】蒲蒲線と東急線周辺路線図

(出典)羽田エアポートライン(株)ホームページ
上記に加え、蒲蒲線開業後は、東横線・目黒線・京浜東北線・京急本線が相互に補完し、事故や混雑時にも別ルートで移動できる構造が生まれる。既存路線と重複する部分があっても、都市圏全体で見ればその重複が逆に強みになる。また、地震や水害時にも移動経路を複数確保できることは、都市防災の観点からも重要である。
さらに、JR蒲田駅・東急蒲田駅周辺では東口地区の再開発計画をはじめとした、複数の開発計画が進んでいる。例えば、JALUX、安田不動産、京急の3社は、共同開発プロジェクト「(仮称)大田区蒲田5丁目計画」において、JR蒲田駅そばにホテルを中心とする商業ビルを2027年開業予定である(【図表5】)。この他、長期滞在する国際ビジネスパーソン向けのサービスアパートメントも予定されており、羽田空港の国際化に歩調を合わせる形で国際色が高まりつつある城南エリアの今後のニーズを先取りしている。
【図表5】蒲田駅再開発の様子

また、JR蒲田駅には「グランデュオ蒲田」、東急蒲田駅には「東急プラザ蒲田」という両駅ビルがあるが、これらはいずれも1960年から1970年代にかけて建設されたものであり老朽化が進んでいる。そのため、大田区は今後の都市開発を見据え、両駅ビルの建て替えを求めている。この駅ビルの建て直しを契機に、今までは飲食店が多く居住エリアとして認識されていなかった東急蒲田駅周辺が、職住遊近接エリアとして脚光を浴びる可能性もある。
さらに近隣の天空橋駅周辺では前出のHICityが既に稼働し、空港関連企業やスタートアップの入居が進む。蒲蒲線の開業はこうしたまちづくりを後押しすることになるだろう。鉄道がまちづくりを先導するのではなく、「鉄道とまちづくりが歩調を合わせて面で成熟していく」。それが蒲蒲線の特徴ともいえる。
5. 関西地域では都市再生と交通整備が一体的に進む
一方、全国に目を向けると、空港アクセスと都市再編を両立させようとした前例は関西にある。
1994年の関西国際空港開港に合わせて整備されたJR関西空港線と南海空港線は、空港旅客や物流拠点の立地を促し、一定の経済効果をもたらした。だが、需要の多くが空港利用客に依存していたため、コロナ禍では利用が激減し、空港線モデルの収益構造の脆弱性が明らかになった。
その反省を踏まえ、現在建設が進むJRなにわ筋線(大阪駅~JR難波駅、JR・南海新今宮駅)は「空港線」だけではなく、うめきた地区の沿線拠点開発の促進や交差する既存鉄道との結節によるネットワークの充実も、その導入効果として示しており、都市計画と連携として設計されている。つまり、大阪都心の南北軸を強化し、空港アクセスと都心回遊を同時に実現する仕組みである。総事業費約3,300億円を、国、大阪府・大阪市、JR西日本と南海の民間2社が残りを分担する官民複合モデルで、都市再生と交通整備を一体的に進める点が特徴だ。
このモデルは、採算性のみを基準にせず、都市再開発・交通利便・防災力強化を一体で評価する仕組みを持つ。蒲蒲線も本事例と同様に、単に路線の利用需要のみで測るのではなく、都市空間・産業構造・生活圏の再設計という枠組みで捉えることが、将来の安定運営につながるだろう。
6. まとめ~蒲蒲線は都市戦略の一環として捉える必要がある~
蒲蒲線の意義は、もはや「羽田空港を利用する路線」を超えて、「城南エリアの都市戦略」そのものにある。住宅地・工業地帯・空港という異なる機能を面で結び直し、都市構造の更新を促すことが最大の狙いだ。鉄道が敷かれることで、人の流れが変わり、街の価値の分布も変わる。それらはすべて、この短い800mの新線がもたらす効果の延長にある。
このプロジェクトの成否を左右するのは、建設技術、運行効率、運賃設計といった鉄道そのものの収益よりも、地域がどのようにこの変化を都市計画に生かし、全体で収益を上げることができるかである。再開発による地価上昇や税収を地域に再投資し、鉄道整備とまちづくりが循環する仕組みを作れるか。それこそが、上下分離方式を採る本事業に求められる「持続可能性」の本質である。
蒲蒲線は、羽田空港へ人を運ぶ線であると同時に、城南エリアのまちを結び直すまちづくりである。短い路線が都市の構造を変える―その変化を、単なる交通改善ではなく都市の成熟と再生の契機として位置づけられるか。そこに、このプロジェクトの真価が問われているのではないだろうか。
【参考】現在の蒲田駅周辺の様子

- 蒲蒲線の整備計画概要では、東急多摩川線蒲田駅までの既存線を地下化する 約 900m の 区間と、東急蒲田地下駅(仮称)か
ら京急蒲田地下駅(仮称)まで新線整備する約 800m の区間、 合 計約 1.7km が 整備対象区間とされている。 蒲蒲線の整備
計画は、東急多摩川線矢口渡駅の近くから多摩川線を地下化し、 JR ・東急蒲田駅の地下、京急蒲田駅の地下を通って、大
鳥居駅の手前で京急空港線に乗り入れる構想となっている。今回認定を受けたのは、矢口渡~京急蒲田駅間の第一期整備計
画であり、東急多摩川線から羽田空港へ向かうには京急蒲田駅で乗り換える必要がある。なお、京急蒲田駅~大鳥居駅まで
の第二期整備計画は東急と京急という軌間が異なる路線間の接続方法 など の課題があることから、さらなる検討が行われる
こととされている。 - 東急電鉄「新空港線整備に向けた速達性向上計画の認定を受けました」
https://www.tokyu.co.jp/company/news/pdf/20251003_newairportline_d.pdf ,202 6 30 訪問) - 同上
- 前掲脚注2
- 都市鉄道利便増進法に基づき、既存の鉄道網を活かしつつ連絡線整備 など による速達性向上などを行う計画(速達性向上計
画)が認定された場合、「受益活用型上下分離」スキームに基づき支援を受けることができる。今回の蒲蒲線はこの速達性
向上計画に基づいている。 - 羽田エアポートラインは、蒲蒲線整備事業(一期整備)の事業化に向けて、大田区が 61 %、東急が 39 %を出資して設立さ
れた第三セクターである。詳細は羽田エアポートライン公式ホームページ( https://hane line.co.jp/ jp/)参照。 - 大田区ホームページ https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/koutsu/kamakamasen/shinkukosen
main.htm ,2026.1.30 訪 問) - 大田区「大田区鉄道沿線まちづくり構想」( 2024 年 3 月)
- JR 東日本ホームページ https://www.jreast.co.jp/press/2023/20230404_ho03.pdf ,2026.1.30 訪問)
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